「……懐かしい夢を見ていた気がする」
何もない世界で仰向けに寝転がったまま、そっと瞼を開けるダグマイア。
どうして自分はこんなところにいるのか?
まったく状況が理解できないまま、起き上がろうとしたところで――
「ようやく目を覚ましたみたいだな」
ダグマイアは声のした方を振り返り、目を瞠る。
視線の先に立っていたのは、彼のよく知る男だったからだ。
「お前は……」
――正木太老!
と、口に仕掛けたところで、ダグマイアは違和感を覚える。
少し日に焼けたような浅黒い肌をしているが、目の前に立っている男は間違いなく太老と瓜二つの姿をしている。
話し掛けてきた声や身に纏う雰囲気からも、彼がダグマイアの知る正木太老であることはほぼ♀ヤ違いないだろう。
しかし、
「お前は誰だ?」
「へえ……」
目の前の男は、太老ではないとダグマイアは確信する。
ブラックは太老のパーソナルデータを元に作られたAIだ。謂わば、キーネのようなアストラルクローンに近い存在と言える。
友人や家族であったとしても、太老とブラックの違いを簡単に見分けることは出来ないだろう。
だからこそ、一目で違うと見抜いたダグマイアにブラックは驚く。
「確かに俺はお前の知っている正木太老じゃない。でも、どうして分かったんだ?」
「あの男は、もっと間の抜けた顔をしている」
思ってもいなかったダグマイアの返答に、目を丸くするブラック。
そして、プッと息を噴き出すと、腹を抱えてその場で笑い始める。
確かにブラックは太老のパーソナルデータより生まれた存在だ。姿形だけでなく性格や趣味趣向まで何もかもが似通っている。
しかし太老の手によって目的≠持って作られた時点で、彼は正木太老とは言えない存在になっていた。
彼自身、正木太老によって生まれた存在ではあるが、自分では太老の代わりにはなれないと確信している。
事象の起点としての能力。確率の天才――としての能力までは、完全に引き継がれてはいないからだ。
それを、そのような表現で口にするとは思ってもいなかったのだろう。
だが一理ある、とブラックはダグマイアの言葉を認める。
「そうだな。俺のことは『ブラック』とでも呼んでくれ」
「ブラック? それが、お前の名か?」
「ああ、説明すると面倒なんだが、俺も正木太老≠ナあることに違いはないんだ。まあ、影のような存在だがな」
「なるほど……それでブラックか」
事情はよく分からないが、影武者のようなものかとダグマイアは納得する。
太老ほど名の通った人物であれば、影武者の一人や二人いても不思議な話ではない。
フローラに影武者がいないのは、彼女ほど癖のある人物を真似られる人間はいないからだ。
「なら、お前はここ≠ェ何処なのか知っているのか?」
「そうだな。説明してやりたいところだが――」
実際に見た方が早いな、とブラックは空を見上げながらダグマイアの疑問に答えるのだった。
異世界の伝道師 第380話『天才と天災』
作者 193
真っ白だった空に亀裂が走り、そこから靄のようなものが出て来て景色を灰色に染めていく。
現実では起こり得ない異常な現象に驚き、呆然と空を見上げるダグマイア。
何が起きているのかとブラックに尋ねようとした、その時だった。
「貴様――これをやったのは貴様だな!」
怒りに我を忘れた男の声が響いたかと思うと、靄の中から人が現れたのだ。
白衣を纏った金髪の男。どことなくユライトに似た顔立ちをしており、ダグマイアにも似ている。
ダグマイアはすぐにその男が何者かを悟り、自分の身に何が起きたかを朧気ながら思いだし始める。
「ガルシア・メスト」
ダグマイアの口からでた名前。それはメスト家の祖先の名であった。
自らの記憶と知識、人格をコアクリスタルへと移植することで数千年にも及ぶ時を生き続け、黄金の聖機神を超える究極の兵器を造り出そうとした狂気の科学者。
