「まったく……思い切りが良いというか、相変わらずとんでもないことを考える子だね」

 感心するやら呆れるやらと言った声で、それでいて楽しそうにクツクツと笑う少女の姿があった。
 ここは神木瀬戸樹雷が所有する第二世代の皇家の船〈水鏡〉の作戦会議室。
 そして、少女の名は白眉鷲羽。太老の育ての親にして、宇宙一の天才科学者を自称するマッドサイエンティストだ。
 鷲羽の他にも、この会合の主催者の一人である瀬戸と、樹雷第一皇妃の柾木船穂樹雷。第二皇妃の美砂樹。
 現樹雷皇・阿主沙の母で元柾木家皇族の四加阿麻芽に桜花の母にして平田兼光の妻である夕咲と、錚々たるメンバーが揃っていた。
 そんな樹雷の政治を司る重要人物たちと、恐縮した様子でテーブルを囲む眼鏡の女性がいた。剣士の母親の柾木玲亜だ。

「あの……この集まりは一体?」

 自分がここへ連れて来られた理由が分からず、これで三度目≠ナあろう質問をする玲亜。
 テーブルを囲むメンバーの顔ぶれから見ても、明らかに場違い感が否めなかったからだ。
 そもそも信幸と結婚をして『柾木』を名乗るようにはなったが、玲亜は樹雷の生まれと言う訳ではない。
 本来であれば、このような席に立ち会える立場にないことは彼女自身が一番よく理解していた。

「そんなの決まってるでしょ? あなただって、気になっているんじゃない?」
「それは……」

 瀬戸が何を言っているのかを察して、玲亜は返答に詰まる。あちらの世界が――ジェミナーの様子が気にならないのかと瀬戸は尋ねているのだ。
 玲亜の本当の名は、レイア・セカンド。ドールやネイザイと同じ、あちらの世界で生まれた人造人間だ。
 しかし彼女に与えられた役目は、剣士をあちらの世界へ送り出した時点で終わっている。
 気にならないと言えば嘘になるが、どのような結果になろうとも口を挟める立場にないと言うことを玲亜は自覚していた。
 ドールやネイザイに対してもそうだが、母親として剣士に選択の自由すら与えてあげられなかったこと。
 何より、まったくの無関係と言っていい太老に一番の重荷を背負わせてしまったことが負い目となっていたからだ。

「あの子のことなら玲亜殿が気にすることはないよ。むしろ責任を感じるべきは、私や瀬戸殿の方だろうからね」

 太老をあちらの世界へ送ると決めたのは、自分たちだと鷲羽は話す。
 そのことで玲亜が負い目を感じるのは少し違うと考えての発言だった。
 それに――

「過去の世界と因果を持った時点で、あの子があの世界に関わるのは必然≠セった」

 偶然などではなく、太老が今回のことに関わるのは必然であったと鷲羽は考えていた。
 卵が先か、鶏が先か。以前にも口にした言葉だ。
 そして、そのことは訪希深も認めているのだ。
 太老がこの世界に生み落ちた時点で、本来の歴史から大きく外れてしまった。
 誰が悪い訳でもないが誰に原因があるかと言えば、やはりそれは太老を置いて他にいないだろう。
 なら、無関係とは言えない。太老も当事者である以上、そのことで玲亜が責任を感じる必要はなかった。

「まあ、だからと言って、あの子が生まれて来なかった方が良かったとは……ここにいる誰も思っちゃいないだろ?」

 鷲羽の問いに勿論と言った様子で、まったく躊躇う素振りすら見せず一同は頷く。
 今日ここには来られなかった関係者も、誰一人として太老が生まれて来ない方が良かったと答える者はいないだろう。

