「風雲……」
「……タロウ城?」
城を見上げながら、なんとも言えない表情を浮かべるマリアとラシャラ。
風雲タロウ城。太老の名前を冠した城。どう考えても嫌な予感しかしない代物が彼女たちの目の前にそびえ立っていたからだ。
訝しむのも当然だ。正直なところ何も見なかったことにして立ち去りたいという気持ちで一杯だった。
しかし、
「……尻尾を巻いて逃げる訳にはまいりませんわね」
「その通りじゃ。あのような挑戦を叩き付けられてはな!」
太老への愛が本物なら天守閣まで上ってこいと桜花は言ったのだ。
そのような挑発をされて逃げ帰るなどという選択肢は、マリアとラシャラの二人にはなかった。
ましてや、桜花が『太老の妹』を自称する以上、マリアにも妹≠ニしての意地がある。
「はあ……なんで私たちまで……」
シンシアにポンポンと慰めるように背中を叩かれ、グレースはもう一つ大きな溜め息を吐く。
マリアとラシャラはやる気になっているが、グレースは余り乗り気ではなかった。
というのも――
(……これ絶対『剣のダンジョン』とか言うのと、同じ奴だよな?)
桜花は太老の作った発明品。虎の穴の亜種だと言っていたのだ。
だとすれば、恐らくはユキネの故郷に現れた『剣のダンジョン』と同種のものだとグレースは推察する。
あの剣士ですら手こずるような代物だ。ユキネとミツキが一緒とはいえ、攻略できるか怪しい。
罠と分かっていて、まんまと敵の誘いに乗るようなものだ。グレースが気乗りしないのも当然だった。
「ラシャラ様、頑張ってきてください」
「怪我をしないように気をつけてくださいね」
「何を他人事のようにしておる!? 御主等も一緒に来るんじゃ!」
ええ……と、アンジェラとヴァネッサ。従者の二人から不満の声が上がる。
とはいえ、ラシャラを見捨てたら見捨てたらで役目を放棄したと見做され、マーヤから叱りを受けることは確実だ。
主君の命令とあれば仕方がないと、渋々と言った様子でアンジェラとヴァネッサはラシャラの言葉に従う。
「ユキネ、ミツキさん。よろしくお願いしますわ」
「はい、マリア様」
「ご期待に添えるように頑張ります」
ラシャラたちの後を、タチコマの背中に捕まって追い掛けるグレースとシンシア。
その後を追い、マリアたちも桜花の待つ天守閣を目指して城門を潜り抜けていく。
そして――
「フフッ、上手く行ったね。そろそろ、私たちも次の計画に移ろうか。マリエル」
誰にも気付かれることなく、マリーはスッと景色に溶け込むように姿を消すのだった。
異世界の伝道師 第343話『妹たちの駆け引き』
作者 193
「これは……」
ラシャラは感嘆の声を漏らす。
城門を潜った先には、異世界が――息を呑むような景色が広がっていたからだ。
「これが、お兄様の生まれ育った世界の景色なのですね」
「うむ。心が洗われるようじゃの」
微妙に勘違いをするマリアとラシャラ。
このダンジョンを手掛ける際、太老がデザインの参考にしたのは地球≠ナはなく津名魅≠セ。
三命の頂神に名を連ねる津名魅の方ではなく、幼い頃に修行≠ニ称して太老が放り込まれていた空間。皇家の船――始祖〈津名魅〉の亜空間に固定された世界がモデルとなっていた。
それは即ち――
「お二人とも、少し下がってください」
マリアとラシャラを庇うように、スッと前へ出るミツキ。
静けさの中、ガサガサと草木が揺れる音が聞こえ、場に緊張が走る。
ゴクリと息を呑むマリアとラシャラ。森の中から姿を見せたのは――
「何かと思えば、ただの兎ではありませんか」
小さな野ウサギだった。
ほっと安堵の息を吐くとその場に屈み、おいでおいでと野ウサギを手招きするマリア。
だが――
「マリア様!」
「……え?」
ユキネの声が響き、何かに気付いた様子で顔を上げるマリア。
そして目を丸くし、呆然とその場で固まる。
見上げた視線の先には――
「なんじゃ、これは!?」
額に角を生やした熊のように大きなウサギが佇んでいたからだ。
小さな野ウサギの母親だろうか?
