合流するなり「どうしてくれるのじゃ!?」と詰めよってきたローゼリアから事情を聞いてみれば――
「眷属化した?」
アルグレスのように眷属になったと説明されて、困惑するリィンの姿があった。
確かにローゼリアとの間に霊的な繋がりを感じはするが、そもそも契約を結んだ記憶はリィンにはない。
身に覚えの無いことで責任を求められ、困った様子で説明を求めるようにリィンはエマに視線で訴える。
「恐らくは儀式の影響かと……」
エマとヴィータが行った儀式はヴァリマールの進化を促すもので、本来であれば騎神にしか影響を及ぼさないものだった。
しかし、ローゼリアはオルディーネとの間に霊的な回路を繋いでいた。
巨イナル一から力の供給を受けられなくなったオルディーネに自身の魔力を供給するためであったが、その回路を通じてリィンの力がローゼリアに逆流したのではないかとエマは説明する。
「騎神の眷属化の影響が、オルディーネとパスで繋がっていたローゼリアにも影響を及ぼしたと言う訳か」
なるほど、とエマの説明に納得した様子を見せるリィン。
ローゼリアは人間のように見えるが彼女の身体はマナで構成されており、その本質は幻獣に近い存在と言っていい。
多くの力を消費し消滅しかけていたところに、溢れんばかりの霊力の供給を受けたのだ。
嘗て使い魔に過ぎなかった彼女が先代の魔女の長から力と記憶を継承し、聖獣へと進化したように――
オルディーネを通して流れ込んだ大量の霊力が、彼女の身体を構築する霊体の構成を組み替えたのだろう。
その証拠に――
「まあ、いいじゃないか。お陰で〝全盛期〟の力と姿を取り戻すことが出来たんだから」
ローゼリアの姿は幼い少女ではなく、本来の姿である大人の姿へと変化していた。
いまの彼女からは、ヴィータと並んでも見劣りしないくらい大人の色香が滲み出ている。
これで少なくとも見た目を理由に子供扱いされることはないだろう。
以前も霊力に満ちた場所であれば、短い時間であれば元の姿に戻ることは出来た。
しかし、こうして大人の姿のままでいられるのは、明らかにリィンの眷属となった影響と言って良いだろう。
「ぐぬぬぬ……確かにそこは感謝しておるが……」
ローゼリアも本来の姿を取り戻せたのは、リィンのお陰と言うことは理解しているのだろう。
それに力を使い果たして消滅しかけていたところを狙ってやったことではないとはいえ、命を救われたのだ。
少なからず、彼女も心の内ではリィンに感謝していた。
とはいえ、元々は使い魔であったとはいえ、いまになって再び使い魔的な立場に置かれるとは思ってもいなかったのだろう。
頭では理解していても納得が行くかと言うと別の話であった。
「エマ、眷属の契約っていうのは破棄できるのか?」
「出来る出来ないでいえば、可能です。ただ、そうすると……」
以前の子供の姿に戻ることになると、ローゼリアに視線をやりながらエマはリィンの疑問に答える。
それに今のローゼリアは失った力の大半を、リィンから供給された霊力で補っている状態だ。
いまの状態で眷属の契約を破棄すれば、身体にどのような影響を及ぼすか想像もできない。
供給された霊力が身体に残ればいいが、最悪の場合は――
「ああ、もう! 妾が悪かった! ちょっと愚痴を溢したかっただけじゃ、いまのままで問題ない!」
エマが何を言わんとしているかを察して、ローゼリアは観念した様子で降参を宣言する。
自分の身体のことは自分が一番よく分かっている。
子供の姿に戻るだけならまだいいが霊体の構成を組み替え、本人の意思を無視して無理矢理に眷属化するほどの力だ。
いま契約を破棄すれば、肉体だけでなく魂にもどのような影響を及ぼすか分からないというのはローゼリアも理解していた。
下手をすれば、巨イナル一との関係を断たれたことで消滅しかけていた騎神と同じ道を辿りかけない。
ローゼリアとて、別に死に急ぎたい訳ではないのだ。
「まあ、必要なことがあれば〝お願い〟することがあると思うけど、基本的には今まで通りに生活して構わない」
「……普通は〝気にするな〟とか〝自由にしていい〟とか言うところじゃろ?」
「経緯はどうあれ、俺は使えるものは使う主義だ。〝力〟の対価として考えれば、安いものだろ?」
リィンにそう言われれば、ローゼリアは唸ることしか出来ないのであった。
◆
「必要なことがあれば、と言っておらなんだか?」
「いまが、その〝必要〟な時だ。〝アイツ等〟を放って置けないのは、お前も同じだろ?」
言いくるめられている気がしながらも、しぶしぶと言った様子でリィンの話に頷くローゼリア。
まだ完全に納得が行っていなくとも、リィンの眷属となったことに違いはない。
それにイシュメルガや地精のことは、魔女の長としても責任を感じているのだろう。
