「やっと現れたか。余りに遅いから捕まったのかと思っていたが……」
アドルたちは間に合わなかった、とリィンは気配の先に視線を向けて溜め息を吐く。
視線の先にいたのは、ロムンの帝都を騒がせた連続通り魔〈名無しの切り裂き魔〉ことキルゴールだった。
虫も殺さないような温厚な笑みを浮かべてはいるが、その瞳の奧に隠された狂気に気付かないリィンではない。
「一応、聞いておくか。このまま集落へ戻って、大人しく捕まるつもりはあるか?」
「おかしなことを聞くのですね? 僕を挑発≠オたのは、キミでしょうに……」
「挑発ね。何か勘違いしているみたいだが、間違ってるぞ」
「何を……」
言っているのか分からないと言った顔で、困惑の表情をリィンに向けるキルゴール。
シャーリィに仲間を迎えに行かせ、地図を送りつけてきたのは自分を誘い寄せるためだとキルゴールは考えていたのだ。
その意図がなかったかと言えば嘘になる。しかし、それだけではリィンの考えを読むには不十分だった。
「警告だ。アドルたちに対しての猶予であると同時に、俺が一日待ったのはお前≠ノ対する猶予でもあったんだ」
「……意味がわかりませんね」
「本当にそうか?」
突如リィンの身体から放たれたプレッシャーに息を呑むキルゴール。
防衛戦の時に感じたものと同じ――いや、それ以上とも言える濃密な死の気配が、キルゴールの身体の自由を奪い去る。
そして、
「な――ッ!?」
キルゴールが瞬きをした直後、彼の隣には十メライは離れた場所に立っていたはずのリィンの姿があった。
そしてリィンはキルゴールの首に狙いを付けると、腰に帯びた二本のブレードライフルの内一本を右手で勢いよく抜き放った。
「くッ!」
一瞬にして距離を詰められたことに驚きつつも、上体を反らすことでリィンが放った剣閃を紙一重のところで回避するキルゴール。
そのまま後ろに回転すると地面に手を突き、飛び退くようにキルゴールは距離を取った。
「い、いつの間に……」
「なかなか反応は悪くないみたいだ。だが、この程度のスピードで驚いているようでは〈名無し〉というのもたいしたことはないな」
そう言って不敵に笑うリィン。
一方でキルゴールは想像を遥かに超えたリィンの動きに内心驚きを隠せずにいた。
不意を突かれたとはいえ、リィンの動きを捉えることが出来なかったのは確かだ。
少なくとも油断の出来る相手ではない。単純な力勝負をするのは危険だとキルゴールは考える。
「……認めましょう。確かにあなたは強い。これまで僕が出会ったなかでも『最強』と言って良いほどに……」
だが、それならまともに相手をしなければいい。
武器の形状から考えても、恐らくリィンは近接戦闘を得意としているはずだとキルゴールは考える。
確かに先程のスピードは脅威だが、警戒をしている今なら同じように不意を突かれるようなことはない。
ならば――ニヤリと笑みを溢すと、キルゴールは両手を地面に叩き付ける。
「はああッ!」
次の瞬間、土の中から現れた〈鋼線〉がリィンを取り囲んだ。
「油断しましたね! それは〈鋼線〉による結界――少しでも動けば全身が切り刻まれ……」
完全に動きを封じられたリィンを見て、キルゴールは愉悦に満ちた笑みを浮かべる。
どれほどのスピードを誇っていようと、動きさえ封じてしまえば殺す手段は幾らでもある。
あとはじっくりと生きたまま切り刻んでやればいい――そうキルゴールは考えるが、
「なるほどな。これがバルバロス船長の手足を切り刻んだ得物の正体か。だが……」
そう言ってスッと息を吐いた瞬間、リィンの身体から黒い闘気のようなものが噴き出し、髪の色を白く染めた。
