ノーザンブリアの首都ハリアスクにある議場には主要となる関係者が集められ、今後の方針を決める会議が開かれていた。

「騎神が動かせない?」

 現在、ここノーザンブリアには七機のうち五機の騎神が揃っている。
 クロウのオルディーヌ。シャーリィのテスタロッサ。
 そして、新たに仲間に加わったアリアンロードのアルグレオン。
 バレスタイン大佐のエル=プラドー。
 異変の原因ともなっているヴァリマールの五機が――

 起動者が不在のヴァリマールは理解できるが、他の騎神も動かせないというのはどういうことかとアルフィンは首を傾げる。
 再び帝国が攻めてくるかもしれないし、僧兵庁が動いたとの情報もある。
 いざと言う時の戦力として期待していただけに、理由を確かめない訳にはいかなかった。

「精霊の道を行使した際の霊力が、まだ回復していないのです」

 そんなアルフィンの疑問に答えたのは、腰元まで届く長い金色の髪をした妙齢の女性だった。
 いつもの鎧の姿ではなく町娘のような格好をしているが、リアンヌ・サンドロットことアリアンロードだ。

「悪いが、金の騎神も動かせない。先の戦闘で力の大半を使い切ってしまったからな」

 次いでバレスタイン大佐が騎神を動かせない理由を告げる。
 こちらも理由としては納得が行く。
 ヴァリマールとあれほどの戦闘を繰り広げたのだ。
 騎神には修復能力があるとはいえ、完全に回復するには相応の時間が掛かるだろう。
 同じことはオルディーヌにも言える。
 アルグレオンとの戦闘に引き続き、大地の聖獣とも一戦交えたという話だ。
 まだ完全にダメージが回復しきっていないのだろう。
 しかし、

「金の騎神の状態は理解しました。ですが、他の騎神もまったく動かせないのですか?」

 戦闘のダメージが残っている金や蒼なら話は分かるが、緋と銀はほぼ無傷と言っていい。
 霊力さえ回復すれば、戦闘への復帰は可能なはずだ。
 どの程度で消耗した霊力が完全に回復するのかは分からないが、既にあれから三日が経とうとしている。
 いまだに動かすことも出来ないほど消耗しているとは考え難く、アルフィンが疑問を持つのは当然であった。

「霊力が回復しないのは、この異変≠ェ原因じゃろうな」

 そんなアルフィンの問いに対して、起動者たちの代わりに答えるローゼリア。
 ここ数日、ローゼリアはヴィータの力を借りて、現在ノーザンブリアで起きている異変の調査を行っていた。
 九百年の歳月を生きる魔女の長でも、このような現象に遭遇するのは初めての経験だったからだ。
 そこから分かったことは――

「騎神が七体造られた理由は聞いておるな?」
「はい。巨イナル一を封印するため、その力を七つに分ける必要があったという話ですね?」
「うむ。だからこそ、黒の奴は七体の騎神を最後の一体になるまで競わせ、分かたれた力を一つに戻そうとした訳じゃが……」
「あ、もしかして……」
「気付いたようじゃな。本来であれば人間では決して制御不能な力を、彼奴――リィンは自分のものとしてしまった。ようは騎神ではなく自分の身体≠巨イナル一を再錬成するための器としたのじゃ。アルグレスを取り込み、世界でただ一人の真の贄≠ニして覚醒することでな」

 本来であれば騎神を使ってやろうとしたことを、リィン自身が行ったのだとローゼリアは説明する。
 しかし、そんなことは人間に出来ることではない。アルベリヒも予想していなかった事態だろう。
 ローゼリアでさえ、結論は既にでたというのに未だに信じ切れない自分がいるのだ。
 規格外な人物だとは思っていたが、想像を遥かに超えていたと言うのが彼女の本音であった。
 聖獣にも不可能なことをやってのけたと言うことは、リィンの力は女神の聖獣を超えていると言うことだ。
 下手をすれば神に届くほどかもしれないと考えると、それがどれほど異常なことか分かる。

