「分かったわ。皆には私の方から伝えておく。ええ、あなたも気を付けて」

 ガタンゴトンと一定のリズムで揺れる列車の中――
 ARCUSUを片手に真面目な話をしながらも、どこか嬉しそうな表情を浮かべるアリサの姿があった。

「リィンから?」
「……え?」

 通信を終え、余韻に浸っていたところで声を掛けられ、驚きの声を漏らすアリサ。
 振り返ると、そこには何時からいたのか? フィーと少し呆れた表情のティオが立っていた。
 一応「リィンから?」と尋ねはしたが、アリサの表情を見れば誰からの通信だったかは答えを聞くまでもなかったからだ。

「ええ……というか、盗み聞きなんて趣味が悪いわよ? ティオ主任まで……」
「なんだか良い雰囲気でしたので、邪魔をするのは悪いかと思いまして」
「うっ……」

 ティオにまでそんなことを言われては、何も言い返せずに唸るしかないアリサ。
 無事に帝都を脱出できたのだろうかと少し心配していただけに、リィンの声を聞いて安心したことは否定できなかったからだ。

「それで、リィンはなんて?」
「はあ……もういいわよ。一旦、リィンたちと合流することになったわ。手を貸して欲しいことがあるそうよ」

 リィンたちと合流することに関しては別に問題ない。
 当初の予定よりは少し早いが、そのために移動手段を手に入れたのだ。
 しかし手を貸して欲しいこととはなんだろうかと、フィーは首を傾げる。
 リィンの手に負えないような事態が早々あるとは思えなかったからだ。
 それに――

「エマやローゼリアも一緒なんだよね? それに確か〈羅刹〉も合流するって言ってなかった?」
「シャーリィも一緒だそうよ。それにノルンとも合流して、新しい仲間も増えたと言ってたわね」
「……それ、助けいる?」

 新しい仲間と言うのも気になるが、それ以上にシャーリィとノルンが来ていると聞いて、フィーは訝しげな表情を見せる。
 正直、助けがいるような事態に遭遇するとは思えないほどの過剰戦力に思えたからだ。
 とはいえ、シャーリィが一緒なら丁度良いかとも考える。
 ルーレを出発する前に、どうにかシュミット博士に預けていた〈赤い顎〉を受け取ることが出来たからだ。
 もっとも、その所為で余計な荷物≠烽ツいてきてしまったのだが――

「……シャーリィ・オルランドですか」

 複雑な表情で、そう呟くティオ。シャーリィに対しては、少しばかり思うところがあってのことだった。
 無理もないだろう。クロスベルは一度、〈赤い星座〉の襲撃を受けたことがあるからだ。
 本来の歴史のようにイリアが大怪我を負うことはなかったが、それでも街は破壊され、少なくない怪我人をだした。
 当時、特務支援課の一員として事件の捜査と対応に当たっていたティオが、シャーリィに複雑な感情を抱くのは当然であった。

「ああ……その……なんて言っていいのか分からないけど、あの子も悪気はないと思うのよ?」
「ご心配なく。もう終わったことですし、個人的な感情を持ちだすつもりはありませんから」

 ティオとシャーリィの間に何があったかを察して、フォローを入れるアリサ。だが、そんなことはティオも分かっていた。
 まったく思うところがない訳ではないが、当時のことはシャーリィだけの責任とは言えない。そもそも彼女はただ依頼を受けただけで首謀者は他にいるからだ。それに〈暁の旅団〉の力を借りなければ、クロスベルの街を解放することが出来なかったのも、また事実だ。
 その点に限って言えば、シャーリィに感謝している。だからこそ、当事者としては複雑なのだが――

「とにかく詳しい話は、皆を集めてからするわ。あちらも色々と、ややこしいことになっているみたいだしね」
「ん……了解。じゃあ、ラウラたちにも声を掛けてくるね」

 アリサの話を聞き、ラウラたちを呼びに行くフィー。
 とにかく今は目の前のことに意識を集中しようと、ティオは気持ちを切り替えるのであった。


  ◆


 アリサとの通信を終えたリィンはラクシャとレイフォンを街へ残し、一旦メルカパへと戻っていた。
 ラクウェルに足止めされることになった事情の説明と、船に残してきた他のメンバーにも協力を仰ぐためだ。
 それにエマにも、幾つか確かめておきたいことがあった。
 そのうちの一つがヴィータにも相談した〈転位〉の件だ。

「姉さんがそんなことを……確かに〈転位〉を防ぐだけなら簡易的な結界で十分だと思います。さすがに街一つを覆う規模の結界は、私一人では厳しいですけど……」

 誰のことを言っているのかを察してリィンが視線を向けた先には、食堂のテーブルでローゼリアとゲームをしているノルンの姿があった。
 二人が遊んでいるのはヴァンテージ・マスターズ――通称『VM』と呼ばれている最近巷で人気のカードゲームだ。
 勝負はノルンが優勢のようで、ぐぬぬと手札を睨み付けながらローゼリアは唸っていた。