一瞬にして雰囲気の変わったリィンに驚きと戸惑いを隠せず、後ずさるキルゴール。
そんな彼をリィンは真紅の双眸で静かに見据えると、
「この程度≠ネら対処は難しくない」
身に纏う闘気を更に膨らませた。
リィンの周囲を覆っていた〈鋼線〉が、ギチギチと鈍い音を響かせながら黒い闘気に押し退けられていく。
そして――
「オーバーロード〈連結刃形態〉」
そう口にした次の瞬間、リィンの手にしていた武器が形状を変え、彼を中心に螺旋を描き始めた。
「バ、バカな!? 僕の結界を!」
信じられないと言った顔で、驚きの声を上げるキルゴール。
無理もない。リィンを中心に放たれた斬撃がまるで意思を持った生き物のように螺旋を描き、彼自慢の〈鋼線〉をいとも容易く斬り裂いたのだ。
自慢の〈鋼線〉が、ただの一振りですべて無力化されるなどキルゴールにとって初めての経験だった。
だが、逆にリィンは期待外れと言った顔で溜め息を吐くと、黒い闘気――〈鬼の力〉を解除した。
「似たような武器の使い手は他にも知ってるが、知り合いのメイド≠ニ比べると子供騙しの技術だな」
「僕の〈鋼線〉が子供騙しですか……言ってくれますね」
「人殺しの技術が自慢のようだが、所詮は素人≠セ。本物≠ノは遠く及ばない」
対人戦闘に特化しているのが自慢のようだが、素人にしてはそこそこ≠ニ言うのがリィンがキルゴールにくだした評価だった。
少なくとも暗殺を生業とする本物≠フ技術には遠く及ばない稚拙なものだ。
同じような武器を使う相手でも、機甲兵の動きすら止める凄腕の使い手を知っているリィンからすれば、キルゴールの技は児戯でしかなかった。
「それにお前は近付けなければ、どうにかなると考えているみたいだが――」
無駄だ、とリィンは〈連結刃形態〉を解除すると、基本形態に戻したブレードライフルの銃口をキルゴールに向けて放つ。
闘気を圧縮して放たれた弾丸がキルゴールの頬を掠め、彼の後ろにあった巨大な岩を粉々に粉砕する。
頬から血を流しながら、ゴクリと息を呑むキルゴール。
「もう諦めろ。お前に勝ち目はない」
普通なら、ただのハッタリだと一笑するところだ。だが、不意を突いた攻撃でさえ通用しなかったのだ。
それに恐らくは銃≠ニ呼ばれる武器の一種だと推測するが、反応一つ出来なかった。
これほどの差を見せつけられて、リィンの言うように勝てると考えるほどキルゴールは愚かではない。
だが、
「なるほど……確かに勝てそうにない。だからと言って、見逃してくれる気はなさそうですね」
リィンの実力が予想を遥かに超えていたからと言って、簡単に殺されるつもりはなかった。
逃亡の隙を窺うキルゴールを睨み付け、リィンは殺気を放ちながら先程の問いに答える。
「無理だな。さっきも言ったが、既に猶予≠ヘやった。その上で俺に喧嘩を売ったんだ」
身が凍えるほどの殺気を叩き付けられ、敵を殺すことを躊躇するような甘い人間ではないとキルゴールは理解する。
最初に言っていたのは、文字通り『一日の猶予』を公平に与えるつもりだったのだと――
その一日で身の振り方を考えろという警告≠セったのだと、キルゴールは今になって悟った。
だが、そんなリィンの在り方≠ヘ自分と似ているとキルゴールは笑みを浮かべる。
「フフッ……なるほど、やはりあなたはこちら側≠フ人間のようだ」
「お前と一緒にされるのは心外なんだが……」
「変わりませんよ。あなたは私と同じ悪≠フ側に立つ人間。理解しているのでしょう? アドルくんたちのような善≠フ側に立つ人間とは決して分かり合えない、共に歩むことは出来ないと。だから自分から距離を置くような真似をする」
