【Side:皇歌】

 世界は一つじゃない。可能性の数だけ、世界は存在する。
 お兄ちゃんには未来からきたと言ったけど、正確には少し違う。
 この世界の私と違い、私が生まれたのは『地球』と呼ばれる星だ。
 この世界の人たちから見れば、並行世界の地球と言った方が正しいのだろう。
 辿ってきた歴史に差違はあるが、表向きはこの世界の地球と大きな違いはない。
 ただ一つ違う点があるとすれば、錬金術や魔術と呼ばれる異能が、人知れず社会の裏側には存在したということ。
 でも、そんな世界だからこそ――私は人々に忌み嫌われ、恐れられる存在だった。

 私は生まれ持ち、不老不死の身体を持っていた。
 錬金術師の弟子となり、不老不死の秘術を求め、不死者となった女。
 そんな女の呪われた血を受け継ぎながら、暴走することなく不死の遺伝子に適合した二人目の不死者。
 それが、私――平田桜子の娘、桜花だった。

 見た目は普通の人間と変わりがない。
 でも、年老いることなく永遠に少女の姿のまま生き続ける化け物≠ェ、普通の人と同じように人間社会で暮らせるはずもない。
 老いることがないと言うことは、自分だけが時間の流れから取り残されることを意味する。
 大抵の人間は私が化け物≠セと知れば恐れ、距離を置くか、不老不死の秘密を探ろうと近付いてくる。
 そんななかで、心を許せるのは同じ不死者の両親≠ニ秘密を共有する家族だけ。
 でも、ある日――家族とはぐれた私は、たちの悪い連中に襲われて、大きな怪我を負ってしまった。

 滅多なことでは死なないと言っても、銃で撃たれれば怪我をするし、お腹も空く。
 どうにか追跡を振り切ったものの、衰弱して倒れていた私を拾い、助けてくれたのがお兄ちゃんだった。
 本当は体力が回復したら、すぐに出て行くつもりだった。
 不便を感じることは多いけど、子供の姿は都合が良いこともある。
 子供なら相手も油断してくれるし、親切に面倒を見てくれる人もいる。
 でも、そんな子供に優しい人たちでも、私の正体が不死の化け物≠セと知れば、離れて行く。
 そのはずだった。なのに――

『なんで、私は死なない! 不老不死の化け物なんだよ!?』

 お兄ちゃんだけは違った。
 ううん。お兄ちゃんの周りの人たちは、私が知っている人間とは違っていた。
 私を化け物と知っても態度を変えることなく、それどころか、こんな私を温かく迎え入れてくれた。

 楽しかった。幸せだった。

 家族以外で初めて私を不死の化け物ではなく、一人の人間として扱ってくれた人たち。
 見るもの、体験することのすべてが新鮮で、世界があんな風に輝いて見えたのは初めての経験だった。
 でも、そんな幸せな時間は長くは続かなかった。
 お兄ちゃんの妹≠ノなって三年目の春。
 あの日、私を襲った連中≠ェ、私の前へと姿を見せたからだ。

 その後は、お兄ちゃんに話した通りだ。

 私を庇って、お兄ちゃんは死んだ。
 お兄ちゃんを殺した連中は、とある国の権力者に依頼され、不老不死の秘密を探っている者たちだった。
 私を捕らえ、不老不死の研究をする施設へ連れて行くのが目的だったのだろう。
 私が化け物だから、お兄ちゃんを死なせてしまった。
 だから私はお兄ちゃんの死を否定≠オ、願った。
 
 お兄ちゃんの生きている世界を――
 もう一度、お兄ちゃんと出会い、家族となることを――

 でも、その願いは半分しか叶うことがなかった。
 力を覚醒させ、高次元へと魂を昇華させた私は、お兄ちゃんのように生まれ変わることが出来なかったからだ。
 代わりに生まれたのが、平田桜花という少女だ。
 彼女は、お兄ちゃんと出会った頃の私。もう一人の私と呼べる存在だった。
 だから私は名を変えた。

 桜花から皇歌へと――

 私がお兄ちゃんと共に生きることは、もう叶わない。
 でも、その願いはもう一人の私が叶えてくれる。
 お兄ちゃんが最後の鍵を手にした時、私は願いの代償を支払うことになるのだろう。
 それでいい。例え、私がどうなったとしても、私の願い(おもい)≠ヘ彼女のなかで生き続けるのだから――

