頭の後ろに手を回し床に両膝をつき、青い顔で震える男たちの姿があった。
 首都最大の半グレ集団として、裏社会にも名が知られつつあるディザイアのメンバーたちだ。
 彼等が震えるのも無理はない。
 既に半数のメンバーが息絶え、マフィアたちも一人(・・)を除いて物言わぬ屍と化していた。
 やったのは説明するまでもなく、彼等の目の前にいる三人組だ。

「こいつら〈ドゥールファミリー〉だ」
「ドゥールファミリー? アルマータじゃないのか?」

 てっきり〈ディザイア〉の取り引き相手は〈アルマータ〉だと思っていたリィンは、ガルシアの話を聞いて首を傾げる。

「古くから共和国で活動するマフィアの一つだ。歴史はそれなりに古いが、規模は中堅と言ったところだな」
「……そんな連中が薬を?」

 ガルシアの話を聞き、リィンは疑問を持つ。
 老舗のマフィアということは、共和国の裏社会にも詳しいと見ていいだろう。
 中堅どころなら尚更、越えてはならないラインというのを理解しているはずだ。
 黒月が掟を破った相手にどのような対応をしてきたのか、知らないとは思えない。
 それに――

「これは〈グノーシス〉だ。改良を加えてあるみたいだがな」

 ブーストドラッグの名目で共和国でも最近流通しはじめている薬。
 ディザイアがマフィアと取り引きをしていた薬は、グノーシスだとリィンは断定する。
 科学的には解析が難しいとされているが、グノーシスには一つの特徴がある。
 ――魔人化(デモナイズ)と呼ばれる現象。〈女神の枷〉を外し、人を化け物へと変える薬。
 そこには巨イナル一の〝呪い〟に似た超常の力が宿っていた。
 だからリィンには一目で、それがグノーシスかどうかを判別することが出来る。

「……ってことは、それを飲むと化け物になるのか?」
「さてな。そこまでは調べてみないと分からないが、いまのところ魔人の目撃情報はないんだろう? なら薬物強化の方に重点をおいて、改良を加えた薬と見た方がいいだろう」

 だからと言って安心できるかと言えば、そう言う訳ではなかった。
 グノーシスが元になっている以上、なにかの切っ掛けで魔人化する可能性はある。
 ただの麻薬よりも、ずっと厄介な薬だ。

「リィン。ドゥールファミリーのアジトが分かったよ」
「……吐いたのか?」

 シズナからの報告を聞き、驚くリィン。 
 自分に任せくれと言うからマフィアの拷問をシズナに任せたのだが、余り期待していなかったためだ。

「ちょっとした裏技(・・)を使ったしね」
「……お前なんでもありだな」

 観の目を使った誘導尋問か、催眠術のようなものを用いたのだとリィンは察する。
 後者は魔女や守護騎士が得意とする力だが、あれは魔力を持つ者であれば誰にでも使える確立された技術だ。
 剣術以外にもいろいろと手札を隠しているようだし、シズナなら一度見れば同じような術が使えても不思議ではないと考えてのことだった。
 それに正直な話、リィンでもシズナの底を見通せていなかった。
 単純な戦闘力ならシャーリィと同じくらいだと思っているが、それだけでは推し量れない何かを隠し持っているように思えてならないからだ。

「それで場所は?」
「三区の商業ビルみたい」
「トリオンタワーのあるところか。なるほど、考えたな」

 大規模な商業施設があり、人の往来も多いことから騒ぎを起こしにくい場所だ。
 木を隠すなら森の中と言ったように、だから敢えて潜伏場所に選んだのだとリィンは察する。
 ルバーチェ商会も表向きは真っ当な商売を行っているように、マフィアも表の顔としてフロント企業を有している。
 黒月が経営に関与している九龍グループなどが、まさにその典型的な例だ。
 古くから共和国で活動しているマフィアであれば、そうした表の顔を幾つか持っていても不思議な話ではなかった。

