「連中、荷物を置いて逃げていきやすぜ? 追いますか?」
コンテナを置いて逃げていく輸送部隊を双眼鏡越しに眺めながら、山賊と思しき髭面の男はクリフに尋ねる。
「いや、捨てておけ。ブレインクリスタルの回収が最優先だ」
時間を掛ければ救援の部隊がやってくる可能性が高い。
そうなれば不利になるのは自分たちの方だとクリフは冷静に考え、部下に指示を出す。
万が一、白い聖機人が出て来るようなことがあれば、現状の戦力では勝てないと踏んでのことでもあった。
「引き際をよくわかっていらっしゃる。さすがは、あっしの見込んだ旦那だ」
「当然だ。俺は他の男性聖機師とは違う」
いつもの調子で揉み手をしながら近寄ってくるネズミに、自信に満ちた声で答えるクリフ。
敵の力を過小評価するようなことは、もう二度としない。太老に大怪我を負わされて、クリフが学んだことだった。
こうして仲間に加えた山賊たちに襲撃をさせ、後方から様子を窺っているのも、いざとなれば捨て駒にするためだ。
利用できるものは、なんでも利用する。その上で慎重に事を運ぶ必要性をクリフは感じていた。
だからこそ、野蛮な山賊たちやこの薄汚い男――ネズミを重用しているのだ。
役に立って貰わなければ困ると、クリフは心の中で呟く。
「しかし、よく輸送ルートの情報なんて手に入ったな?」
「へへ……敵の敵は味方って奴でさ。正木商会やハヴォニワは味方も多いが、恨みを抱いている連中も少なくないですからね」
ネズミの話に納得の様子を見せるクリフ。
彼の両親はハヴォニワの貴族で、叔父も議員の一人だった。しかし先の『ハヴォニワの大粛清』と呼ばれる事件で、太老に失脚させられた公爵と共にクリフの実家は爵位を剥奪され、叔父も議員の職を追われることになったのだ。
そうしたことから、太老やフローラに恨みを抱いている者が少なくないことをクリフは身を持って知っていた。
特に太老は平民からの人気は絶大だが、特権階級の貴族からは妬みや恨みを数多く買っている。
フローラが推し進めている改革によって、その数も随分と減ったとは言っても、完全に摘み取れたわけではない。
そうした者の中にネズミと繋がっている者がいるのだろうと、クリフは察する。
「だが、そう何度も通用する手じゃない。山賊の仕業に見せかけてはいるが、対策を取られるのも時間の問題だろう」
「こう何度も立て続けに物資を強奪されたとなると、警戒は厚くなるでしょうしね」
既に三度、物資の強奪を成功させているが、このあたりが引き際だとクリフは考える。
これ以上の欲をかけばハヴォニワ軍の本隊や、剣士やカレンが所属する独立部隊が出張ってくる可能性が高い。
そうなれば、これまでのように上手くは行かないだろう。最悪、部隊の壊滅もあり得るとクリフは考えていた。
「一旦、俺は拠点に戻る。お前はその間に出来る限りの情報を集めておいてくれ」
「了解しやした。それで、お代の方は……」
「フンッ、わかっている。上手く行ったら、その分、弾んでやる」
へへと薄ら笑いを浮かべながら去って行くネズミを見送り、フンと鼻を鳴らすクリフ。
金にがめつい男ではあるが、情報屋としての能力は高く評価していた。
それだけに、まだ利用価値はあると考える。
少なくとも、
「見ていろ。正木太老を倒すのはダグマイア、お前じゃない。このクリフ・クリーズだ!」
正木太老に復讐を遂げるまでは――
そんな決意をクリフは表情に滲ませるのだった。
異世界の伝道師 第318話『祖父と孫』
作者 193
「クリフが?」
「ああ、順調にブレインクリスタルの回収を進めているらしい。既に予定の三割が集まっているとの話だ」
アランからクリフが予想以上の成果を上げていると聞き、ダグマイアは驚きを見せる。
ブレインクリスタルの回収をクリフに任せると決めたのはダグマイアだったが、ここまで上手く行くとは思っていなかったからだ。
「……意外か?」
「正直に言うとな。クリフの能力を疑っている訳では無いが、上手く行き過ぎているように思える」
クリフの部隊は大半が山賊を生業とする荒くれ者で構成されている。だから能力を確かめる意味でも、ブレインクリスタルの回収を命じたのだ。
しかし、こうした物資の強奪には向いているとは思っていたが、幾らなんでも順調に行き過ぎているとダグマイアは訝しむ。
山賊たちはともかくクリフの能力については、ある程度把握している。
男性聖機師のなかでは優秀な方だが自尊心が高く敵を過小評価する傾向があり、指揮官としての能力は並程度だと思っていたのだ。
「しかし意外と上手くやっているみたいだぞ。部隊に同行させた兵士の報告では、事前に輸送ルートを綿密に調べ上げ、襲撃のタイミングや引き際も見事だったそうだ」
