【Side:太老】
『お父様、ターゲットを確保できたようです。余計なものも付いてきたみたいですが……』
「余計なもの?」
『ガルシアという男です。喚き立てて五月蠅いので、こっちで適当に処理しておきますね』
「ああ……って、ちょっと待てぇ!」
ガルシアを処分すると聞いて、思わず零式を止めに入る。
零式のことだ。それは即ち、文字通りの可能性が高い。
正直、ガルシアという男がどうなろうと俺の知ったことではないが、誰かが責任を負わなければ今回の騒動は決着しない。
そう言う意味で、ガイアの生みの親であるガルシアという男には、まだ使い道がある。
「犯した罪は償わせるべきだろ?」
『更生の機会を与えると?』
「まあ、反省するような奴には見えなかったけど、誰かが責任を取らないといけないだろ?」
『なるほど、ようは羊≠ニ言うことですね。さすがはお父様です』
そんなことで感心されても嬉しくはないのだが、うちの家訓にもあるしな。
自分のケツは自分で拭け、って。
こうなった原因の一旦は、ガルシアにあると俺は考えている。
ガイアを開発した者として、まったく責任がないとは言えないからだ。
『お父様、ガイアの様子が……』
「大人しく機能を停止してくれると良かったんだが、やはりそう簡単には行かないか」
こうなることは予想していたとはいえ、暴走状態に陥ったガイアを見て、俺の口からは溜め息が溢れる。
ガルシアに対して言ったことは、そのまま自分にも言えることだ。
ダグマイアたちを助けると決めた以上、ガイアの暴走を招いた原因は俺にあるとも言えるからだ。
「零式、結界は後どのくらい保ちそうだ?」
『一分が限界です』
予想よりも短い。それだけガイアの力が大きいと言う訳か。
光鷹翼を生み出すほどの力だ。暴走すれば、この空間だけでなくマリアたちの世界にも影響を及ぼすだろう。
次元の崩壊。嘗て天地が覚醒しかけた時のように、世界を滅ぼすほどの次元震が発生するかもしれない。
あの時のように訪希深たちに頼るのは簡単だ。恐らく助けを求めれば、手を貸してくれる予感はある。
しかし、
「困った時の神頼みっていうのは、格好が付かないしな」
それにそんな真似をしたら、マッドや訪希深に頭が上がらなくなる。
どうしようもない状況ならともかく、まだ自分でどうにか出来る可能性が残されている以上、足掻くべきだろう。
「撤退の状況は?」
『あと三十秒で、すべて完了します』
「なんとか間に合いそうだな」
これで心配するものは何もない。
思いっきりやれることを確認して、俺はコノヱから託された刀≠フ柄を右手で握り締めるのだった。
【Side out】
異世界の伝道師 第381話『残された者たち』
作者 193
「――こいつで最後だ」
最後の一人が帰還したことを確認するグレース。
最初はどうなることかと思っていたが、結果だけを見れば死者はゼロ。
精神に軽いダメージを負った者はいるが、生命に関わる致命的な状況に陥った者はいない。
これ以上は望むべくもない最良の結果と言っても良かった。
「お疲れ様です」
疲れきった表情で安堵の溜め息を吐くグレースを労うマリア。
グレースの隣に座るシンシアは電池が切れたみたいに端末に突っ伏し、スヤスヤと寝息を立てていた。
皆の協力があったからこそとはいえ、この二人と〈MEMOL〉の力がなければ全員が無事に帰還することは叶わなかっただろう。
そのため、心の底からマリアは二人に感謝する。
「とはいえ、どの程度、太老の助けになったかは不明だけどな」
フローラたちが黒い聖機人の相手を受け持つことで、多少の時間稼ぎになったことは確かだろう。
結界の維持とガイアの解析に集中することが出来て、太老の負担を減らせたことは間違いない。
しかし結局のところ、ガイアとの決着は太老に委ねてしまっている。
ガイアと戦えるのは太老だけと言っても、本来であればこの世界の人間が解決すべき問題だ。
太老にばかり負担を掛けてはいないかと、グレースが問題を口にするのは当然であった。
「確かに……それに恐らく彼女が私たちに協力を持ち掛けてきたのは、お兄様の差し金でしょうし」
