現在、再開発が計画されている旧市街の一角にその店はあった。
 交換屋ナインヴァリ。金目の物を持って行けば、店にある物と交換もしくは相応の価格で引き取ってくれる質屋のような店だ。

「思っていたより、普通の店……ですわね」

 もっと怪しい店をイメージしていただけに、想像よりも普通の店内でラクシャは拍子抜けと言った表情を見せる。
 並んでいる品は中古品が多いようだが手入れが行き届いているようで、これと言って特に怪しげな商品が置いてある様子はない。
 それでも、機械など珍しい世界からやってきたラクシャからすると、珍しい品々が目を引く。
 導力時計にラジオ。更には最新の映像端末機まで――
 興味深そうに店内を物色し、ショーケースの中身をラクシャが眺めていると、店内にシャーリィの声が響いた。

「アシュリーさんいる?」

 カウンターに身を乗り出し、誰かの名前を呼ぶシャーリィ。
 この店の主の名前だろうかと、ラクシャが首を傾げながら様子を見守っていると――

「懐かしい声がしたと思ったら……やっぱり、星座のお嬢ちゃんか。いや、いまは〈暁〉のと言った方が正しいかね」

 店の奥から深緑の作業着に身を包んだ紫色の髪の女性が姿を見せた。
 三十半ばから後半と言った感じの只者ではない雰囲気を放つこの女性こそ――ナインヴァリの店主、アシュリーだ。
 胸ポケットから取り出したタバコで一服しながら、チラリとラクシャの隣にいるノルンに視線を向けるアシュリー。

「珍しいお客さんを連れてきたもんだ」
「私のことを知ってるの?」
「詳しく事情を知っている訳じゃないけどね。私は店主のアシュリーだ」
「ノルンだよ。よろしくね。アシュリーさん」

 少しも臆することなく笑顔で挨拶をしてくるノルンに、苦笑を浮かべながら「ああ、よろしく」と挨拶を返すアシュリー。

「そっちのお嬢ちゃんは見たことがない顔だね。新顔かい?」
「んー。似たようなもんかな」
「あなたたちの団に入った記憶はありませんが……」
「でも、リィンから誘われてるんだよね?」
「違います! 彼からは留守中のあなたの面倒を頼まれただけで――」

 シャーリィとラクシャの会話を聞いて、アシュリーは大凡の関係を察した様子で話に割って入る。

「なるほどね。坊やの新しい女か」
「違います!」

 アシュリーの言葉に、顔を真っ赤にして反論するラクシャ。
 話の流れから『坊や』と言うのが、リィンのことだと即座に察してのことだった。
 しかし一目見た時から只者ではないと感じていたが、リィンのことを『坊や』と呼ぶ目の前の女性は一体何者なのかとラクシャは訝しむ。

「そう言えば、アシュリーさん一人?」
「ジンゴならいないよ。ちょっと、お使いに行ってもらってるからね」

 お使いと聞いて何かあると察しつつも、それ以上の追求を止めるシャーリィ。
 ジンゴというのは、アシュリーの娘のことだ。
 いつもはジンゴが店番をしているので、少し不思議に感じたのだ。

「あの子に何か用があったのかい?」
「そう言う訳じゃないけど、代わりの武器を探しててね」
「そう言えば、今日はあの物騒な武器を持ってないね? また壊したのかい?」
「強化できないかと思って、ちょっと知り合いに預けてるんだ。だから、なんか代わりに使えそうな武器を見繕ってくれない?」

 強化――という言葉を耳にして、眉をひそめるアシュリー。
 シャーリィが愛用している武器『赤い顎(テスタ・ロッサ)』のことは良く知っている。
 とある工房で作られたという非常識な代物だ。普通の人間では絶対に扱えない化け物のような武器だった。
 あの凶悪な武器を改造できるような人物が本当にいるのだろうかと、アシュリーは考える。
 いや、それ以前にあれだけの武器を所持していながら満足していないシャーリィに、呆れるやら感心するやら複雑な感情を抱く。

(さすがはオルランド。戦鬼の娘ってところかね)

 少しは〈赤い星座〉を抜けて丸くなったかと思っていたが、まったくそんなことはないとアシュリーは確認する。
 そして、僅かに逡巡する素振りを見せるも、アシュリーは「ついておいで」と三人をカウンターの奥へと案内するのだった。