まさに悪≠フ在り方。リィンはキルゴールが理想とする悪≠サのものだった。
これまで誰にも理解されることのなかった持論。だが、彼ならば――
そんな期待を込めた眼差しをリィンへ向けるキルゴール。
しかしリィンはそんなキルゴールを見て、心底くだらないと言った顔を見せる。
「……悪ね。まあ、心から分かり合えないという点は否定するつもりはないが、お前は大きな勘違いをしてる」
「勘違い?」
「俺は猟兵≠セ。重視するのは仕事の中身≠ナあって、そこに善悪≠ヘ必要ない」
「……猟兵? キミは傭兵ではなかったのですか? それは一体……」
善か悪かで問われれば、自分は世間で言うところの『悪』の側に立つ人間だという程度の自覚はリィンにもある。
だが、だからと言って悪を気取るつもりもなければ、善人振るつもりもない。
報酬を求め、仕事の中身が気に入れば依頼を受ける。猟兵とは、そう言うものだ。
今回のことも仕事の邪魔になりそうだから〈名無し〉の排除を決めたに過ぎない。そこに善悪など必要なかった。
「善悪なんてのは立場や見方で変わるものだ。所詮、他人が勝手に押しつけた価値観でしかない。そんなものに踊らされてるお前は――」
――どこにでもいる普通の人間、ただの犯罪者だ。
キルゴールは自分を悪≠ニ定義することで、他の人間とは違う特別な存在≠セと思っているのかもしれない。
だが本物の狂人≠知るリィンから見れば、キルゴールも普通の人間と何も変わらない。ただの犯罪者でしかなかった。
「どうした? 表情が崩れてるぞ。図星を突かれたのが、そんなにショックだったか?」
「これほど虚仮にされたのは初めてですよ。ですが、良いことを教えてもらいました。僕にも、まだこんな感情が残っているとは……」
笑みが崩れ、鬼のような形相を浮かべるキルゴールを見て、リィンは冷笑を漏らす。
殺しを否定するつもりはないが、悪には悪なりのルールがある。その一線を越えてしまえば、ただの犯罪者だ。
キルゴールの言葉は軽い。自分を悪だと言ってはいるが、ただ殺人を正当化するための理由にしか聞こえなかった。
そんなものは自分に酔っているだけだ。
「最後に自分のことが知れてよかったじゃないか。普段なら金を取るところだが、今回は特別に三途の川の駄賃にくれてやる。だから――」
――お前はここで死ね。
そんな人間は生かしておくだけで害にしかならない。経験上、ここで殺しておくのが一番面倒が少ないとリィンは感じていた。
仮にアドルたちが捕らえたとしても、彼等が了承するかは別としてキルゴールを殺すことを提言しただろう。
ダメなら手足を切り落として大人しくすると言った手もあるし、生かしたまま無力化するならベルに任せると言う手もある。
どちらにせよ、五体満足で生かしておくつもりなどリィンにはなかった。
なら、ここで死んだ方がまだ本人とってはマシだろうとさえ、リィンは考える。
「残念ですが、それは困ります。まだまだ為すべきことが僕にはあるのでね」
「逃がすと思うか?」
「逃げさせてもらいますよ」
力量の差は理解しているはずだ。なのに余裕の態度を崩さないキルゴールを見て、リィンは何かあると考える。
しかし、だからと言って時間稼ぎをさせるつもりはなかった。
策があるなら正面から食い破ればいい。少なくともキルゴール程度なら脅威にすら感じない。
双眸を細め、武器を構えたリィンがキルゴールとの距離を詰めようとした、その時だった。
「キルゴールッ!」
空気を震わせるような大きな声が辺り一帯に響く。
声に気付いて、視線を向けるリィン。その先にいたのはエアランだった。
「おやおや、エアランさんじゃありませんか。遅いご到着ですね」
