(頭に血が上っているかと思えば誘いにも乗ってこず、こちらの動きを冷静に見極めてやがる)
さすがに八葉一刀流の使い手――剣聖クラスの達人だと、リィンはオルタの実力を認める。
これまでの戦いでリィンも腕を上げているが、剣の達人と技で競えるほどの技量は今のリィンにはない。
ましてや八葉一刀流はオーレリアやヴィクターの〝剛〟を軸とする剣技と違い、技の多彩さとスピードに重きを置いた流派だ。
後の先を取ることに長け、敵を力でねじ伏せると言うよりは〝技〟で有利な展開に持っていくと言った戦い方を得意としている。
言ってみればスピードやパワーで劣っているからと言って、それが勝敗を左右する決定的な差とはならないと言うことだ。
『威勢が良いのは口だけか!』
退路を断つかのように先を読んだ動きで連撃を放ち、オルタは徐々にヴァリマールを追い込んでいく。
一方でリィンは攻撃を捌くのに精一杯で、反撃の糸口を掴めないでいた。
それもそのはず。生身での戦いならいざ知らず、ヴァリマールとゾア=ギルスティンのスペックに大きな差はない。
となれば、技量で勝るオルタの方が優勢なのは自明の理だった。
「確かに想像以上だ。もしかするとカシウス・ブライトよりも上かもしれない」
いや、間違いなくオルタの方がカシウスよりも強い――と、リィンは確信していた。
それどころか、オーレリアやヴィクターですら勝てないと思えるだけの実力をオルタは備えていた。
まさに剣聖の名に恥じない実力だ。その上――
「惨ノ型――業炎!」
真正面から振り下ろされたゾア=ギルスティンの炎を纏った一撃を、ヴァリマールは同じくアロンダイトに炎を纏わせることで受け止める。
せめぎ合う炎を前に、レーヴァティンが通用しなかった理由をリィンは悟る。
リィンが〝王者の法〟という奥の手を持つように、オルタも同じような奥の手を持っているのだと確信したからだ。
恐らくそれこそが――
「それが〝神気合一〟って奴か」
――神気合一。言ってみれば、内なる力を一時的に引き出す技だ。
誰にでも出来る芸当ではないが、オルタの場合は〝鬼の力〟がこの技に目覚めた原因の一つなのだろう。
しかも、いまのオルタは至宝の力を引き出すための技として、神気合一を完全に使いこなしていた。
恐らくは騎神抜きでの戦いでも、リィンと互角に近い戦いが出来ると思わせるほどに――
『何故それを……』
「さて、どうしてだろうな?」
『ぐ――ッ!』
力任せに弾き飛ばされ、はじめてオルタの口から悲痛な声が漏れる。
ダメージはたいして負っていない様子だが、まさか八葉の技を正面から受け止められた挙げ句、弾かれるとは思っていなかったのだろう。
騎神のスペックは互角。そして神気合一によって、起動者の身体能力も差はほとんど埋まっている。
なら武術を学び、剣の技量で勝るオルタの方が優勢なのは間違いないはずだからだ。
「お前が剣士であるように、猟兵には猟兵の戦い方がある。いつ、俺が〝底〟を見せたと思った?」
ヴァリマールの姿がオルタの視界から消える。
驚きに目を瞠りながらも神経を集中し、攻撃に備えるオルタ。
そして――
『多少はスピードが増したようだが、その程度なら――』
八葉一刀流・弐ノ型、疾風。
八葉の技の中でも特にスピードに特化した神速の技を繰り出すことで、オルタはリィンを迎え撃とうとする。
だが、
「甘いのは〝お前〟の方だ」
『な――がッ!』
ゾア=ギルスティンの繰り出した神速の一撃は宙を切り、まったく予期しなかった方角からの攻撃に弾き飛ばされる。
予想を外したばかりか、目で捉えることすら出来なかったヴァリマールの動きに困惑を隠しきれない様子を見せるオルタ。
しかし考える隙を与えまいと、リィンは更に追撃を繰り出す。
『――ぐッ!?』
今度は辛うじて対応して見せるも再び弾き飛ばされ、地面を転がるゾア=ギルスティン。
土埃に塗れ、少なくないダメージを負いながらもオルタは必死に考える。
隠していた力に差があったのだとしても、幾らなんでも間合いを読み違えるのはおかしいと感じたからだ。
姿は見えずとも気配を感じることは出来る。
なのに間合いを読み違えると言うことは、何かしらの〝タネ〟があるはずだと――
敢えて視界を閉じることで気配を読むことに意識を集中させるオルタに、三度目の攻撃を仕掛けるリィン。
しかし、
『そういうことか』
再び視界の外から放たれたヴァリマールの一撃を、ゾア=ギルスティンは大袈裟なほど大きく跳躍することで回避する。
「気付いたみたいだな。さすがに三度は騙されてくれないか」
リィンのオーバーロードは武器の形状や属性を変化させる技だが、何も槍や斧に姿を変えるだけの技じゃない。
その気になれば、瞬間的に――攻撃を放つ瞬間にだけ、刀身の〝長さ〟や〝大きさ〟を変化させることも出来る。
実際には〝出来るようになった〟と言う方が正しいだろう。
以前のリィンであれば、そこまで精密な力のコントロールは出来なかった。
しかし最小限の反動で〝王者の法〟を自在に発動できるようになった今なら、こんな芸当も可能ということだ。
武術の達人ほど相手の攻撃をギリギリで見極め、最小限の動きで回避しようとする傾向がある。
そうすることで隙を生じさせ、反撃に移る時間を短縮することが出来るからだ。
そうした達人の習性をリィンは利用したと言う訳だ。それに――
「これは剣術の試合じゃないんだ。勝つために使えるものは、なんだって使わないとな」
ヴァリマールの姿が陽炎のように揺らぐ。
これが、オルタがヴァリマールの姿を見失った理由だった。
熱で光を屈折させることで、ヴァリマールの姿を捉えにくくしているのだ。