派手(・・)にやるんだよね?」
「ああ、今回は目立つのが目的だしな」

 リィンの答えに満足した様子で、シズナは笑みを浮かべる。
 まだ暴れたりない様子が、その態度からも見て取れる。
 とはいえ、これから向かう先にシズナを満足させられる相手がいるとは思えなかった。
 可能性があるとすれば――

(あの男が出て来れば、そう簡単にはいかないだろう)

 カシムがでてくれば、シズナと言えど苦戦は免れないとリィンは考える。
 ただリィンが万全の状態ではないように、カシムも深手を負っている。
 本来であれば、そのまま猟兵を引退。戦場に復帰するのは難しいほどの重傷を負っているはずだ。
 しかし、あの男ならもしかしたらという予感がリィンのなかにはあった。
 そして次に戦場で会った時は、もっと厄介な強敵になっているはずだと、そう考えていた。

「おい、リィン。それで、こいつらはどうする気だ?」
「ん? ああ……」

 ガルシアに言われて、どうしたものかとディザイアのメンバーを一瞥するリィン。
 所詮は不良上がりの半端者だ。殺す価値もなければ、脅威にもならない。
 しかし、放って置くと面倒なことになりかねないという考えが頭を過る。
 彼等は調子に乗りすぎた。半端な覚悟で裏社会に足を踏み入れ、秩序を乱す行為をした。
 殺されても仕方のないことをしたと言うことだ。
 ここなら死体が見つかることもないだろう。
 いっそ、始末してしまうかという考えがリィンの頭を過るが――

「ま、待ってくれ!」

 リィンの考えを察したかのように、どこか焦った様子で声を上げる男がいた。
 ディザイアのリーダー、ジェフリーだ。

「殺さないでくれ! 助けてくれるなら、アンタの指示にはなんだって従う。だから――」

 情けなく必死に額を地面につけて、命乞いをするジェフリー。
 そんなリーダーの姿に動揺するも、仲間の男たちも一緒に頭を下げる。
 自分たちの命をリィンが握っていると言うことを、彼等も理解しているのだろう。
 歯向かったところで勝てる相手ではない。
 だからこそ、彼等に出来ることは命乞いしかなかった。

「どう思う? 俺は始末した方が面倒事は少ないと思うんだが……」

 そんな彼等を見て、敢えてガルシアに話を振るリィン。
 ガクガクと身体を震わせる男たちを見て、ガルシアは溜め息を漏らす。
 リィンが確認を取るように話を振ってきた理由を察したからだ。

「ルバーチェ商会でこいつらを預からせてくれ」
「正気か? こんな半端な連中が役に立つとは思えないが……」
「それでも、なにかの役に立つかもしれない。勿論、団の看板に泥を塗るような真似はさせない。そんな真似をしたら、俺が始末をつけるつもりだ」

 それでどうだと、ガルシアはリィンに尋ねる。
 悩む素振りを見せるリィンを見て、ジェフリーは声を上げる。

「約束する! 絶対にアンタの顔に泥を塗るような真似はしない。だから俺たちにチャンスをくれ!」

 必死に懇願するジェフリーを見て、リィンはニヤリと笑うと彼等に背中を向け――
 ガルシアの肩を軽く叩くのだった。


  ◆


「二人とも役者になれるんじゃない?」

 一部始終を見ていたシズナが、リィンとガルシアにそんなことを尋ねる。
 リィンが敢えて冷徹な一面を見せることで、半グレたちの心に恐怖を刻み――
 ガルシアが助け船をだすことで、半グレたちの心を掴んだ。
 九死に一生を得た彼等はガルシアに恩を感じ、見放されないように縋り付くだろう。
 そんな半グレたちとのやり取りが、二人の仕組んだ芝居だと察してのことだった。

