『……団長さん、やっぱり気付いてたんだ』

 ゾア=ギルスティンとの会話を聞いていたのだろう。
 通信越しに聞こえてきたレンの呟きに、リィンは「そういうことか」と合点が行ったという表情を見せる。
 レンがアリサたちと一緒に行かず、ここに残ろうとした理由を察したからだ。

「はあ……お前の様子がおかしかったのは、そういうことか」
『ごめんなさい。実は――』

 要塞の地下でホムンクルスの研究施設を発見したまでは良かったが、シリンダーの中で眠っていたトワが目覚めると同時にグールの群れが襲ってきたのだとレンは話す。
 アルター・エゴで殲滅しようとしたが、周囲を気に掛けながらの戦闘では全力がだせず防戦一方を強いられた。
 そこでアルター・エゴが全力をだせるように、ジョルジュの先導で一時撤退を試みたのだと言う。

「ジョルジュ? ここにジョルジュ・ノームも来ていたのか?」
『ああ……おばさ……ベルから何も聞いてない?』
「あいつ……全部お見通しで黙ってやがったな」

 要塞内のことはベルよりもジョルジュの方が詳しい。
 だからジョルジュの案内で転位陣を使って撤退を試みたのだが、その先で〝アレ〟が起きたとのことだった。

「あれって、まさか……」
『団長さんの予想通り〝同化〟現象よ』

 ジョルジュにとっても想定外だったようで、転位座標も大幅にずれていたらしい。
 恐らくはゾア=ギルスティンの持つ剣が自分と同じ波長を持つ人間――アルティナを呼んだのではないかと言うのがベルの推察だった。
 そして、同化と思しき現象が起きた。
 アルティナの全身が光に包まれたかと思うと、ゾア=ギルスティンの剣に吸い込まれるように姿を消したのだと言う。
 恐らくはタイミングから考えて、ヴァリマールの進化が完了した直後のこと――
 クロウとローゼリアの前からゾア=ギルスティンが消えて、姿を確認できなかった僅かな間の出来事だとリィンは察する。

「キーアとジョルジュはどうした?」
『避難させたわ。さすがに、この先の戦いにはついていけそうにないから』

 特にキーアは不思議な力を持っていると言うだけで、身体的には普通の子供と変わりがない。
 ジョルジュに頼んで先に避難させたのだというレンの話に、正しい判断だとリィンも納得した様子で頷く。
 そんな中――

『相談は終わったか?』

 会話に割って入ってきた声に、リィンとレンは驚きを見せる。
 これまで一度も口を開くことのなかったゾア=ギルスティンの起動者が声を発したからだ。


  ◆


「やっと喋る気になったか――〝リィン・シュヴァルツァー〟」

 聞き覚えのある声にリィンは確信を得た様子で、ゾア=ギルスティンの起動者の名を口にする。
 リィン・クラウゼルではなくリィン・シュヴァルツァー。
 それは本来の歴史で、シュヴァルツァー男爵家の養子となったリィンの名前。
 この世界とは異なる〝もう一つ世界〟のリィンのフルネームだった。

「ということは、やっぱりその剣の正体はアルティナであっているみたいだな」
『ああ……お前の想像通りだ』

 リィンの問いを、もう一人のリィンは肯定する。
 もはや隠す気もないと言った様子で――
 いや、最初から彼は何一つ隠す気はなかったのだろう。
 リィン・クラウゼルが本当に〝この世界〟の自分なら、自分たちの正体に気付くはずだと分かっていたからだ。

『〈根源たる虚無の剣〉――それが、その剣の名前よ』

 命を代償とすることで生み出された魂の剣。聖獣を〝殺す〟ことが可能な剣。
 それが、OZシリーズ――アルティナやミリアムが生み出された理由だと、レンは説明する。

『研究所の資料を一通り見させて貰ったわ。団長さん……じゃないわね。もう一人のお兄さん、なんて呼べばいいかしら?』
『好きに呼べば良い。しかし、そうだな……呼び方に悩むようなら〝オルタ〟とでも呼べばいい』