「騎神が起動者と共に成長すると言うのは知ってのとおりじゃ。リィンの成長に合わせ、ヴァリマールも進化しようとしている。本来であれば、相克の先で成る≠ヘずだった究極の騎神。巨イナル一へと至った、ただ一体の騎神としてな」

 いまのままでは巨イナル一を取り込んだリィンの力に対応できない。
 だから起動者の力に対応するために、騎神も進化を遂げようとしているのだとローゼリアは話す。

「では、いま起きている異変は……」
「再錬成の際に起きる余波のようなものじゃな。事象を書き換えるほどの力じゃ。このくらいの現象が起きても不思議ではない」

 太陽を閉ざすほどの異常現象を引き起こしておきながら、これで余波に過ぎないと聞かされ、アルフィンは言葉を失う。
 そんななか――

「なるほど……だから、他の騎神の霊力が回復しないのね?」

 納得した様子で頷きながら、二人の会話に割って入ったのはアリサだった。
 まだ、どういうことか分かっていない様子のアルフィンに、アリサは自分の考えを話す。

「ヴァリマールは本来、儀式で至るはずだった最後の一体へと進化した。それって仮定はどうあれ、他の騎神は役割を終えたと言うことでしょ? 力の供給源を断たれたら、どうなると思う?」

 現在〈巨イナル一〉の力は、リィンを通じてヴァリマールへと流れ込んでいる。
 しかし、リィンと他の騎神との間には繋がりがない。
 それは即ち、これまで均等に分かたれていた力がヴァリマール一体に集中していると言うことだ。

「まさか、他の騎神は……」
「そのまさかよ。いまの状態が続けば、ヴァリマール以外の騎神は機能を停止するでしょうね。そうなったら――」

 チラリとアリアンロードとバレスタイン大佐を一瞥しながら、そう話すアリサ。
 そのアリサの様子に気付かれているのだと察し、アリアンロードは観念した様子で答える。

「騎神と運命を共にすることになるでしょう。私たちは緋≠竍蒼≠フ起動者と違い、既にこの世≠ノ存在しない死人≠ナすから」

 自分は死人だとアリアンロードは告白する。
 それは、バレスタイン大佐も同じだ。ここにいない闘神バルデル・オルランドもそうだろう。
 騎神が機能を停止すれば、騎神によって魂が繋ぎ止められている彼等も眠りに付くことになる。
 しかし、

「最初から覚悟を決めていたことです。それは、そこの英雄殿≠燗ッじでしょう」
「ほんの少し命を長らえただけに過ぎない。元よりノーザンブリアのために使うつもりだった命だ。悔いなどない」

 こうなることは最初から分かっていたのだろう。
 死を恐れている様子はなく、既に覚悟を決めている様子が二人からは見て取れた。
 何も言わず黙って噛み締めるように二人の話を聞いている様子からも、デュバリィたち〈鉄機隊〉の面々も既に話を聞かされていたのだろう。
 だが、

「私の騎士になってくれるという話は――ノーザンブリアのために力を貸してくれるという話は嘘だったの!?」

 バレスタイン大佐に詰め寄るヴァレリーの姿があった。
 その余裕の無い口調からも、大佐の命が残り僅かだということは聞かされていなかったのだろう。
 バルムント大公の遺産を継ぎ、ノーザンブリアの代表に収まったと言っても彼女はまだ十六歳だ。
 覚悟を決めたと言っても、年相応に不安を抱えているのは当然。
 それだけに、彼女の中でバレスタイン大佐の存在は大きかったのだろう。

「この身が朽ちる時まで、お仕えすると言った言葉に嘘はありません」
「なら、最後まで見届けて……ちゃんと最後まで責任を持ちなさいよ……」

 ヴァレリーの心の叫びに、戸惑うような表情を見せるバレスタイン大佐。
 本来であれば革命を主導した英雄として、責任を負うべきなのは自分だと大佐にも分かっているのだろう。
 しかし、自分には時間が残されていないということも彼は理解していた。
 だから帝国軍と戦い、ノーザンブリアの人々のために戦場のなかで死のうとしたのだ。

