「おいおい。なんだ、あの光は……」

 集落の近郊でクイナの捜索をしていたドギは空を見上げながら、呆然とした声を漏らす。
 彼が見上げる視線の先には、天に立ち上る光の柱があった。
 同じように別の場所で、グリゼルダはドギのように空を見上げていた。

「あれは作戦が行われている岬の方角だな」

 方角から見て、古代種討伐の作戦が行われている海域の辺りだと予測できるが、ここからでは何が起きているのか分からない。
 だが、何も分からない状況でも一つだけ、はっきりとしていることがあった。
 少なくとも、こんな真似が出来る人物をグリゼルダは一人しか知らなかったからだ。

(リィン。やはり貴殿は……)

 只人ではないとわかっていた。そしてリィンが何か大きな秘密を隠していると言うことも察していた。
 それでも、グリゼルダはそのことを敢えてリィンに尋ねようとはしなかった。
 シャーリィに危ないところを助けられたから、恩を感じてというのは確かに理由としてある。
 無事に島から脱出するため、リィンたちの力をあてにしていたことも事実だ。
 だが、リィンを信用しようと決めた理由はそれだけではなかった。その理由とは――アドルだ。

 グリゼルダがセルセタの総督に着任したのは、いまから四年前のことだ。
 彼女が統治を任されることになったセルセタは、ロムン帝国領のイスパニア北東部に位置し、森林地帯が広がることで知られる辺境だった。
 足を踏み入れた者は瞬く間に方角を見失い、凶暴な獣が生息することから無事に帰還できた者はほとんどいないと噂される樹海。総督に着任早々そのセルセタの樹海を開拓し、新たな鉱脈を発見せよという本国から無理難題とも取れる要求を突きつけられて困っていたところに出会ったのがアドルだった。
 ただの直感だった。出会ったばかりの男に、どうしてそんな期待を寄せたのか、グリゼルダには分からない。
 しかし、

 彼ならこの難題と向き合い、どうにかしてくれるのではないか?
 セルセタの樹海の謎を解き明かしてくれるのではないか?

 そんな予感めいたものをグリゼルダはアドルに感じたのだ。
 だから、樹海の地図を作って欲しいと彼に依頼した。
 そしてアドルは、そんなグリゼルダの期待に見事に応えてみせた。
 いや、グリゼルダの予想を遥かに超える働きをしてくれたと言っていい。
 その時と同じものをリィンから感じたからこそ、グリゼルダは自分の直感を信じたのだ。

(それが貴殿が隠そうとしていたもの。秘密の正体なのだな)

 そして、いま彼女は自分の判断が間違っていなかったことを確信していた。
 ここでリィンたちと出会ったのは運命だったのだとさえ、グリゼルダは思う。
 それには理由がある。この島にいる間も、彼女はセルセタのことを一時も忘れたことがなかったからだ。

 グリゼルダがロンバルディア号に乗船することになった理由。
 ロムンに置ける現在の彼女の立場。
 セルセタが抱える問題。

 それは誰かに相談できるような話ではなかった。
 情報の漏洩を避けたかったと言うのも理由にあるが、ロムンを敵に回すかもしれない問題に第三者を巻き込む訳にはいかないと考えたからだ。
 だからグリゼルダは皇女であることを明かしても、セルセタのことはリィンたちにも相談をしていなかった。
 だが、心は決まった。すべてをリィンたちに打ち明けようと、グリゼルダは覚悟を決める。
 恐らくは呆れられるだろう。事情を打ち明けたからと言って、素直に頼みを引き受けてもらえるとは思わない。
 それでも、セルセタの総督として樹海に住む人々のために出来ることは、もうリィンたちに縋る以外にないとグリゼルダは考えていた。
 例え、リィンの正体が悪魔であろうとも構わない。彼が望むものは、すべて差しだそう。
 皇女の身分を捨て、反逆者の汚名を被ることになっても、

(セルセタだけは、アドルから託されたものだけは守って見せる。それが――)

 それこそが、グリゼルダに出来る唯一の責任≠フ取り方だった。


  ◆


(やれやれだな……)

 触手に海の中へと引きずり込まれたリィンは、うんざりとした顔を浮かべる。
 ラクシャから話を聞いた時、古代種が一匹だけじゃない可能性は考えなかったわけじゃない。
 だが、それでも――

