「剣士くんたちとの通信はまだ繋がらないの!?」
焦りを隠せない様子で、声を荒げるフローラ。
黒い太陽があった場所を中心に眩い光が放たれたかと思うと、剣士たちとの通信が繋がらなくなってしまったのだ。
しかも、半径十キロにも及ぶ範囲の空間がドーム状に切り取られ、結界のようなものが張られて教会本部のように近付けなくなっていた。
「ダメです! 何度やっても結界に阻まれて通信が届きません!」
「結界の解析は?」
「術式が複雑すぎて解除をするどころか、解析すら困難との報告が……」
打つ手なしと言う報告にフローラはドッと疲れた表情で椅子に腰掛け、背もたれに体重を預ける。
剣士たちを行かせたのは軽率だったかもしれないと考えるも、他に手がなかったのも事実だ。
万が一のことを考え、艦隊を下がらせていたことは幸いしたが、
「一体なにが起きていると言うの?」
その疑問に答えられる者はいない。いるはずもなかった。
そもそも聖機人を捕食し、巨大化したガイアの能力からして理解の範疇を超えていた。
先史文明の方が現代よりも遥かに優れた技術力を有していることは分かっていたが、これほどの差があるとはフローラも想定していなかったのだ。
だが、これは別にフローラの見通しが甘かったと言う話ではない。水穂や林檎でさえ、ガイアの力を読み違えたのだ。
『お困りみたいですね』
「……え?」
突然、艦内に流れる声に驚き、顔を上げるフローラ。
「誰かが通信に割り込んで――上からです!」
続いてブリッジにオペレーターの声が響き、モニターに一隻の船が映し出される。
「あれは〈星の船〉?」
それは、ババルン軍によって教会本部より強奪された宇宙船――星の船だった。
今頃になって、どうして――という疑問がフローラの頭に過ぎるが、すぐに拙い状況に置かれていることに気付く。
教会本部を空間凍結したのはガイアではなく、目の前の〈星の船〉の能力だったことを思い出したからだ。
頭上を抑えられている以上、攻撃を避けるのは困難だ。それに今、艦隊は嘗て聖地があった場所にまで後退していた。
ここは守るのに優れた要所ではあるが、四方を喫水外に囲まれているために逃げることも叶わない。
絶体絶命のピンチに、最悪の事態を覚悟するフローラ。しかし、
『ご無沙汰しています。女王陛下』
通信に顔をだしたのは、ババルン軍に捕まったはずのダグマイアの母――カルメン・カルーザだった。
異世界の伝道師 第356話『予想外の援軍』
作者 193
「あなた……捕まってたんじゃ……」
『はい。ですから、彼等に助けてもらったんです』
驚きの表情を見せるフローラに、カルメンは二人の男を紹介する。
その聖地学院の制服に身を包んだ男たちの顔に、フローラは見覚えがあった。
「あなたたちは確か、ダグマイアさんの友人の……」
カルメンの隣で、小さくお辞儀をする二人の男性。それはダグマイアの友人、アランとニールだった。
聖地でのことは、フローラもランやユキネから送られてきていた報告書で確認していた。
何よりアランとニールには、過去に一度シトレイユのパーティーで顔を合わせたことがあるのだ。
その二人に助けられたと聞いてフローラは驚くと共に、どういうことなのかと説明を求めるようにカルメンへ視線を向ける。
『あの人――ババルンが一人の男性聖機師と共に行方を眩ませました』
「ババルンが? それに男性聖機師って――」
予想もしていなかったのだろう。
ババルンが姿を消したと聞いて、フローラは驚かされる。
何より、男性聖機師と共に行方を眩ませたと言うのが妙に引っ掛かった。
聖地学院の崩壊以降、ダグマイアと共に行方知れずとなっている男性聖機師は、目の前にいるアランとニール。
それに――
『クリフ・クリーズですよ。女王陛下なら、この名前に心当たりがあるのでは?』
そんなフローラの疑問に答えるように、アランはカルメンの話を補足する。
クリフ・クリーズ。その名前には、確かにフローラも聞き覚えがあった。
『ダグマイアに対抗意識を燃やしていて、正木卿のことも随分と恨んでいるみたいで……』
「なるほど、そこをババルンに利用されたということね」
クリーズ家と言えば、代々有能な聖機師を輩出してきたことで知られるハヴォニワの貴族だ。
