大樹より授けられし理≠フ力で竜種に苦しめられていた故郷を救い、一代で国を興したエタニアの光王アルキア。
そして、その竜種すら屠る強大な理の力を用いることで大陸に覇を唱え、巨大な国へと成長していくエタニアの栄光の歴史。
(……これは夢?)
まったく知らない景色。知らない人々。
何故こんな夢を自分は見ているのか、フィーにも分からない。
だが、そんな彼女の戸惑いを無視して夢は続いて行く。
(大きな樹……少し〈碧の大樹〉に似てるかも?)
離宮造営の際に地中から発掘された古い遺跡の記録によって、エタニアの人々は大樹の真実を知り、運命の岐路に立たされることになる。
エタニアに理力をもたらした恵みの祖たる大樹が、実は災厄≠もたらす存在であると知ったからだ。
だが、エタニアが大陸に覇を唱えるまでに至れたのは、理力の恩恵によるところが大きい。
鳥のように風を読み、意のままに炎や水を操り、遠く離れた地や未来の出来事すらも見通す力。この力を無くしてエタニアの繁栄はなかった。
その理力を授けてくれた大樹が災厄を引き起こすなど、国の根底を覆す一大事だ。あってはならない。
王はその事実を隠匿するように命じるが、事実を知った臣下の一人が声を上げ、同志を募ったのだ。
そして、遂に王が恐れていた現実が訪れてしまう。その声に賛同した男たちが大樹に火矢を放ったのだ。
しかし、放たれた矢が大樹に到達することはなかった。
弓を引いた男たちは、天より飛来せし雷に打たれ、蒸発してしまったからだ。
これが――災厄の始まりだった。
万年の繁栄を祈り、大樹が佇む大地へと遷都を終えたばかりのエタニアを突如襲った天変地異。
天が裂け、大地が唸り、海は荒れ狂う。
大いなる災厄は未曾有の災害をもたらし、暗く染まった空は人々の心を絶望に囚えた。
しかし、その災厄は一人の旅人によって鎮められることとなる。
――ウリアヌス。
荒ぶる大樹を鎮めた旅の賢者。
エタニアを災厄から救い、後に『救国の聖者』と讃えられる男だった。
(……大樹の巫女)
大樹は災厄の化身なれど、エタニアに生を与えし存在。それは即ち、世界そのものだと言える。
始まりがあれば終わりがある。人の営みを紡いでいくためには、それを受け入れる覚悟が必要。
その聖者の言葉に従い、エタニアの光王アルキアは大樹を保護する旨を布告する。
いつ訪れるかもしれない災厄に脅えて過すのではなく、最後の日まで大樹と共に生きていくことを決めたのだ。
忌まわしき記憶。その脅威を記した真実の壁≠ニ庭園≠地中深くに封印することで――
そして光王の死後、大樹を鎮め奉るための寺院が建てられることになる。
聖者の従者にして、大樹を奉じる最初の巫女≠ニなった少女。
これは彼女の記憶。終わることのない太古の時代より繰り返されてきた彼女の夢。
ただ、待ち続ける。
朽ち果てた都で、夢から覚めるその日まで少女は待ち続ける。
――見つけて。
夢と現実の境界で朧気な意識の中、フィーの耳に届いたのは小さな女の子の声だった。
◆
集落の一角に張られたテント。
そこには今、リィン、ベル、シャーリィ、フィーと〈暁の旅団〉の関係者が一堂に会していた。
今後のことを相談するために、集落の住民が寝静まる時間を待って集まったのだ。
しかし本題に入る前に昼間のことを話題にされ、リィンは眉をひそめる。
「まったく不器用ですわね。ちゃんと説明をすれば、誤解を解くことも出来たでしょうに……」
「誤解もないだろう? 獲物を横取りしたことは事実だしな」
「あれは、そう言う意味で怒っていたのではないと思いますけど……」
ベルが呆れるように、リィンはラクシャとちょっとした諍いを起こしていた。
原因は単純だ。両腕を切り落とされ、既に戦意を喪失していたキルゴールの胸にリィンは武器を突き立てた。そのことがラクシャの感情を刺激し、怒りを爆発させる切っ掛けとなったのだ。
とはいえ、あの出血量ではどちらにせよ助からなかっただろう。トドメを刺したと言った方が正しい。ラクシャも〈名無し〉の正体がキルゴールであったことを既に知っている。なら、どちらが正しいか理解しているはずなのだ。ただ、それでもキルゴールが集落の人々に慕われ、頼りにされていたことは間違いない。だから、もしかしたら彼を説得できるかもと淡い期待も抱いていたのだろう。