「クッ! もう言い逃れは出来ねえぞ。〈名無し〉の正体はテメエだったんだな!」
「ええ、それがどうかしましたか? フフッ、その様子では船上で待ち合わせしていたお仲間≠ノも会えなかったみたいですね」
「――ッ! やっぱり同僚をバラしたのはテメエか!?」
キルゴールの煽りに冷静さを失い、突撃するような勢いで走り出すエアラン。
そんな彼を見て、キルゴールは笑みを漏らす。
ずっと彼はこの瞬間≠待っていたからだ。
「ぐあッ!?」
「エアランの旦那!」
後から追いついてきたドギの目に入ったのは、全身から血飛沫を上げて倒れるエアランの姿だった。
すぐに駆けつけようとするが、周囲に何かあることに気付いたドギは足を止める。
薄らと光る銀色の線。それはキルゴールが仕掛けた〈鋼線〉だった。
ドギはその場から離れようとするが、土の中から現れた〈鋼線〉が太股を掠めて、その場に膝をつく。
そして、
「お前、まさか態と――」
エアランと共に〈鋼線〉で出来た鳥籠のような結界に閉じ込められたドギを見て、リィンはキルゴールを睨み付けた。
あの攻防の最中、もう一つ同じトラップを準備していたとはリィンも思ってはいなかったからだ。
そう言う意味では油断をしたと言っていい。
「彼等が追って来ることはわかっていましたからね。保険を掛けておいて正解でした」
これが追い詰められても余裕を崩さなかった理由かとリィンは理解する。
この場に姿を現す前にキルゴールは態と自分の姿を確認させて、エアランたちを誘き寄せたのだろう。
態々キルゴールにだけ伝言を残して集落を抜け出したというのに、余計な真似をしてくれるとリィンは舌打ちをする。
「確かに僕ではキミに勝てない。ですが、彼等はどうでしょうか?」
手の先から伸びる〈鋼線〉をリィンに見せつけながら、いつでも殺せるとキルゴールは言いたいのだろう。
「キミの行動を見ていましたが、彼等に遠慮をしているのは依頼人に配慮しているからでしょう? ならば、ここで彼等に死なれるのは困るはずだ。さあ、どうします? 彼等を見捨てて、僕を殺してみますか?」
確かにリィンでも、キルゴールが指を動かすよりも早くこの距離を一瞬で詰めて、彼を殺すのは至難の業だ。
もしかしたら出来るかもしれないが、分の悪い賭けであることは間違いなかった。
ここでドギとエアランを見捨てれば、アドルたちとの関係は取り返しがつかないほどに悪化するだろう。
今後の活動に弊害が生じる可能性は高い。
だが、それは――
「それが遺言≠ゥ?」
「何を……」
「俺はお前にこう言ったはずだ。ここで死ね≠ニな」
キルゴールをここで逃すのも同じことだ。
双眸を細めると、大地を蹴って一気にキルゴールとの距離を詰めるリィン。
まさか、リィンがそんな行動にでるとは思ってもいなかったのだろう。
「くそッ!」
キルゴールは焦りを隠せない様子で、結界へと伸びた〈鋼線〉に力を込める。
だが、指先を動かすよりも先に――
「なッ!?」
死角から放たれた斬撃に利き腕を切断され、キルゴールは絶叫を上げるのだった。
◆
「ぐああああああッ!」
右肩から血が噴き出し、絶叫を上げるキルゴール。
何が起きたのか? 彼自身、まったく理解できていなかった。
ただ死角から何かに攻撃されたかと思うと、キルゴールの右腕は大地に転がっていたのだ。
「こ、こんなことで――」
すぐにもう一方の腕で〈鋼線〉に指示を送ろうとするとキルゴール。
だが、指に力を込めようとした直後、残されたもう一本の腕も宙を舞う。
言葉に鳴らない悲鳴を上げ、地面を転がるキルゴール。
なんで、どうして? 一体なにが!?
