「ここは……?」
周囲を見渡しながら怪訝な表情を浮かべるリィン。
精霊の道を使った転位で行き着いた先はノーザンブリアではなく砂漠≠セったからだ。
「もしかして、東の砂漠か?」
状況から見て、ここが噂に聞く大陸の東に広がる砂漠なのではないかと当たりを付けるリィン。
少なくとも大陸の西部にこのような場所があるなどと耳にしたことがないからだ。
転位座標がズレたと考えれば合点が行く。
しかし、
『違う。ここは間違いなく北の大地だ』
「……何?」
アルグレスがそんなリィンの考えを否定する。
そんなはずがないと戸惑いの表情を見せるリィン。
少なくともリィンの知る限りでは、大陸の北に砂漠が広がっているなどという話は聞いたことがないからだ。
『ゼムリア大陸には間違いないが、どうやらここは我々の知っている世界≠ナはないようだ』
「おい、それって……」
――並行世界。
アルグレスの言葉から、ここが別の歴史を辿った並行世界のゼムリア大陸なのだとリィンは察する。
以前にも、このようなことがあったからだ。
しかし、どうして並行世界のゼムリア大陸に転位してしまったのかと考える。
ヴァリマールの反応を辿って転位したはずなのだ。
だと言うのに、違う世界に転位するなどと言うことが本当にあるのだろうかと――
「ご明察。ここはキミ≠フ生まれた世界じゃない。未来を閉ざされた廃棄世界≠セよ」
そんなリィンの疑問に答えるように、何者かの声が誰もいないはずの砂漠に広がるのだった。
◆
「その声……道化師≠ゥ」
リィンに正体を見破られ、何もない空間から姿を現したのは中性的な顔立ちをした少年≠セった。
道化師、カンパネルラ。0の数字を与えられた結社の執行者の一人だ。
「ここが俺の知るゼムリア大陸ではないと言うのは理解したが……お前は俺たちの知る道化師≠フようだな」
少なくとも以前に会った並行世界のエリゼとは違う。
目の前の少年からは、リィンの知るカンパネルラと同質の気配が漂っていた。
それに『キミの生まれた世界じゃない』などと、ここが並行世界であることを知っていなければ出て来ない台詞だ。
「正確には少し違うのだけどね。ボクはキミの知っている道化師であり、そうでもないとも言える」
「……どういうことだ?」
「ボクはどこにでもいる。時には姿≠竍名≠変えて――与えられた役目は世界の観測≠セからね」
カンパネルラの言葉に、何かに気付いた様子を見せるリィン。
――観測者。カンパネルラの言葉が事実だとすれば、思い当たることが一つあったからだ。
「……異界の子」
「気付いたみたいだね。そう、あれもボク≠セ。正確には少し経緯のことなる特殊なアバターなんだけど」
異世界で異界の子≠ニ呼ばれていた少女。
何処か感じたことのある気配を纏っていると思っていたが、カンパネルラの話で合点が行く。
ここにいるカンパネルラも、異界の子も、すべて大元では繋がっていると言うことに――
恐らくは聖獣と同じく、本体は別のところに存在する不滅≠フ存在なのだろう。
それなら彼が少年の姿のまま、まったく歳≠取らないのも説明が付くと考えたからだ。
だが、
「どうして、今頃になってそんな話≠する?」
これまでカンパネルラの正体はずっと謎≠ニされてきた。
恐らくは彼の正体に気付いている者は、結社の中にもそうはいないだろう。
今頃になって自分の前に姿を現し、正体を打ち明ける理由がリィンには分からない。
故に、何か裏があるのではないかと考えたのだ。
「世界を渡る術を手に入れたキミには、いずれ気付かれていただろうからね。それに我等が盟主様≠焜Lミには随分と期待≠ウれているみたいだし――」
少しくらいはサービスしてもいいかな、とカンパネルラは子供のような笑みを漏らす。
その言葉に嘘はないのだろうが、すべてを語っているとはリィンには思えなかった。
元から掴み所の無い相手だ。問い質したところで、本音を語ることはないだろう。
