街道の外れにフェンスで封鎖された山道があった。
 街道には魔獣除けの街灯が設置されているため滅多に襲われることはないが、山には人間にとって脅威となる危険な魔獣が数多く生息している。そうした魔獣が人里へ降りてこないようにするため、街道を利用する人々が誤って山奥へと踏み込まないように山道の至るところに、こうしたバリケードが設けられていた。

「時間だ。――少し派手に行くぞ」

 そう言って腰のブレードライフルを抜き、力を解放するリィンを見て、思わずラクシャは息を呑む。
 王者の法――まさか奥の手とも言える力を、こんな場所で行き成り使うとは思ってもいなかったからだ。
 二つのブレードライフルを一つに束ね、光の中から現れた一丁の巨大なライフルを構えると銃口をフェンスへ向けるリィン。
 そして砲身に闘気を収束して狙いを定めると、ゆっくりと引き金に指を掛ける。

 天を突くような轟音と共に放たれる一条の光。
 フェンスを跡形もなく吹き飛ばし、その勢いは衰えることなく山肌を抉り、空へと吸い込まれていく。
 リィンの集束砲によって新しく出来上がった道を眺めながら、ポカンと呆気に取られるレイフォン。
 王者の法を解除するリィンを見て、ハッと我に返ったラクシャのツッコミが入る。

「あなたは何を考えているのですか!?」
「ちょっとした挨拶だ。陽動なんだから目立つ方が良いだろ」

 目の前の惨状を挨拶の一言で終わらせるリィンに、ラクシャは頭を抱える。
 確かに敵を引き付ける必要がある以上、気付かせるためにも派手に立ち回ることに異論はない。
 しかし、

「やり過ぎです。むしろ、警戒して出て来なかったらどうするつもりなのですか?」
「……その可能性は考慮してなかったな」

 何事にも限度というものがある。
 リィンの集束砲を警戒して、敵が襲って来ないという可能性は十分に考えられる。
 それどころか、やはり敵わないと悟って逃げられる可能性すらあると、ラクシャはリィンの非常識な行動に呆れた様子で指摘する。
 ラクシャの言い分に一理あることはリィンも認めるが、

「そうはならないだろ」
「……何か根拠があるのですか?」
「まあな。ほら――」

 話している傍から敵のおでましだと、リィンはニヤリを笑みを浮かべながら露出した山肌を眺める。
 地面の中から土を掻き分けるように姿を見せたのは、ドラッケンとシュピーゲルの二体だった。
 よく見れば、土に埋もれるように横たわるドラッケンの姿が他にも三体確認できた。
 恐らく集束砲の直撃を受け、動けなくなったのだろう。

「まさか、リィンさん。敵が潜んでいることに気付いていて?」

 何も答えないリィンを見て、それを肯定と受け取ったレイフォンは目を輝かせる。
 集束砲を目の当たりにした時は驚きで声を失ったが、改めてリィンの凄さを再確認したからだ。

「二体も残ったか。上手く仲間を盾にしたみたいだな」
「気付いていたなら、一言いってからやってください。あれは確か機甲兵≠ナしたか?」

 溜め息を漏らしながら、そう確認を取るようにリィンに尋ねるラクシャ。
 クロスベルの街でも目にしたが、そもそも機甲兵を作ったのは帝国と言う話だったはずだ。
 共和国に配備されているはずのないものを、どうしてハーキュリーズが持っているのかと疑問に思ったのだろう。

「よく勉強してるな」
「誤魔化さないでください。何か知っているのでしょう?」

 睨み付けて質問を繰り返してくるラクシャに、リィンがやれやれと肩をすくめる。

「恐らく連中はハーキュリーズじゃない」
「……え? それはどう言う――」
「話は後だ。来るぞ」

 機甲兵に乗っているのがハーキュリーズではないと聞かされ、頭に疑問符を浮かべるラクシャ。
 しかし坂道を滑走する機甲兵を視界に収め、ゆっくりと事情を聞いている余裕がないことを悟る。
 愛用のレイピアを召喚するラクシャに続き、レイフォンも腰に下げた剣を抜く。

