打ち合う度に雷鳴のような轟音が鳴り響く。
凡そ剣戟と呼ぶには行き過ぎた音を響かせるのは二人の怪物≠セった。
火焔魔人の名で知られる結社最強の執行者、マクバーン。
そして世界最強の猟兵団を率いる団長にして猟兵王の名を継ぐ男、リィン・クラウゼル。
共に人の身では決して敵わぬ≠ニ称された伝説の聖女をも凌ぐ怪物。
どれほどの研鑽を積もうとも、人間では到達し得ない人智を越えた戦いが繰り広げられていた。
「ははッ! いいぞ、リィン・クラウゼル! やっぱりテメエは最高だ!」
「ああ、もう――この戦闘狂≠ェ! シャーリィみたいなことを言ってるんじゃねえよ!?」
男に――それもシャーリィと同レベルの戦闘狂に褒められても嬉しくない。
そんな感情を少しも隠そうとせず、リィンは不満を口にしながらマクバーンの猛撃を凌ぐ。
『主、助太刀は必要か?』
『不要だ。それよりもカンパネルラを見張ってろ』
念話で語りかけてくるアルグレスに、同じく心の声で返すリィン。
古竜レグナートと同じ竜種とあって、アルグレスは聖獣の中でも特に大きな身体をしている。
騎神や機甲兵を凌ぐ巨体では、見た目は普通の人間と変わらないリィンと連携を取るのは難しい。
それにマクバーンの持つ魔剣は、盟主より与えられた外の理≠ナ造られし武器だ。
ゼムリアストーン製の武器と違い、外の理で造られた武器であれば聖獣に傷を負わせることも可能。
マクバーンの放つ斬撃を浴びれば、アルグレスとて無事では済まないだろう。
それに――
(以前よりも格段に強くなってやがる)
他の誰かを気遣って戦えるほどの余裕は、いまのリィンにはなかった。
煌魔城で剣を交えた時よりも、遥かにマクバーンの実力が増していたからだ。
無駄の多かった剣筋は研ぎ澄まされ、まるで〈光の剣匠〉と剣を交えているかのような錯覚を呼び起こされる。
厳密にはヴィクターの域に達しているとは言えないが、達人の領域に片足を踏み入れているのは間違いない。
足りない技量は持ち前の身体能力と異能でカバーしている分、マクバーンの方が上と言えるだろう。
リィンも以前より剣術の腕が上がったとはいえ、まだ理≠フ域に達している訳ではない。
剣の腕は、ほぼ互角。となれば、勝敗を分けるのは身体能力と異能になるが――
「カンパネルラの言葉を信じて待った甲斐がある。良い感じで混じってるじゃねえか。いまの俺≠ニ対等に殺りあえるなんてな!」
少なくとも身体能力において、リィンとマクバーンの差はほとんどないと言っていい。
白い髪と黄金の瞳は真の贄≠ノ覚醒した証だ。
いまのリィンは巨イナル一の力を取り込むことで、鬼の力を完全に引き出せる状態にある。
だと言うのに、マクバーンの力はリィンに拮抗していた。
あれから修行を積んだとしても、ありえないほどのパワーアップだ。
パワー、スピード、スタミナ。どれを見ても、以前とは比較にならない。
煌魔城の時は手を抜いていたと言われる方がしっくりと来るほど、マクバーンの実力は向上していた。
「それは、こっちの台詞だ。お前こそ、力を隠していたのか?」
頭上に振り下ろされたマクバーンの斬撃を炎を纏った剣で弾き、距離を取るリィン。
マクバーンが強いことは分かっていたが、正直ここまでとは思っていなかったのだろう。
想像を遙かに超えたマクバーンの力に驚きつつも、リィンはその違和感の正体を知ろうと探りを入れるように尋ねる。
「手を抜いていたか。まあ、間違いじゃねえな。あの時は全力≠だせなかったってのが真実だが」
「……どう言う意味だ?」
「簡単な話だ。うっかり力を入れすぎてしまうと、空間を壊して≠オまうからな。こんな風に――」
マクバーンの纏う闘気が更に強さを増したかと思うと世界が軋むような音が聞こえ、空間に亀裂が走る。
――緋。亀裂の入った空間から覗かせたのは、緋色の世界。
これまでに見たことがない大規模な――世界を塗り替えるような異界の浸食が始まったのだとリィンは悟る。
そして、
「その姿……お前!?」
人から神へ――
魔人から魔神へと、異界の浸食に合わせマクバーンの姿も変容していく。
青白い肌に白い髪。額から生えた二本の角。
身長三アージュを超える巨大な異形≠フ姿に――
「なるほど……化け物染みてると思っていたが、人間じゃなかったと言うことか」
「少し違うな。この俺も、あっちの姿の俺も、どっちも俺自身に違いない。ただ、混ざり合っただけだ。お前≠ニ同じようにな」
「――!?」
マクバーンが何のことを言っているのかを察して、リィンは驚きに目を瞠る。
リィンの身体はこの世界の人間のものだが、魂は別の世界で生まれ育った男の記憶が宿っている。
いや、正確には顔も知らないはずの母の面影や幼い頃の記憶が僅かに残っていることからも、混じり合ったと言う方が正しいだろう。
そのことにマクバーンが気付いていると言うことは、彼自身もリィンと似た境遇を持つと言うことを示唆していた。
それは即ち――
「お前も異世界人……いや、転生者なのか?」
自分と同じような存在なら、マクバーンの非常識な力にも納得が行く。
そう考えたリィンは頭に浮かんだ疑問をマクバーンに尋ねる。
「少し違うな。俺には、お前の言う前にいた世界の記憶がない」
「……記憶がない? 自分が何者かも分からないってことか?」
「ああ、何一つ。どうして、この世界に顕れた≠フか。一切、何もな……」
予想外の答えが返ってきて、戸惑いを見せるリィン。
リィンには前世の記憶がある。だからこそ自分がこの世界の人間ではないことが、この世界が前世で触れたことのある物語をベースにした世界だと気付くことが出来たのだ。
しかしマクバーンには前世の記憶がないのだとすれば、疑問が一つ頭に浮かぶ。
「記憶がないのに、どうして自分が別の世界からきたと分かるんだ?」
「この世界の自分とぶつかって、魂が混ざり合った時の記憶はあるからな」
「なんて非常識な……」
「お前にだけは言われたくない。そっちだって十分非常識な存在だろ」
前世の記憶があるのと魂だけの存在であった時のことを覚えているのは、どちらが非常識なのか?
