「……びっくりした」
天を突くかのような轟音と共に、何かが島を両断したことに気付くシズナ。
龍來でリィンが放った一撃には及ばないものの〝人のものではない〟強大な力を感じ取っていた。
「いまのってリィンじゃないよね?」
離れていても戦いの気配は感じ取れるし、島の様子は大凡分かる。
先程の攻撃は島の反対側から放たれた。メルキオルが逃げた方角からだ。
だとすれば、リィンである可能性は低い。
「あ、しまった……逃げられちゃったか」
他のことに気を取られて、傀儡と少女を逃がしてしまったことに気付く。
やらかしたと言った表情で、溜め息を漏らすシズナ。
いまから追い掛けたとしても、ここは四方を海に囲まれた孤島だ。
空を飛ぶ傀儡に追いつける可能性は低かった。
「これは怒られるかな? ああ、クロガネがいてくれたらなあ……」
いつもなら、こういう時は仲間がフォローに回ってくれていた。
しかし、その仲間とは龍來で別れたのでここにはいない。
仲間のありがたさを実感しながら役目を果たせなかったことを反省し、シズナは肩を落とすのだった。
◆
「危なかったぜ……」
崩れ落ちる建物や舞い上がる土埃を前に、冷や汗を流すアリオッチ。
咄嗟に遺物の力で影に身を隠し、ジェラールの放った一撃を回避していたのだ。
「いまのはジェラールの旦那だな」
すぐにアリオッチも、自分たちの雇い主の仕業だと気付く。
島の反対側から放たれたリィンの集束砲にも似た一撃。こんなものを放てる人間など限られているからだ。
間違いなく〝あの剣〟を使ったのだと、アリオッチは考える。
――聖魔剣アペイロン。
嘗てカルバード王国が秘匿していた古代遺物で、聖剣でもあり魔剣でもあるという特級の封印指定物。
伝説上の遺物で教会も行方を掴めていない武器だが、現在その剣はジェラール・ダンテスが所持していた。
それもそのはずだ。彼こそ、アペイロンの正当な継承者なのだから――
「正直、納得の行かない終わり方だが、さすがにこれの直撃を食らえば奴でも……」
伝説の聖魔剣から放たれた一撃をまともに食らえば、誰であろうと無事では済まない。
不老不死の身体を持つアリオッチとて、いまの一撃に耐えられる自信はなかった。
だからこそ、少なくとも深手を負っているはずだと考えたのだが――
「……なんだと?」
土煙が収まってきたことで視界が晴れ、アリオッチは驚きに瞠りながら目を疑う。
片膝を突きながら大地に剣を突き立てる巨大な騎士人形の姿があったからだ。
そんな騎士人形の陰からリィンが姿を現したことで、何が起きたのかをアリオッチは理解する。
騎神を召喚して、聖魔剣の一撃を防いだのだと――
「不意打ちとは、姑息な手を使ってくれるじゃねえか」
このタイミングでジェラールが介入してくるのは、アリオッチも予想していなかった。
しかし、そう受け取られても仕方がないだけに反論できず、複雑な表情を見せる。
そんなアリオッチの反応を見て、
「ああ、心配するな。お前がやった訳じゃないってのは分かってるよ」
すぐにリィンは訂正する。
アリオッチの性格を考えれば、真剣勝負に横槍を入れるような真似を許すとは思えなかったからだ。
それにリィンの視線はアリオッチに向けられていなかった。
「お前が〝親玉〟か」
「――ッ!?」
リィンのその言葉でようやく気付き、驚きと戸惑いを隠せない表情で振り返るアリオッチ。
振り返ると、そこには聖魔剣を手にしたジェラールの姿があった。
騎神に注意を奪われていたとはいえ、まったく気配を感じさせず背後を取られたことにアリオッチは驚く。
アリオッチは正確には、アルマータの構成員ではない。あくまで彼は〈庭園〉の管理者で、依頼を受けて動いているだけだ。
その依頼もメルキオルが取ってきた依頼で、だからこそジェラールとの面識はほとんどなかった。
分かっていることは、彼が聖魔剣アペイロンの継承者であると言うこと――
自分たちを従えるほどの力を持っていると言うことだけだった。
それでも、
(これがジェラールの旦那の〝本気〟って訳か)
想定を遥かに上回る力を隠していたことに、アリオッチは少なからず驚いていた。
マフィアのボスがどうやってこれほどの力を手に入れたのかは、アリオッチにも分からない。
しかし、ジェラールが聖魔剣を使いこなすだけの実力を備えていることだけは理解できた。
遺物の力に振り回されていた自分と違ってだ。
「はじめまして、と言うべきかな? ジェラール・ダンテスだ」
「リィン・クラウゼルだ。まあ、自己紹介の必要はなさそうだがな」
そんな複雑な感情を抱くアリオッチを横目に、ジェラールとリィンは互いに挨拶を交わす。
多くを語らずとも、既に二人の間では駆け引きが始まっていた。
一目でお互い隠している実力が、ある程度察せられたからだ。
その上でジェラールはリィンが万全の状態であれば、いまの自分では絶対に勝てないと冷静に分析していた。