(全部で三匹もいるとはな)

 太陽の光が届かない海底。そんな暗闇の中に薄らと光るものが四つ。それが古代種の眼球であることは察しが付く。
 目の前に二匹。シャーリィが倒した一匹を含めると、合計で三匹もの古代種が存在したことになる。
 いや、ここにいるのが三匹だけで、ひょっとしたらもっといるかもしれない。群れを作るような生き物なら更に厄介だ。
 完全に想定外だった。もはや、こうなってしまっては最初の計画は意味をなさない。
 一匹、二匹を殺したところで、航海上の安全を確保できるとは限らないからだ。
 船を造っても無駄に終わるかもしれない。そう考えるとリィンは心の底から憂鬱な気持ちになる。

(とはいえ、まずは目の前の問題に対処するしかないか)

 一定の距離を取ったまま、なかなか動きを見せない古代種をリィンは冷静に見据える。
 かなりの深さに引きずり込まれたようでほとんど何も見えないが、微かな光と気配からそこにいることは確認できる。
 だが、何か――

(なんだ? こいつら何かが……)

 変だとリィンは感じる。だが、ゆっくりと考えている時間はなかった。
 じっと様子を窺っていた古代種が突然動きだし、襲い掛かってきたからだ。
 さすがにイカのような外見をしているだけあって、大きな身体をしているのに素早い動きを見せる古代種。

(……ッ! やはり身体が重い)

 一方で、リィンは満足に身体を動かすことが出来ないでいた。
 普通なら絶体絶命という状況だ。だが、それでもリィンの顔に焦りはなかった。
 腰に下げた二本のブレードライフルを抜き、全身から黒い闘気を滲ませ〈鬼の力〉を発動させると古代種の攻撃に備えるリィン。

(触手――そう、きたか)

 突撃してくるのかと思いきや触手を巧みに使い、距離を取りながらボクシングのジャブのような一撃を放ってくる古代種の行動にリィンは感心する。満足に動けない以上、リィンの方から仕掛けるというのは難しい。そのため、このまま無策に突っ込んでくるようならカウンターで仕留めるつもりでいたのだ。
 だが、思っていた以上に知恵が回るようだとリィンは古代種に対する評価を改める。

(なら、まずはその自慢の牙≠削ぐだけだ)

 自身に向かって放たれた古代種の一撃をリィンは右手に持ったブレードライフルで受け止めると、そのまま身体を半回転させることで左手のブレードライフルを袈裟斬りに振う。

(――オーバーロード・エアリアル)

 風を纏わせた武器は衝撃波を生み、文字通り水を切り裂くような一撃で古代種の触手を切断した。
 だが、そこでリィンは追撃の手を止めない。圧縮した闘気の塊を後方に放つと、その勢いを利用して古代種との距離を詰める。
 迫る触手を切り払いながら一気に近付くと、再びオーバーロードを発動する。

集束砲形態(カノン・モード)

 二本のブレードライフルを一本に束ね、巨大な砲を作り出すとリィンは黒い闘気の塊を撃ち出す。
 放たれた帯状の黒い光が迫るが、間一髪のところで古代種は身を翻し、それを回避した。
 再び距離を取られ、心の中で舌打ちをするリィン。そして、

(くッ!)

 別の方向から放たれた一撃を受け、弾き飛ばされる。それは、もう一匹の古代種の触手だった。
 咄嗟に連結刃形態(スネーク・モード)を発動させ、展開した刃を盾にすることで直撃を免れたが、一匹でも面倒なのに二匹に連携されると厄介極まりない。
 改めて、海中での戦いは不利だと再確認するリィン。それに対応できないほどの速度ではないが、呼吸の問題もある。
 戦闘をしながらとなると、この姿≠ナは十分程度が限界だとリィンは感じていた。

(体力の温存を考えている場合じゃないか)

 いまのままでは勝ち目は薄い。
 なら体力を消耗することになっても、この場を切り抜けるのを優先すべきかとリィンは考える。
 それに――

(やはり、そうか。こいつら……)

