リィンが精神世界でアルグレスと対峙していたのと同じ頃――

「――くッ! まさか、これほどとは!?」

 ヴァリマールとエル=プラドーの戦いは続いていた。
 起動者が乗っていないというのに圧倒的なパワーとスピードで押してくるヴァリマールに、バレスタイン大佐は驚きを隠せずにいた。
 無理もない。騎神には自我があるとはいえ、起動者がいなければ本来の力を発揮することは出来ない。
 騎神の性能は起動者の実力に反映される部分が大きいからだ。
 いまのヴァリマールは本来の力の二割も発揮できていないはずだ。
 だというのに――

「機体性能はあちらの方が上か」

 黒を除けば、最強と評される金ですらヴァリマールにパワーとスピードで負けていた。
 普通ならありえないことだが、騎神は起動者と共に成長する機体だ。
 いまのヴァリマールが二割程度の力しかだせないとしても、リィンと大佐の間にその溝を埋めるほどの力の差があれば話は別となる。
 バレスタイン大佐はノーザンブリアの英雄と讃えられるほどの実力を備えた猟兵だが、嘗ての闘神や猟兵王と言った最強クラスの猟兵と比べれば個人の戦闘力は見劣りする。大佐の本領は団を率いた戦い、用兵にこそあるからだ。
 それに魔王との戦いや、巨神との激闘。
 異世界で星の守護者たるガイアとの戦いを経験したことでヴァリマールは二度の覚醒を果たし、巨神を上回る進化を遂げている。
 本来であれば相克を経て至るはずの力を、既にヴァリマールは備えていると言うことだ。
 基本性能が高くとも、まだ一体も他の騎神の力を取り込んでいない金が、いまの灰に勝てる道理はない。
 それに――

「くッ! 打ち合うだけで、ゼムリアストーンの武器が欠けるとは――」

 ヴァリマールの装備している武器。アロンダイトの性能も大佐を苦しめる要因となっていた。
 金が装備している剣も、ゼムリアストーンで作られた騎神専用の装備であることは間違いない。
 だが、ヴァリマールのアロンダイトは巨神との戦いを経て、本来のゼムリアストーンとは異なる性質を備えた武器へと変化を遂げていた。
 本来、ゼムリアストーンとは青みがかったサファイアのような色合いをしている。
 しかしリィンの力を吸収したアロンダイトは、夜の闇のように深く黒い輝きを放っていた。
 アリサ曰く、外の理で作られた魔剣に近い性質を備えていると言うことで、実際その力は従来のゼムリアストーンで作られた武器を凌駕する。
 機体性能で劣り、武器の性能もヴァリマールの方が上となれば、大佐が苦戦を強いられるのも当然だ。
 しかし、

「正面からの力比べでは分が悪いが、これならどうだ!」

 ヴァリマールの間合いで戦うのは不利と悟り、距離を取る大佐。
 剣先に光を収束させて、弾丸のようにヴァリマール目掛けて放つ。
 確かに機体性能ではヴァリマールに分があるが、戦いの結果は力や装備だけで決まるものではない。
 戦況によって戦術を変えると言った駆け引きも、勝敗を分ける上で重要な要素となる。
 ヴァリマールは確かに強いが、所詮は起動者の動きを真似ているに過ぎない。
 そのため動きが単調で、冷静に見極めれば対応できないほどではなかった。

「とはいえ、たいしたダメージは与えられないか。ならば――」

 背中のスラスターを噴かせて空に飛び上がると、大きく剣を振りかぶるエル=プラドー。
 周囲のマナを取り込みながら、剣身に自身の霊力を収束させていく。
 リィンの〈黄金の剣〉のように剣身が眩い光を放った、次の瞬間――

「ゴルディオンストライク!」

 エル=プラドーの手から投擲された黄金の剣が、ヴァリマールを光の奔流に呑み込むのだった。


  ◆


「どうやら、勝負はあったようだな」

 左肩を剣に貫かれ、地面に膝をつくヴァリマールを見下ろしながら勝利を確信するバレスタイン大佐。
 幾ら騎神と言えど、これだけのダメージを負って動けるはずがない。
 とはいえ、エル=プラドーも無傷と言う訳ではなかった。
 最後に放った一撃で霊力の大半を失い、満足に動くのも難しい状態。
 更には投擲した武器にも無数の亀裂が入り、いまにも砕け散りそうな深いダメージを負っていた。
 戦闘の継続は困難。しかし、まだ上空には――

「カレイジャスの後継艦……暁の旅団の船か」

 カレイジャス二番艦〈アウロラ〉が控えていた。
 飛行船から一体の機甲兵が飛び出してくるのを確認する大佐。
 恐らくはヴァリマールの回収が目的であろうが、この状況で敵≠見逃すとは思えない。

「帝国軍を道連れに死ぬつもりだったが、まさかこんな最期を迎えることになるとは……」

 だが、こんな最期も悪くはないかと大佐が覚悟を決かけた、その時だった。

『パパ……』

 よく見知った懐かしい声が大佐の耳に届いたのは――

「その声は……サラなのか?」
『ええ』

 血は繋がっていないとはいえ、娘の声を忘れるはずがない。
 本当なら叶うはずのなかった親子の再会。
 バレスタイン大佐とて、子を持つ親だ。
 娘との再会が嬉しくないはずがない。
 しかし、

「トドメを刺せ」
『何を……』
「あの船に乗っているということは、いまの私とお前は敵と言うことだ。前にも言ったはずだ。相手が家族や友人であろうと、戦場で出会ったのなら迷わず殺せ。それが猟兵の生き方だと」

