「その顔、図星だったみたいだな」

 アリオッチの反応を見て、リィンは確信を得る。
 庭園と教団に関係があるという推察は、あくまでリィンの〝勘〟でしかなかったからだ。
 確証があった訳ではない。しかし、これまでに得た情報や自身の体験から教団の影が脳裏にちらついたのだ。

姿無き厄災(インビジブルテンペスト)って、お前のことだろ?」

 その名はゼムリア大陸東部で噂になっていた。
 一切の目撃者も残さず、遭遇した敵を殲滅する厄災の如き魔人。
 東方人街の魔人として畏れられる銀と同様、百年以上も前から活動が確認されている伝説的な存在。
 ――姿無き厄災。誰もその正体を知る者はいなかったが、アリオッチのことだとリィンは推察する。

「……随分と物知りじゃねえか」
「古巣に東方の出身がいてな。噂を耳にしたことがあっただけだ」

 嘗ての古巣――西風の旅団にいた頃のことを思い出しながら、リィンはアリオッチの問いに答える。
 猟兵王ルトガー・クラウゼルの片翼と知られ、破壊獣の異名を持つ高ランクの猟兵レオニダス。
 大陸中東部出身の彼から聞かされた話と言うのが、姿無き厄災のことだった。
 レオニダス本人は遭遇したことはないそうだが、実際に犠牲者はでている。
 そのことからレオニダスも正体を特定しようと、故郷の戦士たちと共に調査に乗り出したことがあったらしい。
 しかし結局は正体を掴めないまま歳月だけが過ぎ、西風の旅団に入る切っ掛けとなった事件が起きたことで有耶無耶となってしまったと言う話だった。
 だが、調査の過程で知り得た情報をリィンはレオニダスより耳にしていた。
 相手は少なくとも魔獣の類ではなく〝人間〟であると言うこと。
 現場に残された痕跡や遺体の傷から斧のような武器を使ったのではないかと、レオニダスは推察していた。

「百年以上も前から活動が確認されている存在だ。本来であればありえない話だと切り捨てるところだが、大方その槍斧と鎧の呪いで不死者となったってところか」
「ご明察だ。俺は神聖皇国の生まれだからな」
「……イスカ神聖皇国。百三十年前に滅亡したとされる超大国か」

 イスカ神聖皇国の生まれだと聞いて少し驚くも、リィンは納得した様子を見せる。
 普通は信じられないような話だが、アリアンロードという前例を考えればありえない話ではないからだ。
 それにリィンも、既に人間とは呼べない領域に足を踏み入れた存在だ。
 不死身と言う訳ではないが、人間を超越した不死者に近い存在となっていることはリィン自身も感じていた。

「だが、それだけじゃ庭園と教団の関係を見抜けないはずだ。どうして分かった?」

 アリオッチの正体を見抜いたところで、そのことと教団は関係がない。
 あくまで彼が不死者となったのは遺物の呪いによるもので、教団とは関係がないからだ。
 アリオッチ自身、庭園の内情を知ったのは組織に入ってからだ。
 なのに庭園と教団の関係をどうやって見抜いたのかと、アリオッチが疑問を抱くのは当然であった。

「〝勘〟だ」
「……はあ?」
「証拠は何もない。ただ教団とは因縁があってな。お前たちからは連中と同じ〝におい〟がするんだよ」

 それをリィンは〝勘〟の一言で片付ける。
 理不尽とも言える納得の行かない説明だが、リィンは本気で言っていた。
 実際この場にミュゼがいれば、そんな無茶苦茶な話はないと呆れることだろう。
 しかし、リィンは自身の直感を信じていた。

「ククッ……勘か。それも戦士の勘なら確かに〝根拠〟としては十分だ」

 心の底から楽しそうに、アリオッチは豪快に笑う。
 何をバカなと本来なら怒るところだが、歴戦の戦士の勘であれば納得の行くものが彼の中にはあったからだ。
 少なくとも〝敵〟を見抜けなければ、戦場では生き残れない。
 味方を装って近付いてくる者も、裏の世界では当たり前のようにいるからだ。
 リィンが教団を敵と見做し、その敵と同じ〝におい〟がすると言っているのであれば、それは根拠となる。
 小難しい証拠を並べられるよりは、アリオッチからすれば遥かに納得の行く答えだったのだろう。

「なら、俺たちはお前にとって〝敵〟と言う訳だ。そりゃ見逃す理由はないな」
「その割に随分と嬉しそうじゃないか」
「そりゃそうだろ。遠慮無く、とことんやり合えるってことだしな」
「ああ……やっぱり、そっち系かよ」

 薄々感じていたとはいえ、シャーリィやオーレリアと同類かとリィンは溜め息を吐く。
 アリオッチの実力は二人に及ばないとはいえ、リィンも万全な状態ではない。
 奥の手を使えない状態で相手するには面倒な敵だと、リィンもアリオッチの実力を認めていた。
 とはいえ、

(面倒なだけで勝てない相手じゃないか。〝アレ〟を試すには丁度良い相手かもな)

 王者の法を使えないことは逆に〝チャンス〟だとリィンは考えていた。
 虚無の剣を扱いきれず力が暴走したのは、オルタから吸収した力がまだ完全に馴染んでいないためだ。
 身体に表れた変化もその前兆だと、リィンは感じていた。
 放って置いても何れ解決する問題かもしれないが、それでは時間が掛かりすぎる。
 一番早いのは〝実戦〟で慣れることだ。

