「――はああッ!」
レイピアに風を纏わせ、高速の突きを放つラクシャ。
アドルと冒険をしていた頃よりも鋭さを増した一撃に、重さ6.8トリム(トン)もあるドラッケンの体勢が崩れる。
そこに――
「奥義――破邪顕正!」
レイフォンは自身が使える技のなかでも、最も威力の高い攻撃を繰り出す。
クルトの兄、ミュラーも得意とするヴァンダール流の奥義だ。
機甲兵の弱点とも言える関節を狙った一撃は、ドラッケンの膝を破壊する。
更に――
「もう一撃!」
続けて闘気を纏わせた渾身の一撃を放つレイフォン。
その鋭い一撃で、長剣を装備していたドラッケンの右腕が切断された。
「レイフォンもなかなかやるな」
前のめりに倒れるドラッケンを眺めながら、感心した様子でレイフォンの腕を褒めるリィン。
普通に胴体を狙っていたのなら、いまの一撃でドラッケンの動きを奪うことは出来なかっただろう。
それを瞬時の判断で、最も装甲の薄い箇所を狙って連続で奥義を叩き込んだのだ。
ミュラーと同じヴァンダールの剛剣を使うと言っても、女のレイフォンの一撃は男に比べて軽い。
闘気の扱いを極めれば、オーレリアのように体格の差を埋めることは可能だが、まだレイフォンはそこまでの域には至っていない。
だからこそ、一撃で足りない分を数で補ったのだろう。
もっとも――
「まだまだ修行不足のようだな」
奥義を連続で放った反動で、よろよろと膝を付くレイフォン。
ただでさえ身体への負担が大きい技を間断なく連続で放ったのだ。
アイデアとしては悪くないが、いまのレイフォンでは身体の方が保たないとリィンは見抜いていた。
「悪いが――」
二人の戦いを見届けたところで、リィンは振り返りながらブレードライフルを一閃する。
「俺はあの二人ほど手加減≠ヘ得意じゃなくてな」
背後から振り下ろされたシュピーゲルの剣を、それよりも遥かに小さな武器で両断するリィン。
武器を破壊されて放心するようにシュピーゲルが動きを止める中、リィンは〈鬼の力〉を解放して一気に懐へ飛び込む。
両手に装備したブレードライフルに炎を纏わせ、薙ぎ払うように連撃を放つリィン。
ただ力任せに放った一撃ではあるが、バターのように装甲を斬り裂き、シュピーゲルを炎に包み込む。
そして、
「終わりだ」
トドメとばかりに振われた一撃が、シュピーゲルの頭を斬り飛ばすのだった。
◆
「騎神を使うまでもなかったな。さてと……」
仰向けに倒れたシュピーゲルの胴体の上に立ち、コクピットのハッチに手を掛けると、装甲ごと引き剥がすリィン。
その人間離れした腕力に驚きと呆れを滲ませながら、ラクシャとレイフォンも黙って様子を見守る。
リィンが戦いの前に言っていたことが、ずっと二人も気になっていたからだ。
「やはりな」
コクピットを見下ろしながら、予想通りと言った表情を見せるリィン。
本来そこに座っているはずの操縦者≠フ姿が、どこにも見当たらなかったからだ。
「無人機だ。恐らく、そっちの機体にも人は乗っていないだろう」
まさかと言った表情で、ドラッケンへと視線を向けるラクシャとレイフォン。
しかし言われて戦いを振り返って見れば、確かに人間らしくないというか、動きが単調だったように思える。
「最初から気付いていたのですか?」
「人の気配はしなかったからな」
あっさりと非常識な答えを返してくるリィンに、改めて常識が通用しない相手であることを実感するラクシャ。
ラクシャとレイフォンも武術の心得はあるが、さすがに機甲兵に乗っている人間の気配を見分けることなど出来ないからだ。
ましてやリィンは、機甲兵が森に隠れていた時から気付いていたと言うことになる。
そこで、ふと一つの疑問が頭を過るラクシャ。
「気配がしないのに、どうやって機甲兵が隠れていることに気付いたのですか?」
もっともな疑問だった。
人の気配がしないのであれば、どうやってリィンは機甲兵が隠れていることに気付いたのか分からない。
しかし、そんなラクシャの疑問にリィンは「そんなことか」と当たり前のように答える。
「人の気配はしなかったが、禍々しい力が溢れてたからな」
詳しくは調べて見ないと分からないが、恐らく機体の自動制御に呪い≠利用しているのだろうとリィンは話す。
機甲兵にこんな改造を施させるのは、黒の工房くらいのものだ。
リィンが相手はハーキュリーズではないと言った理由を、ようやくラクシャとレイフォンも理解する。
「ですが、何の目的で……」
「まあ、碌でもないことなのは間違いないな」
この程度でリィンを殺せるとは、アルベリヒも考えてはいないだろう。
となれば、何か他に狙いがあってのことだと察せられる。
それも普通では考えられないような碌でもないことだと、リィンは確信していた。
恐らくハーキュリーズを誘導したのもアルベリヒだと、リィンはカエラに確認を取る前から予想していたのだ。
「大方、ハーキュリーズに俺たちの情報を流したのもアルベリヒだろ」
そうでなければ、ラクウェルでリィンたちを待ち受けるなんて真似が出来るはずもない。
ハーキュリーズに情報を流した人間がいる。それがアルベリヒだとリィンは考えていた。
恐らく領邦軍にはバラッド候の名で、待機命令がでているはずだ。
この様子では貴族派は、完全にアルベリヒの影響下にあると考えた方がいいだろう。
「――ッ!」
何かに気付いた様子で、空を見上げるリィン。
