「今度は普通にメシを食いに来い」
「二度と来るなとは言わないんだな」
「フンッ、客なら別だ。厄介事は勘弁だがな」
そう言って店の中に姿を消すビクトルに苦笑するリィン。
面倒見が良いのは変わらないが、相変わらず素直ではないと思ったからだ。
しかし、だからこそ信用の置ける人物だとリィンは考えていた。
相手が誰であっても差別せず、客である限りは平等に扱ってくれる。
それは裏の世界に身を置く猟兵にとって、なによりもありがたい存在だからだ。
「ガルシア、言わなくても分かっていると思うが――」
「ああ、この店には誰にも手出しさせないから安心しろ」
この店を集合場所にリィンが選んだのは理由があった。
ガルシアたちに〈モンマルト〉の存在を周知させるためだ。
お世辞にも旧市街は治安の良い場所と言う訳ではない。高級住宅街のあるオーベル地区や、アパルメントが多く立ち並ぶリバーサイド地区と比較すると圧倒的に家賃が安く、保証人を必要としない物件も多いため部屋を借りやすいが、その所為で様々な人間が集まってくる。
借金を抱える者や、様々な事情から定職に就けない者。なかには裏社会に片足を突っ込んでいるような人間も多く見られるのが、ここ旧市街だ。
普通に生活している分には危険は少ないと言っても、最近は半グレと言った集団やマフィアの抗争も目立つようになってきたため、治安の悪化が懸念されている状況にある。だからリィンは〈黒芒街〉を縄張りにし、首都イーディスのアンダーグラウンドを自分たちの支配下に置くことを決めたのだ。
モンマルトのためと言うだけではないが、まったく関係がないと言う訳でもなかった。
「爺さんは余計なことするなと言いそうだがな」
「確かにあのオヤジさんなら言いそうだな」
リィンの言葉に笑いながら答えるガルシア。
しかし、それでもいいとリィンは思っていた。感謝されたくてしている訳ではないからだ。
言ってみれば、ただのお節介だ。
十年前に借りたものを恩に感じて、勝手に返そうとしているに過ぎない。
「それじゃあ、行くとするか」
「了解ー。フフン、久し振りの大仕事だし腕が鳴るね」
「勘弁してくれよ……お前等と違って、こっちはブランクがあるんだ」
リィンの後に続く、シズナとガルシア。
フィーたちは作戦のため、先に行動を開始していた。
黒芒街やディザイアの件は結局のところ、ついでに過ぎないからだ。
大統領の救出が上手く行かなければ、共和国との全面戦争もありえるとリィンは考えていた。
フィーたちの作戦が、計画の成否を握っていると言うことだ。
「あの――」
店に背を向けたところでポーレットに呼び止められ、リィンは足を止める。
「よかったらこれ、皆さんで食べてください」
ポーレットに渡されたのは、人数分のサンドイッチだった。
注文した覚えがないだけに首を傾げるリィンに――
「助けて頂いた御礼です。また、この近くにいらしたら店に寄ってください。父も喜ぶと思うので」
そういうことならと、リィンはサンドイッチの入った包みを受け取る。
お辞儀をするポーレットに手を振り、店を後にする三人。
そんななか――
「リィン、人妻はダメだよ?」
「お前な……なんでも、そっちに結びつけるんじゃねえよ」
余計な心配をするシズナに、リィンは呆れるのであった。
◆
「これは……」
ホテルの地下にある駐車場で、無数の兵士たちが倒れていた。
装備から〈ハーキュリーズ〉と同じ特殊部隊の精鋭たちだとキリカは察する。
「これも、あなたが?」
「いや、違う」
アリオスが否定したことで、警戒を強めるキリカ。
そんななか、コツコツと足音が駐車場に響き、一人の少女が姿を見せる。
青いチャイナ服のような民族衣装に身を包んだ黒髪の少女。
「あなたは〈黒月〉の……」
その少女はキリカの知っている人物だった。
直接の面識がある訳ではないが〈黒月〉の重要人物はすべて記憶しているからだ。
「ロックスミス機関の室長キリカ・ロウランと、元A級遊撃士のアリオス・マクレイン。私の自己紹介は必要ないと思うけど、一応名乗らせてもらうわね。アシェン・ルウよ」
アシェンの登場に驚きながらも、冷静に状況を分析するキリカ。
彼女がここにいると言うことは、兵士たちを倒したのは〈黒月〉の仕業と考えるのが自然だが――
「〈風の剣聖〉の方が一足早かったみたいですね」
「――リーシャ・マオ。〈銀〉と〈黒月〉の関係を考えれば、あなたがここにいるのは不思議ではないけど……どうやら違うようね」
リーシャが姿を見せたことで、キリカはすべてを察する。
昔から〈黒月〉と〈銀〉の間には深い結び付きがあるが、いまのリーシャは仮面をつけていない。
なら、ここにいる彼女は〈銀〉としてではなく〈暁の旅団〉のリーシャ・マオとして、アシェンに協力していると考える方が自然だからだ。
それを裏付けるように――
「ん……さすがに鋭いね。はじめまして、と言うべきかな?」
「すみません……室長、アリオスさん。彼女たちに見つかってしまって……」
カエラ・マクラミンと共に姿を見せたのは、銀色の髪をした〈妖精〉だった。
フィー・クラウゼル。〈暁の旅団〉団長リィン・クラウゼルの義妹にして〈暁の妖精〉の異名を持つ猟兵だ。
「フィー・クラウゼル……あなたがここにいると言うことは、どうやら確定のようね」
黒月と〈暁の旅団〉が手を組んだのだと、キリカは察する。
煌都での出来事はキリカの耳にも入っているからだ。
「目的は大統領の救出。彼の容疑を晴らすことかしら?」