巨大な角ウサギを前に、悲鳴にも似た声を上げるラシャラ。
マリアも驚きの余り思考がついていかず、身体が硬直して動くことが出来ない。
「アンジェラ!」
「わかってる!」
マリアとラシャラを庇うように前へでるヴァネッサとアンジェラ。
角ウサギの注意が二人に向いている隙に、ミツキとユキネは左右から挟み込むように間合いを詰める。
「はああああッ!」
「やあああッ!」
踏み込んだ一撃から強烈な掌打を放つミツキ。その動きに合わせ、ユキネも回し蹴りを繰り出す。
息の合ったコンビネーションから放たれる連撃。
大気を震わせるような衝撃と共に大地に亀裂が走り、角ウサギの巨大な身体が宙を舞う。
そのまま地面を転がるように弾き飛ばされると、一本の大木に背中を打ち付ける角ウサギ。
そして――全身から燐光を放ちながら、天に召されるように角ウサギは姿を消すのだった。
◆
その頃、天守閣には――
「へえ……なかなかやるね。あのお姉ちゃんたち」
あっさりと角ウサギを撃退したミツキとユキネの活躍を、空間に投影された映像で観察する桜花の姿があった。
恒星間移動技術も有していない初期文明の住人など、生身では大した力は持っていないと思っていたのだ。
しかし、その認識は誤りだったと、桜花は評価を修正する。
「樹雷の中級闘士くらいの実力はあるかな? 近接戦闘の技術だけなら上級に迫るくらいかも」
達人と呼んでも過言では無い優れた技術を持っていると認める一方で、この程度であれば自分の敵ではないと桜花は笑みを溢す。
それに、この〈風雲タロウ城〉はただ単に力や技が優れているだけでは突破できない厄介な代物だ。
すべての試練を乗り越え、天守閣まで辿り着くのは容易なことではない。
死ぬことはないが、失格となれば自動的に城の牢屋に転送される。そうなったら、マリアたちは終わりだ。
邪魔者のいなくなった後で、ゆっくりと太老との再会を演出すればいいと桜花は考えていた。
「まあ、お兄ちゃんが帰ってくるまでの余興≠ニして、少しは楽しませてもらおうかな」
そう言って、ポップコーンを片手に余裕の笑みを浮かべる桜花。
自分が出し抜かれる≠アとなど、彼女は微塵も考えてはいなかった。
◆
「なんなのじゃ……ここは……」
「……正直、甘く見ていましたわ」
森を抜け、肩で息をしながら地面に腰を下ろすラシャラとマリア。
無理もなかった。森を抜けるまでに、野生の獣に襲われること十数回。
その何れもが、本来であれば愛らしい小動物≠ホかりだったのだ。
そう、普通の大きさならと要約がつくが……。
「お兄様の世界には、あのような恐ろしい生き物がいるのですか……」
「異世界は平和な世界だと聞いておったのじゃが……これは認識を改める必要がありそうじゃな」
更に勘違いを膨らませる二人。
津名魅を参考にしていると言うことは、自然環境も地球ではなく津名魅の世界に近付けていると言うことだ。
当然、森に生息する動植物も地球のものではなく、そちらを再現している。
しかも津名魅の世界に生息する生物とは、樹雷の闘士ですら相手に手こずる天樹最下層の猛獣たちが大半だ。
可愛い見た目とは裏腹に凶暴で、非常に厄介な生き物たちが集められていた。
「マリア様」
「……どうかしたのですか?」
「これを……」
地面に屈んで休息を取っていると、ユキネから青い宝石のような物を手渡されてマリアは目を瞠る。
それは色こそ違うものの、ブレインクリスタルとよく似た形状をしていたからだ。
「これを、どこで?」
「倒した獣のところに落ちていました。恐らく……」
ユキネの話を聞き、剣のダンジョンと同じだとマリアは察する。