だが、現実は甘くなかった。リィンがキルゴールにトドメを刺すところに居合わせてしまったからだ。
間が悪かったとしか言えない。現実を受け止めきることが出来ず、感情のやり場がなかったのだろう。だからリィンに怒りの矛先を持っていくような真似をしてしまった。
その上、リィンが何も言い返さなかったことが、更に状況を面倒にしていた。
何を口にしても言い訳にしかならないと、反論一つせずにリィンがその場を立ち去ったことでラクシャとの仲が拗れたのだ。
「リィン……無理してない?」
「いつものことだろ? 気にしてたら猟兵なんかやってられないさ」
リィンの言っていることはフィーも理解できる。しかしリィンが自分でトドメを刺したのは、シャーリィのためだと言うことを察していた。
獣との戦いの件で、それでなくともシャーリィは集落の人たちに警戒され、避けられている節がある。全員が全員そうと言う訳ではないが、どう接して良いか分からず距離感を掴みかねているのだろう。そんな状況の中で、もしシャーリィがキルゴールを殺してしまえば、どうなるか? 余計に怖がらせるか、距離を置かれる可能性が高い。
言い訳をしなかったのも同じことだ。どんな理由があろうと、キルゴールを殺した事実は消えない。未だに〈名無し〉の正体がキルゴールだったという事実を受け止めきれないでいる人々もいるのだ。
頭では理解していても、感情が追いつかない。時間が必要な問題だった。
「シャーリィは別に気にしてないのに……リィンって変なところ気を遣うよね」
「お前の場合は気にしなさすぎなんだよ」
もう少し気にしろとシャーリィを半目で睨みながらリィンは注意する。
そもそも警戒されている原因の半分くらいはシャーリィにある。
止めても無駄だからと半ば好きにやらせたリィンにも責任はあるが、もう少し自重して欲しかったというのが本音だった。
「ですが、ロムンの上層部とやらは相当に腐っているみたいですわね」
「……見たのか?」
キルゴールの記憶を読んだのか? と言った意味でベルに尋ねるリィン。
ベルは教団を使いホムンクルスや感応力の研究をしていた謂わばその道の第一人者だ。魔術のなかには他人の記憶や思考を読むような術もある。先のキルゴールとの戦闘でも、リィンが戦術オーブメントを通じてシャーリィに伝えたイメージをベルが読み取り、その読み取った風景から〈転位術〉を使うと言った連携を見せていた。
「エマさんほど詳細にではありませんが、断片的な記憶は幾つか。話しましょうか?」
「いや、特に興味はない」
キルゴールの過去や犯罪に手を染めるようになった経緯などに、リィンは興味はなかった。
必要だから殺した。今更、知ったところで、どうしようもないことだ。それを言い訳にするつもりはない。
むしろ――
「そんな連中なら遠慮はいらないだろうしな」
そのことを知れただけで十分だとリィンは話を終える。
そんなリィンを見て、ロムンが〈暁の旅団〉と敵対することになったら、どうなるかを想像してベルを苦笑する。
このことをグリゼルダが知れば、顔を真っ青にして慌てることは間違いないと考えたからでもあった。
「それよりも――おかしな夢を見たんだって?」
「ん……変な夢だった。まるで見せられてるみたいな」
合流する前、フィーは野営地で見た夢のことをリィンに話した。
普通なら何をバカなと一笑するような話だが、リィンには冗談と切り捨てられない理由があった。
その手の不思議な話には嫌と言うほど免疫が……経験があるからだ。
ここは専門家の意見を聞くべきかと考え、リィンはベルに尋ねる。
「どう思う?」
「可能性としては、フィーさんの言うように他人≠フ夢や記憶を見た可能性が高いと思いますわ」
「そんなことがありえるのか?」
「波長が合えば、可能性としてはないと言い切れませんわね。教団で行っていた感応力の実験でも似たような実例はありますし、フィーさんが気配に敏感なのはレンさんやティオさんほどではありませんが、優れた感応力の適性≠持っているからに違いありませんもの。さすがに相手が〈西風〉の妖精では教団も手を出せなかったのでしょうけど」