「なんだ、マリアも気付いてたのか。フローラも気付いていたみたいだけどな」
さすがは親子だなとグレースに言われ、複雑な顔をするマリア。だが、少し考えれば分かるようなことだ。
零式が協力を持ち掛けてきたのは、自分たちにガイアとの戦いを記録させることが狙いだったのだろうと――
更に言えば、聖機師たちをガイアとの決戦に参加させることで、各国の体面を保つことが目的だったのだと。
教会とて自分たちが参加した戦いにケチをつけたり、無事に帰ってきた聖機師たちを貶めるようなことは出来ない。
だがそうすると、太老の活躍も認めざるを得なくなる。恐らくはそこまで計算して、この計画を立てたのだろうとマリアは考えたのだ。
そう考えると、自分たちのしたことは本当に太老の助けになったのだろうかと不安になるのも無理はなかった。
この世界の人間が話し合い≠ナ解決すべき問題まで、太老に気を遣わせてしまったという考え方も出来るからだ。
「覚悟を決めたつもりでしたが、私もお兄様と比べると、まだまだですね……」
キャイアたちのように聖機人に乗って戦うことは出来ない。
だから自分に出来ることを――王女という立場を使って、太老を支えていくことを心に決めたのだ。
しかし為政者としての振る舞いでも、まだまだ太老に及ばないことをマリアは痛感する。
「ですが、マリア様。太老の負担を少しでも減らすことが出来たのは、事実かと」
肩を落として落ち込むマリアに、優しく声を掛けるユキネ。
ユキネに声を掛けられ、ハッと我に返るマリア。
ガイアとの戦いに参加できず、歯痒い思いをしていたのはユキネも同じだということを思い出したからだ。
「ごめんなさい。あなたの気持ちも考えずに……」
「いえ、残ると決めたのは私ですから」
ユキネはマリアやラシャラと違い、ガイアとの戦いに駆けつけようと思えば出来たのだ。
しかし護衛機師が二人も揃って、主の傍を離れる訳にはいかない。
だから戦いはキャイアに託して、ユキネはラシャラとマリアの傍に残ったという経緯があった。
その選択が間違っていたとは思わないが、本音を言えば彼女も太老のもとへ駆けつけたかったのだろう。
だからこそ、言えることもある。
「少なくとも無駄ではなかったと思います」
そうした思惑があったのだとしても、少しも太老の助けにならなかったとは思わない。
黒い聖機人の相手をフローラたちに任せられた分、太老の負担は減ったはずだ。
ガイアに意識を集中することで、体力を温存することが出来たという見方も出来る。
その僅かな差が勝敗を分けることも少なくはないと、戦いに身を置く彼女はよく知っていた。
それにフローラやマリア以外にも、太老にそうした思惑があることに気付いた者はいるはずだ。
それでも戦いに参じたのは、大切なものが――守りたいものが彼等にもあるからだ。
少なくとも、その行動が無駄であったとは思わない。
「……ユキネの言うとおりね。ごめんなさい。さっきの発言は取り消すわ」
「ああ……私も悪かったよ。それに太老の負担を減らせたのは事実だしな」
不用意な発言をしたことを謝罪するマリアとグレース。
自分たちの発言が、戦いへ参加した者たちへの侮辱にも繋がると悟ってのことだった。
とはいえ、
「でも、安心するはまだだ。完全にガイアの消滅を確認しないことには……」
「お兄様なら、きっと大丈夫です。必ずガイアを倒し、私たちのもとへ帰ってきてくれると信じています」
まだガイアの脅威は去った訳ではないと主張するグレースに、マリアは太老を信じていると返す。
共にガイアの映ったモニターを見上げるグーレスとマリア。
撤退が完了したとはいえ、まだあそこには太老が残っている。
カメラの向こうでは、最後の決戦が始まろうとしていた。
と、そこで――
「ん? 皆、撤退したのに、どうして映像が送られてきておるのじゃ?」
少し離れたところから様子を見守っていたラシャラが疑問を口にする。
そう言えば、と何かがおかしいことに気付く、マリアとグレース。
そもそも〈MEMOL〉に記録されている映像は、ガイアとの戦いに参加している聖機人のカメラを通して集めたものだ。
