「とんでもない子ね。昔の姉様を思い出すわ」
「姉君ですか?」
そう言って聞き返してくるセバスチャンに、ゴールドは肩をすくめながら答える。
「姉様とセットで『グウィンデルの花』なんて呼ばれていたけど、私なんて才能では姉様に遠く及ばないわ。姉様は文字通りの天才=\―いえ、鬼才≠セもの」
フローラは学院生時代を知る者から戦闘狂などと揶揄されているが、ただの戦闘バカに為政者が務まるはずがない。
一代で分散統治されていた国を統一し、高地間鉄道を造り上げた手腕は、後世の歴史で名君と讃えられるほどの功績だ。
ゴールドもシトレイユを大陸一の豊かな国へと発展させた実績を持つが、それでも姉には到底及ばないと認めていた。
シトレイユが大陸一の国になれたのは、フローラが行ったハヴォニワの改革を上手く利用し、便乗したところが大きいと考えているからだ。
「私は計算で動くタイプだけど、姉様は違うわ。最初から答え≠ェ見えているのよ」
直感。野生の勘と言ってもいいのかも知れない。
分散統治されていたハヴォニワを統一するまでの絵図がフローラには最初から見えていた。自分の勘を信じて動いただけの話だ。
太老を拾ったこともそうだ。恩人だからと言う理由だけで、素性の知れない男を王女の傍に置くなど普通はありえない。
なのに為政者であれば決してしないことを、フローラはあっさりと決断した。
それは太老が国の成長に必要な人材だと、出会った時点で見抜いていたからだ。
少なくとも自分にフローラと同じようなことが出来るかと言えば、ゴールドは首を横に振る。
「だから、私もおこぼれ≠頂戴できたのだけどね」
だが、非才と言う意味では、彼女も姉と同じだ。
タダでは転ばない。その言葉がこれほど似合うのはゴールドを置いて他にいない。
世界で最もフローラのことを理解しているからこそ、ゴールドは先の先を読み、流れを利用することで財を築いてきた。
実の姉ですら、彼女は金儲けの道具としか見ていない。
フローラもそんなゴールドの性格を知っていて、互いに利用し合ってきたと言うことだ。
「それも互いに認め合っていなければ、成立のしない関係でしょう」
「こんな話を聞けば普通の人は引くのだけど、やっぱりあなたは変わってるわね」
「得てして、天才と変人は紙一重と言いますからな。それと似たような方々は大勢見てきましたから」
「……それって、あなたが前に執事をしていた家の話でしょ? 姉様みたいなのが一杯いるって、どんな魔窟なのよ……」
自分のことを棚に上げ、そう話しながらゴールドは溜め息を漏らす。
だがセバスチャンも冗談や嘘を言っている訳では無かった。
凡人には理解しがたい行動を取る天才が、樹雷皇家の関係者には多い。そんな場所で彼は長い間、執事を務めてきたのだ。
フローラやゴールドも非凡な才を持つことは確かだが、それでも上には上がいることをセバスチャンは知っていた。
「そんなことより、セバス。あなた……正木太老が樹雷の皇族関係者だって知っていて隠していたわね?」
「さて、なんのことでしょうか? 正木というのは、ありふれた名ですからな」
これも嘘は言っていない。一口に皇眷属と言っても、その数は途方もなく多い。
一般の人々でも生体強化を受ければ、千年、二千年と延命可能な技術力を持つ世界だ。治らない病などなく、脳さえ損傷していなければ遺伝子レベルで肉体を再構成することで、死者の蘇生すら可能とする世界だ。自身のアストラルコピーを残し、数万、数億年の時代を経て復活を果たしたケースも過去にはある。
だが死ににくいと言うのは、良いことばかりではない。問題として挙げられるのが人口の増加だ。
最近は延命調整を受けずに自然死を望む人々も増えてはいるものの、やはり全体としては少数派だ。そのため、こちらの世界とでは比べ物のならないほど人口が多い。資源に限りのある世界なら、とっくに破綻していても不思議ではないほどだ。広大な宇宙で生きる人々だからこそ、成立している文明だと言えた。
例えるなら、銀河連盟の秩序を司る治安組織ギャラクシーポリス――通称GPを構成する隊員・職員の数は銀河全体で凡そ二兆人と言われている。これでも広大な銀河の平和を維持していくには人手が足りず、辺境における治安の悪化が懸念され、問題視されているのだ。その数千から数万倍の人々が宇宙で暮らしていると考えれば、セバスチャンの言っていることも理解してもらえると思う。