 そうでなければ、殺されるのは自分の方だ。
 情けを掛ければ、仲間を危険に晒すことにもなる。
 猟兵の世界で生きると言うことは、そういうことなのだと大佐は常々口にしていた。
 サラもそのことは理解している。
 大佐が自分のことを思って、猟兵の厳しさを教えようとしてくれたことを――

『変わらないわね。でも、それは敵≠セった場合の話でしょ?』
「何を言って……」
『大佐!』

 親子の会話に割って入るように、通信越しに大佐の名を呼ぶ男たちの声が響く。
 それは大佐の部下たち――ノーザンブリアの猟兵たちの声だった。

『北の猟兵は〈暁の旅団〉の傘下に収まることで話が付いたわ』
「何――」

 どういうことだと、サラに問い質そうとする大佐。
 自分の部下たちが祖国を裏切って寝返るとは思えなかったからだ。
 だが部下たちの反応を見るに、サラが嘘を言っているようにも見えない。
 だとすれば――

『移住先の提供。経済的な支援に食糧の配給。すべてリィンが面倒を見るそうよ』
「バカな。どれだけのミラが必要だと思っている? それに住民をすべて受け入れることが可能な土地など……」

 北の猟兵ですら、その稼ぎで出来ることは現状維持が精一杯だったのだ。
 すべての住民が自立可能なまでの経済支援をするのに、どれほどの莫大なミラが必要となるのか想像も付かない。

『信じられないのは当然ですが、金銭的な問題については私が保証します』
「ミルディーヌ公女……まさか、帝国が経済援助をしてくれるとでも?」
『いえ、あくまで支援するのはリィン団長です。ただ、その金の出所については保証します。今回の件がすべて片付けば〈暁の旅団〉には、依頼の報酬として百億ミラを支払うことを約束しているので……』
「ひゃ、百億!?」

 冗談のような金額を聞かされ、さすがに驚きを隠せない様子を見せる大佐。
 それも当然だ。高位の猟兵団を雇う場合でも、どれだけ高く見積もっても一億が相場。
 猟兵団の一年の稼ぎは、高位の団でも年に数億ミラと言ったところだ。
 半年から一年に渡る長い期間の契約であっても、十億ミラいくかどうかと言ったところだろう。
 普通に考えれば、ありえない金額の報酬と言える。
 しかし、すぐに分かる嘘を次期カイエン公に最も近いと評される才女が口にするとは思えない。

『疑う気持ちは分かりますが事実です。まだ何処とは明かせませんが、移住先についても十分な広さがあり、資源や食料にも恵まれ、豊かな土地であることは保証します。生まれ育った土地への思い入れもあるでしょうが、このままゆっくりと死を待つよりは、新天地でやり直してみては如何ですか?』
「アルフィン皇女……」

 この話が事実なら、これ以上ない提案と言っていい。
 しかし話が上手すぎると疑うのも当然だと、ミュゼとアルフィンは思っていた。
 だからこそ、大佐や〈北の猟兵〉の説得に一役買うことを決めたのだ。
 高位の貴族や皇族が自分たちの名を明かして保証するのは、猟兵の口約束とでは重みが違う。
 元は大公家に仕える軍人であったからこそ、そのことが大佐には理解できるはずだ。
 しかし、だからこそ分からないことがあった。

「一つだけ聞きたい。あの男……リィン・クラウゼルの目的はなんだ?」

 リィンは猟兵だ。
 幾ら〈西風〉が受けた恩があるとはいえ、何の得もなくここまでのことをするとは思えない。
 百億ミラもの大金を失っても成し遂げたい思惑があるはずだと、バレスタイン大佐は考えたのだろう。

『それは……』

 正直に話すべきか迷う素振りを見せるアルフィン。
 リィンには秘密が多い。
 異世界のこと、前世のこと、そして女神に関することなど――
 世界を混乱させないためにも迂闊に漏らせない情報が多く、秘密にせざるを得ないというのが現状だ。
 しかし、

『仕方がありません。わたくしが知る限りのことを、お話します』

 大佐を説得するには必要だと考え、アルフィンが覚悟を決めた、その時だった。
 動きを停止していたヴァリマールから、膨大な量の霊力が溢れ出したのは――

「バカな――」

 空へ向かって立ち上る黒い光。
 瘴気を帯びた霊力が台風のように渦を巻き、周囲のものを容赦なく吹き飛ばす。
 どうにか吹き飛ばされないように踏ん張りながら、信じられないと言った表情を浮かべる大佐。
 エル=プラドーも霊力の大半を失ったが、ヴァリマールが受けたダメージも相当のものだった。
 普通なら動けるはずがなく、七の相克に必要な条件が整っていたら今頃ヴァリマールはエル=プラドーに吸収されていたはずだ。

「一体どこから、これほどの力が……」

 手を抜いていたとは思えない。
 だがヴァリマールから溢れ出る力は、先程までと比較しても文字通り桁が違っていた。
 最初からこの力を使われていたら、勝負の結果は違っていただろうと思えるほどに――

『すぐにここから離れて!』

 誰もが目の前の光景に目を奪われ固まる中、サラの声が響く。
 何が起きようとしているのかまでは分からない。
 しかし、このなかでリィンとの付き合いが最も長いのはサラだ。
 それだけに何か感じるものがあったのだろう。
 この場にいれば危険だと、判断するほどの何かを感じ取ったと言うことだ。

『全速力でこの空域から離脱します。急ぎなさい!』
「くッ! 全員、街まで退避する! 死にたくなければ、急げ!」

 我に返ったアルフィンとバレスタイン大佐の声が響く。
 即座にヴァリマールから距離を取るように、全速力で退避する〈暁の旅団〉と北の猟兵。
 その数秒後、ヴァリマールの身体から放たれた漆黒の闇が、大地と空を呑み込むのだった。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.