 オルタ――恐らくはオルタネイティブの略で、もう一人のリィンと言う意味を含んでいるのだろう。
 確かに別の世界のリィンと言う意味では、オルタという表現は非常によく当て嵌まっている。
 アルティナの命を対価に生み出された剣。だからこそ、この世界のアルティナとあの剣は引かれ合ったのだろう。
 そしてマクバーンの時のように〝同化〟現象が起きたと言う訳だ。
 しかし、そんな話をレンから聞かされてもリィンは驚いた様子を見せない。
 それもそのはずだ。そもそもアリサたちにトワのことを任せて自分だけが要塞に残ったのは、ゾア=ギルスティンの起動者の正体に気が付いていたからだ。
 もしゾア=ギルスティンの起動者の正体が想像通りの人物なら、この世界へ帰還するために〝目印〟とするのは自分である可能性が高いとリィンは考えていた。
 そして、予想していた通りの展開となった訳だ。
 ただ一つだけ、リィンも読み間違えていることがあるとすれば――

『それと、一つ勘違いを正しておこうか。イシュメルガは同化に失敗した訳ではない、と』
「……なに?」

 それはイシュメルガのことだった。
 イシュメルガが巨イナル一の力を得るために、ゾア=ギルスティンをこの世界に召喚したことは分かっている。
 しかし同化に成功していたのなら、イシュメルガがテスタロッサを襲った理由に説明が付かない。
 どういうことなのかと怪訝な表情を浮かべるリィンに、オルタは説明を続ける。

『七の相克で敗れた後も〝俺たち〟に付き纏っていたイシュメルガの思念は、この世界のイシュメルガと同化を果たした。逆に言えば、そのお陰で俺たちは〝自由〟になれた訳だ。一時期に、だがな』

 ――そういうことかと、オルタの話に納得した様子を見せるリィン。
 戦いに敗れ、相克によって吸収された後もオルタの世界のイシュメルガは完全に消滅することなく、ゾア=ギルスティンに取り憑いていたのだろう。
 そして、アルベリヒたちの読み通りにイシュメルガはオルタの世界のイシュメルガと同化を果たした。
 しかし、それは彼等の望んでいた結果とはならなかったと言う訳だ。

 黒の騎神が相克によって勝利していれば結果は違ったのだろうが、オルタの世界で勝利したのは黒ではなく灰の騎神だった。
 そして相克によって敗れたイシュメルガの残滓とでも呼ぶべき存在が、ゾア=ギルスティンに取り憑いていたと言う訳だ。
 しかし、この世界のイシュメルガと同化することで、ゾア=ギルスティンはイシュメルガの思念から解放された。
 原因は恐らくゾア=ギルスティンに取り憑いていたイシュメルガの精神は残留思念のようなもので、この世界のイシュメルガよりも相当力が弱っていたのだろう。
 だからイシュメルガの想定と逆の現象が起きたと言う訳だ。
 しかし、その程度のことでイシュメルガが大人しく諦めるとは思えない。
 それに今は感じ取れないが、確かにゾア=ギルスティンからはイシュメルガの気配が漂っていたのだ。
 黒い瘴気を帯びていた剣が、輝きを取り戻した理由。そこから推察できることは一つしかなかった。

「お前、俺たちを利用したな?」

 最初からゾア=ギルスティン――オルタは、イシュメルガを自分たちに殺させるつもりだったのだとリィンは推察する。
 自分では殺せないから、イシュメルガの始末をリィンたちに押しつけたと言う訳だ。

『否定はしない。一時的に追い払うことに成功したが、ゾア=ギルスティンや俺にもイシュメルガの影響は残っていた。あのまま放って置けば、再び取り憑かれる可能性は高かったからな。しかし、奴は焦っていた。のんびりと機会を窺う余裕がないほどに――』