樹雷の皇眷属と言っても、そのほとんどは何の権力も持たない一般人だ。特に出奔癖がある『柾木』家の人間は樹雷に居着かない者が多いことから、国外に多くの親類縁者が暮らしている。地球に住む遥照の血を引く一族だけでも、小さな村が作れてしまうほどの親類がいるのだ。過去に遡って一族を集めれば、親類縁者だけで国を造れてしまうほどだ。そうしたことからも『正木』の名を持つと言うだけで、太老が皇族の関係者だと察するのは無理があった。
とはいえ、まったく太老の正体を察していなかったかと言えば、そうではない。
まだセバスチャンがあちらの世界にいた頃は、それほど太老の名は知られていなかったとはいえ、水穂のことを知らない者はいない。
瀬戸の盾が傍にいる時点で、太老が鬼姫の関係者であることは樹雷の者であれば誰でも察することが出来た。
いや、カレンも口にしなかっただけで、太老が樹雷でも重要人物であることには薄々と気付いていただろう。
さすがに船穂とまで面識があるとは思ってもいなかったが、桜花から太老が皇位継承権を持っていると聞いて、むしろ納得したくらいだった。
「ゴールド様」
「……何かしら?」
「欲をかいて自滅なさいませんように」
私から出来る助言はそれだけです、とセバスチャンは一礼をして部屋を退席する。
実の姉すら利用して、ゴールドは現在の地位と財を築いた。
しかしセバスチャンはそのことを一切非難することなく、今回のように注意を促すような真似もしなかった。
それは即ち――
「セバスが警告を発するほどの人物が、彼の後ろには控えていると言うことね……」
今更、後になど引けないが、セバスチャンの言葉をゴールドは強く心に刻むのだった。
異世界の伝道師 第320話『主従の絆』
作者 193
執務室をでたところで廊下の先に見知った顔を見つけて、セバスチャンは畏まった様子で挨拶する。
「いらしていたのですね。イザベル様」
炎のように赤い髪をなびかせるその女性の名は、イザベル・クナイ。
その容姿からも察することが出来るように、彼女はラシャラの護衛機師キャイア・フランの生みの親だ。
そして、カレンと同じくゴールドに仕える女性聖機師の一人だった。
正確には、カレンは表向き従者としてゴールドの傍に仕えていたので、護衛機師という意味ではイザベルともう一人しかない。
「ご無沙汰しているわ。ゴールド様の身辺に変わったことは?」
「特には――最近は悪事を企むならず者≠フ数も減っているとの話ですから、街は平和そのものです」
「よく言うわ。ダ・ルマー商会と共謀して国内の不穏分子を一掃する計画を立てたのって、あなたとゴールド様でしょ? まあ、何かあったとしても、あなたがいればゴールド様の身に危険なんてないのでしょうけど」
「買い被り過ぎです。私はどこにでもいる普通の執事≠ナすから」
呆れた顔で、訝しげな視線をセバスチャンに向けるイザベル。
セバスチャンの実力を知っている彼女からすれば、これほど胡散臭い話はなかった。
だが、普通の執事というのは信じられなくとも、セバスチャンの腕は信頼している。
だから護衛機師でありながら、こうしてゴールドの傍を安心して離れることが出来るのだ。
「まあ、いいわ。詮索しないでおいてあげる。あなたには、私たちの代わりを務めてもらってる借りがあるしね」
「ゴールド様も寂しがっておいでです。そろそろ戻られては?」
「あのゴールド様よ? 私とカルメンがいなくて、むしろ伸び伸びとやってる姿しかイメージできないんだけど……」
ゴールドが寂しがっている様子など微塵も想像できないと、先程の話よりも更に疑わしげな顔を見せるイザベル。
カルメンというのは、ゴールドに仕えるもう一人の護衛機師。
シトレイユ出身のカルメン・カルーザという名の女性聖機師のことだった。
「カルメン様は、ご一緒ではないのですか?」
「心当たりを探ってみると言って一ヶ月ほど前に別れてから、それっきり音沙汰なしよ。まあ、大丈夫だとは思うけど……」
「ふむ……」
「言っておくけど捜索なら不要よ。何があっても自分のことは気にするなって、釘を刺されてるんだから。私がカルメンに怒られるわ」
「……お二人は相変わらずのようですな」
「信頼してると言って頂戴」
信頼してるというのは事実だろう。カルメンもイザベルに比肩するほどの聖機師だ。
その実力は、女性聖機師のなかでもトップクラス。現役時代のフローラに迫るほどとも言われている。
