「まさか、これほどとはね。場≠整えた甲斐があったよ」
真の力を解放したリィンとマクバーンの戦いを興味深そうに観察するカンパネルラ。
それもそのはず。この戦いは彼自身が望んだものでもあったからだ。
「観測者よ。何を考えている?」
「僕のことをそう呼ぶってことは、キミは気付いているみたいだね」
観測者――道化師ではなく、その名でカンパネルラ呼ぶと言うことは彼が与えられている役割を知っていると言うことだ。
アルグレスは女神の聖獣にして〈巨イナル一〉に触れた存在だ。
呪いに侵されながらも生還した彼なら、世界の真理に近付いたとしても不思議な話ではない。
そう、カンパネルラは考えたのだろう。
「……やはり、お前たちの狙いは我が主≠ゥ」
そんなカンパネルラの読み通り、アルグレスは結社の狙いに気付いていた。
帝国とノーザンブリアの問題に介入し、黒の工房に協力するような真似をしたのも――
マクバーンの望みに応え、転位術に干渉して廃棄された世界にリィンを呼び寄せたのも――
すべて、リィンに真の覚醒≠促すためだったのだと察したからだ。
恐らくリィンが呪いに打ち勝ち、巨イナル一を取り込むことまで計算の上だったのだろう。
「すべては計画≠ヌおり。盟主の御心のままに――ってね」
アルグレスの言葉を否定も肯定もせず、いつもの調子で巫山戯て見せるカンパネルラ。
道化師とはよく言ったものだと、アルグレスはカンパネルラに対する警戒を更に強める。
カンパネルラは本人が言っているように、彼自身の戦闘力は然程でもない。
弱くもないが強くもなく、執行者のなかでは下から数えた方が早いくらいだ。
達人クラスの使い手であれば、人間相手にも後れを取るだろう。
しかし彼には他の執行者と違い、彼にしか与えられていない役割があった。
それが〈星辰の間〉と呼ばれる盟主との謁見に使われる部屋への立ち入りが、使徒以外で唯一許された執行者であるという点。
正確には彼に指示をだせるのは盟主ただ一人で、彼は盟主の計画のためだけに動いていた。
「盟主か。お前ほどの存在が忠誠を誓うほどの存在だ。神か、それに準じる存在か。もしくは――」
「おおっと、それ以上は口にしない方がいい。いずれ分かることだろうけど、まだ彼等が世界の真実を知るには早い。それに彼の眷属になっても、女神との盟約≠ヘ完全に効力を失っていないのだろう?」
――無理をすれば、今度こそ消滅するよ。
そう話すカンパネルラの言葉の意味が理解できないアルグレスではなかった。
リィンの眷属となったからと言って、女神の聖獣であることに変わりはない。
女神との繋がりが失われても、すべての盟約がなかったことになる訳ではないのだ。
神々や聖獣にとって盟約とは、謂わば魂の契約だ。
それだけに約束を違えれば、カンパネルラの言うように重いペナルティを負うことになる。
最悪の場合、存在の消滅すら覚悟しなければいけないほど大切なことだった。
「心配しなくても、こちらから彼をどうこうするつもりはないさ。それにこれは、彼自身の望み≠叶えるためでもある。僕たちの計画≠ニ、彼の望み≠ヘ繋がっている。だから本当の意味で敵になることはない。そのことはキミも分かっているんだろう?」
カンパネルラの言葉を否定しないアルグレス。いや、出来なかった。
いまのアルグレスには、カンパネルラが嘘を言っていないと分かるからだ。
「そろそろ限界≠ンたいだね」
ひび割れていく空を見上げながら、そう呟くカンパネルラ。
リィンとマクバーンの力に耐えきれず、世界の崩壊が始まっているのだと察したからだ。
霊力が枯渇し、朽ちたこの世界では、二人の放つ神気≠受け止めきれるはずもない。
そう長くは保たないことは最初から分かっていたのだろう。
「何をしている!? このままではお前も――」
「僕に与えられた役割は、計画を最後まで見届けることだ。この世界の可能性は潰えたけど、次こそは――」