以前から考えれば信じられないような話をアランに聞かされ、ダグマイアはクリフの評価を改める。
太老に敗れたのはクリフも同じだ。それが自分と同じように成長の切っ掛けとなったのかもしれないとダグマイアは考えた。
しかし、やはりそれを差し置いても、順調に事が進みすぎているような違和感を覚えていた。
手応えがなさすぎるのだ。あの正木商会が背後にいるとは思えないくらいに上手く行き過ぎている。
「こっちも報告がある。調査を頼まれていた正木太老に関する情報だが――」
そう言って会話に割って入ってきたのは、眼鏡を掛けた大柄な青年――ニールだった。ダグマイアが信頼を寄せる男性聖機師の一人だ。
特にアランとニールはダグマイアが調子を崩していた時もクリフの誘いに乗らず、傍に居てくれた親友とも言える二人だった。
だからこそ、ダグマイアはそんな二人のことを信頼し、重用していた。
部下というよりは、志を同じくする仲間と言った感じだ。
「……やはり聖地の事件以降、消息不明なままか」
ニールから手渡された調査報告書に目を通し、渋い顔を浮かべるダグマイア。
あの日からずっと表舞台に姿を現さない太老の消息を探って欲しいと、ニールに調査を任せていたのだ。
しかしババルン軍の情報網だけでなく自身のツテを使い、可能な限りの情報をニールは集めたが、それでも太老の行方を掴むことは出来なかった。
聖地の崩落に巻き込まれ、死亡したのではないかという噂もあるが――
「聖地で生き埋めになっているとか?」
「本気で言っているのか?」
ダグマイアに呆れた様子で尋ねられ、自分で言って置いてなんだが、ないなとアランは首を横に振る。
それはニールも同様の意見だった。
太老が崩落に巻き込まれて死ぬようなところを、まったくと言って良いほどイメージできなかったからだ。
その程度のことで殺せるような相手なら、これほど頭を悩ませてはいない。
聖地学院の制圧だって、もっと上手く行っていたはずだ。
「だとするなら、こちらの油断を狙った欺瞞情報と考えるべきか?」
「可能性としてはある。しかし――」
違和感が残る、とダグマイアはニールの疑問に答える。
一体で戦況を変えることが出来るだけの力が、太老の〈黄金の聖機人〉にはある。
青銅の聖機人、そして〈ガイアの盾〉という絶大な力を手にした今でも、ダグマイアはまだ太老に勝てないと考えていた。
「いずれにせよ、警戒は必要か。やはり、例の計画を急ぐ必要があるな」
太老の〈黄金の聖機人〉を倒すための計画をダグマイアたちは進めていた。
そのために、聖地の崩落で行方がわからなくなった聖機神の代わりとなる機体を彼等は求めていた。
それほどのものを確実に用意できるという保証はない。しかし手掛かりがまったくないと言う訳ではない。
必要な船≠ヘ手に入った。あとはブレインクリスタルを用意すれば、計画を次の段階へと進めることが出来る。
「ああ、それで思い出した。クリフから戦力の強化について相談をされたんだが――」
クリフから相談されたという内容について、ダグマイアに説明するアラン。
それはブレインクリスタルの奪取に成功したものの今後は更に警戒が強化されることが予想されるため、聖機人や機工人と言った兵器をもう少し融通してくれないかと言ったものだった。
確かにクリフの懸念は理解できると、アランの話を聞いてダグマイアは逡巡する。
いまは順調に行っていると言っても、この先も上手く行くとは限らない。
噂の独立部隊が出て来れば、クリフたちの部隊では荷が重い。状況は一変するだろう。
「例の〈ガイアの盾〉を解析して作ったという新装備が届いていただろ?」
「……あれをクリフの部隊に渡すのか?」
「実証データは必要だからだな」
若干渋る様子を見せるも、ダグマイアがそういうならとアランは自分を納得させる。
正直なところアランはクリフのことを、まったくと言って良いほど信用してはいなかった。
一度は裏切るような真似をしておきながら、何食わぬ顔で頼ってくるような男を信用できるはずもない。
それにクリフと一緒にいる荒くれ者たちも信用は出来ない。よからぬことを企んでいる可能性をアランは疑っていた。
次にクリフが裏切るようなことがあれば、その時は――
(出来れば、そんな真似はさせないでくれよ)
学び舎を共にした仲間を切り捨てるような真似は出来ればしたくない。
そんな日が来ないことを、アランは密かに祈るのだった。
◆
「計画通りに進んでいるみたいね」
机の上に山積みにされた書類に目を通しながら、そう呟くドレス姿の女性。
どことなくフローラに似た雰囲気と顔立ちをしている彼女は、ラシャラの母親にしてシトレイユの元皇妃ゴールドだった。
グウィンデルの花と呼ばれ、姉のフローラと共に知られた才女だ。