だとすれば、やはりユキネの故郷に出現したダンジョンも、太老が造ったものと考えるのが濃厚になってきた。
ユキネから受け取った宝石をハンカチに包み、大切に胸もとへ仕舞うマリア。
いずれにせよ、ここでは答えはでない。事情を知っている人物に聞くのが一番早いとマリアは考える。
そして、
「そう言えば……」
ふと、いま思い出したかのように周囲を振り返るマリア。
しかし捜している人物が見当たらないことに気付き、表情を険しくする。
「どうしたのじゃ? 血相を変えて」
「マリエル……いえ、マリーの姿が見えないので、何処に行ったのかと」
「そう言えば……見当たらぬな」
まさか、まだ森の中にいるのではと考え、マリアとラシャラは辿ってきた道を振り返る。
しかし、
「マリーなら最初からいなかったよ?」
タチコマの背中から顔をだしたシンシアにそう言われ、顔を見合わせるマリアとラシャラ。
そして、記憶を辿るも――確かに、記憶にない。
他の皆にも尋ねるが、マリーが城門を潜ったところを見た者は一人もいなかった。
「まだ船に残っていると言うことでしょうか?」
「そう考えるのが自然じゃが……」
なんとも腑に落ちないものを感じ、マリアとラシャラは共に首を傾げる。
当初から渋っていたグレースならわかるが、マリーなら言わずともついてくると思っていたからだ。
「そういや……ずっと気になってたんだけど、なんでマリーの奴は私と桜花のことを知ってたんだ?」
ふと口にしたグレースの疑問に、ハッと顔を見合わせるマリアとラシャラ。
そう、そもそもグレースが桜花の居場所を知っていると教えてくれたのはマリーだった。
そして、その桜花が太老の帰還する場所と日時を知っているという情報をくれたのもマリーだったのだ。
マリエルの記憶を共有しているという話が事実なら、グレースのことをマリーが知っているのは理解できる。
仮に桜花のことも知っていたとしても、グレースが桜花と面識があることをどうやって知ったのか?
そこが謎だった。
「まさか、彼奴……」
最初から桜花と繋がっていて、自分たちを誘い出して罠に嵌めるのが狙いだったのでは?
と、ラシャラは考える。
しかし、マリアはそんなラシャラの考えを否定する。
「何を考えているのかは察せられますけど、それはありえませんわね」
「……どういうことじゃ?」
「簡単な話です。彼女はマリー≠ナあると同時にマリエル≠ネのですよ?」
マリアが一目を置くほどに、マリエルは太老への忠誠心が厚いメイドだ。
自分の気持ちを押し殺しても、太老を優先する。それがマリエルという女性だった。
だからこそ、桜花の誘いに乗るとはマリアには思えなかったのだ。
ただ――
「彼女も私たちも……まんまと嵌められたのかもしれません」
桜花と手を組んでいるとは思わない。しかし、マリーに何か別の狙いがあることは確かだ。
そのための時間を稼ぐため、桜花を利用してこの状況≠作ったと考えることも出来る。
いや、その可能性が一番高いとマリアは見ていた。
自分の気持ちを押し殺しても、太老を優先する。
それは逆を言えば、太老のためならどんなこと≠ナもすると言うことだ。
「とにかく先を急ぎましょう。桜花さんにも、このことを伝えないと――」
そうすれば、協力することは無理でも争いは回避できるかもしれない。
マリアは先を急ごうと皆に促し、池の畔でピタリと足を止める。
「……龍神池?」
池の畔に立つ看板には『龍神池』と書かれた看板と、この先に進むためのルール説明が記されていた。
……TO BE CONTINUED
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