ガイアを生み出し、先史文明が滅びる切っ掛けを作った人物。
そしてダグマイアの肉体を乗っ取り、ガイアに眠る真の力を目覚めさせた人物でもあった。
「ダグマイア、貴様まで目覚めているとはな。とっくに自我など残っていないと思っていたが、しぶとい男だ」
名前を呼ばれたことでダグマイアに気付き、侮蔑の言葉を口にするガルシア。
この男にとってダグマイアは、ガイアを動かすための贄でしかないのだろう。
そんな考えすら透けて見えるガルシアの言葉に、ダグマイアは不快げに眉をひそめる。
だが――
「……貴様までとは、どう言う意味だ?」
怒りに身を任せるのではなく、質問を返すダグマイア。
コアクリスタルを移植され、ガイアの贄となったのは自分だけのはずだ。
なのに、まるで他にも贄となった人間がいるかのようなガルシアの口振りに疑問を覚えたのだろう。
「――そうだ! 貴様が聖機師どもを解放した所為で!」
ダグマイアの問いで思い出したかのように、ブラックへ怒りを向けるガルシア。
聖機師という言葉を聞いて、ダグマイアもガルシアの言っている言葉の意味に気付く。
聖機人ごとガイアに捕食された聖機師たちのことが頭を過ったからだ。
そして話の流れから、ブラックが何かしたのだと察する。
ガルシアの怒り――いや、慌てようは普通ではなかったからだ。
「その様子だと、嫌がらせは上手くいったみたいだな」
「嫌がらせ! 嫌がらせだと!? そんなことのために私の計画の邪魔をしたというのか!?」
「そんなこと? 勝手に逆恨みをして、こんなものを作って喧嘩を売ってきた奴の言葉とは思えないな」
「逆恨みなどではない! これは科学者としての崇高な願いだ!」
聖機師たちをガイアから解放したのが、自分に対する嫌がらせだと聞いて激昂するガルシア。
勿論それだけが理由ではないが、ダグマイアに対するガルシアの態度にブラックも少し頭にきていたのだろう。
その上、目の前の男が科学者≠自称する以上、黙っていられないことが彼にはあった。
「科学者としてねえ……。なら、お前は自分の作品をどう思っているんだ?」
「……何を言っている?」
ブラックが何を言っているのか分からないと言った表情を、心の底から浮かべるガルシア。
そんなガルシアの態度に、ブラックは呆れた様子で溜め息を漏らしながら説明する。
「俺の知っている科学者たちも自分勝手で傍迷惑な人たちが多いが、お前とは根本的に違うところがある。発明を愛し、自らの作品にちゃんと責任を持っているという点だ」
哲学士は対抗策の用意できない危険な代物は、世にださないというルールを自分たちに課している。
過ぎた力は身を滅ぼすということを、彼等はよく知っているからだ。
好き勝手やっているように見えるが、少なくともガルシアのように無責任に振る舞ってはいない。
自らの知識欲と好奇心を満たすために、どれだけ周りに迷惑を掛けても構わないというのは道を踏み外した狂人の考えだ。
結果、ガルシアによって生み出されたガイアは文明を滅ぼし、この世界の人々に絶対的な恐怖の対象とされてしまっている。
性格に難はあるが自らの作品に愛情を注いでいる人物を知っているが故に、ブラックはガルシアを科学者と認めることは出来なかったのだ。
オリジナルの太老がこの場にいても、きっとブラックと同じ怒りをガルシアへ向けただろう。
「お前は科学者なんかじゃない。ただの犯罪者だ」
自らの存在を全否定されたことで怒りに表情を歪め、顔を真っ赤にするガルシア。
この世界の技術力で、ガイアのような兵器を作ったことには素直に凄いと感心する。
だが、ガルシアのような人物をブラックは科学者と認めるつもりはなかった。
「犯罪者には相応の罰を受けてもらわないとな」
そう言ってニヤリと笑みを浮かべるブラック。
すると、いつからそこにいたのか?