第三者が聞けば、どっちもどっちと答えることだろう。
それだけにリィンもマクバーンの言葉を否定するつもりはなかった。
実際、普通の人間から見れば、どちらも人智を越えた存在であることに変わりは無いのだ。
「……お前が結社に所属したのは、失った記憶を取り戻すためか?」
「さすがに察しが良いな。自分が何者なのか分からず荒れていた俺の前に現れて誘ってきたのが、そこの道化師だったと言う訳だ。自分たちの計画に手を貸せば、記憶を取り戻す手助けをしてくれるとな」
そうして自分と同じく特異な力を持つ者たちが集まっていると知り、結社に手を貸すことを決めたのだとマクバーンは話す。
使徒のように盟主へ忠誠を誓っている訳ではないが、彼等の組織の力は利用できると考えたからだ。
しかし結社の技術を用いても、マクバーンの失われた記憶を甦らせることは出来なかった。
だから他の方法を模索し、機会を窺っていたのだとマクバーンは答える。
「この姿で、全力をぶつけられる相手がいれば、闘争の果てに記憶が甦るんじゃないかとな」
「……なんて脳筋な発想だ」
どんな方法かと思えば、想像の斜め上を行く力任せな発想に呆れるリィン。
そして――
「なるほど……それで、この世界と言う訳か」
リィンはすべてを察し、溜め息を漏らす。
カンパネルラはこの世界のことを廃棄された世界と言った。
状況から言って、ここは未来のゼムリア大陸。
霊脈が枯渇し、砂漠化が進み、文明が滅んだ世界なのだろうと察しが付く。
人どころか、虫一匹存在しない。空間ごと消滅しても困らない世界と言う訳だ。
「ああ、ここなら全力がだせるからな。俺も、お前も――」
やはり、そこまで見抜かれていたかとリィンは観念した様子を見せる。
マクバーンの言うように、まだリィンも余力を残していた。
巨イナル一の力を完全に自分のものとした今だから分かる。
自分の中に宿る〈王者の法〉――虚無の力の本当の使い方が――
神をも弑逆し得る力と言うことは、世界をも破壊し得る力と言うことだ。
すべての力を解放すればマクバーンの言うように空間を破壊し、世界を壊してしまうだろう。
「正直、気が乗らないんだが……」
まさに災厄≠ニ呼べる力だ。
崩壊していく世界の記憶がリィンにはある。
いま思えば、あれもこの力≠ノよるものだったのかもしれないと思う。
どうして自分にそんな力が宿っているのか、本当のところは分からないが――
「加減≠ヘ覚えておく必要があるか」
丁度良い機会だとリィンは気持ちを切り替える。
マクバーンの言うように、ここでなら気兼ねなく試せる。
それはある意味で、リィンにとってもまたとない機会だった。
「加減だと? この姿の俺を前にして、随分と余裕じゃねえか」
「確かにお前は強い。その姿もそうだが、剣術の腕も以前とは比較にならないほどだ。以前の俺なら恐らく敵わなかっただろうな」
マクバーンの隠していた力は、リィンの予想を大きく超えていた。
恐らくマクバーンが今の姿で本気をだせば、アリアンロードとて敵わないだろう。
そのアリアンロードに苦戦していた以前のリィンであれば、マクバーンに負けていたことは間違いない。
しかしそれは自分の中に宿る力を、まだ完全に使いこなせていなかったからだ。
でも、いまなら――
「王者の法」
リィンが聖句を口にすると顔半分に紋様が浮かび上がり、全身から神気≠ェ満ち溢れる。
錬金術の秘奥にして、アルス・マグナの最終到達点。
精霊化の先にある真の覚醒。
「お望み通り、全力で相手をしてやる」
それは、虚ろなる神とは似て異なる存在。
人の身で神の位へと至った超越者。
「来いよ――異界の王」
マクバーンの黒い炎≠ノ対して白き炎≠纏った半神。
この姿こそ、真の覚醒へと至ったリィンの真の姿であった。
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