「御主……因果律の操作(インチキ)≠ネどしておらぬじゃろうな?」

 大人気なく酷い言い掛かりをノルンにするローゼリア。
 見た目は子供だが、八百年の時を生きる魔女とは思えない言葉にリィンだけでなくエマも呆れる。

「お祖母ちゃん……幾らなんでも、それはノルンちゃんに失礼ですよ。ちゃんと謝ってください」
「いや、しかしじゃな!?」
「お祖母ちゃん」

 エマの迫力に気圧され、素直に「すまなかった」と頭を下げるローゼリア。
 とはいえ、ノルンの方はまったく気にしていない様子で「気にしないで」と笑顔で答える。
 これでは、どちらの方が大人か分かったものではなかった。

「インチキも何も、手札を簡単に読まれるのは顔にでやすいからだろ」
「うぐっ……これは肉体年齢に精神が引っ張られておるだけで、本来の妾はナイスバディの知的美人なのじゃぞ!?」

 微妙な言い訳を口にするローゼリアに、胡散臭そうな表情を浮かべるリィン。
 姿だけが大人に変わったからと言って、性格までそう変わるとは思えなかったからだ。
 だが、

「えっと……嘘は言っていないと思います。昔はもう少し落ち着いていましたから」
「エマが言うなら信じてみるか」
「納得が行かんぞ!?」

 エマがそう言うならと、あっさりと信じたリィンに納得が行かないと叫ぶローゼリア。
 しかしリィンから言わせれば、これも普段の行い。信用の差だった。
 そもそも魔女の長と言う割には、ローゼリアには身長も威厳も足りなさすぎる。
 こんな幼い姿になったのは、二体の眷属――セリーヌとグリアノスを生み出したかららしいが、

「ん? そういや、セリーヌはどうしたんだ?」

 ふとセリーヌのことを思い出し、リィンはエマに尋ねる。
 いろいろとあって忘れていたが、エマと一緒に里帰りをしていると思っていたからだ。

「セリーヌには、お祖母ちゃんの家で留守番をして貰っています。入れ違いになると困ると思って……」
「ああ、そういうことか」

 エマの話を聞きながらローゼリアをチラリと見て、納得だと頷くリィン。
 とはいえ、

「よくセリーヌが納得したな」
「……説得に苦労しました」

 ちゃんとした理由があるとは言っても、郷に置いて行かれるのはこれで二度目だ。
 セリーヌが不満を漏らすのは無理もない。
 説得に苦労したであろうことは、エマの反応からも容易に察せられた。

「そんなことよりも、こんなところで油を売っていてよいのか? また厄介事に巻き込まれておるのじゃろう?」

 さすがにこのまま話を続けるのは分が悪いと悟ってか、話題を変えるローゼリア。

「その厄介事の件で、協力して貰えないかと思ってな」
「ふむ……それはエマにではなく、妾にと言うことか?」
「どっちかと言うと、二人にだな」

 正直なところリィンが苦戦をしそうな相手など、そう思いつかない。
 だとすれば戦力として期待されているのではなく、先日と同じようなことを頼みたいのだろうとローゼリアは察する。
 そう、リーヴスの街で人質の解放に協力した時のようにだ。

「御主には黒≠フ件で面倒をかけておるしな。まあ、よかろう」

 互いに相手の力を必要としているのは同じだ。
 ローゼリアも地精の思惑を探るために、リィンを利用している。
 持ちつ持たれつの現状を考えると、協力を持ち掛けられて断るのは難しいと考えての判断だった。
 とはいえ、

「対価はしっかりと頂くがな」

 それはそれ、これはこれとローゼリアはリィンに対価を要求する。
 だが、そこはリィンも最初からそのつもりでローゼリアに声を掛けていた。
 エマとは立場が違い、ローゼリアは〈暁の旅団〉の関係者と言う訳ではない。ただ利害が一致しているだけの協力者だ。
 互いのためにも余り甘えすぎるのは良くない。どこかで線引きは必要だと考えてのことだった。
 しかし、

「お祖母ちゃんったら……でも、お小遣いは私が管理しますからね」
「なんじゃと!? それは余りに無体ではないか!?」
「ダメです。どうせ無駄遣いするんですから」
「せ、せめて今の倍……いや、五割増しでよいから!」

 エマに先手を打たれ、ローゼリアは小遣いの値上げを交渉するのであった。


  ◆


 同じ頃、メルカパの外では――

「よろしく、シャーリィだよ」
「マヤです。よろしくお願いします」

 他の団員に紹介するからとリィンに連れて来られたマヤは、シャーリィと顔を合わせていた。
 少し緊張した様子のマヤを見て、シャーリィは「なるほどね」と納得した様子で頷く。

「リィンが連れてきたから心配はしてなかったけど、結構やるみたいだね。得物は肩に提げてるライフル?」
「え? はい」
「ガレスと同じタイプか」
「ガレスって……もしかして〈閃撃〉の異名を持つ〈赤い星座〉の?」
「知ってるの?」
「スナイパーの間では有名ですから」

