「これは……」

 目を瞠りながら驚きに満ちた声を漏らす瀬戸。
 彼女が見上げるモニターには、光輝く十枚の翼を広げた黄金の聖機神――オメガの姿があった。
 第一世代の皇家の船ですら、三枚の光鷹翼が限界なのだ。瀬戸が驚くのも無理はない。

「この程度は予想できていたことだ。驚くほどのことでもないだろ? 二年前にも同じことがあったんだから」

 鷲羽の言うように、二年前にも太老は十枚の光鷹翼を展開して見せていた。
 本来、契約者一人に付き、契約できる〈皇家の樹〉とは一本だけと決まっている。しかし太老は複数の〈皇家の樹〉から力を借り、その力を束ねて増幅させることで津名魅と同等の力を発揮してみせたのだ。しかも〈皇家の樹〉のマスターではないと言うのにだ。
 更には〈皇家の樹〉に招かれなければ立ち入ることは叶わないと言われている天樹の内部へ自由に出入り出来るばかりか、深層に工房を構えることを許され、若木の世話まで任せていると言うのだから驚く他ない。太老の存在が天地と同様に樹雷の最重要機密として扱われているのには、こうした事情が背景にあった。
 確かに分かっていたことだ。
 ここにいる全員は太老が樹雷にとってどれほど重要且つ、扱いの難しい立場にいるかを理解している。
 とはいえ――

「分かってはいても、樹雷の人間……それも〈皇家の樹〉のマスターに驚くなと仰る方が無理があるかと……」

 樹雷第一皇妃、船穂の言葉に皆がうんうんとしきりに頷く。
 樹雷の人間であれば、ましてやそれが皇族に名を連ねる者であれば、分かってはいても目を奪われるのは当然だ。
 十枚の光鷹翼。それは皇家の樹の母にして、始祖たる津名魅と同じ数の光鷹翼を展開できると言うことになるのだから――
 国家の安全保障などと言った問題以前に、津名魅と同じことが出来る存在をどう扱うのかと言った問題が生じる。
 ここに集まっている女性は全員が、国家の中枢に少なからず影響力を持つ者ばかりだ。
 瀬戸と船穂に至っては、それぞれが皇家を代表する立場にあり、政治的な決定権も有している。
 先のことを見据えて、頭を悩ませるのも当然のことであった。

「確かに凄い力よね。でも、太老ちゃんから船を取り上げるのは失敗したのよね?」

 そう言って会話に割って入ってきたのは、樹雷第二皇妃の美砂樹だった。
 瀬戸と内海の娘で、阿重霞と砂沙美の母親にあたる人物だ。
 無邪気な性格で子供っぽいところがあり皇族としての威厳には欠けるのだが、時々こうして物事の核心を突いてくることがある。
 彼女の言うように太老から零式を取り上げることには失敗した。鷲羽の工房で封印されていたはずの零式が、自力で封印を解いて太老のもとへと戻ってしまったからだ。
 再度封印しようとしても、今度は大人しく捕獲されてはくれないだろう。
 ましてや、鷲羽の工房から抜け出せるような船を封印しておける設備など、この宇宙のどこにも存在しない。
 かと言って、太老をどうにかしようとしても――

「あの子は味方が多いからね。訪希深も太老に何かするなら黙ってないだろうし」

 恐らく津名魅もそれは同じだろうと鷲羽はクツクツと笑う。
 更に言えば、柾木家の人々も黙ってはいない。いや、それどころか地球を敵に回す可能性すらある。
 太老が悪事に手を染めたとかであれば話は別だろうが、危険だからと言う理由で太老を排除しようとすれば黙ってはいないだろう。
 しかしそれは――

「それは鷲羽様もですか?」
「アタシはあの子を信じてるからね。船穂殿もそれを言ったら同じだろ?」

 結局のところ、ここにいる全員がそうなのだ。
 太老と零式が持つ力は強大で、扱いを誤れば世界を滅ぼしかねないほど危険なものだ。
 だからと言って排除に動くつもりであれば、最初からこんな集まりなど開いていないし相談したりしない。
 皆、太老の行く末を案じているのだ。