「おい、どうして武器を仕舞う?」

 リィンが右手に持ったブレードライフルを亜空間に仕舞うのを見て、アリオッチは訝しむ。
 勝負を諦めたと言う訳でもない。かと言って、逃がすつもりはないと言ったのはリィンだ。
 勿論リィンもアリオッチ相手に素手でやり合うつもりなどなかった。
 徒手空拳が使えない訳ではないが、それで勝てると考えるほど相手を見くびってはいないからだ。
 だから――

「……太刀だと?」

 とっておきの武器をユグドラシルの倉庫から取り出す。
 東方に伝わる『太刀』と呼ばれる武器。
 刃渡八十リジュ(センチ)ほどの〝真紅〟の太刀がリィンの手には握られていた。
 ヒイロカネで鍛えた紅い刀身と、焔のように揺らめく刃文が見るものを惹きつける。

「お望み通り、とことん殺り合おうか?」


  ◆


「いつの間にあんなものを……」

 戦闘の邪魔にならないようにと距離を取り、建物の屋上からリィンが取り出した刀を見て、カトリーンが鍛えた武器の一つだとエマは察する。
 カトリーンと言うのはロムン帝国出身の女性で、現在はセイレン島に身を寄せている鍛冶士だ。
 女ながら腕の立つ鍛冶士で、名工として知られる祖父に迫る実力を備えていた。
 そんな彼女がヒイロカネで鍛えた武器の一つがリィンの刀だった。
 本職の刀鍛冶ではないため、あくまで見よう見まねの試作品に過ぎないがそれでも一流の職人が手掛けた武器だ。
 生半可な武器を凌駕する逸品へと仕上がっていた。

(同化で得た〝技術〟と〝経験〟を身体に馴染ませるのが目的ですか)

 ゾア=ギルスティンと共に現れた並行世界のリィン――オルタは八葉一刀流の使い手だった。
 オルタと同化することでその技術と経験を得たとはいえ、使いこなせなければ意味はない。
 だからこそ戦闘の中でオルタの技術を吸収するつもりでいるのだとエマは察する。

「リィンさんなら大丈夫だと思いますが……!?」

 結界に異常を感知して、エマは警戒を強める。
 エマの用意した結界は島を囲うように展開されていた。
 クロスベルの結界のように外敵の侵入を阻む効果はないが魔術による転位を封じ、外部からの侵入者を察知する効果がある。
 メルキオルたちを逃がさないためと、援軍を警戒してのものだったのだが――

「結界を破られた!?」

 外部から何か途方もない力で結界を破壊されたのだと、エマは悟る。
 強力な結界ではないとはいえ、魔術を扱えないものでは解けない結界だ。
 それを強引に破ったと言うことは魔術の扱いに長けているか、魔力を帯びた武器を用いたのだと察せられる。
 それも恐らくはアーティファクト級の武器――

「遠ざかっていく気配が一つ。それにこれは……」

 遠見の魔術で島全体を俯瞰し、エマは状況を確認する。
 遠ざかっていくメルキオルの姿を捉えると同時に、エマの目に一人の男が映る。
 膝下までの長いコートを羽織った白いスーツの男。
 その右手には異質な気配を放つ禍々しい大剣が握られていた。
 間違いない。結界を破ったのはあの剣によるものだとエマが悟った、その時だった。

「――ッ!?」

 気付くはずがない。しかし、確かに男と視線があったことにエマは〝恐怖〟を覚える。
 魔術に長けているようには見えない風貌。
 しかし、身に纏う気配は明らかに常人のものではなかった。
 剣から感じ取れる禍々しい気配は、マクバーンの魔剣にも匹敵するかもしれない。

「剣に魔力が集まっていく……まさか!」

 リィンの集束砲によく似た輝き。
 膨大な魔力が男の持つ剣に集まっていくのを感じ取り、エマは危険を察知する。

 ――これは挨拶代わりだ。

 そう男の口が動いたと思った次の瞬間、男の剣から放たれた黒い閃光が島を斬り裂くのだった。


  ◆


「さすがボス。とんでもない威力だね……」

 島を斬り裂くかのように放たれた黒い雷に、メルキオルは驚きと感心を口にする。
 しかし、

「ダメだな。この〝程度〟では〝あの男〟の足下にも及ばん」

 いまの一撃を放った当人は、まったく満足していなかった。
 自身が理想とする力には、この程度では到底及ばないことが分かるからだ。
 男の名はジェラール・ダンテス。
 メルキオルの言葉からも察せられるように、アルマータのボス。それが彼の正体だった。

「メルキオル。お前はこの場を離脱して、計画の準備に入れ」
「了解。ボスはどうするのさ」
「ここまで足を運んだんだ。顔も見せずに立ち去るのは礼儀を欠くだろう」

 誰に対しての礼儀かなど敢えて尋ねるまでもなかった。
 これまでの計画はすべて、リィン・クラウゼルの〝器〟を量るためにジェラールが立てたものだからだ。
 この場に彼が現れたと言うことは、その〝試し〟は終わったことを意味する。
 計画は次の段階へと移行した。
 そんなジェラールの考えを察しながらも――

「……少し妬けちゃうな」

 誰よりも強くジェラールの関心を集めるリィンに、メルキオルは嫉妬するのだった。



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