しかし、二年前の大粛清で公爵家と共に粛清の対象となった貴族の中に、彼の家が入っていたのだ。
聖地で修行中だった彼は事件には無関係とされ、罪に問われることはなかったが、親類は尽く捕らえられ、彼の家族も収容所送りとなった。
その原因を作った太老を恨んでいても不思議な話ではない。そこをババルンに利用されたのだろうとフローラは推測する。
「でも、ババルンは何処に? もしかして――」
だとするなら、目の前の結界を張ったのはババルンではないかと考えるフローラ。
しかし、カルメンは首を横に振って、そんなフローラの考えを否定する。
『あの人のやってきたことを考えると疑いたくなる気持ちは分かりますけど、恐らくは違います』
「そう言うということは、何か心当たりがあるのね?」
『目の前の結界については、私たちも詳しいことは知りません。ですが、ババルンが向かった先なら既に突き止めていますから』
恐らくは嘘では無いだろうと、フローラは考える。
仮にカルメンが敵に寝返っていれば、こんな手間を掛けずとも艦隊を無力化することが出来たはずだからだ。
だとすれば、カルメンが〈星の船〉と共に現れたのは、ババルンの行き先が関係しているのではないかとフローラは推察する。
『――地下都市』
「え?」
『ババルンは手勢を率いて、ハヴォニワの地下都市へ向かったと考えられます』
そんなフローラの考えは当たっていた。
ババルンの行き先がハヴォニワの地下都市だと聞かされて、フローラは嘗て無い動揺を見せる。
あの都市のことは、いざと言う時のために他の国には、ずっと秘密にしてきたからだ。
いや、ババルンであれば、地下都市の情報を掴んでいても不思議ではないとフローラは考える。
ハヴォニワにも多くのスパイが潜り込んでいることを知っているからだ。
実際、太老の屋敷を探ろうとして捕まったスパイは数知れない。しかし、それでも氷山の一角と言って良かった。
(まさか、皇家の樹のことを……)
ババルンが地下都市を目指している理由。
それは、もしかしたら〈皇家の樹〉が関係しているのではないかとフローラは考える。
ババルンがあの樹のことを知っているはずがない。しかし、可能性がゼロとは断言できない。
あの地下都市には正木商会の〈MEMOL〉もあるが、ガイアを囮に使ってまで優先するほどの目的とは思えないからだ。
「すぐに救援の部隊を――」
『その必要はありませんわ』
「……マリアちゃん?」
ババルンを追うため、フローラが艦隊に指示を送ろうとした、その時だった。
通信にマリアが割って入ってきたのだ。そして、その隣には桜花の姿もあった。
『話は聞かせて頂きました。そちらへは、わたくしたちが向かいます』
『今回に限っては、私も手を貸してあげる。樹雷の民として、見過ごすことの出来ない話みたいだしね』
まさかと言った表情でフローラは目を瞠る。
マリアだけでなく、桜花まで力を貸してくれるとは思っていなかったのだろう。
水穂が出来る限り現地の人々に問題を解決させようと、一歩引いた態度を取っていることは察していたからだ。
てっきり桜花も同じような対応をするものと思っていただけに驚かされるが、
『ああ、そっか。水穂お姉ちゃんに聞いてるんだっけ? お姉ちゃんたちは立場上仕方ないけど、私は銀河法≠謔閧熈お兄ちゃん@D先だから』
フローラが何を驚いているのかに気付き、桜花はそう答える。
水穂や林檎の立場であれば仕方がないが、桜花は別に瀬戸に雇われている訳でも軍に所属していると言う訳ではない。
皇家の樹にもしものことがあれば、太老は絶対に悲しむ。それだけで動く理由は十分だった。
それに――
『星の船だっけ? 仮に先史文明の遺産であっても宇宙船がある時点で、少なくとも銀河法に違反しないと思うんだよね』
文明レベルは低くとも発掘された遺跡に宇宙船やそれに類するものが眠っていて、銀河連盟への加盟を認められた星は存在する。
恒星間移動技術を持たない星との過度な接触を禁止する、としか銀河法には明記されていないためだ。
だからこそ、この法律にはグレーゾーンが存在する。その一つが桜花の言っている〈オーパーツ〉の存在だった。