「正直に答えてくれ。いまのお前は完全に力を取り戻したと考えていいのか?」
リィンの問いに対してどう答えたものかと、調子を確かめるように全身に魔力を巡らせるローゼリア。
魔力の消耗を抑えるために子供の姿を取らずとも、溢れんばかりの魔力が身体の奥底から湧き上がってくるのを感じる。
いまなら全力で何時間、何日でも体力の続く限り戦っていられるだろう。
「全盛期以上じゃな。正直、自分でも驚いておるくらいじゃ」
故に驚きを隠せない様子で、まだ少し納得が行かないと言った顔でローゼリアはリィンの質問に答える。
大地の聖獣であるアルグレスを眷属にした時には驚かされたが、自分がリィンの眷属となった今だからこそ分かる。
そもそも普通の人間が神に等しい至宝の力を取り込んで無事でいられるはずがない。
その時点で〝気付くべき〟だったのだと――
(霊的な繋がりを得た今だから分かる。此奴は……正真正銘の〝化け物〟じゃ)
聖獣ですら持て余すほどの力が、ローゼリアの全身には溢れていた。
油断をすれば、漏れ出た魔力が暴走しかねないほどの力がだ。
だと言うのに、リィンの身体からは少しも魔力が漏れ出ている痕跡はない。
ローゼリアを超えるほどの魔力制御を身に付けていると言う訳ではないだろう。
実際、ローゼリアの目から見てもリィンに〝魔術〟の才があるとは微塵も思えなかった。
それは即ち至宝の力ですら、リィンの〝器〟を満たすには至っていないと言うことを示唆していた。
そもそも上位の魔女であっても、使い魔を何体も使役することは難しい。
使い魔を使役するには魔力が必要で、存在の格――自身の器を超える強力な魔獣や幻獣を使役することは出来ないからだ。
普通は犬や猫と言った動物や下位の魔獣を使役するくらいが限界で、聖獣を眷属にできる人間など存在しないと言って良いだろう。
リィンが規格外に強いことは分かっていたつもりだが、それでもまだ認識が甘かったことをローゼリアは痛感させられていた。
ただ強いと言うだけでは説明のつかない力。本当に人間であるのかも疑わしい、と――
「御主、人の皮を被った悪魔ではあるまいな?」
「なにをサラっと失礼なことを聞いてやがる。んな訳ねえだろ」
否定するリィンに、それでは説明が付かないとローゼリアは疑惑の視線を向ける。
教会の聖典に記された七十七の悪魔を束ねる魔王の一柱であると言われても信じてしまうほどの力が、リィンにはあると考えているからだ。
いや、もしかするとそれでも足りないかもしれないと――
とはいえ、
「それよりさっきの話の続きだが、全盛期以上の力を得たってことは可能なのか?」
「可能じゃ。この要塞から生きた人間を全員〝転位〟させることくらい造作もない」
簡単な魔術とは言わないが、自分では転位も使えないとなると宝の持ち腐れと言っていい。
ローゼリアに頼らずともリィンほどの力があれば、万を超える人々を遠く離れた地に転位させることも不可能ではないからだ。
それだけに惜しいとローゼリアは考える。
(いや、逆か。自身でも把握しきれないほどの膨大な力を持つが故に、簡単な魔術も使えないというのであれば合点が行く)
魔術の発動に必要なのは、魔力のコントロールと自身の力を正確に把握することだ。
十の魔力が必要な魔術に百の魔力を込めたところで、威力が十倍になる訳ではない。
発動せずに不発に終わるか、込められた魔力がカタチをなさないまま暴発するだけの話だ。
恐らくアーツも満足に使えないのは、同じ理由からだとローゼリアは推察する。
アーツを発動するために無意識に注ぎ込んだ力が、オーブメントの駆動に必要な力を大きく上回っているのだ。
文字通り〝過負荷〟を起こすことでオーブメントの安全装置が働き、アーツの発動をキャンセルしてるのだと――
リィンが得意とする異能。彼が編み出した〈オーバーロード〉と言う技は、その力の過負荷を利用した錬成術なのだろう。
力任せに物質の構造を組み替える技。錬金術と似て非なる技。神の御技に近しい〝創造〟の領域にある奇跡。
だからゼムリアストーンのようにマナとの融和性が高く、高い強度を持つ武器でなければ変化に耐えられないのだ。
「なら、早速はじめてくれ。この様子だと、ここも長くは保ちそうにない」
「それは構わぬが、御主はどうするつもりじゃ?」
「決まってるだろ? まだ〝決着〟はついていないからな」
と話すリィンに、ローゼリアはすべてを悟った様子で頷く。
イシュメルガ――そして、ゾア=ギルスティンとの決着をつけるつもりなのだと――
手を貸したいところではあるが、足手纏いにしかならないと言うことはローゼリアも自覚していた。
以前、リィンと戦って完膚なきまで敗北しているからだ。
全盛期の力を取り戻したと言っても、あの時のリィンも〝本気〟ではなかった。
それが分からないほど、ローゼリアは未熟ではない。
