「なにかと思えば、メルキオルの行方なら俺も知らん。奴は組織の人間ではないからな」
そう答えるのはアルマータのボス、ジェラール・ダンテスだ。
現在、彼はルウ家が所有する煌都郊外にある別宅に軟禁されていた。
市内から離れた場所に身柄を移送されたのは、ジェラールを奪い返すために組織が動く可能性を考慮したためだ。
しかし、ジェラール本人は暴れる様子も逃げだす気配もなく、大人しく虜囚の身に甘んじていた。
いまも手枷を嵌められ、自由の利かない状態だと言うのに落ち着いた様子を見せている。
「よくも、そんなことをぬけぬけと……!」
しかし、その態度が逆にエレインを苛立たせていた。
無理もない。峠は越えたとはいえ、彼女の幼馴染みは今も意識不明の重体で目を覚まさないのだ。
別の組織の人間だから知らないなどと言われて、素直に信じられる訳がなかった。
余裕のある態度も、なにか裏があるのではないかと勘繰ってしまう。
そんな風に苛立ちを隠せない様子のエレインを見て、ジンは割って入る。
このままでは剣を抜きかねないと心配したからだ。
「なら、女の方はどうだ? そっちはアルマータの幹部なんだろう?」
「ヴィオーラのことか。確かにうちの幹部の一人だ」
「そいつには殺人未遂の容疑が掛かっている。どこにいるか、教えてもらえるか?」
じっと探るように視線を合わせ尋ねてくるジンを見て、ジェラールは薄く笑う。
その態度が気に障ったのか?
エレインはジンが心配したように、腰の剣に手を伸ばしていた。
しかし、
「好きにするがいい。それが遊撃士協会のやり方ならな」
「――ッ!」
何も言い返せず、顔を赤くするエレイン。
彼女自身も分かっているのだ。こんなやり方は間違っていると――
「まあ、いいだろう。だが、ヴィオーラのことなら諦めろ。既にメッセルダムの拠点に警察の捜査が入っている。ヴィオーラの身柄も昨日、警察に押さえられたと連絡があった」
「な――」
ジェラールの説明に目を瞠り、驚いた様子を見せるエレイン。
そして、それはジンも同じだった。
ギルドは民間の組織だ。そのため、あくまで捜査や逮捕の優先権は公的機関にある。
協力を申し入れることは可能だが、相手が応じるかどうかは別の話だ。
ほとんどの場合、国際的な事件でもない限りは素直に応じてはもらえないだろう。
そして、ヴィオーラにかかっている容疑は、あくまで殺人未遂の容疑だ。
国際的な事件と言えるほどのものではなく、既に警察に身柄を押さえられているのであればギルドが介入することは難しい。
「……自首したのは、それが理由か?」
「部下の不始末は、俺が責任を取るしかあるまい」
確かにそれなら筋が通っていると、ジンはジェラールの話に理解を示す。
しかし、頭では理解しても納得が行くかと言えば別の話だ。
嘘は吐いていないように見えるが、まだ何か隠しているとジンは見抜いていた。
問題はそれが何か分からないことだ。
どんな企みがあるにせよ、証拠がないのでは追及のしようがない。
憶測でしかないからだ。
「ここまでだ。エレイン」
「ジンさん!?」
「話の筋は通っている。これ以上は何を訊いても無駄だ」
悔しげな表情で拳を握り締め、ジェラールを睨み付けるエレイン。
そんな彼女の敵意に満ちた視線を、どこか愉しげな表情でジェラールは受け流すのであった。
◆
「それで、ジェラール・ダンテスの件をどうするか決めたのですか?」
ジェラールの処遇については〈暁の旅団〉に、リィンに委ねられた。
このまま始末するのも、警察に引き渡すのもリィンの自由と言うことだ。
とはいえ、警察に引き渡したところで罪に問えるかと言うと、難しいだろうと言うのがミュゼの考えだった。
マフィアのボスだ。叩けば幾らでもホコリはでてくると思うが、アルマータはライ家だけでなく政治家との繋がりも疑われている組織だ。警察にも既に手が回っている可能性は否定できない。
帝国でも貴族の犯した罪を裁くのは、簡単なことではない。それは共和国も同じだ。
権力者と繋がりがある者を裁くには、相応の証拠が必要となる。
余程はっきりとした証拠でもでない限りは、ジェラールの罪を問うことは難しいだろう。
だからこそ、リィンがどうするつもりなのかミュゼは気になっていた。
当然リィンも、そのくらいのことには気が付いているはずだからだ。
「あいつは危険だ。いまのうちに消しておくべきだろうな」
それがリィンの考えだった。
しかし、考えていることが必ずしも正しいとは限らない。
始末しておく方が正解だとしても、それ以上に優先すべきことがあるからだ。
「しかし、いまは無理だ」