 並の猟兵団なら部隊長を任されても不思議ではない高ランクの猟兵が、平の団員をしている猟兵団――それが〈赤い星座〉だ。当然そうした団員たちを束ねる部隊長ともなれば名の知れた猟兵ばかりで、特に闘神バルデル・オルランドの右腕を務めたと噂されるガレスの名は軍人や猟兵でなくとも一度は耳にしたことがあるくらい有名なものだった。
 狙撃手を生業としている者で〈閃撃〉の名を知らない者などいないと言ってもいいくらいの有名人だ。
 マヤからすれば、自身と比較されるのも躊躇われる雲の上の人物だった。

「まあ、パパも一目を置いているくらいだし、ガレスが凄いのは認めるけど……」

 いま一つよく分かっていない様子で、首を傾げるシャーリィ。
 幼い頃から家族同然に過してきた相手だけに、有名人だと言われてもピンと来ないのだろう。

「自己紹介は終わったみたいだな」

 船から降りてきたリィンに声を掛けられ、同時に振り返るマヤとシャーリィ。
 息の合った二人を見て、これならと前々から考えていたことをリィンは口にする。

「ラクシャに頼むことも考えたが、正式な団員と言う訳ではないしな。マヤ、シャーリィの補佐を頼めるか?」
「……え?」

 まさかの提案に驚きの声を漏らすマヤ。
 性格に難はあると言っても、シャーリィは団でリィンに次ぐ実力者だ。
 その補佐役に新人の団員を起用するなど、普通であれば考えられないことだからだ。

「私で良いんですか?」
「ああ、試しにやってみて難しそうなら言ってくれればいい。こいつの相手は大変だろうしな」

 お試し期間のようなものだとリィンに言われ、そういうことならとマヤは引き受ける。
 マヤが本気でシャーリィのストッパーになるとはリィンも思っていないが、それでも鈴≠ュらいは付けておくべきだと考えてのことだった。
 というのも――

「シャーリィ。俺に何か言うことはないか?」
「ん? なんかあったっけ?」

 本気で分かっていない様子のシャーリィに頭痛を覚えるリィン。
 そんなシャーリィの顔の前に、リィンはジンゴから受け取った請求書を突きつける。

「これに見覚えがあるだろ?」
「請求書? ……ああ!」

 ようやく思い出したと言った顔で、声を上げるシャーリィ。
 ゼロの桁が一つ二つ間違っているのではないかという請求書の金額に、リィンは何を買ったのかと疑問に思っていたのだ。
 とにかくそこから確かめないことには話が進まないと、リィンはシャーリィを問い詰める。

「お前、何を買ったんだ? 武器や弾薬だけで、こんな金額にはならないだろ?」
「アシュリーさんから出物があるって勧められて、なんかの役に立つかなと思ってね」
「……出物?」
「うん。えっと……あ、ノルン! アシュリーさんの店で買った奴、リィンが見たいからだして欲しいって」

 リィンの後を追うように少し遅れて船から顔を覗かせたノルンに、そう言って声を掛けるシャーリィ。
 なんのことかを察したノルンは頷くと船から距離を取り、霊力を右手に集めて空間に干渉を始める。
 すると黒い穴のようなものがノルンの頭上に現れ、その非常識な光景にマヤだけでなくリィンも目を丸くする。

「ノルン、それ……」
「ああ、これ? アリサの作った〈ユグドラシル〉と理論は同じだよ」

 亜空間に仕舞ったものを取り出す理術で、サライに教えてもらったとリィンの疑問に答えるノルン。
 確かに〈ユグドラシル〉は理法具の機能を取り込んだものである以上、理術で同じことが出来ない道理はないのだが――

「このくらいの理術なら、ラクシャも使えるよ?」

 そう言えば、とラクシャがレイピアをどこからともなく取り出していたことをリィンは思い出す。
 てっきりラクシャも〈ユグドラシル〉を使っているものと思っていたのだ。
 しかし考えて見れば、アリサの作った〈ユグドラシル〉は試作段階のため数が限られていて〈暁の旅団〉の団員でも所持している者は多くない。
 それに戦術オーブメントを〈ユグドラシル〉に換装すると、アーツを使えなくなるという欠点がある。
 剣術と魔法を併用して戦うラクシャの戦闘スタイルからすると、彼女に向いている装備とは言えなかった。
 とはいえ、

「……理術って、そんなに簡単に使えるものだったか?」

 誰にでも簡単に使えるようなものなら、アリサも〈ユグドラシル〉の開発など考えなかっただろう。
 進化の護人との戦いで力の片鱗を見せていたとはいえ、まさかアーツの扱いに長けているだけでなく理術の才能がラクシャにあると思っていなかったリィンは驚かされる。

「リィン。そこ危ないから、もう少し下がって」
「は? 危ないって……」

 一体なにをだすつもりだと口に仕掛けたところで、空間の裂け目から姿を覗かせた騎士人形に――

「ドラッケンだと?」

 リィンは再び目を瞠ることになるのだった。



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