「そこで、こいつの出番と言う訳だ」

 マル秘の文字がプリントされた一冊のファイルを高々と掲げる鷲羽。
 その『正木太老ハイパー育成計画』と称されたファイルの内容に目を通した一同は揃って溜め息を吐く。
 こうなることを見越して、太老が赤ん坊の頃から準備を進めていた鷲羽の肝煎りの計画だ。
 名前はともかく内容そのものは悪いものではない。いや、他に手がないとさえ思えるほどの計画であった。
 太老自身をどうにかすることが出来ないのであれば、太老の成長に期待するしかないのだから――

「取り敢えず、こっちの目論見通り零式のマスターキーは完成し、太老の手に渡った。二年前と比較しても、暴走の危険はかなり減ったと思っていいだろうね」

 どこまで予見して、この計画を練っていたのかと考えると恐ろしく感じる。
 零式が封印を解いて太老のもとへ向かうことも、恐らくは計算の内であったのだろう。
 桜花のことも、彼女と初めて会った時から薄々と正体を察していたのかもしれない。
 そうでなければ、このような計画を立てられるはずもないからだ。
 しかし、

「西南殿や美星殿にも協力してもらって研究を進めていた甲斐があったよ。それでもあの子はよく、こっちの予想の斜め上をいってくれるんだけどね……」

 油断はならないと鷲羽は溜め息を交えながら、どこか楽しそうに話すのであった。





異世界の伝道師 第382話『覚醒と暴走』
作者 193






「綺麗……」

 呆然とした声で、そう呟くエメラ。
 彼女が目を奪われているのは、十枚の光輝く翼を纏った聖機神――オメガだった。
 その神々しくも圧倒的な存在感は、まさに神そのものと言っても過言ではない。
 まだ戦闘中であるにも関わらず、思わずエメラが目を奪われるのも無理はなかった。

「剣士くんは余り驚いていないみたいね」
「昔から見慣れてるから。姉ちゃんの船にも何度か乗せてもらったことがあるし」
「剣士くんのお姉さんって一体……」

 剣士の言っているのは、間違いなく宇宙船だろうとカレンは察する。
 しかも見慣れているという台詞からも、少なくとも剣士は同じようなものを目にしたことがある可能性が高い。
 柾木と言う名前から察してはいた。しかし太老のことといい、この光鷹翼といい――
 もう、これは間違いなく剣士は樹雷皇家の人間だとカレンは確信する。

(とはいえ、嘘をつけるような子には見えないし、きっと教えて貰っていないのでしょうね)

 何らかの事情があって、剣士は樹雷のことを教えられていないのだろうとカレンは察する。
 だとすれば、下手に事情を尋ねるのも問題だと考え、突っ込んだ話を自重する。
 相手は樹雷皇家だ。下手に首を突っ込めば、藪をつついて蛇を出すと言った真似になりかねない。
 蛇ならまだいいが、相手は虎や龍の類だ。火傷程度では済まないだろう。

(何も見なかった。知らなかったことにするしかないわ。ああ、でも……)

 もう諦めかけていたとはいえ、あちらの世界へ一度は帰っておきたいとカレンは思う。
 両親の顔は知らない。でも同じバルタの姓を持ち、家族のように接してくれた仲間たちがいる。
 恐らく心配してくれているだろう。無事だと言うことを伝えたい。
 それに――

(余り会いたくはないんだけど……あの人のことだから、きっと物凄く心配してくれてるわよね)

 頼りなく迷惑ばかりかけられていたが、それでも憎めない先輩≠フ顔を思い出しながらカレンは苦笑する。

「でも、これでもう大丈夫ね」

 剣士が樹雷皇家の人間だと言うことは、太老も間違いなく樹雷皇家の関係者なのだろうと推察できる。
 しかも〈皇家の船〉しか展開できないという光鷹翼すら使って見せているのだ。
 幾らガイアがとんでもない兵器とはいえ、それはあくまでこの世界の基準での話だ。
 カレンが太老の勝利を確信するのは当然であった。
 しかし、

