「やあ、ティオくん。久し振りだね」
「……昨日、ヨナの件で会ったところですよね?」

 ティオの案内で催しが開かれる会場に足を運ぶと、眼鏡を掛けた白衣の男性が待ち構えていた。
 歳の頃は五十過ぎと言ったところだろうか? 親しげな様子でティオに接する白衣の男性。
 ティオに素っ気なく対応されるも動じた様子はなく、「ちゃんとご飯は食べてるのかい?」と身体を気遣う様子を見せる。

「主任、いい加減にしてください」
「ハハッ、いまの主任≠ヘティオくんだろ?」

 話がまったく通じず、額に青筋を立てるティオ。
 白衣の男性――ティオが『主任』と呼んでいることからも察せられるように、彼もヨナと同じエプスタイン財団の関係者だ。
 名前はロバーツ。導力ネットワークの専門家で、クロスベル支部の開発主任を嘗て務めていたティオの前任者だった。
 そして、ティオやヨナの上司でもある。現在はレマン自治州にあるエプスタイン財団の本部に勤務していた。
 役職は導力ネットワーク≠フ研究・開発を担う部署の部長≠セ。
 各支部から報告のあった研究成果をまとめ、本部との橋渡し的な役目を果たすのが彼の仕事となる。

「では、改めて『部長』とお呼びしますね」
「部長……部長かあ。出来れば、もう少しフレンドリーに――」
「部長。紹介したい人がいるのですが……」

 ロバーツの言葉を無視して、さっさと話を進めるティオ。
 ティオに視線で促され、嫌な予感を覚えつつもリィンは一歩前へ足を踏み出すが――

「紹介したい人!? ティオくんがボクに!? そうか、ティオくんにも遂にそんな人が……ああ、でもどこの馬の骨とも言えない奴にティオくんはやれないからね。しっかりと見定めさせてもらうよ」
「怒りますよ? 真面目にやってください」

 ティオに魔導杖の先端を向けられ、はい……と一転して大人しくなるロバーツ。
 さすがのリィンも、このテンションにはついていけない様子で顔を引き攣る。
 技術者や研究者に変人が多いのはわかっていたつもりだが、エプスタイン財団の研究者はリィンの想像を超えていた。

「さすが、ティオの上司って感じの人だな」
「……どう言う意味ですか?」

 聞き捨てならない言葉を耳にして、失礼なといった視線をリィンに向けるティオ。
 しかし、

「みっしぃのことを話してる時のティオとそっくりだと思ってな」
「あ、確かに」
「な……」

 リィンだけでなくユウナにまで同意するかのような話をされ、ティオは唖然とした表情で固まる。
 余程、ロバーツと同レベル扱いされたのがショックだったのだろう。しかも、大好きなみっしぃに関することでだ。
 とはいえ、ロバーツのティオを見る目は、まさにそれと同じだった。
 この場合、マスコットと同じ扱いをされているティオに同情すべきか?
 それとも、そのくらい本気でみっしぃを愛しているティオに驚嘆すべきか?
 非常に難しいところだ。

「ぷっ……部長と同じ扱いとか、笑えるんですけど」
「……まだ懲りていないみたいですね?」
「ちょ! なんでボクだけ!?」

 ティオに魔導杖を向けられ、顔を真っ青にしてヨナは慌てる。
 悲鳴を上げながら命乞いをするも、普段の行いが行いだけに自業自得としか言えなかった。

「〈暁の旅団〉団長、リィン・クラウゼルだ」
「なるほど、キミが噂の……」
「噂?」
「ああ、ティオくんから、いろいろと話を聞いていてね」
「その話は良いですから。というか、余計なことを言ったら、もう二度と口を利きません」
「ええ!?」

 噂と言うのが気になるが、目の据わったティオを見て、リィンは追及を諦める。
 まあ、どうせ碌でもない話だろうと察してのことだった。
 こんな仕事をしている以上、陰口を叩かれるのは慣れているからだ。
 しかし、そんなリィンの考えに気付いてか? ティオは誤解を解こうと口を開く。

「あなたが考えているような話ではありませんから。内容は言えませんけど……」

 どういうことだとリィンは首を傾げるも、それ以上は答える気がないのか?
 ティオは微かに頬を紅く染めて、顔を背ける。

(言えるはずないじゃないですか。相談に乗ってくれる近所のお兄さんみたいだなんて……)

 安心させるために、そんなことをロバーツに話したのをティオは後悔していた。
 しかし〈赤い星座〉のこともあり、クロスベル政府と契約を交わしたと噂される猟兵団のことをロバーツは気にしていて、そうでも言わないと一人でクロスベルに残ることを許しては貰えそうになかったのだ。
 とはいえ、あることないことを言った訳ではない。リィンにロイドのことで相談に乗ってもらったのは事実だ。
 エリィが頼りにするだけあって少なからず信用の置ける人物だと、ティオはリィンのことを思っていた。
 だが、そんなことを本人を前にして言えるはずもない。

