「また……最後にとんでもない試練がきたわね」

 もう、すっかりと慣れた様子で立て札≠ノ書かれたルールに目を通すマリア。
 そこには天守閣へと通じる最終試練『総力戦』のルールについて書かれていた。
 勝利条件は、相手の陣地にある旗を倒すか、敵の大将を打ち取ること。
 敗北条件は、自分たちの陣地にある旗を倒されるか、全員が戦闘不能になること。
 一見すると、挑戦者側に有利なルールに思えるが、大きな落とし穴が一つあった。
 それが――

「敵の数はプレイヤーの百倍の数とすると言うのは……どういうことじゃ?」
「そのままの意味でしょうね。私たちは五人だから、敵の数は五百人ってところかしら?」

 敵の数はプレイヤーの百倍とする、という条件だった。
 無茶苦茶じゃ! と、当然のように抗議の声を上げるラシャラ。
 兵法の常は、相手より多くの兵を用意することだ。
 基本的に戦争とは、装備や技術に圧倒的な差が存在しない限りは、数の多い方が勝つと決まっている。
 明らかにプレイヤー側が不利。いや、そもそも攻略させる気が本当にあるのかと言ったルールだった。

「でも、お兄様の作った試練なのですよ?」

 しかし太老の作った試練なら、むしろ頷けるとマリアは話す。
 これまでにも太老は、数の差などまったくものともせずに立ち塞がる困難を退けてきた。
 質が数を凌駕する。それを常に示してきたのが、太老だった。
 少なくとも太老を相手にするのであれば、百倍の数を揃えた程度では足りないとマリアは考えている。

「ううむ……しかしじゃな」

 確かに太老なら不可能なルールではないと、ラシャラもそこは同意する。
 しかし、ここに太老はいないのだ。ラシャラが不安に思うのも当然だった。

「ユキネ、正直に言ってください。どの程度の数なら一人で相手に出来ますか?」

 マリアもラシャラの懸念は理解していた。
 しかし、ここにはその太老に鍛えられたユキネとミツキの二人がいる。
 ヴァネッサも二人と比べれば実力的に劣るとはいえ、一流の使い手に違いはなかった。
 なら、太老のように一人で戦況を覆すことは難しくとも、力を合わせれば可能性はあるのではないかとマリアは考える。

「百……いえ、二百までなら、どうにか」

 ユキネの話を聞く限りでは、少なくともミツキも同数の敵を相手に出来ると考えていいだろう。
 二人で四百の敵を相手に出来ると考えれば、残る敵は百。

(そのくらいなら、どうにか……)

 正直かなり厳しい戦いになるとは思うが、可能性がゼロではないなら試して見る価値はあるとマリアは考え、

「ミツキさん、ユキネ。合図をしたら、あなた方は二人で敵本陣へ突入してください」

 ――ここの守りは、私たちで引き受けます。
 と、ミツキとユキネの二人に告げるのだった。





異世界の伝道師 第350話『導く者の務め』
作者 193






「こちらの思惑通りに動いてくれたようじゃな。ヴァネッサ、わかっておるな」
「はい。ラシャラ様」

 作戦通りに行動を開始するヴァネッサの後ろ姿を見送りながら、ラシャラは少し複雑な表情を見せる。
 恐らくヴァネッサが無事に戻ってくることはないとわかっていてのことだった。
 これはあくまでゲームだと理解していても、従者に死んで来いと命令をだすのは気が滅入る。
 仲間に犠牲を強いる戦い。勝つための判断力と決断力を養う試練。
 為政者の心得を太老に説かれているようだと、ラシャラは感じていた。

「ラシャラさん。あなたに辛い選択をさせてしまって、すみません……」
「よい。ここで我等が敗退すれば、他の者たちの犠牲が無駄になる。ヴァネッサもそのことは理解しておるはずだ」

 何がなんでもゲームをクリアする。
 それだけが、アンジェラたちに報いる方法だとラシャラはマリアに答える。
 それに――

「御主とて、覚悟を決めておるのであろう?」

 そうでなければ、ユキネを行かせたりはしないとラシャラは察していた。
 だからラシャラも覚悟を決め、ヴァネッサを行かせたのだ。
 どのみち非力な自分たちに出来ることは、何もないと考えてのことでもあった。
 ならば――

「最悪、私たちもここで失格ですわね」
「ミツキとユキネが残っておれば、どうにかしてくれるじゃろ」

 彼女たちの勝利を信じて、ここで待つことが為政者としての務めだと、二人は同じことを考えていた。


  ◆


「上手く誘いに乗ってくれたようね」

 砦の上から門の前に陣取るゴーレム兵の軍勢を観察するヴァネッサ。
 数は二百近くいるだろうか? 想定よりも随分と多いが、ここで弱音を吐く訳にはいかなかった。
 主君が覚悟を決めた以上、その期待に応えるのが、従者の務め。
 そのように、ヴァネッサは幼い頃からマーヤに教わってきたのだ。

「精々、派手に引き付けるとしましょうか。アンジェラの分まで」

 従者の務めを見事に果たしたアンジェラの分まで、ラシャラの期待には自分が応えて見せるとヴァネッサは気合いを入れる。
 アンジェラが近接格闘を得意としているように、ヴァネッサにも得意とする得物がある。それが剣≠ニ槍≠セ。
 特に長物の扱いに長けており、剣の腕ではキャイアに若干遅れを取るものの槍を使わせれば、シトレイユに並ぶ者なしと言われるほどの使い手だった。
 しかし今回に限って言えば、その槍も最後まで出番はない。得意な得物が剣≠ニ槍≠ニ言うだけで他の武器が使えない訳ではないからだ。
 むしろ、ヴァネッサの最大の長所は得物を選ばないところにあった。彼女がその気になれば、ありとあらゆるものが武器となる。
 そして――