「……それは裏のルールが理由ですか?」
「それもあるが、猟兵の流儀の問題だ」
将来、敵になるから殺す。
疑わしいから殺すなんて真似をしていれば、自分たち以外の全員が敵になる。
だから戦場を離れたら、戦場でのことは他に持ち込まないのが猟兵のルールだ。
同じように投降してきた者を殺すことも、可能な限り避けるべきだとされていた。
勿論ケースバイケースではあるのだが、明日は我が身という可能性も十分に考えられるからだ。
それに――
「嵌められたのは確かだが、この世界じゃよくあることだ。そんなことで文句を言ったら、見抜けなかった方がマヌケだと笑われるのがオチだな」
騙す騙されたと言うのは、裏社会では常に起きていることだ。
それに腹を立てていたのでは、この世界ではやっていけない。
勿論ケジメは必要だが、ジェラールは自ら捕虜となることで筋を通した。
恐らくはシズナの刀に匹敵するほどの宝剣を手放しても見せたのだ。
「これはリィンが正しいかな。〈斑鳩〉でも同じ判断をしたと思うよ。そうなると分かっていて、投降してきた可能性が高いけどね」
シズナの言うように、そうした裏の掟や猟兵を知り尽くした相手であることが問題であった。
まだ何かを隠していると分かっていても、これ以上の手出しは難しい。
となれば、取れる手段は限られる。
「自分を囮にするつもりでしょ」
「人の考えを読むな……。だがまあ、アイツの狙いは俺だろうしな」
手元に置いて様子を見るのが一番狙いを読みやすいとリィンは答える。
しかしシズナとリィンの話を聞いて、ミュゼだけは険しい表情を見せる。
「リィン団長の実力を疑っている訳ではありませんが、危険ではないでしょうか?」
ジェラールの目的がリィンにあることは間違いない。
しかし、隠すことなく狙いを明らかにしていると言うことは、自分たちの計画に絶対の自信を持っているか、発覚しても問題ないと考えているかのどちらかでしかない。
前者であれば、相手の計画を見抜くことで裏を掻くことは可能だろう。
だが、もしも後者であった場合、回避不可能な状況へと追い込まれる危険がある。
「お前が何を心配しているのかは分かっているつもりだ」
そう言って、ミュゼの頭をポンポンと手の平で二回叩くリィン。
当然そのくらいのことはリィンも気付いていた。
しかし、その上で敢えてジェラールの誘いに乗るべきだと思ったのだ。
「それは猟兵の勘ですか?」
「まあ、そんなところだ」
実のところリィンにはミュゼに話していないことがあった。
(どのくらい混ざってやがるのかは分からないが、あいつは間違いなく俺やマクバーンと同類だ)
ジェラール・ダンテスに異形の気配が混じっていることを――
だとすれば、ジェラールの狙いは自分たちの目的に通じている可能性がある。
それに――
(ジェラールよりも不気味なのは、マルドゥック社の方だ)
本当に警戒すべきはMK社の方だとリィンは考えていた。
カシムほどの男が猟兵団を抜けてMK社についたのは、余程の事情があったと考えるのが自然だ。
そして、あの技術力。〈結社〉のものとも違うように思える。
ヴァリマールの専用兵装〈アロンダイト〉を小型化したと思われる武器をカシムは使っていたからだ。
武器だけなら再現は不可能ではないだろう。
しかし、アリアンロードに匹敵するほどの戦闘技術は腑に落ちない。カシムが戦いの天才だとしても、それはアリアンロードも同じだ。二百五十年に及ぶ経験の差を埋められるとは思えなかった。
なら、そこには秘密があるはずだ。
そして、その鍵はMK社が握っていると考えるのが自然であった。
「ミュゼ、悪いがお前はここまでだ。エマと二人でクロスベルへ帰ってくれ」
「リィン団長、それは――」
戦闘においてはミュゼの実力では、自分の身を守ることすら危ういのが現実だ。
知恵を貸すだけなら〈ユグドラシル〉を使った通信でどうとでもなる。
このまま自分がリィンたちに同行する理由がないことは、ミュゼ自信が一番よく分かっていることだった。
しかし、頭では理解していても納得が行くかと言うと別の話だ。
「危険だから遠ざけようと言う訳じゃない。お前はお前にできることで力を貸して欲しい」
「……私に出来ることですか?」
納得していない様子で訝しむミュゼに、リィンは話を続ける。
「クレアと合流して探って欲しいことがある」
「もしかして〈帝国解放戦線〉についてですか? ですが、あれは……」
度重なる失態で貴族だけでなく皇家の信用も失墜しているのが、エレボニア帝国の置かれている現状だ。
そのため、階級社会に不満を持つ民衆が増えていて、そうした人々の一部が〈帝国解放戦線〉を騙る組織に引き込まれ、各地で騒動を起こしていた。