そして正木商会の傘下に入ることになったゴールド商会の代表でもあった。
彼女が先程から真剣な表情で目を通しているのは、ダ・ルマー商会から送られたきた経過報告だ。
そこにはハヴォニワの輸送部隊が襲われ、ブレインクリスタルが奪われたことが記されていた。
「ダ・ルマー商会の相談役、立木林檎様でしたか」
「知っているの?」
「知らない者はいないでしょうな。『鬼姫の金庫番』は有名ですから」
と、執事服の老紳士はゴールドの問いに答える。
彼の名はセバスチャン。それが本名かはわからないが、カレンと共にゴールドに仕える従者だった。
とはいえ、ゴールドも彼の本名は疎か、過去に何をしていたかさえ詳しくは知らない。
ゴールドの立場を考えれば、素性の怪しい人物を傍に置くのは危険でしかないが、それに目を瞑っても余りあるほどに彼は優秀だった。
知識の幅広さや見識の深さも然ることながら、武術の腕においてもカレンが手玉に取られるほどの技量の持ち主だ。
その上、礼儀作法も完璧で、立ち居振る舞いも使用人の鏡とでも言うべきものだった。
「『鬼姫の金庫番』ね……私はむしろ、あなたの過去の方が気になるのだけど」
「私の昔話など聞いても面白くはありませんよ。実はとある国の王族ということもありませんし、極々平凡な人間ですから」
疑わしげな視線をセバスチャンに向けるゴールド。
セバスチャンの能力を考えれば、とても平凡な家庭の生まれとは思えなかったからだ。
気になってカレンに尋ねたことがあるのだが、彼女もセバスチャンの過去については詳しく知らなかった。
だが武術の型から樹雷の関係者ではないかという推察を、ゴールドはカレンから聞かされていた。
(樹雷……確か、あちらの世界で最大の力を持つ軍事国家と言う話よね?)
太老や水穂、それに剣士なども樹雷の関係者だ。そして林檎も――
ゴールドが正木商会の傘下に入ることを決めたのも、彼等がやってきたという異世界に興味を持ってのことだった。
「ゴールド様、お客様がいらしています」
「……客? そんな予定、入っていたかしら?」
ゴールドは確認を取るようにチラリと視線をセバスチャンに向けるが、彼は首を横に振る。
予定にない客と言うことだ。そうした客は実のところ少なくない。
ゴールドはグウィンデルを代表する大商会の代表だ。その上、正木商会の傘下に入ってからは、利に聡い商人や貴族を中心に面会を求める客が増えていた。
だから基本的に紹介状のない飛び込みの客というのは、一部の例外を除き、断っていた。
一々、ゴールドが応対していたのではきりがないからだ。
しかし、こうして侍従が態々声を掛けにやってきたと言うことは、その一部の例外に当て嵌まる賓客と言うことだ。
一体、誰が訪ねてきたのかとゴールドが侍従に尋ねると、
「剣北斎様とお孫様です」
思わぬ名前を耳にして、ゴールドは目を瞠る。
剣北斎と言えば、ハヴォニワを代表する男性聖機師だ。
しかも現在、正木商会より秘密裏に指名手配されている人物だった。
結構な額の賞金が北斎の生け捕りには懸けられている。まさに飛んで火に入る夏の虫と言ったところだ。
「すぐにお通しして」
「……何を考えているか、表情にでておりますぞ?」
「あら、いけない」
賞金も魅力的だが北斎を捕まえて突き出せば、水穂に恩を売れるチャンスだとゴールドは考える。
だが、北斎はフローラですら敵わないほどの武術の達人だ。普通のやり方で大人しく捕まってくれるとは思えない。
となれば――
「セバスチャン、いざという時は働いてもらうわよ」
そんなゴールドの指示に、やれやれと肩をすくめるセバスチャン。
やれと言われればやるのが使用人の定めだが、気乗りしないことに変わりはなかった。
そうこうしていると、一人の老人と幼い少女がゴールドの待つ執務室へ案内されてやってきた。
着物姿の老人の方は、間違いなく北斎だった。
ゴールドも若い頃に何度か顔を合わせたことがあるので、本人で間違いないと確認する。
一方で、北斎と同じ着物姿の幼い少女の方には見覚えがなかった。
北斎にこんな孫娘がいただろうかとゴールドは首を傾げる。
「北斎様、ご無沙汰しております。そちらのお嬢様はお孫さんですか?」
「う、うむ……まあ、そのようなものだ」
動揺を隠すかのような反応を見せる北斎を見て、これは何かあると訝しむゴールド。
北斎との関係を確認しようと少女の方にゴールドが視線をやると、
「……お祖父ちゃん?」
セバスチャンを見て、呆然とした表情でそう呟く少女の姿があった。
……TO BE CONTINUED
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