これまで圧倒的な勝利を収めてきた太老と〈黄金の聖機神〉だが、ガイアを相手に思わぬ苦戦を強いられていた。
 ありとあらゆる攻撃を弾いてきた〈黄金の聖機神〉の特殊能力――ヤタノカガミ。
 特に亜法を用いた攻撃に対して圧倒的な優位を誇る能力が、ガイアの攻撃に対してはまったくの無力だったのだ。
 それどころか、逆に〈黄金の聖機神〉の攻撃はガイアに届かない。亜法を用いた攻撃は完全に無力化されていた。

「なら――」

 どう言う理屈かは分からないが、亜法が通用しないなら――と、太老はもう一枚の手札を切る。
 黄金の聖機神あらためオメガには、銀河結界炉から精製したオリジナルクリスタルが動力として用いられている。
 オリジナルクリスタルとは、ブレインクリスタルよりも遥かに大きなエナを蓄えることが出来る究極のエネルギー結晶体だ。
 それそのものも強力な結界炉のコアとして機能するが、その真価は銀河結界炉の力を引き出すための触媒としての役割にあった。
 通常の結界炉では、銀河結界炉が持つ膨大なエネルギーを一部であっても、受け止めることなど出来ない。
 しかし、銀河結界炉より生み出されたオリジナルクリスタルは違う。

 ただのエネルギー結晶体であるブレインクリスタルと違い、オリジナルクリスタルにはアストラル≠ェ宿っていた。
 正確には、アストラルコピーだ。太老は自身のアストラルコピーを用意することで、オリジナルクリスタルを精製した。
 謂わば、魎皇鬼に用いられているクリスタルコアと、銀河結界炉より生み出されたオリジナルクリスタルは技術的によく似た構造をしていた。
 そう、ここまで説明すれば理解できると思うが、オメガとは言ってみれば太老の娘。零式の妹≠ニ言うことだ。
 だからこそ、零式と一体化した銀河結界炉の力をオメガは効率良く引き出すことが出来る。

 ――三枚の光鷹翼。

 皇家の船のみが使えるとされる最強の盾にして矛。
 それが、太老の意志に応えるようにオメガの前方に展開される。
 そして、

「いけえええええッ!」

 展開した光鷹翼を筒状に変化させて、帯状のエネルギーを放つオメガ。
 これでもまだ全力ではないとはいえ、惑星をも消滅される破壊力を持った一撃だ。
 GPが所有する最新鋭の戦闘艦でも耐えられる破壊力ではない。
 不意を突けば、魎皇鬼にだってダメージを与えられるだろう。
 だが、ガイアに避ける様子はない。もう、回避は間に合わない。
 太老が勝利を確信した、その時だった。

「な――」

 ガイアに直撃する寸前で、オメガの放ったエネルギー波が消滅したのだ。
 亜法を無効化できるのは分かっていたが、まさか光鷹翼まで無効化されると思っていなかった太老は驚愕する。
 何より、ガイアの前方には――

「黒い光鷹翼だと?」

 紫色の光を帯びた黒い光鷹翼≠ェ展開されていた。





異世界の伝道師 第357話『反作用体』
作者 193






【Side:太老】

 俺は幻でも見ているのだろうか?
 ガイアが展開している黒い盾のようなもの――それは間違いなく光鷹翼≠セった。
 形だけを真似た偽物という線も考えたが、それだとオメガの攻撃を防げた説明が付かない。
 しかし、そうすると尚のこと疑問が頭を過ぎる。

「あれが光鷹翼だとして、どこからそんなエネルギーを……」

 光鷹翼を作り出すには、最低でも第三世代以上の〈皇家の樹〉に匹敵する力が必要だ。
 だとすれば、最低でもガイアは〈皇家の樹〉や魎皇鬼に近い力を持っていると言うことになる。
 ――ありえない。少なくとも、この世界の技術力でどうにかなるレベルの話ではない。
 銀河結界炉を用いれば不可能な話ではないが、それも零式と一つになっている以上ありえない話だ。
 オメガだから零式を通じて銀河結界炉の力を引き出せるのであって、同じことがガイアに出来るはずもない。
 なら、どういうことだ? 少なくとも、夢や幻の類を見せられているのではないと断言できる。