アルグレスの言葉も、いまのカンパネルラには届かない。
崩壊していく世界を目に焼き付けながら、その場から動こうとしないカンパネルラ。
最初から、この世界と運命を共にするつもりでいたのだろう。
ガラスのように空間が砕け散ったかと思うと、カンパネルラの身体も塩の欠片となって世界と共に消えていく。
そんな彼の最期≠寂しげな表情で見送ると、アルグレスはリィンの元へと向かうのだった。
◆
まさに神々の戦い、世界の終末とも呼ぶべき激闘が繰り広げられていた。
神の領域に足を踏み入れた二人が身に纏っているのは、ただの闘気ではない。
――神気。魔力や霊力とも違う、神だけに許された特別な力。
その一撃は大地を砕き、空を焦がし、海を割る。
更には因果律にさえも干渉する――まさに天災とも言うべき強大な力だ。
マクバーンの繰り出した斬撃をリィンが弾き返す度に空間が削れ、世界が少しずつ終わりへと向かっていく。
一撃一撃が、まさに必殺。それだけに特別な技を必要としない。
それだけに互いに攻めあぐねていた。
真の姿で全力をだすのはマクバーンも初めてのことだが、同じことはリィンにも言える。
まだ神気の扱いに慣れてなく、力のコントロールが不完全な状態だ。
いつものように身体を動かそうにも、感覚的なズレはどうしても生じる。
「どうした!? 大口を叩いた割には、その程度か!」
マクバーンの挑発を聞き流しながら、リィンは攻撃を凌ぐことに集中する。
いまのところ力は拮抗している。攻めきれないのはマクバーンも同じだ。
ならば、いまは力の扱いに慣れるべきだと考えたからだ。
(ちッ、乗って来ないか。さすがに戦い慣れてやがる)
挑発に乗って来ないリィンにマクバーンは苛立ちを見せながらも、その実力は認めていた。
幼い頃から幾つもの戦場を渡り歩き磨き上げた戦闘術と実戦経験。
結社の中でもマクバーンと互角に戦えたのは、最強の使徒と名高いアリアンロードや今は亡き〈剣帝〉レオンハルトくらいのものだった。
故に同格以上との戦闘経験が少なく、これまで異能に頼ってばかりで技術を磨いて来なかったマクバーンにとってリィンは、初めていまのままでは勝てない≠ニ敗北を味わった人物であった。
だからアリアンロードに師事し、一から剣術を教わることにしたのだ。
しかし幾らマクバーンに天賦の才があろうとも、半年で埋められる差など知れている。
どれだけ技術を磨こうと、経験だけは一朝一夕に埋めることなど出来ないからだ。
いまだ戦闘技術と実戦経験は、リィンの方が上だとマクバーンは認める。
しかし、
(異能の扱いなら負けてねえ! この世界に顕れて半世紀余り。この力と向き合ってきた時間は俺の方が上だ)
異能の扱いに関しては、自分の方が優れているという自負がマクバーンにはある。
半世紀かけてゆっくりと馴染ませてきた力は、完全にマクバーンの一部と化している。
実際、神気の扱いについては不慣れなリィンよりもマクバーンに一日の長があった。
しかし時間を掛ければ、その差も埋まる。
戦いの中で成長していくリィンを目の当たりにし、このままでは勝ち目がないことをマクバーンは悟る。
それでも――
「たいした奴だよ。テメエは――認めてやる。いまの俺よりもテメエの方が強いってな! だが、勝つのは俺だ!」
最初は記憶を取り戻す切っ掛けになればと考えていたが、いまは目の前のこの男に勝ちたいと――
心の底からマクバーンは勝利を渇望していた。
だからこそ、勝負にでる。
「うおおおおおおッ!」
内に秘めた神気を爆発させ、盟主より与えられた魔剣に力を込めるマクバーン。
神の炎――カグツチとでも呼ぶべき力が魔剣を覆い、黒と金の混じった輝きを解き放つ。
唸る炎。砂漠が一瞬にして溶解し、煮えたぎるマグマへと変わっていく。
咄嗟の判断で宙へ逃げるリィン。しかし、それを許すマクバーンではなかった。
「逃がすかよ――」
大きく魔剣を振りかぶるマクバーン。
そんなマクバーンの意志に応えるように勢いを増す炎。