それに万全の状態でなくとも、聖魔剣の一撃を完全に防ぎきった騎神を相手にするのは難しい。
ここで戦えば、間違いなく自分は敗北する。そうと分かっているのに、ジェラールは〝笑って〟いた。
「その剣も厄介そうだが、お前〝混ざって〟やがるな。自信の〝根拠〟はそれか」
「ほう……」
知るはずのない自身の秘密をリィンに暴かれたことで、ジェラールは驚きと関心を抱く。
リィンの言うように、確かにジェラールの身体には人とは異なる力が宿っていた。
リィンが鬼の力を宿すように、マクバーンが魔人の力を宿しているように――
この世ならざる存在の力が、ジェラールには備わっていた。
「これまで一度も気付かれたことはないのだが、やはり〝魔〟を身に宿す者同士、惹かれ合うと言うことか」
自身の胸に手をあてながら、ジェラールは一人納得した様子を見せる。
とはいえ、リィンもジェラールの言わんとしていることは理解できた。
教会や結社が『外の理』と呼ぶモノ。
この世界にとって〝異物〟とも呼べる存在は、互いに相手のことが分かるからだ。
しかし、そんなことはどうでもいいとばかりにリィンはジェラールに尋ねる。
「それで、どう言うつもりだ?」
このタイミングでジェラールが仕掛けてきた理由。
自分の前に姿を見せた目的を、リィンは警戒していた。
少なくとも仲間を助けにきたという風には見えなかったからだ。
「俺の目的はただ一つだ」
その問いを待っていたとばかりにジェラールは笑みを浮かべ、
「俺と手を組まないか? リィン・クラウゼル」
リィンを勧誘するのだった。
◆
「お前が上で、俺が下でいい。強い方に従うのは、この世の摂理だからな」
ただの勧誘かと思えば、自分が下でいいと話すジェラールを訝しむリィン。
そんなリィンの反応を感じ取ってか、ジェラールは誤解を解くかのように話を続ける。
「既にルバーチェ商会を傘下に加えているはずだ。そこに俺たちの組織も加えてくれればいい」
確かに〈暁の旅団〉はマフィアを既に下部組織として取り込んでいる。
使えるものは何だって利用する。それが猟兵のやり方であり、善悪を仕事に持ち込むつもりはないからだ。
ルバーチェ商会や黒月のような組織が存在するのは、社会に必要とされているからだとも考えていた。
警察や司法の目が隅々にまで行き届き、犯罪を抑止できるのであればそんな組織は必要とされないだろう。
しかし、現実は違う。警察の目を掻い潜り悪事を働く者は後を耐えないし、法で裁けないような悪党も大勢いる。
だからこそ、裏には裏の秩序が必要だと言うのがリィンの考えであった。
一見するとジェラールの話は筋が通っているようにも思える。
とはいえ、
「あれだけのことをしておいて、今更仲間に加えてくれと言うのは虫が良すぎないか?」
仕掛けてきたのは、アルマータの方が先だ。
直接介入してきたのはヴァンが重傷を負った時だけだが、裏でこそこそと動いていたことは間違いない。
ライ家との繋がりも見過ごせる話ではない。黒月はその件でアルマータを完全に敵対組織と認識しているはずだからだ。
どちらの組織との関係を取るかと問われれば、まだ黒月の方がマシだと答えるだろう。
少なくとも今のままジェラールの提案を受け入れることは、暁の旅団にとってデメリットしかないというのがリィンの考えであった。
「確かに筋が通らないだろう。だから、こうして俺が直接出向いたと言う訳だ」
そんなリィンの考えを察していたとばかりに、ジェラールは次の行動にでる。
剣先を自分の方に向け、右手に握っていた聖魔剣アペイロンをリィンに向かって放り投げたのだ。
突然のことに驚きながらも、リィンは思わず剣を空中でキャッチする。
「おい、何のつもりだ」
「その剣と〝俺の命〟で、今回の一件はおさめて欲しい」
武器を手放しただけでなく、自分の命も対価に差し出すと話すジェラールにリィンは驚かされる。
それは成り行きを見守っていたアリオッチも同じだった。
まだそれほど付き合いは長くないが、ジェラールがアルマータのボスになった経緯は聞いている。
それだけに他人の下に就くような男に思えなかったからだ。
ましてや部下や組織のために自分の命を差し出すような人物では決してない。
(何を企んでやがる)
そんなジェラールの行動を訝しんでいるのはリィンも同じだった。
裏があることは間違いない。しかし、相手が筋を通そうとしている以上は手を出せない。
裏には裏の秩序があると言ったが、逆に言えばそのルールを守っているのであれば、こちらも筋を通す必要があるからだ。
少なくとも、この場でジェラールを殺すと言った真似は出来なくなった。
「……拘束はさせてもらうぞ」
「好きにするといい」
素直に従うジェラールに不気味なものを感じながらも、まずはミュゼと相談すべきかとリィンは対応を考えるのだった。
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