「話の腰を折るようだけど、すべての問題を解決する方法ならあるわよ?」

 誰かが口にした「え?」という言葉と共に、ヴィータに視線が集まる。
 ここまで深刻な話をしておいて、まさかそんな都合の良い方法があるとは誰も思ってもいなかったのだろう。

「というか、そこの二人は分かってて不安を煽るような説明したでしょ?」
「誤解よ。解決策を提示するにしても、先に問題点は指摘しておくべきでしょ?」
「うむ。まずは正確に現状を把握しておく必要があるしの」

 物は言いようだと、アリサとローゼリアの弁解に呆れるヴィータ。
 それならそれで周囲の反応を窺わず、さっさと解決策を提示すれば良いだけの話だ。
 そうしなかったのは悪戯心と、ちょっとした意趣返しも含んでいたのだろう。
 アリサはリィンの恋人として、ローゼリアはアリアンロードの友として――
 バレスタイン大佐にはともかく、アリアンロードに関しては言いたいことが山ほどあるからだ。

「とにかく、灰の起動者――リィン・クラウゼルなら、この問題を解決できるはずよ」

 リィンなら解決できる。
 そう聞いてリィンのことをよく知る関係者は、ヴィータが何を言わんとしているのかを察する。
 確かにこのまま放置すれば、ヴァリマールを除く騎神はすべて機能を停止するだろう。
 しかしそれは巨イナル一からの力の供給を得られなくなったためだ。
 逆に言えば、再び力の供給を得ることが出来れば、この問題は解決することになる。

「眷属≠フ契約ですか」
「ご明察。いまの彼は巨イナル一≠サのものと言って良い存在になってる訳でしょ? ならパスを繋ぎ直せばいいのよ。すべての騎神が彼の眷属となれば、すべて元通り。この問題は解決するわ」

 アルフィンの言葉に同意し、解決策を提示するヴィータ。
 謂わばイオやアルグレスと同じようにリィンの眷属となれば、これまで通り巨イナル一からの力の供給を受けられると言う訳だ。
 騎神が機能を停止しなければ、アリアンロードやバレスタイン大佐が消えることもない。
 確かに上手く行けば、これほど理想的な解決策はないだろう。
 しかし、これには一つ問題があった。

「リィンさんの帰還が間に合えば良いのですが……」

 リィンがいなければ、そもそもこの方法を取ることは出来ない。
 騎神に残された霊力が尽きるのが先か、リィンが帰還するのが先か、時間の勝負と言っていいだろう。

「ヴァリマールの状態を見れば、リィン団長が生きているのは確実。異界に取り残されているのですよね? こちらから迎えに行くことは出来ないのですか?」
「既にエマとノルンが探っておる。しかし、何らかの事情で戻って来られないとなると……」

 捜索には時間がかかるだろうと、ミュゼの質問にローゼリアは答える。
 世界を隔てる壁の向こうには、無限とも呼べる広大な空間が広がっている。
 それが『次元の狭間』と呼ばれる場所だ。
 そんな場所でたった一人の人間を探すなど、何の手掛かりもなしには不可能と言っていい。
 だからエマとノルンが眷属の繋がりを利用してリィンの居場所を探ってはいるが、それも簡単にはいかなかった。

「もしかすると、少々面倒なことになっているかもしれません」
「……何か、知っておるのか?」

 リィンが帰還しない理由に心当たりがあると言った様子を見せるアリアンロードにローゼリアは尋ねる。
 どう説明すべきか迷う素振りを見せるも、リィンが帰還しないのは――

「劫炎≠ニ道化師≠ェ関与している可能性があります」

 誰もが予想もしなかった可能性を、アリアンロードは口にするのだった。



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