まるで世界を焼き尽くすかのような炎がリィンに迫る。
しかし、
「一撃でいい。保ってくれよ――」
マクバーンの動きを予想していたかのように、リィンもまたブレードライフルに神気を込める。
リィンのブレードライフルはゼムリアストーンで作られた一級品だが、それでもマクバーンの魔剣には劣る。
辛うじてマクバーンの攻撃を凌いでいたが、既にいつ砕けてもおかしくない状態にリィンの武器はあった。
時間を掛けまいと一か八かの賭けにでたマクバーンだが、実際にはリィンの方も追い詰められていたのだ。
だからこそ、リィンも最後の一撃を放つタイミングを図っていた。
攻撃を受け流しながら、ゆっくりと武器に神気を馴染ませることで――
「これで終わりだ!」
「お前が、な!」
同時に放たれる斬撃。
黒と白――二色の炎が二人の間で衝突する。
二人の攻撃の余波で、空が割れ、大地が裂け、世界が崩壊していく。
虚無へと還っていく世界を彩るように、灰色の光が空間を染め上げるのだった。
◆
エレボニア帝国首都、帝都ヘイムダル。
嘗て、緋の騎神が封じられていたバルフレイム宮殿の地下に怪しげな男の姿があった。
黒の工房の工房長にして地精の長。
イシュメルガの忠実なる下僕――黒のアルベリヒだ。
「くそッ! あの男は一体何者なのだ!」
焦りと憎しみを募らせ、そう話すアルベリヒの表情には余裕がなかった。
リィンに大地の聖獣を殺させ、計画の修正を図ろうとしたところまでは上手く行っていたのだ。
しかし真の贄として覚醒したリィンは、アルベリヒの予想を超えた結果を生み出してしまった。
本来であれば七の相克の果てに起こすはずだった巨イナル一の再錬成を、騎神を用いず自らの身体を器≠ニすることで実現してしまったのだ。
呪いの正体は願い≠セ。
至宝が持つ本来の力が、悪意によって歪められた願い。
故に呪いの力を集め、制御することが出来れば巨イナル一を錬成し、取り込むことは可能だろう。
しかし理論上は不可能ではないと分かっていても、アルベリヒからすれば納得の行く話ではなかった。
怪物染みた力を持っていようとも、リィンは人間≠セ。
騎神の自我が悪意に目覚めることで生まれたイシュメルガならまだしも、呪いに侵されながらも精神に異常を来さない人間など存在するはずがない。
しかし現実は、そんなアルベリヒの想像を大きく超えていた。
「このままでは破滅だ……」
神となったイシュメルガの下で女神に歪められた世界を正し、指導者として正しき方向に導く。
それがこの世界を救う唯一の方法≠ナあると、アルベリヒは考えていた。
だからこそイシュメルガに魂を売り、地精の血脈に転生を続けることで永遠の命≠得たのだ。
しかし、このままでは敬愛する主にも見放されてしまう。
そうなったら、アルベリヒは二度と転生することは叶わないだろう。
イシュメルガの眷属であるからこそ、因果の輪に囚われることなくアルベリヒは転生することが出来るのだ。
故にイシュメルガに不用な存在と見做されることは、アルベリヒの死≠意味していた。
「もはや、手段を選んではいられない」
そんな最悪の未来を回避するため、アルベリヒはこの場所≠ヨとやってきた。
帝国の霊脈が集まる結節点の一つにして、はじまりと終わりの地。
この国における数多の因果が交わる場所。
そう、ここなら――
「計画が失敗に終わった以上、本来の能力を発揮するには不十分だが、この地に蠢く呪われた因果と七耀脈の力を用いれば……」
本来であれば、計画の最後に起動≠キるはずだったものを呼び起こすことが出来る。
いまから千二百年前、地精の祖先が築いた幻想機動要塞――
「目覚めよ、トゥアハ=デ=ダナーン」
トゥアハ=デ=ダナーン。
それこそが、アルベリヒの切り札にして最後の希望≠セった。
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