「むう……」

 二人の間に漂う怪しげな雰囲気を感じ取ってか?
 怪訝な表情を浮かべ、ユウナが二人の間に割って入ろうとした、その時――

「リィンさん、お待たせしました! バンには上手く話を付けておきましたから安心してください」

 クルトと詰所に行っていたレイフォンが姿を見せるのだった。


  ◆


「で? クルトの奴はどうしたんだ?」
「邪魔なんで置いて……いえ、バンと会場周りの警戒をしています」

 サラリと本音を交えながらも、リィンの質問に小さな声で答えるレイフォン。
 毎度のことなので、リィンも慣れた様子でスルーする。
 しかし、

(……さすがに専門的な話ばかりで、さっぱりだな)

 わかっていたこととはいえ、退屈そうに壇上を眺めるリィン。
 学者と思しき人々が順々に壇上へ立ち、自分たちの研究成果を発表していた。
 さすがに帝国の最高学府が主催する学会とあってか、思っていた以上に参加者が多いとリィンは会場内を見渡す。

(いや、ここにいる連中が注目しているのは機甲兵(アレ)≠ゥ)

 各国の学者に交じって軍人と思しき者たちの姿も散見された。
 そうした連中の狙いは、ラインフォルト社が開発した機甲兵にあるのだとリィンは察する。
 外国への輸出は検討されていないが、同じような兵器の開発が共和国でも進められているという情報をリィンは掴んでいた。
 結社の神機や、リベールにもZCFが開発したオーバルギアという兵器がある。
 そうしたことから各国共に人形兵器には、強い関心を寄せていると言うことだ。

「――では、ここからはルーグマン教授にご説明頂きたいと思います」

 白髪の男性が壇上に姿を見せた瞬間、リィンは目を瞠る。
 何か手掛かりを得られればとは考えていたが、まさか本人が姿を現すとは思っていなかったからだ。
 フランツ・ルーグマン。それが、フランツ・ライフォンルトの旧姓だ。
 フランツが帝国学術院に所属していたのは確かだが、それは九年も昔の話だ。
 当時のことを覚えている関係者も少なくはないはず。フランツが事故で死亡したことも知っているはずだ。
 なのに、どうやって学術院に潜り込んだのかとリィンの頭に疑問が過ぎる。

(……どういうつもりだ?)

 壇上から、まるで挑発するかのようにリィンを一瞥するフランツ。
 ここにリィンがいるのがわかっていて、敢えて姿を見せたかのようだ。
 その行動の意味を考え、リィンは訝しげな眼差しをフランツへと向けるのだった。


  ◆


「よく我慢しましたね。フランツ・ルーグマン教授。彼がそうなのでしょう?」

 学術院の敷地内にあるカフェで休憩を取りながら、リィンの目的の人物がフランツだと察した様子でティオは尋ねる。
 詳しく話した覚えはないが、ティオが独自に〈黒の工房〉の調査を進めていることをリィンは知っていた。
 だから、ヒントを与えた。時間もあった。そして、今日の件だ。
 ティオがそこに辿り着くのも時間の問題だとリィンも思っていた。
 しかし、

「随分と察しがいいな」
「アリサさんの様子が少しおかしかったので気になっていたんです」

 察しが良すぎると思ったら、そういうことかとリィンは納得する。
 誤魔化したり嘘を吐くのがアリサは余り得意ではない。ティオを相手に隠し通せるとは思わなかった。
 実際、協力を持ち掛けた以上は完全に隠し通せるものではないが、ユグドラシルの件もティオにはバレている。

「フランツ・ルーグマン教授。九年前の事故で記憶を失い、街道を彷徨っていたところを近くを通り掛かった領邦軍の兵士に保護され、最近までバラッド候のもとへ身を寄せていたそうです。新型機甲兵の設計に携わり、客員教授として帝国学術院に招かれたのが二ヶ月ほど前。あの白い髪は事故の後遺症らしいですよ」
「……は?」

 リィンも知らないようなことを、スラスラと口にするティオ。
 そんな情報をいつの間に仕入れたのかと、リィンは驚きの視線をティオに向ける。

「部長に尋ねたら知っていることを教えてくれました。あと、ヨナも少し頑張ってくれたので」
「べ、別にアンタのためじゃないからな! 脅されて仕方なく協力しただけだから!」

 ヨナが頑張ったと言うのは、恐らく学術院のデータベースをハッキングしたのだろうとリィンは察する。
 元より頼むつもりだったとはいえ、仕事の早さにリィンは驚かされる。