だが、これではっきりとしたことは、結社――少なくとも盟主とカンパネルラには異世界≠自由に行き来できることが知られていると言うことだ。
どこまで知られているのか分からないが、ずっと観察されていたのかも知れないとリィンは考える。
「隠すだけ無駄と言うことか。それで俺たちの秘密を知って、どうするつもりだ?」
「別に、何も? 言っただろ。ボクは観測者≠セって――キミたちが何をしようと、特に干渉するつもりはないさ」
「そういう割にはリーヴスの一件といい、裏でいろいろと画策しているみたいじゃないか」
「ああ、あれか。それを言われると辛いんだけど、まだキミたち――いや、キミには帝国の一件に関わって欲しくなかったんだ。折角見えてきた可能性の芽≠潰さないためにもね」
干渉する気がないというのは嘘ではないのだろう。
だが、何かしらの目的があると言うのはカンパネルラの言葉からも察せられる。
そして、その目的のなかに自分も組み込まれているというのは、リィンにも理解できた。
「でも、安心して良いよ。もうボク≠ヘ今回の一件に関わらない」
「……ボクは?」
「フフッ、そこに気付くか。さすがに察しが良いね」
『主! 上だ!』
アルグレスの言葉で上空からの攻撃に気付き、飛び退くようにカンパネルラから距離を取るリィン。
「まさか、これは……」
炎を巻き上げながら、大地を割る斬撃。
熱によって結晶化した地面を見て、その一撃を誰が放ったのかをリィンは察する。
こんな真似が出来る人物をリィンは自分を除いて一人しか知らなかったからだ。
「随分と気配を隠すのが上手くなったじゃないか」
――劫炎のマクバーン。
またの名を火焔魔人。執行者最強の男が再びリィンの前に姿を現すのだった。
◆
「わたくしたちが道化師に味方をしたのは、それが結社から距離を置く条件だったからですわ」
そう話すのはデュバリィだった。
不満を隠そうともしない彼女の反応からも嘘ではないのだろう。
ヴァレリーを確保するために無関係の人間を巻き込み、人質に取るようなやり方は彼女たちの主義に反する。
しかし、彼女たちが敬愛するマスターは結社の人間。それも幹部の一人である使徒だ。
アリアンロードの性格から言っても、一度忠誠を誓った主を裏切るような真似は出来ないだろう。
だからこそ、カンパネルラの要求に応えた。
それがリーヴスの一件に繋がるのだとデュバリィの話から察し、アリサは以前から気になっていたことを尋ねる。
「前から気になっていたのだけど、どうして結社はヴァレリーを捕らえようとしたの?」
「詳しくは知りませんが、ノーザンブリアの議会と繋がっていたのは確かのようです。機甲兵や人形兵器を〈北の猟兵〉に与えたのも、恐らくは道化師でしょう」
そんなデュバリィの説明に、無言で頷くバレスタイン大佐。
議会がカンパネルラを通じて結社と繋がっていたのは大佐も知る事実だった。
だとすれば――
「それって、地精と結社は裏で繋がっていると考えていいのかしら?」
そう質問しながら、探るような視線をデュバリィとバレスタイン大佐に向けるアリサ。
ノーザンブリアの議会が、カンパネルラと何かしらの取り引きをしたのは事実だろう。
だが同時に、ノーザンブリアの議会は帝国とも繋がっていた。
となれば、ここに地精が絡んでいないと考えるのは不自然だ。
黒の工房が十三工房の一角であった事実を考えれば、結社と地精が手を組んだとしても不思議な話ではない。
アリサはそう考えたのだろう。
「正直そこがよくわからないのです。結社の中でも道化師は秘密主義で、謎の多い人物ですから。ただ……」
道化師が動いたと言うことは盟主がそのことを知らないはずがない、とデュバリィは答える。
だからこそ、アリアンロードもカンパネルラの要請に応えたのだろう。
「〈暁の旅団〉と結社の間には、不可侵の契約が結ばれていたはずだけど?」