フィーに手を出していたら、その時点で教団は〈西風〉の手によって潰される運命を辿っていただろうとベルは話す。
ルトガーを始め、あのフィーを溺愛する親バカたちが、身内に手をだされて黙っているはずがないからだ。
「……害はないんだな?」
「呪いの類を掛けられている形跡はありませんし、至って健康そのもの。問題はありませんわ」
問題があったらリィンがどういう行動にでたかは想像に難しくない。
実際、五年前に帝国の西部で起きた事件でフィーに手を出した教団の研究者は、リィンの怒りを買って葬られていた。
義妹を溺愛していると言う意味では、リィンも親バカたちと大差がないと言うことだ。
「取り敢えず、またフィーさんが夢を見るようなら対策≠ヘ打っておきましたから、この話はそれからでも良いでしょう」
「……本当に大丈夫なんだろうな?」
「しつこいですわね。これだからシスコンは……」
フィーのことが心配なのは分かるが、余りに普段と態度の違うリィンにベルは溜め息を吐く。
「私なら大丈夫だから、それより古代種≠フ件どうするの?」
「ああ……海にいるって大きなタコ? いや、イカのことか……」
古代種というのは、この島にだけ生息する異形の獣の総称だ。
遥か太古の昔、人がこの地上に現れるよりも以前、地上を支配していたとされる巨大な生物。
どうして絶滅したかなど一切が謎に包まれており、時折、古い地層などで化石となったものが発掘されることがあると言う。
それが『古代種』と言う呼び名の由来だと、アドルやドギから話を聞いたのだ。
共通の呼び名はあった方がいいだろうと言うことで、リィンは教わった名前をそのまま採用することにしたのだが、
(丸っきり恐竜≠セよな……)
前世の知識からリィンは古代種のことを恐竜のようなものと考えていた。
実際、話を聞けば聞くほどに、そうとしか思えないほど特徴がよく似ているのだ。
「海の生き物かあ……苦手なんだよね。地上なら、どんな敵でも問題ないんだけど」
まあ、そうだろうなとシャーリィの武器を見ながらリィンは思う。
彼女の武器〈テスタ・ロッサ〉は通常のブレードライフルとしての機能の他、ゼムリアストーン製の刃を高速回転させることで威力を高めて敵を斬り裂くチェーンソーや、火の七耀石を使った火炎放射器。更には武器そのものに炎を纏わせるなど、殺傷能力の高い様々なギミックを搭載している殲滅戦に特化した武器だ。それだけに並の膂力では振り回すことは疎か、持ち上げることすら困難なほどの重量がある。オルランド一族の血を引き、化け物染みた身体能力を持つシャーリィだからこそ、十全に扱える武器と言ってよかった。
そんな無類の強さを発揮する彼女でも、さすがに海中では分が悪い。動きだけでなく攻撃手段も大きく制限されるからだ。
とはいえ、海中での戦いを苦手としているのは別にシャーリィだけではない。
普通、人間は水の中で戦えるように身体が出来ていない。そもそも呼吸の問題だってある。
リィンも海に潜って戦うのは、出来る出来ない以前に遠慮したいというのが本音だった。
「……騎神は?」
「ヴァリマールに確認を取った。海中でも戦えないことはないが、マナの消耗が激しいらしい」
フィーの言うように〈騎神〉を用いれば、海に潜む古代種と戦えなくはない。
だが、地上で戦うよりも遥かにマナの消耗が激しいという回答を、リィンはヴァリマールから受け取っていた。
それに海中では動きが制限されるという意味では、生身で戦うのも〈騎神〉を使うのも大差はない。
「出来れば、マナの消耗は出来るだけ避けたいところだしな」
ベルの話を聞いた後では、万全な状態で備えておきたいというのがリィンの考えだった。
とはいえ、本当にどうしようもなければ、騎神を使う必要が出て来るだろう。
その古代種をどうにかしない限り、仮に船を用意できたとしても島の外へでることは難しいからだ。
「でも、どういう心境の変化? 別に放って置いたって、シャーリィたちは困らないよね?」