「……そんなに例のブツのことを気にしてたのか?」
「違います! いえ、違わなくもないですけど……」

 故に、例のデータのことの気にしているのかと思ったのだが、ティオは顔を真っ赤にして反論する。
 気にならないと言えば嘘になるが、フランツのことを先に調べたのはそれだけが理由ではなかった。

「……〈黒の工房〉の件は私も他人事ではありませんし、アリサさんは大切な友人≠ナすから」

 強い意志の籠もった真剣な眼差しをリィンに向けるティオ。
 そこまで調べたと言うことは、アリサとフランツの関係にも気付いているのだろう。

(そういうことか。確か、ティオも……)

 家族と離れて暮らしていることからも察せられるように、ティオも両親とは余り良好な関係とは言えなかった。
 ロイドを両親に紹介するくらいだ。以前と比べれば関係の改善はされているのだろうが、簡単に解決するようなら苦労はない。
 手紙のやり取りくらいはするようになったものの、ぎこちない関係は現在も続いていた。
 アリサと気が合ったのは技術者同士と言うだけでなく、その辺りも関係しているのだとリィンは察する。

「ルーグマン教授の予定を部長に確認してもらっています。じきに結果が出るかと」
「……お前、まさかついてくる気か?」

 余りの用意周到さに、リィンは呆れながら尋ねる。
 どちらが協力者≠ネのか、これでは分からなかったからだ。

「当然です。私を巻き込んだからには、きっちりと最後まで巻き込んでもらいますよ?」

 そう言って胸を張るティオを見て、やっぱりこいつも特務支援課のメンバーなのだとリィンは実感させられるのだった。


  ◆


 その頃、ラインフォルトの本社ビルでは――

「……ちなみに聞くけど、何をするつもりなの?」
「え? 爆破しようと思って――」
「ダメよ! ダメ! やっと元通りになったところなのよ!?」

 シャロンに預けていた小型の導力爆弾を使い、床に穴を開けようとするフィーを止めに入るアリサ。
 リィンに破壊されて、ようやく元通りに修復工事が終了したところなのだ。
 アリサがやめてくれと懇願するのも無理からぬ話だった。

「その方が手っ取り早いのに……」

 その一言で、やっぱりフィーはリィンの妹なのだとアリサは実感する。
 手っ取り早いという理由だけで爆破≠ニいう手段が真っ先に頭を過ぎるのだから、フィーも猟兵と言うことなのだろう。

「うーん。でも、それだとどうするの?」
「え……えっと……」

 フィーに代案を求められ、アリサは困った顔を見せる。
 こんな風に閉じ込められるなんてことは、まったく想定していなかったのだ。
 当然、他に良いアイデアなどあるはずもなかった。
 しかし他に案がないと言えば、フィーは爆破という手段を実行に移すだろう。
 何か良い案はないかと腕を組み、必死に知恵を振り絞るアリサ。

「一つだけ、代案があります」

 そんなアリサを見かねてか? シャロンが口を挟む。
 地獄に仏。渡りに船と言った様子で、期待に目を輝かせるアリサ。
 しかし、

「あそこから脱出しましょう」
「……え?」

 そう言ってシャロンが指を向けたのは、リビングから街の景色を一望できるようにと壁一面に取り付けられた巨大な窓ガラス≠セった。
 しかし、ここは本社ビルの二十四階だ。地上からは百アージュ近い高さがある。
 フィーやシャロンなら壁伝いに下りられるかもしれないが、アリサは普通の人間だ。
 士官学院を卒業しているとはいえ、身体的な能力は人間の範疇に収まっている。
 こんな高さから落ちれば、一巻の終わりだった。

「……冗談よね? だって、ここ二十四階だし、窓はライフルの弾も通さない特注の強化ガラスよ?」
「ん……良いアイデアかも」

 冗談だと言って欲しいと言った眼差しをシャロンに向けるアリサ。
 しかしフィーの同意を得て、シャロンはアリサの身体に鋼糸を巻き付ける。

「――シャロン!?」
「お嬢様、少しばかり大人しくしていてください。喋ると舌を噛みますよ?」
「待っ――」

 アリサが制止する間もなく、腰から抜いた武器をフィーが一閃すると、アリサ自慢の強化ガラスが音を立てて砕け散る。
 その音と同時に床を駆け、破壊した窓から空へと身を投げ出すフィーとシャロン。
 鋼糸で身体を固定されたアリサも、二人と一緒に空へと放り出される。
 肌に吹きつける強い風。ふわりと浮き上がる身体。

「いやああああああああああああッ!」

 アリサの絶叫がルーレの空に響くのだった。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.