「ええ、私たちは情報を欲している。そして、あなたたちも戦力を欲している。利害は一致していると思うのだけど、どうかしら?」
アシェンの提案が理に適ったものであることを、キリカも認める。
アリオスが幾ら強くとも、たった一人では出来ることに限界がある。既に軍だけでなくCIDにも手が回っている以上、自分を戦力に数えても大統領の救出が上手く行く可能性は一割に満たないとキリカは考えていた。
しかし、フィーやリーシャの協力を得られるのであれば話は別だ。
「利害は一致していると言うことね。でも、その前に一つ聞いておきたいのだけど、私がこのホテルに監禁されていることをどこで知ったの?」
「ガルシアから聞いた。大統領の監禁場所までは分からなかったみたいだけど」
フィーの口からガルシアの名前を聞き驚きながらも、納得した様子を見せるキリカ。
ルバーチェ商会と関係を持つ企業が最近、共和国内でも急激に増えていた。
やはりゼムリア大陸の外からやってきたと噂される国〈エタニア〉の存在が大きいのだろう。
エイオスから発表された転位技術〈ゲート〉の存在を含め、導力と異なる未知の技術の出現を新たなビジネスチャンスと捉える動きが企業のなかにあるからだ。
だからこそ、ビジネスを通じて〈ルバーチェ商会〉との関係を密にしようとする動きが、ここ共和国内の企業でも起き始めていた。
実際そうなるように〈ルバーチェ商会〉が動いているとの情報もあり、ロックスミス機関でも注視していたのだ。
ホテルに出入りしている業者が〈ルバーチェ商会〉と関係があったとしても不思議な話ではない。
恐らくは、そうしたところから情報が漏れたのだと推察する。
しかし、
「大統領の監禁場所は分からなかったのね」
「ん……だからホテルや病院ではなく別の場所に連れて行かれたんじゃないかって」
「民間の施設以外と言うことね」
フィーたちが自分を頼った理由を、キリカは理解する。
民間以外の施設。軍や政府の施設に捕らえられているのであれば、政府の内情をよく知る人物に尋ねる方が早いからだ。
大統領の誘拐にすべての政治家や軍人が関わっている訳ではない。
大統領ともなれば敵も多いが、同じだけ利害や志が一致する味方も多いはずだからだ。
となれば、犯行に関わった人間は余り多くないと考える方が自然だ。
そして、情報が何も出て来ないということは、限られた人間だけで共有されている可能性が高いとキリカは考える。
「候補は幾つか考えられるけど、一番可能性が高いのは……」
車のボンネットに部屋を出るときに持ちだした地図を広げ、キリカは胸のポケットからペンを取りだし一つの場所に印をつける。
そこは――
「軍の駐屯地ですか」
「ええ、先週から基地の兵隊の多くが演習に出ているわ。状況から考察するに一番怪しいのは、ここね」
リーシャの言うように、市の郊外にある軍の駐屯地だった。
キリカの言うことが本当なら、確かに可能性は高い。
人目に付かず、尚且つ軍の基地なら情報を隠蔽するのも難しくはないからだ。
しかし、
「……演習の目的地は?」
それだけでは決め手に欠ける。
キリカがこの場所を一番怪しいと踏んだ理由があるはずだ。
なにかに気付いた様子で、どこか真剣な表情でキリカに尋ねるフィー。
「アルタイル市郊外の演習場よ」
観念した様子で、あっさりと答えるキリカ。
フィーが何を危惧しているのかを理解し、このまま隠し通すことは難しいと察したからだ。
演習の名目でアルタイル市に兵力を集める理由など一つしかない。
同じことを過去に共和国は一度、クロスベルに対して行っているのだから――
「あなたの危惧している通りよ」
――クロスベルへの再侵攻。
それが、大統領の誘拐を企てた者たちの真の狙いだと、キリカは答えるのだった。
◆
同じ頃、クロスベルのオルキスタワー屋上に――
アリアンロードと〈鉄機隊〉の三人の姿があった。
リィンからアリアンロード――いや、リアンヌは一つの頼まれごとをしていた。
自分が留守にしている間、クロスベルを守って欲しいと言うものだ。
まだ敵の姿は確認できないが、無数の気配が国境に集結しつつあることをリアンヌは察していた。
「彼の危惧したとおりの事態になったようですね」
デュバリィ、アイネス、エンネアの三人は膝をつき、マスターの言葉を待っていた。
リィンから恩を受けたと感じているのは、リアンヌだけではない。
デュバリィも反抗的な態度を見せていても、心の中ではリィンに感謝していた。
だからこそ、命に代えてもリィンの留守を守り抜く覚悟を決めていたのだが――
「あれは転位の光……どうやら間に合ったようですわね」
視界の先に、天に立ち上る光をデュバリィは確認する。
それも一つではない。続けて二つ、三つと連続で、市内の至るところにマナの光が確認できる。
「どうされますか? 命じて頂ければ、侵略者どもを蹴散らしてご覧にいれますが?」
そんななか、確認を取るようにアイネスはリアンヌに尋ねる。
マスターの――リアンヌの命があれば、いつでも戦いに赴く準備は出来ている。
それが〈鉄機隊〉の使命であり、役割だと彼女たちは考えていた。
しかし、
「いえ、ここは彼等に譲りましょう」
あっさりとリアンヌは引き下がる。
リィンとの約束を違えるつもりはないが、いまがその時ではないと考えたからだ。
それに――
「彼の成長を見る良い機会でしょう」
最後に国境から立ち上った光から現れた蒼い騎神を見て、リアンヌは笑みを漏らすのだった。
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