「だから皆で見届けようと思ってね。あの子の成長と、この物語の結末を――」

 誰もが気になっているであろう太老とガイアの戦い。そして、その先に待ち受けている物語の結末を――
 太老のことを慕い、愛してくれた人たちと見守りたいと鷲羽は話す。
 話だけを聞くと良い話のように思えるが、鷲羽の性格をよく知るメンバーは誰一人として素直に話を受け取る者はいなかった。
 皆を代表して、そのことを船穂が鷲羽に尋ねる。

「それで、鷲羽ちゃん。本音の方は?」
「こんな面白そうなこと、見学しない手はないからね!」

 まったく悪びれない態度の鷲羽に、深い溜め息を溢す船穂。
 桜花が〈船穂〉と〈龍皇〉の生体端末を連れて行くのを黙って見ていたのは、あの二体に太老とガイアの戦いを中継させるためだと悟ったからだ。

(……太老殿も苦労しますね)

 とはいえ、次期樹雷皇の候補として、太老の資質を再確認する良い機会となるかもしれないと船穂は考えるのであった。





異世界の伝道師 第369話『共闘』
作者 193






 ハヴォニワの旗艦マーリンに各国の代表・教会関係者が集められ、情報交換を兼ねた協議が開かれていた。
 そんな会議の最中――

「……通信が回復した?」

 突然、舞い込んできた情報に驚きの表情を浮かべるフローラ。
 しかし、すぐにマリアたちの作戦が上手く行ったのだと悟る。
 通信が回復したと言うことは、方舟に何かしらの動きがあったとしか考えられなかったからだ。
 すぐに状況の確認をするため、フローラがマリアたちに通信を試みるように指示をだそうとした、その時だった。

『その必要はないわ』

 会議室に声が響いたかと思うと、巨大な空間モニターが頭上に出現し、そこにキーネの顔が映しだされたのだ。
 キーネの登場に議場が騒然とする中、「静まれ!」と怒声にも似たシュリフォン王の声が響く。

「困惑しているのは皆、同じだ。だからこそ、まずは落ち着いて彼女の話を聞くべきだろう。説明してくれるのだろう?」
『そのつもりがなかったら、最初からこんなところに顔を見せてないわよ』

 シュリフォン王の問いに、最初からそのつもりできたと答えるキーネ。

『もう察してると思うけど、方舟のコントロールは取り戻したわ。あの子たちのお陰でね』

 じきに大気中のエナの濃度も元に戻り、他の亜法も使えるようになるはずだとキーネが口にすると、議場が歓声で湧き上がる。
 このままエナが失われ、亜法が使えなくなるのではないかと最悪の事態すら想定されていたからだ。
 仮にそうなっていれば、ガイアを倒したところで文明の衰退は免れない。各国の産業は壊滅的なダメージを受けていただろう。この会議はそうした最悪の事態に備えての協議でもあっただけに、問題の一つが解消されたことに喜びの声が上がったのだ。
 しかし、その喜びも束の間――

『でも、その所為で太老≠ェ危険な状態に陥っているわ』

 キーネの一言で、ピタリと歓声が止む。
 太老が窮地に陥っていると言うことは、戦いはガイアが優勢と言うことだからだ。
 エナの消失は免れたが、ガイアを倒せなければ完全に危機が去ったとは言えない。
 そして、ここにある戦力をすべて結集したとしてもガイアに勝てないことは、彼等自身が身を持って証明していた。

「やはり方舟に集められたエナは、ガイアとの戦いに用いられていたのね」

 絶望的な空気が漂う中、フローラはそうキーネに尋ねる。
 方舟を修復したのが太老だとすれば、ガイアとの決戦に備えて密かに準備を進めていたと考える方が自然だったからだ。
 仮にそうだとすれば、太老の邪魔をしたと言うことになる。
 太老が窮地に陥っているのは自分たちの所為ではないかとフローラは考えたのだ。