「嫌な予感がする。皆、まだ油断しない方がいい」

 剣士は警戒を解いていなかった。
 ただの勘に過ぎないが、剣士は自分の勘が良く当たることを本能的に理解していた。
 特に太老が絡むことに関しては、並外れた直感を有していた。

「ガイア……じゃない。だとすると、これは……」

 ガイアも危険な存在だが、この嫌な予感の正体はガイアではないと剣士は思う。
 絶無が太老の手に渡り、太老が最後のカードを切った時点で、既に勝敗は喫している。
 ガイアがどのような存在であったとしても、覆せないほどの力の差があることを剣士は理解していた。
 いや、剣士だからこそ、このなかで最も正確に太老とオメガの力を測っていた。

「太老兄、まさか……」

 この嫌な予感の正体は、太老とオメガから発せられているものだと剣士は気付く。
 どう足掻こうともガイアでは、いまの太老とオメガに勝つことは出来ない。
 しかし勝利は目前のはずなのに、剣士の直感は警鐘を鳴らしている。
 だとすれば考えられることは一つだけ――

「暴走しているのはガイアだけじゃない」

 オメガも暴走していると剣士は話すのであった。


  ◆


「でも見た感じ、力の制御が出来ているように見えないわね」
「ありゃ、おかしいね。完全に暴走しちゃってるみたいだ」

 他人事のように会話を交わす瀬戸と鷲羽に、一同の厳しい目が向けられる。
 こんなはずではなかったと言った様子でポリポリと頬を掻き、誤魔化すように緑茶で一服する鷲羽。
 斜め上をよく行くと口にはしたが、まさかこんな結果をもたらすとは思ってもいなかったのだろう。
 少なくとも鷲羽の計算では、零式が〈皇家の樹〉の力を学習しマスターキーさえ発現すれば、光鷹翼の制御は出来るはずだったからだ。

「……鷲羽ちゃん、どうするの?」

 さすがにまずいんじゃない?
 と皆の厳しい視線に晒されながら、瀬戸は小声で鷲羽に尋ねる。
 そもそも、ここにいる面々が瀬戸と鷲羽に協力的だったのは、鷲羽の計画が上手く行くという前提の上での話だった。
 しかし強引なやり方で意図的に太老を追い込み、更には力を引き出しておいて制御できませんでしたでは話にならない。
 暴走を引き起こすと分かっていれば、誰一人として協力などしなかったからだ。
 とはいえ――

「お二人の計画に乗った私たちにも責任はあります。ですから、そのことを追及するつもりはありません。ですが――」

 二人の話に乗った以上は、その責任は自分たちにもあると船穂は認める。
 他に手がなかったとはいえ、太老を異世界へと隔離することに賛同し、追い込むような真似をしたことは事実だからだ。
 ガイアが危険な存在であるということも分かっていた上で、太老をあの世界に送ったのだ。
 その責任は免れない。そのことは船穂だけでなく、ここにいる全員が理解していた。
 しかし、その上でどうしても確認しておかなくてはならないことがあった。

「この状態を放置すれば、どうなりますか?」

 オメガの暴走。その結果、引き起こされるであろう問題を船穂は鷲羽に尋ねる。
 皇家の樹は第二世代のものであっても、リミッターを外せば銀河を消滅させることが可能だと言われているのだ。
 暴走によって十枚の光鷹翼がもたらす被害など、とてもではないが想像すら出来ない。

「次元が崩壊する。あの世界は勿論のこと、私たちの世界にも影響はあるだろうね」

 少なくともジェミナーは消滅する。
 そして次元を隔てた地球にも、その影響は及ぶだろうというのが鷲羽の考えだった。

「樹雷直轄に指定された観察宙域のことを覚えているかい?」
「ええ、腑に落ちない点が多い事件でしたが、瀬戸殿が責任を持つとのことでしたので……」
「あれも太老が原因で起きたことだけど、私たちが抑え込まなければ、この宇宙は消滅していた可能性が高かったんだよ」