  ◆


 アシュリーの後に付いて行くと、店の奥には地下室へと続く階段があった。
 恐る恐ると言った表情で、アシュリーやシャーリィ。それにノルンに続いて、階段を降りるラクシャ。
 薄暗い地下室に導力ランプの明かりが点り、ラクシャの目に映り込んできたのは――

「これは……もしかして銃≠ナすか?」

 大量の武器だった。
 壁に掛けられた銃器を目にして、ラクシャは驚きと呆気に取られる。
 床に積まれた木箱には、これまた大量の銃器が敷き詰められていた。
 普通の店ではないと思っていたが、さすがにこの光景はラクシャの想像を超えていた。

「珍しいね。銃を見るのは初めてかい?」
「いえ、そう言う訳ではないのですが……」

 ラクシャの生まれ育った世界にも銃は存在する。
 しかしまだまだ珍しい代物で、これだけの数の銃器が並んでいる店など世界中どこを探してもないと断言できる。
 初めてクロスベルの街並みを目にした時にも驚かされたが、やはりここは自分の生まれた世界とは違うのだとラクシャは実感させられる。

「そっちに並んでる武器なら好きなのを選んでいいよ。アンタなら大抵の武器は使えるだろ?」
「りょーかい。あ、請求書はリィンに送っといて」

 さすがに自分の武器までノルンに買わせるつもりはないのか、リィンに請求書を押しつけるシャーリィ。
 アシュリーも慣れた様子で、そんなシャーリィの言葉に頷き返す。
 リィンなら踏み倒したりはしないだろうという信用があってこそだった。
 それに若い頃は戦場で武器を売り歩いていたという店主がやっているような店だ。
 この店で代金を踏み倒すような真似をすれば、どうなるかは想像に難くない。

「お嬢ちゃんは良いのかい?」
「……えっと、私にはこれがありますから」

 そう言って、腰に下げたレイピアをアシュリーに見せるラクシャ。
 すると、レイピアに興味を惹かれた様子で、アシュリーは「少し見せて貰ってもいいかい?」とラクシャに尋ねる。
 どうしたものかと一瞬迷う素振りを見せるも、リィンの知り合いなら悪い人ではないだろうとラクシャは考え、レイピアをアシュリーに手渡す。

「抜いてみても?」
「ええ」

 ラクシャに確認を取り、そっと鞘からレイピアを抜くアシュリー。
 そして、

「へえ……思った通り、良い剣だね」

 想像以上の代物にアシュリーは感嘆の声を漏らす。
 最近打たれた新しい剣のようだが、いまの時代にこれほどの武器を鍛えることが出来る鍛冶士は少ない。
 自分の命を預ける武器だ。大金を叩いても欲しがる相手は大勢いるだろう。
 特に武を嗜む者からすれば、誰もが羨むほどの名剣と言ってよかった。

「この剣を打った職人を紹介してくれるなら十万――いや、百万だすよ。どうだい?」

 とんでもない額を提示され、ギョッと目を丸くするラクシャ。
 この世界の相場はデパートで買い物をした時に、ある程度ではあるが把握している。
 百万どころか十万もあれば、ノルンにお金を返しても余るくらいだ。
 とはいえ、

「そう言うのは、ちょっと……」

 ラクシャのレイピアを鍛えたのは、ロムン出身のカトリーンという女性だ。
 紹介しようにも異世界のことを話して良いのか分からないし、アシュリーをセイレン島へ連れて行くことも出来ない。

「ふむ、訳ありってところか」

 困った顔を浮かべるラクシャを見て、何か事情があるのだと察するアシュリー。
 本音を言えば、このレイピアの出所は気になる。
 しかし、

「まあ、気が向いたらよろしく頼むよ」

 リィンの関係者なら長い付き合いになるだろうと、あっさりとアシュリーは引き下がるのだった。


  ◆


「情報通りだったな」

 ヴァンダールの道場へと押し寄せる兵士たちの姿が、エマとローゼリアの魔術で空間に投影された映像には映し出されていた。
 事前に憲兵隊の動きを察知したリィンは旅支度を済ませ、今朝早くに道場を後にしたのだ。
 そして現在、嘗てリィンがフィーと共に開いていた喫茶店に身を隠していた。

「母上……」

 心配そうに映像を眺めるクルト。現在、道場にはオリエが一人で残っていた。
 オリエまで姿を消してしまえば、ヴァンダール家に謀反の疑いを掛けられる恐れがあるからだ。
 だからリィンたちを逃がす時間を稼ぐためにオリエは残ったのだ。
 とはいえ、