『自分たちでどうすることも出来ない化け物を倒してもらうのに、なんのリスクも負わないっていうのは都合が良すぎると思わない?』

 だからそう言われるとフローラは勿論のこと、この場にいる誰もが何も言い返せなかった。
 キーネの言うように虫の良すぎる話だと感じたからだ。
 為政者として先を見据えるのは当然だが、こうしている今も太老は命懸けでガイアと戦ってくれているのだ。
 そのことを真剣に考えたかと言えば、フローラですら首を縦に振ることが出来ない。
 太老なら大丈夫だと、きっとなんとかしてくれると自分たちに都合の良い解釈をして、思考を停止していたことは否定できないからだ。

『まあ、あのままだと太老もきっと後悔してただろうし、あの子たちもそれを止めたかったのでしょ? なら、そこを私も責めるつもりはないわ。責められる立場でもないしね……』

 キーネ自身もババルンの策に嵌まって〈MEMOL〉の中に意識を封印されていたのだ。
 そのことを考えれば、フローラたちを責められる立場にないとキーネは反省していた。
 いまとなっては難しいが、無作為にエナを浪費するのではなく吸い上げる量を調整することも出来たはずだ。
 ちゃんと方舟をコントロールできていれば、このようなことにはなっていなかっただろう。

『とにかく、そう言う訳で太老がピンチなのよ! だから手を貸して!』

 そう言われても、と困った顔を浮かべるフローラたち。
 ガイアとの戦いで自分たちが足手纏いにしかならないというのは、ガイアと戦った彼等自身が一番よく理解している。
 何より、太老のもとへ駆けつける方法がない。いまも船からはドーム状の結界のようなものが見えているが、近付くことすら出来ないのだ。
 そもそも通信は回復したが、亜法結界炉は以前として停止したままだ。船を動かせるほどには回復していない。
 徐々にエナが満ちてきていると言っても、すぐに元通りとは行かないだろう。

『戦える人は聖機人に乗って頂戴。そうしたら後のことは、こっちでやるから』
「それが、正木太老の助けになるのだな?」
『ええ』
「分かった。ならば、力を貸そう」

 どうするつもりなのかは分からないが、それが太老の助けになるのならとシュリフォン王はキーネの誘いに乗る。

「シュリフォン王、正気か!? このような戯れ言を信じるとは――第一、我等が力を結集したところでガイアには!」
「なら、どうする? 正木太老が負ければ、世界は再びガイアの脅威に晒されるのだぞ?」
「そ、それは……」
「攻撃が通じずとも、盾となることくらいは出来る。それに――」

 ここは我々の世界だ、とシュリフォン王は未だ混乱の中にある各国の代表たちに言い放つ。
 英雄を欲する人々の気持ちは理解できなくもない。そして太老には人々の期待に応えるだけの力があるのだろう。
 だが、

「この世界の問題に、我等が立ち上がらなくてどうする? 異世界人にすべてを背負わせるつもりか!?」

 太老は異世界人なのだ。この世界の人間ではない。
 本当なら、これはこの世界の人間の手で――自分たちで解決しなければならない問題なのだ。
 なのに現実はどうだ? ここに集まっている者たちが考えているのは、自分たちの都合ばかりだ。
 為政者として戦後を見据えて行動するのは当然のことだ。国を預かる以上、国家の利益を優先するのは理解できなくもない。
 だが異世界人を、太老の力を都合良く利用しているだけだと言われても仕方のないことだと、シュリフォン王は感じていた。

「シュリフォン王の言うとおりね。そういうことなら、私も久し振りに聖機人で参戦させてもらうわ」
「フローラ女王。いや、しかし……確か、あなたは……」
「身体のことを心配してくれているのかしら?」

 フローラは聖地の武術大会で優勝したこともあるほどの武術の達人だが、長い時間、聖機人に乗って戦えないという問題を抱えていた。
 そのことを知るシュリフォン王が、フローラの参戦に難色を示すのは無理もない。
 しかし、