「精霊の道を開くのは妾がやる。エマ、ヴィータ。御主たちは逃げ遅れた者たちがいないか探ってくれ」
「はい、お祖母ちゃん」
「任せて頂戴」
ローゼリアたちが脱出のための準備を始めたのを見届けて、リィンは再びヴァリマールに乗り込む。
そして要塞内の気配を探り、戦いが激しさを増す――シャーリィのもとへと向かおうとした、その時だった。
銀の騎神が行く手を遮るように目の前に立ち塞がったのは――
『……どういうつもりだ?』
真意を確かめるべくヴァリマールの操縦席から通信を使い、アリアンロードに理由を尋ねるリィン。
彼女は結社の人間だが、同時に槍の聖女リアンヌ・サンドロットでもある。
イシュメルガを滅ぼすと言う意味で、アリアンロードとリィンの目的は一致している。
本気で邪魔をするつもりがないことは、戦闘の意思が感じられないことからも分かる。
だからこそ、アリアンロードの行動が気になったのだ。
『これを……』
通信越しに返ってきた言葉と共にアリアンロードが差し出したのは、銀色に輝くランスだった。
機体と同じゼムリアストーンで作られたアルグレオンの専用武器。
武人である彼女にとっても、自身の半身とも言える大切な武器のはずだ。
それを差し出した意味をリィンは考える。
『邪魔をするつもりはありません。ですが、せめて近くで見届けさせてください。そのためなら――』
すべてを差し出す覚悟があると、アリアンロードは告げる。
大切な武器を差し出したのは、その覚悟の表れなのだろう。
それが愛する人のために、ずっと孤独な戦いを続けてきたアリアンロードの――
リアンヌ・サンドロットの願いであり覚悟なのだと、リィンは受け取る。
『ついてくると言うのなら止めるつもりはない。だが、俺は使えるものは何でも利用する主義だ』
『構いません。彼の者を滅ぼすためなら、あなたの望むものは何でも差し上げます。この身さえも――』
その言葉に偽りはないと無条件で信じられるほどに、真摯な思いが彼女の言葉には込められていた。
命を差し出せと言えば、彼女は喜んで死を選ぶだろう。それだけの覚悟を決めていると言うことだ。
いや、元より命を懸ける覚悟だったことは、イシュメルガの不意打ちからリィンを庇ったことで証明されている。
『で? お前はどうするんだ? ――クロウ』
『どうするも何も……俺の助けなんていらないだろう? それに……』
こっちはとっくに限界だと、リィンの問いにオルディーネに身体を預けながらクロウは答える。
確かにオルディーネの霊力は回復したが、クロウは不死者ではなく生身の人間だ。
死と隣り合わせの極限状態の中、連戦を繰り広げることで体力はとっくに限界を迎えていた。
気力でどうにか耐えているような状態だ。気を抜けば意識を失いそうなほど、いまのクロウは疲弊していた。
そのことにリィンが気付いていないとは思えない。
『……お前、分かってて聞いてるだろ?』
『ああ、だが〝根性〟だけは認めているつもりだ』
分かっていて言っているのだと、クロウはリィンの真意を悟る。
素直ではないが後のことは任せると、エマたちのことを頼むと言ってるのだと――
『船を守ったことと足止めの件で、内戦の借りは返した。だから、ここから先は〝貸し一つ〟だ。借り逃げは許さねえからな』
内戦の借り――ヴァルカンたちのことを言っているのだとリィンは察する。
確かに仲間の命を守っただけでなく、儀式に必要な時間を稼いだと言う意味では恩を返したと言えるだろう。
むしろ、リィンは今回のことでクロウに借りを作ったと思っているくらいだった。
それほどに、クロウが命懸けで稼いだ時間は大きいと考えているからだ。
『大きな借りになりそうだ。だが、安心しろ。すぐに何倍にもして返してやるさ』
だからこそ、この約束だけは絶対に違えるつもりはなかった。
受けた〝借り〟は何倍にもして返す。
それが養父から学んだリィンの矜持だからだ。
借りもそうだが、貸したままで終わらせるつもりもない。
『いくぞ、この戦いを終わらせに――アリアンロード……いや、リアンヌ』
敢えて本来の名で呼び直すリィンに、アリアンロードの瞳には嘗ての情景が甦る。
ドライケルスと共に最後の戦いに赴いたあの日の姿が――
リィンとドライケルスは違う。
そうと分かっていても若き日のドライケルスの面影を感じるほどに、よく似ていたからだ。
やはり本人は否定していても、彼にはギリアスと同じ血が流れていると言うことなのだろう。
故に今だけは――
『イエス・マイロード』
結社の盟主に心の中で謝罪しながらも――
槍の聖女リアンヌ・サンドロットは、敬愛する〝灰の主〟に頭を垂れるのであった。
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