「シンシア、グレース。準備はいい?」
「うん」
「任せろ」
「タチコマたちも……って聞くまでもなさそうね」

 キーネの呼び掛けに応えるように、タチコマたちの声が電脳世界に響く。
 最高級の天然オイルが報酬とあって、タチコマたちのやる気は最高潮に達していた。
 天然オイルを用意するのは太老なのだが、緊急自体だ。
 太老の助けになるのだから、そのくらいは許されるだろうとキーネは考える。
 そもそも、フローラたちに話した作戦には〈MEMOL〉とタチコマの協力が必要不可欠であった。

 タチコマはネットワークを通じて全機体の記録を並列化し、学習することで成長を続けるAI搭載型の思考戦車だ。
 そして、タチコマたちから送られたデータを蒐集・一括管理しているのが〈MEMOL〉と言う訳だ。
 その〈MEMOL〉は黄金の聖機神――オメガにエナを供給していた。
 これをただの偶然と考えるのは、少しばかり都合が良すぎる。

 と言うのも〈MEMOL〉はシンシアとグレースが開発したことになっているが、基本的な設計を考えたのは太老だ。
 同じことはタチコマにも言える。表向きはワウアンリーが共同開発者に名を連ねているが、ワウアンリーが手伝ったのはハードとバリエーションの開発であって、タチコマの基本設計は太老が行なっている。そう、タチコマと〈MEMOL〉の大部分には亜法――この世界の技術が使われているが、ブラックボックスと化している基礎設計部分には太老が白眉鷲羽より学んだアカデミーの技術が用いられているのだ。
 教会や結界工房でさえも正木商会の商品を解析・複製が困難なのは、これが最大の要因と言える。

 話が少し脱線したが、ここで最も注目すべき点はタチコマと〈MEMOL〉は太老の発明品≠ニいう点だ。
 オメガも聖機神が元になっているとはいえ、魔改造されていることを考えると太老の発明品と言えなくはない。
 哲学士とは、既存の技術を組み合わせることで、新たな可能性を開拓する科学者のことだからだ。
 元がこの世界の技術で作られた聖機神とはいえ、太老の手が加わった時点で、それは既存の枠から逸脱した『哲学士の作品』と言うことになる。
 タチコマも、MEMOLも、そしてオメガも――
 すべてが太老の手によって生み出された作品≠ニ言うことになるのだ。

 これが意図した結果なのかどうかは本人でなければ知る由もないが、同じ開発者の手によって生み出された作品がネットワークを通じて連携したことを、ただの偶然と片付けるのは難しい。それを裏付けるように、エナの消失現象は方舟が原因だとマリアたちは考えているようだが、実際には違うことにキーネは気付いていた。
 と言うのも、方舟に出来るのは周囲のエナを取り込むことだけだからだ。
 方舟がエナを吸い続ければ、いずれは他の国にも影響を及ぼすだろう。しかし、少なくともハヴォニワ以外の国に影響がでるのは、本来であれば早くとも一週間。大陸全土からエナが消失するほどの事態に発展するには数ヶ月の歳月が必要なはずだった。
 ならば、この僅かな時間で大陸の至るところでエナの消失現象が確認されたのは、どういうことなのか?
 それはタチコマたちに搭載されているハイブリッド結界炉――〈フェンリル〉に原因が隠されていた。
 タチコマが周囲のエナを取り込み、それを蒐集したデータと共に〈MEMOL〉へと送っていたのだ。
 恐らく『青いZZZ』は、その起動コマンドを兼ねていたと考えられる。
 こうしてみれば太老がタチコマを開発し、各国へと供給を始めた裏の事情も見えて来る。
 故に――

(パパチャ程度じゃ、敵わないはずよね。一体どれだけ先のことを見越して行動してるんだか……)

