『やっと繋がった! お前等、無事か!?』
真っ白な空間が青い光りに包まれ景色が一転したかと思うと、突如目の前に展開された空間ディスプレイにグレースが顔を覗かせる。状況がまったく理解できず、困惑の表情を浮かべるラシャラとキャイアの主従コンビ。しかし、それはマリアも同じであった。
一斉に桜花へと視線を向け、説明を求めるように訴える。
そんな三人の視線に「あ、やっぱり」と言った表情で、肩をすくめる桜花。
「これでも感謝してるんだよ? お姉ちゃんたちの協力がなかったら、この空間に侵入することは出来なかったからね」
その一言で、桜花が協力的だった理由をマリアたちは悟る。
MEMOLの中枢――零式が『零の領域』と呼ぶ空間に入るには、太老の作った指輪≠ェ必要だった。
だから桜花は自分一人で太老に会いに行こうとせず、マリアたちに協力したのだろう。
最初からマリアたちを利用するつもりで、護衛を引き受けたと言う訳だ。
「さすがに私でも、お兄ちゃんの仕掛けたプロテクトを突破するのは無理だからね。でも、お姉ちゃんたちも助かったでしょ?」
そう言われると、マリアとラシャラは何も言い返せなかった。
実際、桜花や皇歌のフォローがなければ、ここまで自力で辿り着けたかは分からないからだ。
持ちつ持たれつだと言われれば、それを否定することは出来なかった。
「でも、グレースがどうして、ここに……」
『そんなの〈MEMOL〉のコントロールを取り戻したからに決まってるだろ?』
グレースの口から返ってきた答えに、驚きの表情を見せるマリアたち。
確かにそれも目的の一つであったことは間違いないが、本音を言えばグレースやシンシアでも難しいのではないかと考えていたからだ。
しかもマリアたちのやったことと言えば、MEMOLの中枢までの道程を開いただけに過ぎない。
だが、マリアたちはその程度と思っていることでも、シンシアとグレースにとっては大きなことだったのだ。
『言っとくけど、お前等が一番厄介なセキュリティを突破してくれたから、こんなにも早くコントロールを取り戻せたんだぞ?』
「もしかして、それは天樹にあった門≠フことですか?」
『天樹ってのが何か分からないけど、たぶんそれだ。お陰で思う存分、腕を振うことが出来る』
水を得た魚と言った様子で笑みを浮かべ、わきわきと手を動かすグレース。
科学の申し子とも言える天才姉妹の二人にとって、この電脳世界は自分たちのテリトリーも同然だった
ありとあらゆる制約から解放された今、この世界でシンシアとグレースの二人に出来ないことはない。
『シンシア、準備は出来てるな?』
『うん、任せて。シミュレートプログラム起動』
そう言ってシンシアが端末を操作すると、マリアたちの前に卵のようなカタチをした巨大なオブジェが召喚される。そう、聖機人のコクーンだ。
突然目の前に現れたコクーンに驚きの表情を浮かべるマリア、ラシャラ、キャイアの三人。
この聖機人は〈MEMOL〉の演算装置を利用して、シンシアがプログラムで再現したものだった。
勿論ただの聖機人ではなく、ブレインクリスタルを搭載したハイブリッド式の最新鋭機だ。
設計のみで未だ実用化には至っていないものだが、ここはプログラムで作られた電脳世界だ。
この程度のこと、シンシアとグレースの手に掛かれば造作もないことだった。
『ここからは私たちがサポートしてやる』
『任せて』
そんな二人の言葉に励まされ、マリアたち三人は表情を引き締める。
自分たちが為すべき目的を思い出したからだ。
『それに一緒なのは私たちだけじゃないぜ?』
――え?
と、マリアとラシャラの口から戸惑いの声が漏れる。
その直後、眩い光と共に色とりどりの聖機人が姿を見せるのであった。
異世界の伝道師 第368話『太老の戦い方』
作者 193
【Side:太老】
本気で困った。
『おのれ! 逃げてばかりいないで真面目に戦え!』
いや、そんなことを言われても――と思わず心の声が漏れる。
はっきりと言ってしまえば、ガイアの性能は俺の想像を遥かに超えていた。
まさか、こちらと同じ光鷹翼を発現できるとは思ってもいなかったからだ。
しかもオメガと同じ三枚の光鷹翼を展開されたのだから驚くほかなかった。
「どうしたものか……」
基本的に光鷹翼と言うのは、展開できる枚数が多ければ多いほど強力という認識で問題ない。
勿論、同じ枚数でも第二世代の〈皇家の樹〉と第一世代の〈皇家の樹〉では、天と地ほどの出力の差がある。
だが、光鷹翼は光鷹翼で打ち消せるのだ。同じ枚数の光鷹翼がぶつかれば、どうなるか?