「亜法を無効化する力。それに黒い光鷹翼=c…まさか!」

 一つの可能性が頭を過ぎる。
 まったくありえないと断言できない唯一の可能性。それを証明する人物が、嘗てこの世界には存在した。
 フォトン・アース。銀河帝国を一蹴したマジンを倒し、世界を救ったとされる英雄。
 彼はアウンの話からも、ありとあらゆる亜法を無効化する特異点≠ナあることが分かっている。
 いや、正確には亜法を無効化しているのではなく――

「……反作用体」

 歪められた世界の法則によって生まれた存在。それが、反作用体だ。
 反作用体は謂わば、世界の修正力とでも呼べる存在。
 ガイアが反作用体の力を得ているのなら、亜法の源である銀河結界炉の力が通用しないのも頷ける。

『さすが、お兄ちゃん。もう、ガイアの正体に気付いたみたいだね』
「桜花ちゃん!? いや――」

 頭の中に響く声。最初は桜花のものかと思ったが、すぐに違うことに俺は気付く。

「皇歌ちゃん」
『うん』

 声の主は桜花ではなく皇歌≠セった。
 すると、白い光を纏った皇歌がオメガの前に現れる。

『でも、お兄ちゃんは一つだけ大きな勘違いをしてる』
「……どういうことだ?」
『銀河結界炉の力が通用しないのは、ガイアが反作用体だから。それは間違っていない。でも――』

 ――お兄ちゃんにとっても、あれは対となる存在なんだよ。
 と、皇歌に説明され、俺は目を丸くするのだった。

【Side out】





「これはハヴォニワの問題ですから、ラシャラさんは別に留守番をしてても良かったのですよ?」
「御主だけに良いところを持って行かれてはたまらんからの! それに太老が関わっておるなら、我の問題でもある」

 そう言って、フンッと鼻を鳴らすラシャラ。
 大凡、予想通りの反応にマリアは溜め息を吐く。
 とはいえ、太老のためと言いながらも、ラシャラなりに励ましてくれていることにはマリアも気付いていた。

「キャイアさん。あなたも、ありがとうございます」
「いえ、私は……」

 答えにくそうに視線を泳がせるキャイアを見て、マリアは彼女の気持ちを察する。
 キャイアの母、イザベルは聖機人と共にガイアの光に呑まれ、生死不明の状態で行方知れずとなっていた。
 部隊を下がらせるのが精一杯で、イザベルの聖機人を回収している余裕がなかったためだ。
 いや、そもそも捜索したところで機体を回収できたかは怪しい。
 ガイアの一撃でイザベルの乗っていた聖機人は、塵一つ遺さず消滅した可能性が高いからだ。
 せめてコクーンが無事なら生存の可能性はあるが、その可能性が相当に低いことは誰もが理解していた。
 そのことはキャイアも理解しているはずだ。だからこそ、ババルンの追撃に志願したのだろう。
 二度と大切な人を失わないために――失いたくないという思いで、ラシャラと共に行くことを決めたのだ。

(……無理もありませんわね)

 それでも、まだ心に蟠りを抱えていることは明らかだった。それも仕方がないとマリアは考える。
 ダグマイアはガイアに取り込まれ、母親はそのガイアに殺され、一日の間に大切な人を二人も目の前で失ったのだ。
 自分が仮にキャイアと同じ状況に立たされれば、冷静でいられないだろうとマリアは思う。
 事実、キャイアの心は壊れかけていた。それでも、どうにか自分を保てているのは、ラシャラの存在があってこそだ。

(どうにか、力になってあげたいところですが……)