それにカルメンがそうイザベルに釘を刺したからには、何か考えがあるのだろうと察してセバスチャンは大人しく引き下がる。
既にシトレイユとの縁は切れているが、カルメンはダグマイアの生みの親だ。心当たりを探ってみるというのは、その線を辿ると言う意味なのだろう。
そんな彼女の事情を知っていてゴールドが自由にさせている以上、執事の自分が口を挟むことではないと考えてのことでもあった。
「お一人でこちらにいらしたと言うことは、何か進展が?」
話題を変えるように、セバスチャンはイザベルに来訪の目的を尋ねる。
「残念ながら……ガイアが眠っていたという遺跡にも足を運んでみたけど手掛かりはなし。ほんと、あの子はどこに行ったんだか……」
あの子、というのはメザイアのことだ。
聖地で起きた事件以降、イザベルはメザイアの行方を捜していた。
表向きはカルメンと共にババルン軍の動向を探り、拠点を突き止めることが目的だが、そちらの方も特に進展はない。
「正木卿と行動を共にされているという可能性は?」
「なきにしもあらずと言ったところね。それこそ、そっちでも捜索は続けてるんでしょ?」
太老の行方はハヴォニワを始め、様々な国が探っている。
崩落に巻き込まれて死亡したという噂もあるが、これを信じている者はそう多くない。
特に太老のことをよく知る者ほど、彼の生存を疑っていないのが現実だった。
なんらかの事情があって姿を隠しているというのが、この件に携わっている関係者の共通見解だ。
「では、どうしてこちらへ?」
「ゴールド様の顔を覗きに……というのは、半分本当で半分は嘘。実際のところはハヴォニワで開催予定の国際会議に、ゴールド様の護衛機師として同行させてもらおうと思ってね」
イザベルの立場を考えれば、何も問題はない。
むしろ、彼女はゴールドの護衛機師だ。その彼女がゴールドの傍を離れている現状の方が問題なのだ。
だが、イザベルの狙いは他にあるとセバスチャンは考える。
「なるほど、キャイア様ですか」
ハヴォニワで開かれる次の国際会議には、シトレイユからラシャラも参加することが決まっている。
当然そうなれば、護衛機師のキャイアも同行するはずだ。
となれば、イザベルの目的についても察しがつく。
娘に会うために戻ってきたのだと、セバスチャンはイザベルの考えを読んだのだ。
ゴールドもイザベルとキャイアの関係は知っている。頼まれれば、嫌とは言わないだろう。
「ほんと、嫌になるくらい察しが良いわね。そうよ、ラシャラちゃんから連絡をもらってね……」
「そういうことですか」
公にはされていないがババルン軍が聖地を襲撃した際、キャイアがダグマイアの逃亡を手助けしたという噂が流れていた。
ただでさえ、シトレイユはババルン軍が聖地を襲撃したことで厳しい立場に置かれ、未だにババルン軍との関係を疑われているのだ。
この上、キャイアがダグマイアと繋がっているなどという話になれば、ラシャラが太老の婚約者ということで我慢をしている国々も黙ってはいないだろう。
そうなれば、ハヴォニワもこれまでのようにシトレイユを庇うのは難しい。
現在、ハヴォニワが主導で進めている連合構想にも影響を及ぼしかねないからだ。
「わかりました。そのつもりで、こちらも準備を進めさせて頂きます」
「……手間を掛けるわね」
「いえ、お気になさらず。ゴールド様にとってイザベル様は大切なご友人≠ナもありますから」
ゴールドの大切な友人と言われて、なんとも複雑な顔を見せるイザベル。
カルメンはゴールドがシトレイユに輿入れしてからの関係だが、イザベルは違う。
まだゴールドが学院に通っていた頃から護衛機師として共にあり、謂わばマリアとユキネのような関係を築いていた。
主従の関係を越えた腐れ縁。互いのことをよく知っているのは確かだが、
「イザベルが戻ってきてる!? 私はいないって言って! 今日はもう誰とも会わないから!」
「いえ、もう扉の前までいらしていますが……」
「ちょっ! なんで先にそれを言わないのよ!?」
そのことを面と向かって言われると否定したくなる。
額に青筋を立てながら扉の先で待つ光景を思い浮かべ、イザベルはドアノブに手を掛けるのだった。
……TO BE CONTINUED
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