混乱の極みにある中で、キルゴールの耳に届いたのは一人の少女の声だった。
「自分のことを棚に上げて、卑怯なんて言わないよね?」
「な、なん……で……」
キルゴールが顔を上げると、そこには巨大な武器を手にした赤毛の少女が立っていた。
赤毛の少女――シャーリィが集落をでたところはキルゴールも確認しているのだ。
もしや謀ったのかと言った視線をキルゴールに向けられ、リィンは肩をすくめながら答える。
「別に騙したわけじゃない。転位≠チて便利な手段があるだけの話だ」
意味が分からないと言った顔をキルゴールは浮かべるが、その疑問にリィンは態々答えてやるつもりはなかった。
元よりキルゴールが何か≠仕掛けてくることは予想していた。
だからシャーリィを説得するため、ベルたちを迎えに行くのを条件にリィンは一つ彼女と約束をしていたのだ。
合図をしたら後は自由≠ノしていい、と――
「絶妙なタイミングだったな」
「でしょ? 便利だよね。これ」
そう言ってコートのポケットから、淡い光を放つ手帳サイズの端末のようなものを取り出すシャーリィ。その端末の名は――〈ARCUSU〉。従来のオーブメントと同様に身体能力を向上させたり、クォーツをセットすることで導力魔法(アーツ)を使用できる他、戦術リンクと呼ばれる独自の機能を合わせ持つエプスタイン財団とラインフォルト社が共同開発した戦術オーブメントの後継機だ。まだどこにも納品されていない完成したばかりの品を、試験運用を理由にアリサから渡されたものだった。
直接言葉を交わさずとも意思の疎通が図れる機能を持ち、部隊単位での連携を可能とすることを主目的に開発された『戦場の革命』とも言える画期的なシステム。それが〈戦術リンク〉だ。
本来は余り距離が離れていると使えない機能だが、リィンは〈騎神〉との繋がりを介することで相手にイメージを伝える――感応力を利用したテレパシーのような能力を使えるようになっていた。元は〈空の女神〉の気配を辿るために、ティオの〈エイオンシステム〉なども参考にして完成させた技術だ。原作における〈騎神〉と準起動者のリンクに近い能力を、ベルの協力を得ることで技術として昇華させたのがこのチカラだった。
リィンはこの機能を使って、昨晩からシャーリィとの繋がりを保っていた。
情報を共有し、キルゴールが何かを仕掛けてきた時、その隙を突くためにだ。
そして、
「まったく人使いが荒いですわよ」
「悪いな。ついでに、そこで倒れてるおっさん二人≠燻闢魔トしてやってくれ」
「はあ……あとで治療費≠ヘちゃんと頂きますわよ」
ドギとエアランの位置には、ベルの姿があった。転位術を使ったのは彼女だ。
おっさん呼ばわりされて不満げな顔を浮かべるドギだったが、ベルが呪文のようなものを口にすると一瞬にして痛みが引いたことに驚きを見せる。
続いて気を失ったエアランの治療に取り掛かるベルを確認すると、リィンは呆然と座り込むキルゴールに視線を向ける。
「フフッ……最初から計算尽くだったと言うことですか。僕が誘いに乗ることも、追い詰められた僕が彼等を人質に取って逃げると言うことも……」
「何もかも計算して動いてたわけじゃない。だが挑発をすれば、お前がどういう行動≠ノでるかは予想できていた。ただ、お前のやったことを真似ただけだ」
「なるほど、僕の行動を逆手に取ったと言う訳ですか……」
脅迫状を送るような人物が、逆に脅迫状のようなものを送られれば、どういう行動にでるか?
リィンは〈名無し〉の――キルゴールの行動を予測したに過ぎなかった。
隠れるのではなく自分から姿を晒して確認に訪れたことからも、自意識の高い相手であることはわかっていたからだ。
「やはり……あなたは悪≠セ」
そう言って心からの笑みを浮かべるキルゴール。
善に倒されるのは我慢ならない。それが悪の宿命だと受け入れることが嫌で、キルゴールは悪を背負うことも決めたからだ。
だが、相手が同じ悪なら――自分よりも遥かに強く、巨大な悪であるのなら、ここで殺されても悔いはない。
自分を殺した彼が生きている限り、悪が潰えることはないと考えたからだった。
しかしリィンはそんなキルゴールを見ても、まったく動じた様子なく逆に冷めた表情を浮かべる。
もはや、何を言っても無駄。言葉を交わすだけ時間の無駄だと悟ったからだ。
「ドギ! エアランさん!?」
「キルゴール先生ッ!」
遅れてやってきたアドルとラクシャの声に気付き、二人を一瞥すると冷たい殺気を纏い、リィンは剣先をキルゴールに向ける。
そして、
「待って――」
ラクシャの悲痛な声が響く中、リィンはキルゴールの胸に自分の武器を突き立てるのだった。
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