全部隊の撤退は完了し、いまあの空間には太老のオメガとガイアしかいないはずであった。
なら、この映像は一体誰が――と気付いたところで、
「そう言えば、剣士くんたちは?」
『……あ』
ミツキの一言で、その場にいる全員が剣士たちの存在を思い出すのだった。
【Side:太老】
「なんで、お前等は撤退してないんだ!?」
いざ、最後の戦いという時になって、まだ一隻の船と数機の聖機人が残っていることに気付く。
一体、誰がと思って通信を繋いでみたら、その聖機人に乗っていたのは剣士たちだったと言う訳だ。
『ですから、先程その話をしようと思っていたのですが……』
『太老兄……ちゃんと人の話は最後まで聞けって、姉ちゃんたちからもよく言われてるだろ』
コノヱから話を聞いて、呆れた様子で苦言を漏らす剣士。
しかし、何も言い返せない。きちんと最後までコノヱの話を聞かなかったことは事実だからだ。
二人から事情を聞くと、そもそも剣士たちは力場体を使って、この空間に転移してきた訳ではないらしい。
剣士たちの後方に控える船――『星の船』と言うそうだが、その船のワープ機能を使って、この空間に転移してきたのだとか。
超空間航行が可能な船とか、そんなものがこの世界にあるとは驚きだ……って、あれ? なんかあの船、見覚えがあるような。
『ほら、お父様が調査させてくれと言って預かって、整備ついでに魔改造した船ですよ』
ああ、前にラシャラ女皇から預かった船か。
協力してもらった御礼に壊れているところとか修理して返したんだが――魔改造とは人聞きの悪い。
ちょっと弄くっただけじゃないか。
『太老兄、もしかして……』
「いや、俺は悪くない……と思うぞ?」
そもそも銀河帝国時代に造られた船と言うことで、GPで使われているパトロール艦程度の性能はあったのだ。
超空間航行を使った通信やワープだって、ちょっと手を入れたくらいで元々船に備わっていた機能だ。
俺がやったことと言えば、少し船のエンジンとシステムを弄った程度だった。
『お父様、もう結界が保ちません』
そうこうしていると、タイムリミットを告げる零式の声がオメガのコクーンに響く。
結界が破壊され、解き放たれるガイア。
完全に暴走しているみたいで咆哮を上げ、見境なく周囲にレーザーのようなものを放ち始めた。
こうなってしまっては、いまから剣士たちを逃がすような余裕はない。
それにあの船が、俺が手を加えたものならもしかすると――
「零式、いけるか?」
『既にやっています。船のAIとも話を付けたので、どんと任せてください』
さすがに、こう言ったことは話が早い。ちょっとアレな性格ではあるが、基本的に優秀な奴なんだよな……。
星の船に搭載されているシステムは、謂わば零式に搭載されているシステムの量産型だ。
言ってみれば、あの船は零式の姉妹艦と言ってもいい。
となれば、零式の方で舵取りをサポートすることも可能だと考えたのだ。
あとは――
「剣士、無茶はするなよ。お前に何かあったら、俺が皆に殺されかねないから……」
『太老兄こそ。無茶≠オないでくれよ?』
言葉は同じようで、どうにも言っている意味合いが違う気がするんだが……気の所為だよな?
とはいえ、無茶するなと言われても、今回ばかりは本気にならざるを得ない。
手を抜いて、どうにかなるような相手でないことは一目瞭然だからだ。
あの黒い光鷹翼は厄介だしな。
「よし、やるか」
両手で頬を叩き、気合いを入れ直す。
世界を救うなんていうのはガラじゃないが、たまにやるところを見せておかないとな。
ここで手を抜いて、そのことが剣士の口から柾木家の面々に伝わったら面倒なことになりかねない。
だから――
「お前に恨みはないが、これも俺の平穏≠フためだ」
平穏な日常を取り戻すため、俺はオメガのコントロール端末に〈絶無〉の切っ先を突き立てるのだった。
【Side out】
……TO BE CONTINUED
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