「太老様から預かっていたものが、こんな風に役立つときがくるなんてね」

 そんなヴァネッサの戦闘スタイルに合わせ、太老はラシャラの安全を強化するために手製のアイテムを渡していた。
 アンジェラの手甲も太老がワウアンリーに命じて作らせたものだ。
 聖機人専用の武器〈ゴルドシリーズ〉と同じ素材が使われていた。
 そして、肝心のヴァネッサの装備はと言うと――

「えっと、これをこっちに回せばいいのよね?」

 腕輪についたメモリのようなものを合わせ、カチリと横のボタンを押すヴァネッサ。
 すると腰に下げていた剣が消え、代わりに鎖の先に刺々しい鉄球がついたモーニングスターのような武器が現れる。
 これは過去に太老が桜花たちのために用意した〈七つ道具〉の一つ、錬金釜の機能の一部を亜法の技術で再現したものだった。
 オリジナルの錬金釜はレシピと必要な材料さえ揃えれば、どんなものであろうと作り出すことが出来る。
 かなりの量の資源が必要となるが、その気になれば宇宙戦艦すら作り出すことが可能な非常識な発明品だ。
 生憎とヴァネッサの持つ腕輪にはそこまでの力はないが、個人が使用する武器であれば大抵のものは作り出すことが出来る。
 そして、

「せーの!」

 この道具によって生み出された武器は、レシピの元となったオリジナルの武器と同等の破壊力を持つ。
 太老の黄金の鉄球が、どれだけの破壊力を持つかは既に周知の通りだ。
 それが人間サイズの大きさであっても、同じように設計された武器が弱いはずがない。
 遠心力を用い、空高く放り投げられた鉄球は真っ直ぐにヴァネッサの狙い通りに飛んでいく。

「いけええええッ!」

 ヴァネッサの声に応えるようにゴーレム兵の頭上を通り過ぎ、鉄球は左右にそびえ立つ岩壁に衝突する。
 崩れ落ちてくる巨大な岩に押し潰され、粉々に破壊されるゴーレム兵たち。
 敵の部隊が分断されたことを確認すると、ヴァネッサは柵を跳び越えて砦の外へでる。
 そして、

「しばらく、私に付き合ってもらうわよ」

 壊れたゴーレムの残骸を無数の武器へと変え、敵の前に立ち塞がるのだった。


  ◆


 空に轟音が響き、本陣の方から煙が立ち上るのを確認してミツキとユキネは動きだす。
 少しでも早く試練を攻略するため、真っ直ぐに敵の本陣を目指す二人。
 マリアが立てた作戦は、ヴァネッサが時間を稼いでいる間にミツキとユキネの二人で一気に敵本陣を攻略するという単純なものだった。
 攻撃はミツキに任せ、自分も本陣の防衛に残るべきだとユキネは主張したが、マリアが頑なにそれを拒否したのだ。
 数で劣っている以上、守っていては勝てない。攻撃こそ最大の防御だと――
 それに、この試練を無事に乗り越えたとしても、天守閣には桜花が待ち受けている。
 仮にユキネの案で攻略できたとしても、ミツキの体力を必要以上に消耗させるの下策だ。
 確実を期すためにも二人で行くべきだと説得されれば、ユキネも頷く他なかった。

「ユキネちゃん。焦る気持ちはわかるけど、先行しすぎよ」
「……すみません」

 素直に謝罪し、少しスピードを落とすユキネ。
 足並みを乱せば、その分ミツキへの負担が増える。
 桜花を倒すにはミツキの力が必要だというマリアの考えには、ユキネも納得していた。

「大丈夫。彼女たちなら、きっと上手くやってくれるわ。私たちは与えられた役目を精一杯こなしましょう」

 ミツキの言葉に頷くユキネ。
 マリアが自分の身を危険に晒してまで、作ったチャンスだ。
 それを無駄にすることなど、ユキネに出来るはずもなかった。

「きたわね」

 敵の本陣から無数のゴーレム兵が出て来るのをミツキは確認する。
 ワラワラと湧き出る敵の数に辟易としながらも、スピードを落とすことなく距離を詰めるミツキとユキネ。

「一気に突破するわよ」
「はい!」

 そのまま並走しながらスピードを更に上げると、ミツキとユキネは一気に敵の中へと突っ込む。
 目で追いきれないほどの速さでミツキが拳を振うと、十体近いゴーレム兵が一度に宙を舞う。
 続くユキネも負けてはいない。両手に持った剣を縦に一閃すると、頭からゴーレム兵の身体が両断される。

「指輪が光って……これって?」
「ユキネちゃん、気を付けて。何か様子がおかしいわ」

 力が全身から溢れてくることもそうだが、場に漂う気配が普通じゃないとミツキは警戒を強める。
 その時だった。背中に悪寒を感じて、咄嗟にその場から飛び退く二人。
 すると、先程まで二人がいた場所に光の柱≠フようなものが天井を突き破って現れる。
 そして――

「まずい! ユキネちゃん!」

 ミツキは一早く危険に気付き、咄嗟にユキネを庇うように覆い被さる。
 あっと言う間にゴーレム兵諸共、二人を呑み込む白い光。
 その光は戦場を瞬く間に覆い尽くし――

 世界を白く染め上げるのだった。





 ……TO BE CONTINUED



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