結果はこの通りだ。現在、ガイアの黒い光鷹翼によって、俺の聖機神――オメガの光鷹翼は三枚すべてが封印されていた。
互いに光鷹翼が展開できないのだから条件は同じだ。なら、他の武器で攻撃すればいいと考えるところだろう。
しかし、
「他に武器を積んでないんだよな」
そう、このオメガには光鷹翼以外に攻撃手段と呼べるものがないのだ。
え? なんで武器を造っておかなかったんだって?
機体を完璧に仕上げるのに集中しすぎて忘れて……時間がなかったのだ。
そもそもヤタノカガミがあれば亜法の攻撃はすべて弾き返せるし、光鷹翼を展開すれば大抵の相手は片が付く。
そのため、言い訳をするなら『必要ないだろう』と高を括っていた。それに――
「あんなでかいのを倒せるような武装となるとな……」
小さな山ほどもある巨大なガイアを、仮に剣で斬りつけたところでたいしたダメージを与えることは出来ないだろう。
聖機人用のライフルなんかも同様だ。豆鉄砲を幾ら撃ち込んだところで効果があるとは思えない。
それこそ、戦艦クラスの主砲を用いなければ、傷一つ負わせることは難しいと俺は見立てていた。
光鷹翼が使える状況ならまだしも封じられている今の状況では、そんな攻撃を放つことは不可能だ。
こちらの方が勝っている点が一つあるとすれば――
『くッ! ちょこまかと!』
それは機動力≠セ。
ガイアは巨大なため、攻撃が大振りで動きが単調なために回避がしやすい。聖機師の操縦技術の低さも原因の一端にあるのだろう。これが身体を乗っ取られる前のダグマイアなら、もう少しマシに戦えていたのだろうが、いまガイアを操縦しているのはガルシアという奴だ。恐らくガルシアはちゃんとした訓練を受けた聖機師ではないのだろう。
イメージをダイレクトに伝えるインターフェースの働きによって、自分の手足のように機体を動かすことが可能なため、基本的に聖機神(聖機人)の操縦技術は聖機師のフィジカルに依存する。聖地での修行のほとんどが動甲冑を使った授業ではなく、走り込みや剣術の鍛練と言った身体を鍛える授業に時間を割いているのはそのためだ。
はっきりと言ってしまえば、ガルシアはガイアの性能に振り回されていた。
どれだけ強力な兵器であろうと、それを使う人間が素人同然≠フ動きしか出来ないのであれば宝の持ち腐れだ。
光鷹翼を封じられようと、いまのガイアに負ける気は微塵もしなかった。
しかし、
「攻撃は簡単に避けられても、こっちの攻撃も通用しないんだよな」
決め手に欠けるのは、こちらも同じだ。ガイアを倒せる攻撃手段が、いまのオメガにはない。
零式と連絡が付けば船の主砲で一気に片を付けると言った手も使えるのだが、さっきからずっと呼び掛けているが返事がなかった。
それに身体を乗っ取られているとはいえ、ガイアにはダグマイアが乗っているのだ。さすがにガイアごと殺してしまうのは少々気が引ける。いろいろと気に食わない奴なのは確かだが、ダグマイアが死ねば悲しむ人たちが大勢いることを俺は知っているからだ。
根っからの悪人には思えないし、出来ることなら助けてやりたいという考えもあった。
「……やるしかないか」
いろいろと考えてみたが、他に選択肢などないことを悟り、俺は腹を括る。
自分でも甘い考えだと言うのは理解しているが、子供に泣かれるのは一番堪えるのだ。
ダグマイアが死ねばキャイアが悲しむだろう。そうなったら、確実にラシャラも悲しませることになる。
ラシャラの元気がなければ、マリアだって元気をなくすだろう。そうした空気は伝染する。
当然、シンシアやグレースも暗い陰を落とすことは想像に難くなかった。
なら、多少のリスクを負ってでも、俺は俺の思うようにやる。それに――
「悲しませたくないのは、皇歌ちゃんも同じだしな」
どうして、もう一人の桜花ちゃん――皇歌がこのタイミングで俺の前に現れたのかを考えていた。
ダグマイアは俺の対になる存在だと彼女は言った。
ガイアが光鷹翼を使えることからも、恐らく彼女の言っていることは正しいのだろう。
しかしそのことを俺に伝えると、皇歌は俺の前から姿を消してしまった。
恐らく、敢えて選択≠俺に委ねてくれたのだろう。なら、俺は彼女の期待に応える義務がある。
『遂に観念したか!』
「ああ、逃げるのはやめることにしたよ」
正面からガイアの攻撃を受け止める。
腕の一本だけでオメガを上回る質量があるが、この程度でやられるほど柔な機体を開発したつもりはない。
オメガの素体には万素により生成した体組織が使われているのだ。謂わば、魎皇鬼の姉妹機とも言える。
『受け止めただと!?』
ただ大きいだけの相手に劣るつもりはなかった。
とはいえ――
「……さすがにきついな。だが――捕まえた」
機体は無事でもインターフェース越しに伝わってくる衝撃は相当なものだった。
全身に衝撃が走る。このまま攻撃を続けられると、さすがにやばいかもしれない。
魎皇鬼だって機体の耐久値を超える強い衝撃を受ければ、破壊されることだってある。それは、このオメガも同じだ。
無敵でない以上、ダメージは蓄積していく。ここからは――
「ガイアとのアストラルラインを構築。これより解析≠開始する」
オメガが破壊されるのが先か? ガイアを食らうのが先か?