 そして、奴は賭けにでたのだとオルタは話す。
 しかし、シャーリィとテスタロッサを甘く見た結果、イシュメルガは自滅することになる。
 情けない最期だが、ある意味で納得の行く話でもあった。
 グレイボーン連峰の地下深くに隠されていた地精の工房でリィンは一度イシュメルガと対峙しているが、ヴァリマールと比べても精神的に〝幼い〟と感じていたからだ。
 黒は七体いる騎神の中で最強と言われてるが、そもそも誰も黒の騎神が戦闘しているところを見たことがないのだ。
 この千年、ただの一度も表舞台にでたことのない騎神だ。その実力を知っている方がおかしい。
 実際には弱いと言うことはないだろう。相応の力を持っていることは間違いないはずだが、そもそも騎神は起動者抜きでは本来の性能を発揮することが出来ない。
 起動者にとって騎神が必要なように、騎神にとっても起動者は不可欠な存在なのだ。
 しかしイシュメルガは表舞台に姿を見せなくなってから、一度も自身の起動者を選んでいない。
 最強の騎神には最強の起動者が相応しいとかそんな理由からかもしれないが、ドライケルスに拘っていたのも黒の騎神の力を完全に引き出せるのは彼以外にいないと確信していたからだろう。
 ようするにイシュメルガは起動者を育てるという考えも、起動者と共に成長するという考えも最初から持ち合わせていなかったと言うことだ。
 その結果、イシュメルガ自身も成長することなく、自分で自分の可能性を潰してしまったと言う訳だ。
 リィンがヴァリマールと比べて幼いと感じたのは、イシュメルガのそうしたところを感じ取ってのことだろう。
 だからこそ、想定外の事態に弱い。焦りとリィンに対する恐怖から、賭けに近い行動にでたのも頷ける話だった。

「なら、目的は果たしたと言う訳だ。それでも、やるのか?」
『お前たちには感謝している。それでも、この戦いは避けられない。それはお前も感じているはずだ』

 オルタが何を言わんとしているのかはリィンも理解していた。
 アルティナに同化現象が起きたと言うことは、リィンにも同じ現象が起きても不思議ではないからだ。
 それに――

『アルティナを助けたければ、俺を倒すしかない』

 既にアルティナは〈暁の旅団〉の一員だ。
 団員たちをただの仲間ではなく家族だと公言しているリィンにとって、アルティナを見捨てるという選択肢はなかった。
 オルタもリィンが仲間を見捨てて、戦いから逃げるような人間ではないことは分かっているのだろう。
 異なる歴史を辿った存在と違えど、同じリィンであることに変わりは無いからだ。

「勝った方の総取りと言う訳だ。確かに悪い話じゃない」

 恐らく負けた方が勝った方の〝糧〟になる。
 騎神と騎神の戦い――相克と同じことが自分とオルタの間にも起きる予感がリィンの中にはあった。
 以前、リィンは並行世界に飛ばされた際、使えないはずの八葉の技を模倣したことがあった。
 戦術リンクを通して感じたあの時と同じ感覚が、リィンの中にはあったからだ。

「〝シュヴァルツァー〟ってことは使えるんだろ? 八葉の技を――」

 前から一度学んでみたかっただけに丁度良い、とリィンは笑みを浮かべる。
 高みから見下ろすようなリィンの物言いに、不快感を顕わにするオルタ。
 体験しただけで学べるほど、武術の真髄は甘くない。
 幼き日から厳しい鍛練を続け、生死の境を彷徨うな実戦を幾度も乗り越えて、ようやく彼も〝剣聖〟の領域に達したのだ。
 リィンの言葉は八葉だけでなく、武術そのものを貶められるような発言に感じたのだろう。

『歩んできた歴史が違うだけで〝根っ子〟は同じはずだと思っていたが、どうやら違ったようだ』
「当然だ。俺は〝猟兵王〟の名を受け継ぐ者――甘ったれの貴族のお坊ちゃんと一緒にするな」

 挑発したのは自分が先とはいえ、男爵家のことまでバカにされてオルタは怒りを顕わにする。
 一方でオルタの放つ殺気を受け流しながら、それでいいとリィンは好戦的な笑みを浮かべる。
 男爵家に育てられた本来の歴史のリィンが、どう言う結末を迎えたのかまではリィンにも分からない。
 それもそのはずだ。リィンが持つ原作知識は内戦の終結までで、その後のことは何も知らないからだ。
 だからこそ、気になるのだろう。
 リィンの名を持つ者として、一人の戦士として――
 もう一人の自分がどれほどの高みに至ったのかと――

『八葉一刀流・奥伝、リィン・シュヴァルツァー』
「暁の旅団団長、リィン・クラウゼル」

 互いに名乗りを挙げると同時に、一気に間合いを詰める二人。
 雷鳴の如き剣戟が響く中、異なる歴史を歩んだ二人のリィンの戦いが幕を開けるのであった。



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