これだけなら帝国の問題だと無視することもできた。
しかし、彼等は〈暁の旅団〉との関係をにおわせることで、メンバーを募っていたのだ。
さすがに放置できる話ではないため、クレアやヴァルカンたちが調査を行っていたのだが、彼等の拠点から想定していた以上のものが見つかったのだ。
――グノーシスだ。
麻薬の一種で興奮作用や幻覚症状を引き起こすだけでなく、人を異形の姿へと変えてしまう悪魔の薬。
凡そ三年前に起きたクロスベルの集団幻覚事件。
帝国の内戦を発端とする一連の事件の裏にもグノーシスの存在があった。
最近では帝国とノーザンブリアとの間で起きた戦争でも、グノーシスが使われていたのだ。
そして、今回〈帝国解放戦線〉を騙る組織の拠点で発見されたグノーシスの存在。
これをただの偶然と考えて本当に良いのだろうかと、リィンは疑っていた。
「〈帝国解放戦線〉の裏に教団がいるのではないかと疑っている」
――D∴G教団。
いまから約八年ほど前に各国の軍隊・警察、ギルドが協力して潰したカルト集団。
リィンの古巣である〈西風の旅団〉を始めとした一部の猟兵団もこの作戦に協力していて、完全に教団は壊滅したはずだった。
しかし一部の教団幹部は逃れ、潜伏していたことがクロスベルの事件から明らかとなっている。
最初にグノーシスの存在が確認された事件。ヨアヒム・ギュンターという教団幹部司祭が関与していた事件だ。
特務支援課の活躍によって解決されたが、教団の生き残りがヨアヒムだけだと決めつけるのは早計だとリィンは考えていた。
これまでは〈黒の工房〉が裏で暗躍していたからだと考えていた。
しかし、もし仮に教団の生き残りが他にもいるのだとすれば――
「まだ〈教団〉が存続している……ありえない話ではありませんね」
少なくともカタチを変えて存続している可能性はミュゼも否定できなかった。
実際グノーシスの技術を転用したと思われる薬の存在も確認されているのだ。
一部のマフィアや猟兵崩れの間で出回り始めている薬、ブーストドラッグ。
しかし、それを言うのであれば疑わしい組織は――
「まさか……」
「さすがに気付いたか。アリオッチの反応から見て、〈庭園〉は〈教団〉の残党が関わっている組織であることは間違いない。そして、恐らくは――」
アルマータも教団が関与している可能性が高い。
そう考えれば、アルマータと〈庭園〉を結ぶ線が繋がるからだ。
だとすると一番怪しいのは、アルマータのボスであるジェラールだ。
魔に属する力が混ざっていることといい、かなり怪しいとリィンは疑っていた。
「やはり、危険なのでは?」
「だからだ。仮に予想が当たっているとすれば、俺が一番の適任だしな」
そう言われて不安そうな表情を見せるも、ミュゼも内心では納得していた。
北の猟兵を傘下に加え、アリアンロードやオーレリアと言った最強クラスの実力者の加入によって、いまの〈暁の旅団〉は大国とも互角以上に戦えるほどに力を付けているが、それでもリィンの実力が大きく突出している実情に変わりはない。
相手の力が未知数である以上、誰が対応するのが一番リスクが低いかと考えた場合、リィンが最も適任なのは確かであった。
それでもミュゼが同意しきれないのは、リィンの身にもしものことがあれば〈暁の旅団〉は大きく揺らぐ可能性があるからだ。
「なら、私もリィンと一緒に行動するよ」
そんなミュゼの迷いを感じ取ってか、二人の会話に割って入るシズナ。
斑鳩の副長。〈白銀の剣聖〉の異名を持つ最強クラスの猟兵。
その実力はシャーリィと互角に渡り合ったことからも疑いようがない。
リィン一人に任せるよりは、シズナが一緒の方が安心できるのは確かだ。
しかし、信用してよいものかどうかミュゼはシズナのことを図りかねていた。
「安心してくれていいよ。期間限定とはいえ、いまの私は〈暁の旅団〉の一員だしね。それに魔の調伏は得意だから、いざと言う時は任せてくれてもいい」
刀をちらつかせながらシズナはミュゼの考えを見透かしているかのように答える。
「……分かりました。お二人に任せます。私は別の視点から〈教団〉の足跡を追ってみるつもりです」
「うん、それが良いと思うよ。いいよね、リィンも――」
「良いも何も勝手に話を進めて……俺に選択肢はあるのか?」
「ありませんね」
「ないんじゃないかな?」
こういう時だけ息ピッタリの二人に、リィンの口からは溜め息が溢れるのだった。
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