「大丈夫だ。多少は不自由を強いられるだろうけどな」

 クルトを励ますように、リィンはそう話す。
 本気で共和国との戦争を目論んでいるのなら、ヴァンダール家を取り潰すのは悪手でしかない。
 帝国の武の一翼を担うと言われるだけあって、ヴァンダール流を指事する者は多い。軍の中にも大勢ヴァンダールの門下生はいる。
 なのにヴァンダール家に厳しい処分を降せば、そうした兵士たちの動揺を誘い、下手をすれば大きな反発を招くことになる。
 ならば、まだ飼い殺しにする方が利口だ。オリエもそのことを理解していて、道場に一人で残ったのだろう。

「リィンさん、これからどうするんですか? この様子だと、空港や駅の方にも兵士が待ち構えてますよ」

 レイフォンの言うように、既に空港や駅も押さえられている可能性が高い。
 このタイミングで急に軍が動きだしたのは、恐らく市井に流れている噂の出所を察知されたからだろうとリィンは見ていた。
 いや、あのクレアが証拠を掴ませるような真似をするとは思えない。まだ確たる証拠は掴んでいないはずだ。
 それでも動いたと言うことは、政府や軍にとって見過ごせない状況になりつつあると言うことだった。

「予定通り、ラマール州へ向かう」
「えっと……徒歩でですか?」
「そんな訳ないだろ。どれだけの距離があると思ってるんだ」

 レイフォンの言葉に呆れた表情を見せるリィン。
 徒歩でラマール州を目指すとなると、最低でも一ヶ月は掛かる道程だ。
 そんな悠長に旅をしている時間など、当然あるはずもない。
 だから――

「リーヴスまで行けば、迎えがくる手はずになっている」

 近郊都市リーヴス。ラマール州へと続く玄関口で、帝都ヘイムダルの西側に位置する近郊の街だ。
 その街で、とある人物と落ち合う約束をリィンはしていた。
 ミュゼとオーレリアもヴィータやクロウと合流次第、帝都を脱出する手はずとなっている。
 同じくクレアとカエラもティオたちと合流し、ミハイルの協力を得て昨晩の内に帝都を発っていた。
 残るはリーシャだが、彼女は引き続き帝都に残る手はずとなっている。
 ユグドラシルを使った通信を用いるには、誰かが帝都に残って連絡役≠こなす必要があるからだ。
 リーシャ一人なら隠形に徹すれば、そこらの兵士に捕まることはないと信頼しての人選だった。

「ですが、この様子では帝都を脱出するのも……」

 厳しい、とクルトは険しい表情で言葉を続ける。
 確かに街中は兵士で一杯だ。恐らくは出入り口も固められていると考えて良いだろう。
 普通なら見つからずに街の外へでると言うのは難しいところだ。
 しかし、

「それも問題ない。エマ、ロゼ。準備は良いか?」
「いつでもよいぞ」
「お任せを」

 エマとローゼリアが――魔女が一緒なら話は別だった。
 二人が杖を掲げると、リィンたちの足下に〈転位陣〉が展開される。

「目的地まで跳ぶことも可能じゃが、本当にリーヴスまでで良いのじゃな?」
「ああ、どのみち足≠ヘ必要だしな」

 転位術は便利だが、魔力の消耗が激しいという欠点がある。リィンの眷属となったことでエマの魔力は以前とは比べ物にならないほど大きくなっているが、それでも長距離転位は負担が大きい。これからのことを考えると、自由に出来る足≠ェ必要だとリィンは考えていた。
 とはいえ、いまカレイジャスをクロスベルから動かす訳にはいかない。暁の旅団が共和国や帝国に対しての抑止力となっている事実は変わらないからだ。
 完全にクロスベルを空ける訳にはいかない以上、いまある戦力でこちらのことはどうにかするしかない。だから、クロスベルを発つ前に布石≠打っておいたのだ。

「ううむ。あの男に頼るのは、出来れば避けたいところなのじゃが……」
「諦めろ。放って置いても首を突っ込んでくるのは目に見えているからな」

 なら最初から手を組んだ方がマシだと話すリィンの言葉に、渋々と言った顔でローゼリアは頷く。
 話の内容がよく分からずに首を傾げるレイフォンとクルト。
 そうこうしていると、転位陣に魔力が満たされ――

「跳びます」

 エマの言葉を合図に店内から眩い光が溢れ出し、リィンたちの姿は帝都から消えるのだった。



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