【Side out】





異世界の伝道師 第305話『呪われた力』
作者 193





【Side:太老】

「未来の桜花ちゃんか」

 俄には信じがたい話ではあったが、不思議と疑う気持ちにはなれなかった。
 理屈じゃない。彼女が桜花だと、俺のなかに確信めいた何かがあったからだ。
 もしかしたら、それは曖昧な前世の記憶と関係があるのかもしれない。
 前世のことを思い出せればはっきりとするのだが、友人や家族の顔を思い出すことが出来ないんだよな。
 まあ、生まれ変わりだからと言ってアストラルパターンが完全に一致することなんてないし、前世のことを覚えている人間なんて稀だ。
 その点で言えば完全ではないとはいえ、前世の記憶を残したまま生まれてきた俺は、相当にレアなケースと言えるだろう。
 肝心なことを覚えていなければ、意味はないのだが……。原作知識だって曖昧な感じだしな。
 変に知識があると自分の知っている歴史との差違に振り回されることが多いので、最近は余り気にしないようにしているくらいだ。

 とはいえ、やっぱり皇歌のことは、ちゃんと覚えていてやりたかった。
 もし、俺がちゃんと覚えていれば、もう少し気の利いた言葉も掛けてやれたかもしれない。
 あんな風に悲しい顔をさせることもなかったかもしれない。
 自分のことながら嫌になる。俺って、いつも肝心なところが抜けてるんだよな。

「太老!」

 空間に亀裂が走り、顔を上げると見慣れた姿の幼女が降ってきた。
 太老、太老、太老!
 と、俺の名前を何度も連呼しながら、頭にしがみつく幼女――もとい訪希深。
 さすがに鬱陶しくなって襟首を掴むと、訪希深を引き剥がす。

「うげ――何をする!?」
「それは、こっちの台詞だ」

 助けにきてくれたのは感謝しているが、それとこれは別だ。
 毎回毎回、普通に現れることは出来ないのかと文句を言いたくなる。
 突然、空から降ってきたと思えば、頭にしがみつかれたら引き剥がすのは当然の対応だ。

「太老ちゃん!」
「どうやら無事みたいだね」
「砂沙美ちゃん? それに鷲羽も――」

 頂神の姿となった砂沙美――この姿の時は津名魅か。
 それと同じく頂神(大人)の姿の鷲羽が、少し遅れて姿を見せる。
 訪希深だけかと思っていただけに、まさか三人一緒とは驚いた。

「助けにきてくれたのには感謝するけど、なんで二人も?」
「太老ちゃんのことが心配だったからに決まってるでしょ!? 目を放すと、いつも危険なことに首を突っ込むんだから!」
「ああ、うん。なんか、ごめん……」

 津名魅の姿で俺を『ちゃん』付けで呼ぶ時は、砂沙美としての面が強くでている時だ。
 それだけ心配を掛けたと言うことだろう。だが――

(思わず謝ってしまったけど、そもそも俺が悪いのか?)

 異世界に俺を飛ばしたのは鷲羽だし、銀河結界炉なんてものを作り、この世界に亜法を広めたのは訪希深だ。
 どちらかというと、俺は訪希深の尻拭いを押しつけられたという印象が強いのだが……。
 ああ、尻拭いと言えば――

「マリアちゃんを捜して欲しいんだが、頼めないか?」
「マリア? なるほど、依り代となった人造人間の少女のことか」
「依り代?」

 聞き慣れない言葉を聞き、俺は訪希深に尋ね返す。
 しかし答える気がないのか、俺の疑問を無視して話を続ける訪希深。

「案ずることはない。あの少女なら無事だ」
「無事って言われても……それは元の世界へ無事に帰ったってことか?」
「詳しくは話せぬ。だが、再会は叶うと我が保証しよう」

 こうやって訪希深が言葉を濁すということは、何かあると言うことだ。
 しかし彼女は嘘を吐かない。再会が叶うということは、生きていると言うことだ。
 他にも気になることはあるが、一先ずそれで自分を納得させる。