 キーネが勘違いをするのも無理はない。
 幾重にも張り巡らされた伏線。上手く利用しろとばかりに、お膳立てされた状況。
 最初から太老はこの未来を予見していたのだと、キーネは考えたのだ。
 だとすれば、自分が廃墟と化した遺跡に眠っていたのも、銀河結界炉の気配に導かれて〈MEMOL〉へと辿り着いたのも――
 すべて、ガイアの誕生を――未来を識っていた¢セ老によって計画されたことなのだと考えさせられる。

「シンシア、ありがとうね」

 シンシアの言っていた通り、置き去りにされた訳では、忘れられていた訳ではなかった。
 もし、太老が自分のことを忘れていたらと考えたら、実は少し不安だったのだ。
 でも、いまは太老に銀河結界炉を託してよかったと心の底から思える。
 フローラには太老のピンチだと説明したが、銀河結界炉のマスターとなった太老がエナの供給を断たれたからと言って、ガイア程度に敗れるはずがないとキーネは確信していた。
 なのに、太老がガイアをあっさりと倒さない理由。
 それはバラバラな人々の心を一つに纏め上げ、困難に立ち向かう勇気を持って欲しいからだと考えたのだ。

 ――より住みよい世界に。

 そこに必要なのは、たった一人の英雄ではない。
 教会はやり方を間違えたのかもしれないが、彼等なりに世界の平和を願っての行動であったことは確かだ。
 ガイアの脅威を呼び起こさないため、同じ悲劇を繰り返さないため――
 そのために彼等はガイアのことを隠し、アーティファクトの管理を担うことで技術の秘匿を徹底したのだろう。
 そして、フローラも教会との戦争を本気で望んでいる訳ではない。誰もが本当は平穏≠願っているはずなのだ。
 だから太老は、こんなお膳立て≠用意したのだとキーネは考えたのだ。
 そしてそれは――

(私たちの願いでもある)

 大好きだった人(フォトン)が願い、大切な友人(ラクシャ)が愛した世界。
 そして、太老が整えてくれた舞台。
 自分にも、まだ為すべき役割があるのだと理解したキーネに迷いはなかった。





異世界の伝道師 第370話『二人の恩師』
作者 193






「タチコマとのリンクを確認。ネットワークへの接続を開始……」

 ハヴォニワの旗艦マーリンのブリッジで、真剣な表情で端末と向き合うワウアンリーの姿があった。
 タチコマを装着(背負った)した聖機人のコクーンには、既に聖機師たちがスタンバイしていた。
 キーネから言われた通り、慎重に手順を進めていくワウアンリー。慣れない作業に緊張している様子が見て取れる。
 チャンスは一度切り。失敗の許されない作業だけに、ワウアンリーが慎重になるのも無理のないことだった。
 しかし、

『落ち着いてやれば大丈夫だ。我々もついている』

 通信越しにナウアの声が響く。
 作戦を確実に成功させるため、ワウアンリーのサポートにナウアたち――結界工房の技術者もついていた。
 いや、ナウアたちだけではない。立場の垣根を越え、教会の技術者、正木商会の侍従たち。それに聖地の生徒たちも作戦に協力するために集まっていた。
 いままでのことを思い返せば、教会と正木商会が手を取り合うなど考えられないようなことだが、文明が滅びてしまえば主導権争いなど何の意味もない。
 そのことを理解をしていないのは、一部の権力者たちだけだ。
 いや、本心では分かっているのだろうが、プライドや立場が邪魔をして認められないのだろう。
 だが、彼等は違う。事態の深刻さを理解しているが故に、手を取り合う選択をしたのだ。
 共通しているのは、ここにいる全員が何かしら太老の影響を受けた人物と言うことだった。