「それは、わたくしたちも承知しています。ですが状況から考えて、あくまで結社は取り引きの相手の要請に応えただけで、あなた方と敵対する意志はなかったと考えられます。ノーザンブリアの件は不可抗力と言えるでしょう。それに執行者には行動の自由が約束されていますから」
「詭弁ね」
デュバリィの言い分は理解できなくもないが、帝国政府と黒の工房が繋がっていることは明白だ。
ノーザンブリアに味方をすれば、こうなることが予想できなかったとは思えない。
それに執行者には行動の自由が認められているとは言っても、それは結社の都合だ。
組織の一員である以上、結社に責任がないとは言えない。
アリサが詭弁と断じるのも仕方のないことだと、デュバリィも分かっていた。
とはいえ、彼女もカンパネルラが何を考えて、このような行動を取ったのか分かっていないのだ。
「この際はっきりと言っておくと、私はまだあなたたち≠信用した訳じゃないわ」
シャーリィが決闘に勝ったからと言って、それで仲間≠ノなるなど都合が良すぎる。
いまは共通の敵≠ェいるから協力関係にあるが、アリアンロードの性格から言って盟主を裏切れるとも思えず、そんな相手を信用できるはずもなかった。
「それを言うなら、私も同じよね?」
「ええ、信用はしてない。でも、利害が一致している限り裏切るとも思っていないわ」
「……はっきりと言うわね」
「言葉を飾るよりは良いでしょ?」
信用は出来ない。しかしビジネスとして捉えれば、悪い取り引き相手ではないとアリサはヴィータのことを認めていた。
だが、それは相手が人となりをそれなりに知るヴィータだからだ。
デュバリィに関しては面識はあるが、アリアンロードや鉄機隊の他の二人については直接の面識はない。
信じられるほどの信頼関係はまだ出来ていないと言えるだろう。
それに――
「道化師のことは理解したわ。でも、まだ話していないことがあるでしょ? どうしてリィンが戻って来ないことに劫炎≠煌ヨ与しているって分かるの?」
カンパネルラに何かしらの思惑があることは分かった。
しかし、そこにどうしてマクバーンの名前がでてくるのかが分からない。
そしてリィンが帰還しない理由をアリアンロードが何故知っているのかと、アリサは疑問に思ったのだ。
「彼の目的はリィン・クラウゼルとの再戦です。彼が全力≠ナ戦える舞台を用意するというのが、私たちが道化師の要請に応える条件の一つでしたから。本来であれば地精の計画に乗り、黄昏を成就させることでその舞台を整えるつもりだったようですが、それも今となっては叶わない。故に、このタイミングで仕掛けてきたのでしょう」
「ちょっと待って。なんで、あなたがあの男のためにそこまで……」
アリアンロードたちが道化師と交わした条件の内容は理解できた。
しかし人攫いなんて主義に反することをしてまで、マクバーンのために道化師の要請に応えたのかが分からない。
アリアンロードとマクバーンの間に、それほどの繋がりがあるとは思えなかったからだ。
「師として、弟子の想いに応えたに過ぎません」
「……師? 弟子?」
「劫炎に剣を教えたのは私です。ここ数ヶ月、彼の者の願いに応え、修行をつけていました」
予想もしなかったアリアンロードの告白に、目を瞠るアリサ。
結社最強の魔人。執行者最強の男。リィンに匹敵するほどの異能の使い手。
そんな男に剣術を教え、修行をつけたなどと冗談でも洒落にならないと感じたからだ。
しかもアリアンロード自身も伝説に謳われる武人にして、最強の使徒と呼ばれる存在だ。
伝説の騎士が鍛えた最強の魔人。組み合わせとしては、最強最悪と言っても良いだろう。
「それに私が鍛えた最強の戦士と、ドライケルスの血を引く彼のどちらが上か?」
気になりませんか?
と、話すアリアンロードを見て――
(なるほど。性格は違えど、彼女もシャーリィと同類って訳ね……)
アリサは理解を深めるのであった。
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