「我からも一つ良いか?」
「うん? ああ、何が聞きたいんだ?」
「あの少女のことだ」

 一瞬なんのことを言われているかわからず、思考が停止する。
 少なくとも話の流れからして、マリアのことではないだろう。
 となるなと――

「……皇歌ちゃんのことか?」
「皇歌と言うのか。我を出し抜いた、あの女狐は……」

 不機嫌そうに話す訪希深を見て、皇歌との間に何かあったのだと察する。
 そう言えば、皇歌も『見つかった』みたいなことを言ってたような気がするな。
 このタイミングを待っていたという話といい――もしかして、訪希深の眼を欺いたってことか?
 鷲羽も一緒にきたのは、そのため? 監視の目が届かなくなったから様子を見に来た?
 砂沙美――津名魅は純粋に、俺の身を案じて駆けつけてくれたのだろうが……。
 そうなると、俺が思っていたよりも皇歌は凄い力を持っているのかもしれない。
 とはいえ――

「悪いが、彼女のことは話せない」

 俺は皇歌のことを話すつもりはなかった。
 俺の前世に関係することと言うのもあるが、本人の許しもなくペラペラと喋る気にはなれない。
 彼女が姿を見せ、俺に自分のことを話してくれたのは、俺を信頼してくれているからだと思う。
 少なくとも彼女の言葉には、相手に対する思い遣りや、親愛のようなものを感じた。
 なら、俺もその想いに応えるべきだろう。それに――

(どこから桜花ちゃんに話が伝わるか、わかったものじゃないしな……)

 皇歌が未来の桜花だとすれば、もう桜花には成長≠フ見込みがないと言うことになる。
 このことは、俺の胸にしまっておくべきだろう。
 俄には信じがたい話だし、敢えて不安を煽り、絶望的な未来を突きつける必要はないからな。
 真実を明らかにするのが、いつも正しいとは限らない。黙っておく優しさもあると俺は考える。
 あんな小さくとも武神の娘だからな。機嫌を損ねて、勝てる気がしない……。

「私のお願い≠ナもかい?」
「言ったろ? 俺から話せることは何もない」

 脅されても屈するつもりはない。例え、マッドが相手でもだ。
 大体、幼女を悲しませるのは、俺の趣味じゃない。
 人間じゃないとか、俺よりずっと長い時間を生きてるとか、そういう話は関係ない。
 泣いている女の子がいる。なら、俺の取るべき行動は一つしかない。理由としては十分だ。

「姉様……この件、太老さんの好きにさせてあげてください」
「津名魅……それが、どういうことかわかっているのかい?」
「もしもの時は、私が責任を持ちます」
「いや、それは――」

 俺の味方をしてくれるのは嬉しいが、津名魅に尻拭いをさせるつもりはない。
 だが、そんな俺の言わんとしていることを察してか、津名魅は首を横に振ると、

「たまには姉≠轤オいことをさせてください。私は津名魅であると同時に、砂沙美でもあるのですから」

 そう言われては、何も言い返すことが出来なかった。

「我だって、もしもの時は姉≠ニして、太老の代わりに責任を持つつもりだぞ!」
「そういう割りに、俺にいろいろと面倒事を押しつけてるような気がするけど……」
「そ、それは! あれは押しつけているのではなく、試練をだな……」

 大方、津名魅に張り合ったのだろうが、説得力の欠片もない。
 普段の行いがどれほど信用に直結するか? 訪希深を見ているとよくわかる。

「仕方ないね……まったく困った子たちだよ。太老、わかっていると思うけど……」
「自分のケツは自分で拭けって言うんだろ? わかってるさ。覚悟は出来ている」

 なんとなく話の流れから察してはいたが、皇歌は彼女たち頂神にとってもイレギュラーな存在なのだろう。
 敵とまでは言わないかもしれないが、危険な存在と認識されている可能性が高い。
 頂神を出し抜けるような力を持っているわけだしな。警戒されるのも当然か。
 でも、悪い子ではないと思うんだよな。俺に謝りたかったというのも嘘ではないだろう。
 どうにかしてやりたい。でも、そのためには彼女のことを、もっとよく知る必要がある。
 そのためには――

(最後の鍵か……)

 皇歌が最後に残した言葉。
 銀河結界炉を手にした俺なら、きっと使いこなせると言っていた。
 それが何を意味するのかわからないが、まったく思い当たることがないわけじゃない。
 最後の鍵と言うからには、俺は既に他の鍵を手にしていると言うことだ。
 鍵と聞いて、真っ先に思い浮かぶのは、やはり――

(マスターキーか)

【Side out】





 ……TO BE CONTINUED



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