 鷲羽の口から語られた十三年前の真相に、船穂だけでなく全員が目を瞠る。
 私たち――と言うのが、訪希深や津名魅を加えた頂神のことだと察したからだ。
 だとすれば、この世界は既に一度、消滅の危機を免れていたと言うことになる。

「それでも、太老殿を処分しようとは考えなかったのですね」
「出来なかった。下手にショックを与えれば、どんな結果をもたらすか分からなかったからね。だから――」
「異世界で実験をすることにした。この世界への影響を最小限に留めるために」

 最後まで説明を聞く前に鷲羽の考えを読み、答えをだす船穂。
 船穂の回答に観念したと言った様子で両手を挙げて、鷲羽は首を縦に振る。
 そう、太老を異世界に送ったのは、ただの厄介払いでも計画に都合が良かったからだけでもない。
 万が一の時、この世界に与える影響を最小限に食い止めるために、あの世界を鷲羽と瀬戸は選んだのだ。

「訪希深も同意してることだよ。他の世界がどうなろうと、私たちが優先するのは天地殿のいるこの世界だからね」

 それが、頂神としての鷲羽の回答だった。
 太老のことも大切だが、ようやく見つけた天地という可能性を失う訳にはいかない。
 それが三命の頂神――鷲羽、訪希深、津名魅がだした答えだったのだろう。

「地球にも影響はあるだろうけど、この規模ならどうにか抑え込めるだろうしね」
「ですが、それではあの世界は……」
「消滅するね。それでも、太老や剣士が無事ならそれでいい。実験はまたやり直せばいいからね」

 船穂の問いに冷めた言葉で、はっきりとそう答える鷲羽。
 科学者としての顔を覗かせる鷲羽。そして頂神としての考えも、その言葉には込められているのだろう。
 少なくとも太老が死ぬことはない。そして、零式も剣士を死なせるようなことはしないだろう。
 最悪の時は、訪希深が介入する手はずも整っていた。なら、あとは何を優先して、何を切り捨てるかの話だけだ。
 三命の頂神にとって、あの世界の価値≠ヘその程度なのだろう。
 しかし、それは――

「太老殿は悲しみますよ」
「あの子に嫌われたっていいさ。まあ、それは元からか」
「……素直ではないのですね」

 敢えて、太老に嫌われるような損な役回りを演じているのだと、鷲羽の考えを船穂は察する。
 何も言わないところを見ると、それは恐らく瀬戸も同じなのだろう。
 ただ、この二人は自分たちに出来るやり方で、太老を守ろうとしているだけなのだと――

「分かりました。でしたら、もう何も言いません。ですが、お二人は少し太老殿のことを侮っているかと」

 確かに、このままであればジェミナーは消滅することになる。
 しかしあの太老が、そんな結果を認めるとは思えない。
 なら――

「私は太老殿を信じています。他人の幸せを願い、喜ぶことが出来る太老殿なら――」

 きっと皆が幸せになれる未来を作ってくれるはず。
 ただの偶然であろうと、太老の行いによって救われた人たちがいる。
 なら今度もきっと、太老は皆を笑顔にしてくれると船穂は信じていた。

「それに太老殿には、次の樹雷皇となって頂かなくてはいけませんから」
「……まだ諦めてなかったんだね」

 船穂が太老を樹雷皇とすることをまだ諦めていないと知って、鷲羽は苦笑する。
 だが、確かに船穂の言うとおりだと、再びモニターへ視線を向ける。
 まだ結果がでた訳ではない。太老なら、きっと――

「これだけ期待を背負ってるんだ。男を見せなきゃ情けないよ」

 そう言って、鷲羽は太老にエールを贈るのだった。





 ……TO BE CONTINUED



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