「この件が片付いたら、ちゃんと説明してもらいますからね?」

 巻き込んだのだから事情を聞く権利くらいはあるはずだと睨み付けてくるラクシャに、リィンは観念して頷くのだった。


  ◆


「いまの揺れは……」

 リィンの放った集束砲の揺れを感知し、ゆっくりと顔を上げるアッシュ。
 身体は痩せ細っているが、気力の方は尽きていないことが表情から見て取れる。
 ずっと体力を温存して、機を窺っていたのだ。
 目を瞑って耳を澄ますと、外で何かが起きているのだとアッシュは察する。

「地震じゃねえな。ってことは……」

 誰かが仕掛けてきたのだと、アッシュは考える。誰か――と言うのも、大凡の予想は付いていた。
 アッシュの知る限りで、こんな真似が出来る人物など限られているからだ。
 正直そのことに関しては、まったくと言って良いほど心配はしていない。
 問題があるとすれば自分の方だと、アッシュは深々と溜め息を漏らす。
 いまでも頭が上がらないと言うのに、また大きな借りを作ることになってしまうからだ。
 それにアッシュにもプライドはある。借りを作ったままで済ませられる性格をしてはいなかった。

「どうにかして、ここから抜け出さねえとな。足を引っ張るのだけは、ごめんだ」

 どのような罠を仕掛けていたとしても、あのリィンが倒されるところなどアッシュには想像できなかった。
 となれば、追い詰められたハーキュリーズが、人質を盾にリィンに交渉を迫る可能性は高い。
 どのみち大きな借りを作ることは確定だが、それでも足を引っ張ることだけは避けたいとアッシュは考えていた。
 しかし武装を解除され、両腕には手錠が嵌められている。
 その上、扉は鋼鉄製で、ちょっとやそっとで開けられる代物ではなかった。

「チャンスがあるとすれば……」

 人質として利用するつもりなら、待っていれば誰かがやってくるはずだ。
 ここから逃げ出すチャンスがあるとすれば、その時しかないとアッシュは考える。

(――! まさか、もう来たのか?)

 足音が近づいて来るのを察知して、アッシュは咄嗟に身構える。
 しかし予想よりも随分と早いが、これはチャンスだと捉えるアッシュ。
 両手が封じられているとはいえ、足の自由まで奪われている訳ではない。
 なら、不意を突けば一人か二人程度なら意識を奪えるはず、と目を閉じて耳に意識を集中する。

(……二人? いや、三人か?)

 足音から大凡の人数を探り当て、タイミングを図るアッシュ。
 思っていた人数よりも多いが、それでも今更後に引くことは出来ない。
 足を引っ張るくらいなら、ここで死んだ方がマシだと覚悟を決めたところで、足音は扉の前で止まる。
 そして、カチャカチャと鍵を開く音が聞こえ――

(いまだ!)

 扉が開かれた瞬間、アッシュは部屋の前に立つ人物へと全身を使って突撃した。
 だが――

「なッ――カハッ!?」

 視界が反転し、背中に走る衝撃にアッシュの肺から酸素が漏れる。
 何が起きたのか分からず、呆然と天井を見上げるアッシュ。
 そこに顔を覗き込むように、見慣れた髪色の少女が顔をだす。

「アンタ、何やってるのよ?」

 目を丸くするアッシュ。
 そう言って呆れた表情でアッシュを見下ろしていたのは、ユウナだったからだ。
 更にアッシュが顔を横に向けると、そこにはシャロンとローゼリアの姿もあった。

「……なんでメイドとガキが?」

 まったく状況が呑み込めず、アッシュの口から困惑の声が漏れる。
 無理もない。てっきり、自分を捕らえた連中がやってきたものと思っていれば、まったく予想と違う顔ぶれが部屋の前に立っていたからだ。