 一度の攻防で、ずっと感じていた違和感の正体をリィンは掴みつつあった。
 切断したはずの触手は、いつの間にか消えていた。いや、マナへと還ったと言う方が正しいだろう。
 こうした獣をリィンは知っている。帝国の内乱や〈碧の大樹〉でも姿を見せた――幻獣≠ニよく似ているのだ。
 しかしシャーリィやフィーが殺した古代種は夢や幻などではなく、確かに血の通う肉体があった。
 この違いはなんなのかとリィンは考える。

(ベルの言っていた島に眠る不思議な力……)

 恐らくはベルの言っていた力が関係しているのだろうとリィンは推察する。
 そして、ふとリィンの頭に過ぎったのは、以前から感じていた視線≠フことだった。

(何が狙いか分からなかったが、そういうことか)

 島の探索を開始してから――いや、この世界にやってきた時から、何かに見張られているような視線をリィンは感じていた。
 ずっと隠れて監視されているのは不快だが、ただ見ているだけならリィンは様子を見るつもりだった。
 この島に何が潜んでいるかは分からないが、侵入者は自分たちの方だと理解していたからだ。
 しかし、

(誰が仕組んだ≠アとかは知らないが――)

 喧嘩を売られれば話は別だ。
 何者の仕業かは分からないが、これを仕掛けてきた敵の狙いは自分≠セとリィンは察する。
 なら、ここで力を温存しても同じように仕掛けてくる可能性が高い。
 クイナだけでなく、次は他の誰かが巻き込まれるかもしれないと言うことだ。

(上等だ。どういうつもりかは知らないが、俺の力が見たいなら見せてやる)

 だが、そんな真似を許すつもりはなかった。
 喧嘩を売ったことを後悔させてやる、とリィンは心を決める。
 左右から挟み込むように迫る二匹の古代種。しかしリィンはだらりと腕の力を抜き、意識を内側に向ける。

(――王者の法(アルス・マグナ)

 そう心の中で呟いた直後、黒と白の光が螺旋を描くように混じり合いリィンの身体を包み込んだ。
 その瞬間、炎で出来た障壁のようなものに身体をぶつけ、二匹の古代種は弾き飛ばされる。
 だが、それだけで終わらなかった。

終焉の炎(ラグナロク)

 リィンの全身から放たれた炎が太陽のような光を放ち、海の底を明るく照らしだしたのだ。
 そして闇の世界を黄金の光で染め変えながら、炎は二匹の古代種を呑み込むのだった。


  ◆


 真っ直ぐに空へ向かって立ち上る光。
 その熱を帯びた光は徐々に広がって行き、海面を黄金色に染め上げた直後、巨大な爆発を引き起こした。
 空高く打ち上げられた海水が雨となって、シャワーのように降り注ぐ。
 近くにあった小島は消し飛び、古代種も消滅したのか、姿が見当たらない。
 そして爆発が起きた場所には巨大な穴が出来、大量の海水が流れ込んでいた。

 その中心に浮かぶ人影。

 膝下にまで届こうかという炎髪。背に揺らめく炎の翼。
 夕焼けを背に、光輝く黄金の炎を纏ったリィンの姿がそこにはあった。

「……ちょっと、やり過ぎたか?」

 自身のしでかした惨状を前にして、リィンは目を逸らす。
 腹に据えかねるものがあったのは事実だが、この姿になるのは久し振りだったので加減が出来なかったというのが正確だった。
 だが、丁度良い慣らしになったと、リィンは全身に力を行き渡らせながら感覚を確かめる。
 それに普段の状態では難しくとも、いまなら――

「そこか」

 振り返ると、空に向かってブレードライフルの銃口を向け、リィンは炎を纏った一発の銃弾を放つ。
 だが、

「……鳥?」

 銃弾が命中するよりも先に白い光に包まれ、そこにいた何か≠ヘ消えてしまった。
 一瞬ではあったが、リィンが目にしたのはオウムによく似た鳥だった。
 しかし銃弾を避け、景色に溶け込むように姿を消したことからも、ただのオウムであるはずがない。

「オウム? まさか……」

 ラクシャの話がリィンの頭に過ぎる。
 バルバロス船長が飼っているという鳥も、確かオウムだったはずだ。
 その名は確か――

「リトル・パロ」



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