『それを聞いて安心したわ。カレンやゴールド様から、あなたたちのことは聞いていたけど、もしかしたらと思っていたのよね』
『連盟に加盟していない星にまで、法を盾に無理強いするほど私たちって野蛮じゃないわよ?』
過度の接触を禁止していると言うことは、その星に過ぎた技術を与えることを危惧していると言うことだ。
だとすれば、星の船も彼等に接収されるかもしれないと、カルメンは考えていたのだろう。
しかし、それはないと桜花は笑って答える。その言葉に安心するカルメンだったが、
『まあ、樹雷って元は海賊だけどね』
自分たちは海賊の子孫だと告白されて、カルメンは複雑な表情を見せる。
安心できるようで安心できない。太老のやってきたことを振り返って見ると、なんとなく分かるような気がしてのことだった。
『大体それを言うなら、私たちじゃなくてゴールドお姉ちゃんに釘を刺しておいた方が良いと思うよ?』
『確かに……ゴールド様なら、いろいろと屁理屈を捏ねてこの船を自分のものにしようとしそうね』
あっさりと主君を裏切って、桜花の話に同意するカルメン。
アランとニールに交渉を頼まれて、なし崩し的にカルメンが船の代表として話を進めているが、これが余り良くない状況であることを気付かされてのことだった。
ゴールドの性格は良くも悪くも、嫌と言うほどに理解しているからだ。
『なら、やっぱりあなたたちがこの船を使って頂戴』
正直この船に関しては、アランやニールだけでなくカルメンも扱いかねていた。
ブレインクリスタルが必要とはいえ、喫水外を自由に行き来できる船を欲しない国や組織などいない。
そのため、ガイアの件が片付いたとしても、この船の所有権を巡って再び争いとなることは火を見るより明らかだった。
なら、誰も文句を付けにくい相手に管理してもらった方が無難だ。その点で言えば、彼等ほど打って付けの相手はいない。
正木商会。太老の名前をだせば、渋々ながらも納得せざるを得ない人々が連合に参加している国々には多いからだ。
『それにババルンを追うのなら都合が良いでしょ? 当然、私たちも一緒に行かせてもらうけど』
確かに〈星の船〉を使えば、いまからでもババルンに追いつける可能性は高い。
最初からそのつもりでカルメンは〈星の船〉と共に姿を見せ、通信に割り込んできたのだろう。
そして、
『お兄様のことです。きっと今頃は一人でガイアと戦われているはずです。なのに私たちだけ安全な場所で、お兄様の帰りを待つなんてことが出来るはずもありません』
一度こうと決めたら絶対に自分を曲げない娘の性格を、フローラはよく理解していた。
それにマリアの話は、フローラにとっても耳の痛い話だった。
自分たちの手でケリを付けるとババルン軍を迎え撃ったが、結局はガイアの脅威の前に為す術なく撤退を余儀なくされたからだ。
しかし、相手は先史文明を滅亡させた破壊神だ。被害を抑えるためにも、あのタイミングでの撤退は間違っていなかったとフローラは考えている。
だがそれは、国を背負って立つ為政者として相応しい言葉とは言えない。同じ歯痒さはシュリフォン王も感じているはずだった。
『お兄様が帰る場所は、私たちが守って見せます。お母様はご自身≠フ役目を果たしてください』
「……本気みたいね」
娘のマリアにそう言われては、フローラも観念するしかなかった。
ガイアの脅威が完全に去ったと確認された訳では無いからだ。
それにババルン軍も被害を避けるために撤退したとはいえ、再び攻めてこないとも限らない。
連合に参加した国々の多くは国防の要である聖機人を作戦に参加させ、この戦いに赴いているのだ。
ハヴォニワだけが敵に背を向け、戦場を離れる訳にはいかない。
完全に脅威が去ったと確認できるまでは、艦隊をここから動かす訳には行かなかった。
「分かったわ。ババルンの追撃は、あなたたちに任せます。でも――」
必ず無事に帰ってきなさい、と心配するフローラにマリアは一瞬目を丸くしながらも、
「はい」
と、笑顔で約束するのだった。
……TO BE CONTINUED
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