 マリアも他人の心配をするほど、余裕がある訳では無かった。
 母親に啖呵を切ったのはいいが、戦場にでるのも――部隊の指揮を執るのも初めてのことだからだ。
 正直に言えば、怖い。自分の判断で、これから多くの人たちが命を失うかも知れないのだ。
 それでもフローラが戦場を離れられない以上、ハヴォニワの王女であるマリアが決断を下すしかなかった。
 自分の国のことをラシャラに――他の誰かに任せる訳にはいかない。
 それが、王女としての務めだとマリアは考えていた。

「大丈夫です。マリア様」
「ユキネ?」
「マリア様は一人ではありません」

 皆が――そして、私も付いています、とユキネはそんなマリアの不安を察して励ます。
 ラシャラやキャイアだけではない。ユキネとミツキに、シンシアとグレース。
 この〈星の船〉には、他にも志を同じくする者たちが大勢集まっている。

「それに、私もいるしね!」

 声のした方にマリアが振り返ると、そこには小さな胸を張る桜花の姿があった。
 そう言えば彼女もいたのだったと思い出しながら、マリアはきょとんした表情を浮かべる。

「……もしかして、励ましてくれているのですか?」

 正直なところ、ここに桜花がいることにマリアは内心驚いていた。
 あれほど太老との再会を楽しみにしていた彼女が、あっさりと方針を変えたことが不思議だったのだ。
 少なくともマリアたちに付いていくよりは、あの場に残った方が太老と早く再会できる可能性は高い。
 いや、桜花ならもしかすると、あの結界の先――太老のもとへ駆けつけることも可能なのではないか? とマリアは考えていた。

「べ、別にそんなんじゃないし。あの子≠フ頼みじゃなかったら、こんなこと……」
「あの子?」

 何やら戸惑いを隠せない様子で、もごもごと言い訳をする桜花の態度を訝しむマリア。
 あの子と言うのが誰のことかは分からないが、桜花の態度が急に変わったことと何か関係があるのだと察する。
 しかし、マリアの疑問に答える気はないのか?

「こっちの話よ。言っておくけど、お兄ちゃんの妹の座を譲ったつもりはないからね!?」

 と、ビシッと指をさし、釘を刺してくる桜花にマリアは苦笑するのだった。


  ◆


 マリアたちが〈星の船〉に乗り込み、聖地を発った頃――
 ババルン軍の別働隊は、目標の地下都市まで凡そ三十キロの距離まで迫っていた。
 ここまでの接近を許すまで、ハヴォニワがどうして気付かなかったかと言うと――

「教会の地下にあんなもの≠ェ隠されていたとは、さすがババルン卿だ」

 フローラに動きを悟らせずにハヴォニワの国境を越えるため、ババルンは教会が秘匿していた転送ゲートを用いたのだ。
 一つの転送ゲートで送り込めるのは、聖機人三体から四体が限界。軍船が一隻と言ったところだ。
 複数の転送ゲートを用いても、送り込めるのは中隊規模が精々だった。
 大国を攻め落とすには到底足りない戦力だが、彼等の目的はハヴォニワの首都を陥落させることではない。
 ハヴォニワが密かに建造を進めてきた地下都市を強襲し、制圧することが別働隊の――クリフに与えられた任務だった。

「情報通りだな」

 モニターに映し出された地下都市の映像を見て、クリフはニヤリと笑みを溢す。
 主力の大半が出払っているタイミングを見計らって、計画を練ったのだ。
 ハヴォニワにとって重要な拠点の一つとはいえ、警備が少ないのは予想していたことだった。
 戦力差は歴然。勝利を確信したクリフは聖機人の操縦席で、ほくそ笑む。

「この戦いで証明して見せる。正木太老でも、ダグマイア……お前でもない。俺が一番優れているのだと……」

 歪んだ願いを胸に抱きながら、クリフは部隊に指示をだす。
 自身もまた、ババルンに利用されているだけの駒の一つに過ぎないのだと気付くこともなく――

 世界の趨勢を決める戦いは、最後の盤面を迎えようとしていた。





 ……TO BE CONTINUED



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