これはユグドラシルに搭載されているステルス機能を、リィンの異能で騎神に応用したものだった。
完全に姿を消すことは出来ないが、それでも姿を捉えにくくなるだけで十分な効果がある。
オーバーロードとの併用でオルタが騙されたように、間合いを狂わせることは可能だからだ。
とはいえ、
「同じ手はもう通用しそうにないな」
超一流の達人であれば、何度も同じ手を見せれば対応されてもおかしくない。
実際オルタは三度目にして、リィンの攻撃を見抜いてみせた。
「今度は別の手でいかせてもらう」
そう言って、リィンはアロンダイトの形状をライフルに変化させる。
先程も言ったように、これは剣術の試合ではない。命の奪い合いだ。
なら、剣での戦いに拘る必要はないというのが、リィンの――猟兵の戦い方だった。
「さあ、お前の〝底〟を俺に見せてみろ。リィン・シュヴァルツァー」
空に飛び上がると同時にゾア=ギルスティンに狙いを定め、引き金を引くヴァリマール。
天を裂くような銃声を合図に勝者が敗者を喰らう――運命の第二幕が開けるのだった。
◆
同じ頃――
「リィンさん……!」
アルティナは〝剣〟の内面世界で、ヴァリマールとゾア=ギルスティンの戦いを見守っていた。
外の状況を知ることは出来るが、こうして見守ることしか許されない状況にアルティナはもどかしさを覚える。
それだけに――
「いい加減に私を解放してください」
まるで鏡でも見ているかのように、自分と瓜二つの姿をした少女に怒りをぶつける。
しかし、そんなアルティナの叫びを〝少女〟は首を横に振ることで否定する。
こんなにも苛立っているのは、何も出来ないもどかしさだけが理由じゃないとアルティナは気付いていた。
無機質な表情に人形のように感情の籠もっていない受け答え。
目の前の少女は、まるで昔の自分を見ているかのようだと感じたからだ。
「……結局、あなたは何がしたいのですか?」
もはや、何度目になるのかも分からない問答が繰り返される。
しかし、アルティナの質問に少女は何も答えない。
こんなやり取りが何度も、何度も繰り返されてきた。
少女の姿はアルティナと瓜二つと言っていい。
この少女が異なる歴史を辿った並行世界の自分だと言うことは、アルティナも理解していた。
しかし、だからこそアルティナは少女と自分が〝同じ存在〟だと認めることは出来なかった。
「私は〝人形〟とは違う! いい加減に諦めて解放してください!」
それこそが、アルティナが少女を認められない理由であった。
昔の自分を見ているようだと感じるからこそ、少女を受け入れることが出来ない。
それはアルティナに芽生えた〝人〟としての感情が、少女を拒絶しているのだろう。
しかし、
「どうして、そんな顔を……」
アルティナの心からの叫びに反応してか?
これまで少しも反応を見せることのなかった少女の表情に変化が現れる。
どこか悲しげで、憂いを帯びた表情。
本当にただの〝人形〟であるなら見せないはずの顔――
「それでは、まるで……」
人形ではなく人間のようではないかと口に仕掛けたところで、アルティナは自分が大きな勘違いをしていたことに気付く。
少女は感情がないのではなく、だせないのではないか?
質問に答えないのではなく、答えられないのではないか?
何故そう思ったのかは分からないが、少女が感情を表にだせない理由がアルティナには察することが出来た。
「……もう、限界が近いのですね」
感情がないのではなく消えようとしている。
精神が摩耗し、目の前の少女の〝心〟は壊れかけているのだと、アルティナは察する。
どうしてそうなったのか、理由を尋ねなくともアルティナには少女が何をしたのか分かる気がした。
恐らくはイシュメルガからリィンを守るために、たった一人で〝呪い〟の浸食を食い止めていたのだと――
それならイシュメルガに取り憑かれていたと言うのに、もう一人のリィンが無事であった理由にも説明が付く。
それに――
(虚無の剣を錬成する条件は確か……)
根源たる虚無の剣――聖獣を殺すためにアルベリヒが創造を試みた魂の剣。
アルティナやミリアムを始めとしたOZシリーズのホムンクルスたちは、そのために生み出された存在であった。
しかし、誰もが〝剣〟になれる訳ではない。
本物の人間と見紛うほどに感情豊かに成長したホムンクルスのみが、その魂を剣へと昇華できる。
感情を持たない人形では、命を捧げたところで剣へと至ることは出来ないと言うことだ。
その事実からも感情がないのではなく、表にだせないほどに魂が摩耗しているのだと察することが出来る。
「まさか、あなたの望みは……」
少女がどうしてこんな真似をしたのか?
この場所に自分を招いたのか、すべてをアルティナは理解する。
「消えてしまう前に、伝えたいことがあるんですね。あの人に……」
そんなアルティナの問いに、少女は微かに笑顔を見せながら首を縦に振る。
残された僅かな感情だけでなくリィンに対する想いも、記憶も、何もかもが消えてしまう前に――
少女は――もう一人の自分は生きた証を残そうとしているのだと、アルティナは悟った。
「分かりました」
見過ごせるはずがなかった。
目の前の少女は自分と違う。そうと分かっていても少女の立場を自分に置き換えると、このまま見捨てることなど出来なかったからだ。
せめて、少女の最後の想いが彼に通じることを祈って――
「あなたの〝記憶〟と〝想い〟は私が受け継ぎます」
アルティナは決意を固めるのだった。
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