デフォルメされたミニサイズのブラックがたくさん現れて、ガルシアを取り囲んだ。
そして、
「なんだ! こいつらは!? や、やめ――」
あっと言う間に取り押さえられるガルシア。
頭だけでた状態で全身をスライムのようなものに包まれ、完全に拘束されてしまう。
そして、指一本動かせない状態となったガルシアに追い討ちを仕掛けるようにブラックは言葉を続ける。
「探す手間が省けて助かったわ。まあ、そろそろ焦って出て来る頃だとは思っていたけどな」
「まさか、最初からこれが目的で!」
自分がまんまと誘き寄せられたのだとガルシアは気付き、更に顔を赤くする。
自尊心の高い性格をしているだけに、自分が罠に嵌められたと知って大きくプライドを傷つけられたのだろう。
悔しそうに睨み付けてくるガルシアを無視して、ブラックは再びダグマイアに声を掛ける。
「さて、余り時間も残されていないことだし、さっさとこんなところはおさらばするか」
「時間が残されてない? どういうことだ? 一体、何が起きようとしている?」
ガルシアの慌てようといい、いまガイアで何が起きようとしているのか気になっていたのだろう。
ダグマイアの問いに対して、どう説明したものかと太老が思案していると、そこにガルシアが割って入る。
「依り代を失ったことで、ガイアが暴走状態に陥ったのだ。もはや、誰にもガイアを止めることなど出来ない」
何もかも終わりだ、と自虐めいた笑みを浮かべながら、いま起きていることを説明するガルシア。
依り代と言われて真っ先にダグマイアの脳裏に浮かんだのは、ガイアの贄とされた自分のことだった。
肉体をガルシアに奪われ、コアと一つになることでダグマイアの意識はガイアの中へと沈んでいた。
そのダグマイアがガイアの束縛から解放されていると言うことは、一つの答えに辿り着く。
「俺の所為なのか……俺はまた……」
状況から言って、ブラックがガイアに囚われた人々を助けるために何かをしたのだと理解できる。
その結果、他の聖機師たちと同様にダグマイアも解放されたが、ガイアの暴走を招いてしまったのだろう。
自分が原因で世界が滅びるかもしれないと考え、自分を責めるダグマイアにブラックは呆れ顔で声を掛ける。
「考慮してないはずがないだろ? その上で、お前を助けたんだから」
「……ガイアの暴走を止める手段があると言うことか?」
「いや、それは無理だな」
期待を持たせるようなことを口にしておいて、あっさりと無理だと答えるブラック。
そもそもガイアを制御する手段があるのなら、こんな面倒臭い方法を取ってはいない。
ガイアの活動を完全に停止させてから、ダグマイアたちを解放すれば良いだけの話だからだ。
それが出来ないからこそ一時的にガイアの動きを封じ、その間にダグマイアたちを救出すると言った方法を取ったのだ。
暴走を止めることは不可能だ。しかし、とブラックは言葉を付け加える。
「制御は出来ないが、破壊するのは不可能じゃない」
「な――」
真っ先にブラックの言葉に反応したのはダグマイアではなくガルシアだった。
確かに太老の造った黄金の聖機神は、ガルシアも認める神≠フ名を持つに相応しい機体だ。
しかしガイアはその黄金の聖機神を超えるべく、ガルシアが気の遠くなるような時間を費やして完成させた究極の兵器だった。
ガイアは黄金の聖機神を超えた。そう確信しているガルシアにとって、耳を疑いたくなるような話だったのだろう。
「強がりはよせ。あの状態のガイアを倒す手段など……」
「強がりなんかじゃないさ。お前、哲学士を甘く見てないか?」
「は? なんだ? それは……」
哲学士と聞いて、何を言っているのか分からないと言った表情を見せるガルシア。
この世界とは異なる世界の話だ。ガルシアが知らないのも無理はない。
逆に言えば知らないからこそ、挑む気になったのだろうとブラックは思う。
哲学士と事を構えようとする愚かな人間は、銀河中を探しても一握りのバカくらいなものだ。
しかも、あの白眉鷲羽の弟子だと聞けば、普通は挑戦しようなんて考えは湧かない。
同じようなことはダグマイアにも言える。
太老のことを何も知らないから、あれほど執拗に立ち向かっていくことが出来たのだと――
「ガルシア・メスト。お前は確かに天才なのかもしれない。だけど――」
自分のことだからこそ、よく分かる。逆に言えば、ブラックと太老の違いはそこにあった。
確率の天才としての能力を不完全に引き継いでいるため、ブラックは無自覚≠ネ天災と言う訳ではない。
だからこそ、はっきりと言える。
「本物の天災≠ノは勝てない」
それは彼だからこそ言える正木太老≠知るが故の言葉であった。
……TO BE CONTINUED
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