それはそうだ。シャーリィの言うように、いざとなればリィンたちは〈騎神〉を使って島をでることが出来る。
グリゼルダだけなら島の外へ連れ出すことも出来るだろう。リィンも最初はそのつもりだった。
しかし、状況は変わった。
「俺の勘が正しければ、この島は戦場≠ノなる。だから、そうなる前に全員を島の外へ避難させたい」
出来ればグリゼルダたちを島の外へ送り出してから本格的な行動に移りたい。その方が全力をだせるからだ。
それに生活を共にしていれば情の一つも湧く。サハドやミラルダには感謝しているし、クイナも出来れば死なせたくないと思うくらいはリィンも彼等のことを考えていた。
一方でシャーリィは、リィンの話を聞いて興味を示す。
逆に言えば、それほどの準備が必要な何かが、この島にはあると察したからだった。
「そう言う訳で、海底に潜む古代種を始末するのは決定事項だ」
「島をでるための船はどうするつもりですの? まさか・・・・・・わたくしに全員が乗れる船の設計をしろと?」
対価をだせるなら受けても良いと言ったベルではあるが、いまのグリゼルダが満足の行く報酬を払えるとは思っていなかった。
だからと言って、無償で請け負うようなつもりはない。
猟兵ほど報酬に拘っているわけではないが、便利に使われるのが嫌なためだ。
「報酬のことを気にしているなら、何も交渉はグリゼルダだけに拘る必要はないだろ?」
船の沈没の責任は本来グリゼルダより、ロンバルディア号の船長が負うべき問題だ。
あのお人好しな性格を考えれば、アドルも交渉を持ち掛けられれば、嫌とは言えないだろう。
多少ベルに搾り取られるくらいは覚悟してもらおうというのがリィンの考えだった。
少し考える素振りを見せるも、そういうことならとベルは納得する。
「それより古代種の件だが、水の中でも息が出来る魔術とかないのか?」
「ないこともありませんけど、呼吸の問題がどうにかなっても満足に動けないことには変わりませんわよ? そんな状態で船を沈めるほど巨大な古代種に勝てますの?」
「やれないことはないと思うが……やはり海中だと苦戦は免れないだろうな。もう少し特徴や弱点なんかがわかれば対策を練りやすいんだが……」
やってみなければ分からないが倒せなくはないとリィンは話す。ただ、面倒な相手であることに変わりは無かった。
一方でベルは、苦戦はしても勝てないとは微塵も思っていないリィンの非常識さを改めて実感していた。
だが、それは消耗を考えなければという条件が付く。〈騎神〉のマナを温存しても、自身が力を消耗していたのでは意味がない。
日に日に島を覆う力の気配が大きくなっていっているのをベルは感じていた。
何が潜んでいるか分からない以上、出来るだけ力を温存しておきたいというリィンの考えは理解できる。
となれば、
「なら、ラクシャさんに相談してみては?」
ドギによると、古代種のことはラクシャから話を聞いたということだった。
だとすれば、ドギから聞いた話よりも詳細な情報を得られる可能性は高い。
ベルの言うことは理解できるが、リィンはなんとも言えない表情を浮かべる。
ラクシャに相談すると言うことは、また最初の話に戻ってしまうからだ。
(とはいえ、このままと言う訳にはいかないか……)
ラクシャの持つ知識は有益だ。もしかしたら、この島のことも何か分かるかもしれない。
そのことを考えると、出来るだけ早い内に関係を修復するのが好ましい。
時間が必要だと思って距離を置いたが、このままで良いとはリィンも思ってはいなかった。
しかしリィンは言うまでもなく昼間の件で避けられている。話すら聞いてもらえない可能性がある。
シャーリィはラクシャに限らず、集落の住民のほとんどに警戒され、距離を置かれている状態だ。
だからと言って、ベルは手を貸してくれたりはしないだろうという確信がリィンにはあった。
となれば、
「……フィー。悪いけど、頼めるか?」
「ん……たぶん、このなかじゃ私が適任だろうしね」
他力本願とは思いつつも、フィーに期待するしかなかった。
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