「お怪我はありませんか? 思わず反応してしまって……申し訳ありません」
「悪態をつける元気もあるようだし、大丈夫じゃろ」

 シャロンとローゼリアの会話で、自分を投げたのが目の前のメイドだと悟るアッシュ。
 一方で、子供扱いされたことが気に食わないのか?
 不機嫌そうな顔を浮かべ、ローゼリアは大人気ない態度を取る。

「一体なにがどうなって……」
「アイツやラクシャさん。レイフォンさんを除くと、アンタの顔を知ってるのって私やマヤだけだしね。他に誰も手が空いてないから、仕方なく助けに来てあげたのよ。感謝しなさいよね?」
「自分も作戦に参加させて欲しいと、昨晩リィンに頭を下げておったのは誰じゃったか?」
「ちょっ、それは内緒って――」
「……は?」

 ユウナの要領を得ない説明に、どういうことかとアッシュが尋ね返そうとしたところで廊下に断末魔のような声が響く。
 一体、何が起きているのか? 飛空挺のなかに響く銃声と悲鳴。
 嫌な予感がアッシュの頭に過り、説明を求めるようにユウナへ視線を向けるが顔をそらされてしまう。

「とにかく逃げるわよ。アンタだって、こんなところで死にたくはないでしょ?」
「おい。あの悲鳴は一体……」
「知らない方が幸せなことってあるのよ」

 遠い目でそう答えるユウナを見て、触れてはいけない何かを感じ取ったアッシュは、それ以上の質問を控えるのであった。


  ◆


「くそッ! なんだって、こいつがこんなところに!」
「入り口の見張りはどうし――」

 最後まで話を終えることなく仲間の身体がボールのように弾き飛ばされる光景を目にして、男は目を剥く。
 次の瞬間、男の身体にも脳を揺さぶるような衝撃が走る。血飛沫を上げて、床を転がる男。
 ピクリとも動かなくなった男たちを眺めながらエマは小さく溜め息を漏らすと、その惨状を引き起こした赤髪の少女に声を掛けた。

「……殺してませんよね?」
「うん。ちゃんと手加減はしたよ」

 男たち――ハーキュリーズの隊員を殲滅もとい制圧したのは、シャーリィだった。
 一応、リィンに殺さないようにとは言われているので手加減はしているようだが、男たちの状態を見た感じ半死半生と言ったところだろう。

「これの慣らしに丁度いいかと思ったんだけど……期待外れかな」

 赤い顎(テスタ・ロッサ)を肩に担ぎながら周囲を見渡し、遊び足りない様子で不満を口にするシャーリィ。
 共和国の精鋭部隊が相手と聞いて楽しみにしていたのだろう。しかし、期待に沿う相手ではなかったらしい。
 無理もないとエマは思う。幾ら精鋭と言っても、いまのシャーリィの相手が普通の人間に務まるはずもないからだ。

「でも、転位って便利だよね。これで、地精のアジトにパパッと跳べないの?」
「無茶を言わないでください。転位を成功させるには必要な条件が幾つかあって、特に座標が分からないことには……」

 あっさりと無理難題を言ってくるシャーリィに呆れるエマ。
 それが出来れば苦労はない。確かに転位術は便利だが、どこにでも思った場所へ移動できると言った類のものではないからだ。
 最低でも転位先の座標が分からないことには、幾らエマと言えど転位を成功させることなど出来るはずもなかった。

「座標? もしかして……」

 何かに気付いた様子を見せるエマ。
 転位先の座標が分からなければ、転位術を使うことは出来ない。
 しかし逆に言えば転位先の座標さえ分かれば、最大の問題は解決することになる。
 黒の工房の厄介なところは、どこにそのアジトがあるのかを誰も知らないことにあった。
 だが仮に――なんらかの手段を使って、アジトの場所を特定することが出来たとすれば――

「――ッ! この気配は!?」

 かなりのスピードで巨大な何かが、飛空艇へと迫ってくるのを察知するエマ。
 一方で、飛空艇の窓から空を見上げながら――

「何かが近付いて来るね。とんでもなく大きな♂スかが――」

 新たな獲物を見つけたとばかりに、シャーリィは唇に舌を這わせるのであった。



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