『しかし、改めて彼の凄さを実感させられるよ。異世界との技術格差が、まさかこれほどの開きがあるとは……』

 いまだから、よく分かる。
 ナウアの言うように、この場にいる誰もが正木商会の――太老の持つ知識と技術に畏怖を覚えていた。
 彼等は今、量子化された聖機人のデータと、聖機師たちの意識を〈MEMOL〉が形成する電脳世界へと送り込もうとしていた。
 そこから銀河結界炉――零式の力を借りて、太老のもとへ救援へ向かおうと計画したのだ。
 次元の壁を越えるのは生身の人間には難しいが、アストラルだけの状態であれば難しい話ではない。
 エナの供給は断ったと言っても〈MEMOL〉とオメガの間には、アストラルラインが形成されているからだ。
 それを辿れば、太老のもとへ辿り着くことが出来る。
 道案内はタチコマが、量子化された情報のコンバートに必要なエネルギーは零式が供給する。
 それが、キーネの提案した作戦の全容だった。
 しかし、

「確かに凄い技術ですが、リスクも相応にありますよ」

 イエリスが割って入る。
 彼女の言うように危険がない訳ではない。機体が破壊されても肉体の損傷はないが、代わりに精神に大きなダメージを負うことになる。
 肉体からアストラルを切り離した状態で死を経験すれば、精神の崩壊を起こして二度と目覚めない恐れすらあると示唆されたからだ。
 考えるだけでも、背筋が寒くなる話だ。ある意味、普通に死ぬよりも怖いリスクと言えなくない。
 実行部隊へ志願した友人たちを思って、イエリスが不安を口にするのも無理からぬ話だった。

「でも、それを恐れていては聖機師とは言えませんわ」

 それでも、レダの言うように聖機師たちは作戦への参加を決めた。
 戦いへ赴く以上、命の危険があるのは当然だ。易々と死ぬつもりはないが、命を懸ける覚悟はとっくに出来ていたからだ。
 ましてや、聖機師はそのために特権を与えられているのだ。
 安全な場所に逃れ、恩恵だけを享受するなど聖機師とは言えない。
 少しでも聖機師としての誇りがあるのであれば、この戦いに参加しないという選択肢はなかった。

「臆病者に聖機師を名乗る資格はない、ってラシャラ様なら言いそうよね」

 レダの言うように命を惜しんで参加を拒む者がいれば、その者は聖機師とは呼べない。
 臆病者の誹りを受けることは免れないだろう。
 そのような人間を雇い入れる国があるとは思えない。
 男性聖機師はともかく女性聖機師であれば、代わりがいないこともないのだ。

「グリノやブールのことが心配なのは分かるけど、いまは任された仕事に集中しましょう」
「……ごめん。それもそうよね」

 本音を言えば、リチアたちと共に行きたかったのだが、聖機人の数にも限りがある。
 そのため、イエリスとレダは残って、リチアの代わりに他の生徒達の指揮を執ることにしたのだ。
 実のところイエリスは、代々優秀な聖機師を輩出してきた名家の生まれだった。
 既に次期当主としての内定も決まっており、幼い頃からリーダシップを発揮する機会が多く、その能力を買われてリチアの代わりに学生たちの指揮を任されたのだ。
 レダはそんなイエリスのサポート役として、一緒に残った格好だ。
 というのも、彼女の家はイエリスの生家――ギリアム家の分家に当たり、幼い頃から姉妹のように育ち、親友としてイエリスを支えてきた。
 イエリスの補佐をするのであれば、自分が残るのが適任であるとレダも考えてのことだった。

 余談ではあるが、他の二人――ブールとグリノもギリアム家の家臣となる。
 ブールの母親ブリジッタ・バッカソスは聖地の武術大会でも上位の成績を残すほどの武術の達人で、その才能は娘にも受け継がれており、実のところ四人の中で最も戦闘力が高いのはブールだった。グリノの母親グリゼルダ・メイプルに関してもギリアム家の筆頭家臣に指名されるほどの聖機師で、集団戦闘における補佐が巧く、その才能は娘のグリノにも確かに受け継がれていた。
 ようするにブールとグリノが実行部隊に参加したのも、イエリスとレダが残ったのも適材適所と言う訳だ。
 そこはイエリスも理解しているのだが、やはりブールとグリノのことが心配なのだろう。