ガルシアが聖機師でないように、俺も聖機師が本業と言う訳ではない。
俺は白眉鷲羽≠フ弟子。物作りが趣味の哲学士見習い。
そんな俺に武器など不要だ。光鷹翼も必要ない。
『貴様、何を――』
「さあ、我慢比べと行こうぜ?」
俺は、俺に出来る戦い方をするだけだ。
【Side out】
「やっぱり、お兄ちゃんはそっち≠フ道を選択するんだね」
最初から分かりきった答えではあったが、皇歌は太老に選択を委ねた。
皇歌が願うのは、あくまで太老の幸せ。仮に太老がガイアを滅ぼすことを選択したとしても、それはそれで構わないと考えていたからだ。
しかし、そうはならないだろうと皇歌は確信していた。彼女自身、太老に救われた一人だからだ。
「もう一人の私も上手くやってくれたみたいだね」
ちょっとしたお節介ではあったが太老ならきっとそうするだろうと考えて、皇歌は桜花を通してマリアたちに協力したのだ。
太老にも言ったように、人間から『神』と崇められる高次元生命体にも出来ることと出来ないことはある。皇歌も自身に幾つかの制約を課していた。
本来、下位次元の生命体に過度な干渉することは、余り褒められた行為ではないからだ。
「これ以上、私まで深く干渉したら、この世界は本当に壊れちゃうしね……」
訪希深によって既に歪められた世界に皇歌が干渉すると言うことは、更に世界の傷口を広げることに繋がる。
最悪の場合、空気を入れすぎた風船のように世界が破裂して壊れてしまう恐れすらあった。
だから慎重に皇歌は事を進めていた。太老の暮らす世界を、また自分の手で壊してしまう訳にはいかないと考えたからだ。
それに――
「選択を委ねることで少しは自分の価値≠自覚して欲しかったんだけど、そこまではまだ無理≠ゥな?」
皇歌の目的は別にあった。
太老は謙虚を通り越して自己評価が低い。それは前世の頃から何一つ変わっていない太老の短所と言えた。
だから、自分が世界の命運を決めるほどの立場にいるのだと――太老に自分自身の価値を、もう少し自覚して欲しいと皇歌は考えていたのだ。
ありえない話だが太老が世界に嫌気が差し、滅ぼすと言ってしまえば零式は本当に世界を滅ぼしてしまうだろう。
恐らく、そうなったら抑えを失った零式を誰も止められない。恐らく三命の頂神でも難しいだろうと皇歌は考えていた。
この世界がどうなろうと皇歌は関知するつもりはないが、そんなことになったらきっと太老の心は壊れてしまう。
「ああ、だからなのかな?」
そこまで考えて、ようやく皇歌は太老が鈍い理由を察する。
本人に自覚は一切ないのだろうが、太老が鈍いのは自己防衛本能のようなものだと考えたのだ。
核兵器のスイッチを持たされて、冷静でいられる一般人はどれだけいるだろうか?
ましてや、それが世界を滅ぼすことさえ可能なスイッチだと考えれば、掛かる重圧は並大抵ではないはずだ。
「でも女性関係を考えると、お兄ちゃんが鈍いのはやっぱり天然≠ネ気も……」
仮に自己防衛本能がそちらでも働いているのだとすれば、太老のなかでは異性と付き合う≠アとと世界の危機≠ェ同じレベルの問題と言うことになる。もしそうなら桜花たちがどれだけ頑張ろうと、太老に恋愛感情≠意識させるのは難しいように思えた。
一番、気付きたくなかった真理≠ノ辿り着いた気がして――
「彼女たち、これからも苦労することになるわね……」
その点だけは間違いであって欲しいと、一人の恋する乙女として皇歌は切実に願うのであった。
……TO BE CONTINUED
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