「聖機人に乗らないと太老殿の手伝いは出来ないのでしょ?」

 他に方法がないのであれば、躊躇う理由などないとフローラは寸分の迷いもなく答える。
 確かに長い時間は身体が保たないが、聖機人に乗って戦えない訳では無いのだ。
 それにフローラも本音を言えば、シュリフォン王と同様、いまのままで良いとは考えていなかった。
 確かに太老を連合の盟主とすることを提案はしたが、太老に依存した国を造りたい訳では無いからだ。
 フローラが目指すのは、正木商会がスローガンとする――太老の理想とする世界だ。

 ――より住みよい世界に。

 誰もが飢えることなく、未来に希望を持てる世界。
 その理念の象徴として、太老には連合の盟主になって欲しいと考えていた。

「……動かせる聖機人は何体ある?」
「先の戦闘で随分と数を減らしましたから、すぐに動かせるのは七十機ほどかと」

 そんな二人の発言に看過されてか、慌ただしく動き始める各国の代表たち。
 連合に参加を表明している国々を中心に、先程まで腹の探り合いをしていたとは思えないほど息の合った動きを見せる。

「教会も全面的に協力しよう。壊れた聖機人は、教会の聖衛師に修復させる」

 そんななか、孫娘のリチアに肩を借りながら議場に姿を見せた教皇が各国の代表にそう約束する。
 教会の置かれている立場を考えれば、ここで太老には死んでもらった方が何かと都合が良いはずだ。
 だからこそ、教会を支持する国々はハヴォニワやシュリフォンの動きに同調せず、この件を静観するつもりで様子を見守っていたのだ。
 それをまさか教皇自ら梯子を外されると思っていなかった教会派の代表たちは、驚きと戸惑いを隠せない表情を浮かべる。

「ガイアの脅威は、すぐそこまで迫っているのだぞ! いつまで現実から目を背けているつもりだ!」

 そんな彼等に現実を見ろと怒声を放つ教皇。
 連合と教会。どちらが戦後の主導権を握り、世界を担っていくのかと争っている場合ではない。
 太老が負ければ、世界はガイアに滅ぼされるのだ。

(これが、いまの教会の姿か……いや、彼等をこんな風にしたのは教会なのだな)

 それでも顔を背け、自ら動こうとしない教会派の代表たちに、教皇は哀れむような視線を向ける。
 彼等が考えているのは自らの保身ばかりだ。
 これが教会の守り続けてきたもの。いまの教会の姿なのだと痛感させられたからだった。

「すまない。私に出来るのは、ここまでだ。代わりと言ってはなんだが、我々が連れてきている部隊も好きに使ってもらって構わない」
「お心遣い感謝します」

 教皇の心労を察してフローラは一礼すると、準備のために議場を後にする。
 その後に続くシュリフォン王と、各国の代表たち。
 そして、

「お祖父様。では、わたくしも」
「うむ。お前には、負担ばかり掛けるが……」
「負担だなどと少しも思っていませんわ。太老さんの力になりたいと思っているのはわたくしたち≠燗ッじですから」

 太老から受けた恩をリチアはまだ返しきれていないと考えていた。だから少しも負担だなどと考えてはいなかった。
 むしろ、マリアたちのことを少し羨ましく思っていたくらいなのだ。
 でも、ようやくその願いが叶う。彼女たちのように、太老と共に戦うことが出来る。その機会をくれた祖父には、感謝をしているくらいだった。
 恐らくそれは自分だけではないだろうと、ここまで一緒についてきてくれた仲間たちへ視線を向けながらリチアは思う。
 ラピスの他、イエリス、ブール、レダ、グリノの上級生四人組に、聖地を脱出した後も呼び掛けに応じ、集まってくれた女生徒たちがそこにはいた。

「行ってきます。お祖父様」

 祖父に別れを告げ、リチアは学び舎を共にした仲間たちと共に、フローラの後を追い掛けるのであった。




 ……TO BE CONTINUED



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