『そのために私とシンシアがいるんだろ? 一人も死なせるつもりはないから、少しは信用しろっての』

 そんな中、通信越しにグレースがイエリスとレダの会話に割って入る。
 確かにアストラルの状態で機体を撃破されるのは危険だが、その前に〈MEMOL〉との接続を切れば良いだけの話だ。
 最悪の状態に陥る前に、シンシアとグレースが聖機師たちのアストラルを引き戻す役目を担っていた。
 そのサポート。聖機師たちのバイタルデータを監視するのが、イエリスたちの主な仕事だ。

『あと、ワウ。慎重なのはいいけど、作業が遅すぎる。アンタなら、もっと早くやれるはずだろ?』
「うっ……」

 返す言葉もないと言った様子で、言葉を詰まらせるワウアンリー。
 ナウアや他にも名のある技術者を差し置いて計画の進行を任されているのは、彼女がタチコマの開発者という点が大きい。
 実際には彼女一人で開発をした訳ではないが、この世界で最も異世界の技術に通じた人間だと思われていた。
 そして、それは間違いとも言えなかった。

『もっと自信を持てよ。太老の助手なんだろ?』

 太老の助手や弟子を自称したことはないが、それは言い訳にしかならないことはワウアンリーも自覚していた。
 実際、太老の助けを借りたとはいえ、新型の聖機人やタチコマのバリエーションの開発にも成功しているのだ。
 ヤタノカガミの力を解析して作ったゴルドシリーズの開発を主導したのも彼女だ。
 太老の庇護下にいなければ、ワウアンリーの所属を巡って勧誘合戦が起きていることだろう。
 それだけに――

「そんな風に言われたら、引き下がれないわよね」

 安い挑発だと分かっていても、太老の名前をだされたら乗らない訳には行かなかった。
 自分のことなら何と言われてもいいが、その所為で太老の評価が下がることだけは看過できないからだ。
 それは技術者としてのワウアンリーの意地と言っても良かった。
 それほどに太老に感謝し、尊敬していると言うことでもあった。

『ワウがそのような顔をするとはね。彼は良い指導者でもあるようだ』

 少なくとも太老が科学者としてだけではなく指導者としても慕われていることは、ワウアンリーの反応を見れば分かる。
 そのことを嬉しく思うナウアだったが――

『私のことも少しは気にしてくれると尚、嬉しいのだけどね……』

 ワウアンリーに聖機工としての基本を教えたのはナウアだ。
 科学者としてだけではなく、指導者としても太老に劣っているとは考えたくないのだろう。
 ワウアンリーはナウアのことを、なんとも思っていないと言う訳ではなかった。
 感謝もしているし、尊敬もしている。太老と同じく大切な恩師だと今も思っている。
 しかし、

「ナウア様の場合、自分で評価を下げるようなことをしてますし……」

 研究に没頭する余り、周囲の迷惑を顧みないところがナウアにはある。
 結界工房での修業時代、そのような光景を幾度となく目にしているのだ。
 今更フォローに回る気にはなれないと言うのが、ワウアンリーの本音だった。
 太老も研究にのめり込むところはあるが、あれで意外と私生活はマメなところがある。
 大半は勘違いによるところが大きいが、周囲の評価が高いのは、そういうところも理由にあるのだろう。

「今回、率先して結界工房の協力を取り付けてくれたのも、データを取るのに丁度良いからですよね?」
『うっ……それは……いや、しかしだな。科学者であれば誰だって気になるだろう?』
「いまは非常事態なんですから、ちょっとは自重してください」

 自重しろと言うのは太老にも当て嵌まる言葉なのだが――
 愛弟子の言葉にナウアは愕然とし、肩を落とすのであった。





 ……TO BE CONTINUED



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.