そんなリィンを見て、不思議そうに空を見上げたレイフォンの口から――
「え……」
戸惑いの声が漏れる。
距離が離れているのではっきりとは見えないが、どこか見覚えのあるシルエットが空に浮かんでいたからだ。
「リィンさん、まさかあれって……」
「ああ、結社の神機だな。あれは確か『TYPE-γ』だったか?」
今度はそうきたかと、ある意味で感心した様子で頷くリィン。
神機についてはガレリア要塞消滅の件や巨神との戦いで映像や写真が出回っていることもあって、レイフォンも見覚えがあったのだろう。
特にレイフォンはオリヴァルトの護衛で、ミュラーと共にクロスベルへ同行したことがある。
更にはヴァンダールの関係者ともなれば、ある程度の事情を知っていても不思議な話ではなかった。
「……神機ですか?」
一方で、この世界の人間ではないラクシャは疑問を挟む。
そう言えば、そのことはまだ話してなかったとリィンも頭を掻く。
黒の工房のことや大筋の経緯と目的くらいしか、まだラクシャには説明していなかったからだ。
自主的にこの世界の常識を学んでいると言っても、ユウナからも神機のことまでは聞いていないのだろう。
「分かり易く説明すると『身喰らう蛇』と呼ばれる秘密結社が開発した人型兵器だ」
「騎神や機甲兵とは違うのですか?」
「ああ、別物と思っていい。『黒の工房』も元は『十三工房』の一角だったことを考えると、まったく別の技術が使われていると言う訳ではなさそうだがな」
またも知らない単語がでてきて首を傾げるラクシャに、いまはそう言うものだと思っておけと話を終えるリィン。
この辺りのことを詳しく説明しようとすると、一時間やそこらでは終わらないと分かっているからだ。
それにリィンも結社について、それほど詳しい訳ではなかった。
結社の内情に詳しい人物となると、やはりシャロンかベルが適任だろうとリィンは考える。
シャロンは元執行者だし、ベルも結社とは随分と以前から交流があったことを自ら告白しているからだ。
「詳しく知りたかったら、あとでシャロンに聞け。そんなことよりも――」
リィンが話を終える前に何かに気づき、身構えるラクシャとレイフォン。
そんな二人の反応に頷くと、リィンは隠れている者たちに声を掛ける。
「光学迷彩と言ったところか。やめとけ、俺たちにその手の道具は通用しない」
そうリィンが声を掛けると少し間を置いて、ライフルを構えた男たちが姿を見せる。
恐らくは『隠者の腕輪』と同じような効果を持った装備を使っているのだろうと推察し――
「ハーキュリーズだな?」
男たちの装備からハーキュリーズの隊員だと当たりを付け、リィンは尋ねる。
しかしリィンの質問には答えず、黒いプロテクトアーマーとヘルメットで顔を隠した男は逆に質問を返してくる。
「……よく我々が隠れていると分かったな。いつ気付いた?」
「最初からだ。機甲兵との戦いで弱ったところを不意打ちで仕留めるつもりだったんだろうが……誤算だったな」
機甲兵との戦いも密かに監視されていることにリィンは最初から気付いていた。
その上で相手の出方を窺っていたのだ。
というのも、どうしても先に確かめておきたいことがあったからだ。
「最初の一撃で機甲兵ごと殲滅してしまってもよかったんだが、腑に落ちないことがあってな」
「……戯れ言を。我々に気付いたからと言って、この人数差だ。こちらが有利であることに変わりは無い」
相手は二十人。カエラから聞いていた話から察するに、部隊の半数以上を投入してきたことになる。
恐らく飛空艇に引き籠もっているように見せかけて、何日も前からここで網を張っていたのだろう。
人質を救出するためにリィンが陽動を仕掛けてくることを読んで、逆に罠を張って待ち構えていたと言うことだ。
さすがは精鋭部隊と言ったところだが――
「本気でそう思うなら試してみるといい」
リィンの放つ気迫に呑まれて、息を呑む男たち。
その一瞬の隙を突いて、ラクシャとレイフォンが男たちとの間合いを詰める。
「しま――」
引き金を引くよりも先にラクシャとレイフォンの放った一撃が、二十人いた隊員の半数近くを吹き飛ばす。
辛うじて難を逃れた隊員が、直ぐ様反撃へでようと二人へ銃口を向けるも――
「撃つな! 同士討ちになるぞ!」
隊長と思しき男の声で我に返る。その直後だった。
強大な気配を感じ取り、振り返ると同時に目を瞠る男たち。
彼等が硬直するのも無理はない。僅かに視線を外した、その隙に――
「さて、これで形勢逆転だな」
王者の法を解放したリィンの手に、一丁の巨大なライフルが握られていたからだ。
ずっと機甲兵との戦いを最初から見ていたのだ。集束砲の威力は目にしている。
そしていつの間にか、ラクシャとレイフォンもリィンの傍へと戻っていた。
互いに睨み合い、沈黙が続く中――
「そこまでにして頂けますか?」
リィンに銃口を向けられ、ハーキュリーズが身動きを取れずにいると、そこに女性の声が割って入った。
「お前は……」
最初に声を発したのは、ハーキュリーズの隊長だった。
隊長と同じく、よく見知った顔を前に戸惑いを表情に滲ませる隊員たち。
彼等の前に現れたスーツ姿の女性。それは――
「お久し振りです。リーガン大尉」
彼等と同じ〈ハーキュリーズ〉にも籍を置く共和国軍CID所属の特務少尉――カエラだった。
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