「こんなの実戦を知らないガキにしか通用しねえよ」
「まったくだ。三文芝居をさせやがって……」

 しかし、相手が子供だから通用しただけだと、リィンとガルシアは答える。
 これが本物の猟兵やマフィアなら、こんな三文芝居は通用しなかっただろう。

「だが、これで少しは風通しが良くなるだろう。あとは後ろにいる連中を掃除するだけだ」

 そう言ってハンドルを握り、導力車を走らせるリィン。
 リィンが運転しているのは、まだ未発売の〈AEOS(エイオス)〉が開発したSUV車だ。悪路に強く、最大で八人まで乗車できる最新式の導力車だった。
 もしもの時に備えて〈ユグドラシル〉の〈空間倉庫(インベトリ)〉に入れて持ってきていたものだ。
 その車で三人はドゥールファミリーが潜伏している三区の商業施設を目指していた。
 既に夕方の五時を回り、日は沈みつつある。ショッピングモールは仕事や学校帰りの買い物客で賑わっている頃だろう。
 一般人に危害を加えるつもりはないが、マフィア同士の抗争に見せるためにも目撃者は多ければ多い方がいい。
 ドゥールファミリーは恐らく〈黒月〉などの他の組織の襲撃を恐れて人通りの多い場所に拠点を構えたのだろうが、今回の作戦は警察や軍の注意を引くのが狙いだ。リィンからすれば逆に都合の良い状況だった。

「そう言えば、リィン。車の免許を持ってたんだね」
「そんなの持っている訳がないだろう。急にどうしたんだ?」
「そうなの? じゃあ、あれどうしようか」

 シズナが指さす先では、検問が敷かれていた。
 ある意味でお約束とも言える展開に、リィンの口からは溜め息が溢れる。
 導力車自体、普及がはじまったのは十年ほどのことで、まだ法整備の進んでいる国自体が少ない。
 きちんと街道や道路が整備されている国自体が珍しく、安全に車を走らせることの出来る国や自治州が少ないことも、経済的に豊かな国や自治州以外で車が普及していない理由に挙げられる。
 共和国でさえ、車の免許制度がはじまったのは、ここ数年のことだった。
 それなのにリィンが共和国の免許を持っているはずもない。

「ガルシア。お前、免許は?」
「ある訳ねえだろ」
「だよな。なら、やるべきことは一つだな」

 スピードを緩めるのではなく、アクセルを踏むリィン。
 こうなったら選択肢は一つしかなかった。

「暴走車だ!」
「おい、止まれ!」

 警察官と思しき男たちが車の前に立ち塞がるが、リィンは躊躇なくアクセルを全開にする。
 そして、そのままバリケードに突っ込む。

「くそっ! なんて奴らだ――」

 ギリギリのところで飛び退き、転がりながら衝突を避ける警察官。
 リィンたちを乗せた車が猛スピードで離れていくのを目にして、

「検問を突破された! 犯人は逃走中。繰り返す犯人は――」

 自身もパトカーに乗り込み、すぐに応援要請をだすのだった。


  ◆


「リィン、パトカーが追ってきてるよ」
「それが、あいつらの仕事だしな。ガルシア、運転を代わってくれ」
「あ、おい!」

 窓から車の外にでるリィンを見て、慌てて身体を乗り出してハンドルを握るガルシア。
 リィンはというと、器用に車の屋根へと移動する。
 そして〈ユグドラシル〉から二本のブレードライフルを取りだし、戦技(クラフト)を発動した。
 武器の属性や形状を変化させる戦技〈オーバーロード〉だ。

「悪いが、お前等の相手をしている暇はないんだ」

 二本のブレードライフルを融合させ、一つの巨大なライフルへと変化させると、その銃口をパトカーに向けるリィン。
 周囲の空気がピリピリと張り詰め、ライフルに闘気が収束されていく。
 そして――放たれる極光。
 ライフルから放たれた光がパトカーの前方に着弾し、爆発を引き起こす。
 
「やりやがった……」

 横転する複数のパトカーをバックミラー越しに確認して、ガルシアの口からは溜め息が溢れる。
 捕まる訳にはいかないとはいえ、さすがに派手にやり過ぎだと思ったのだろう。
 とはいえ、これでも一応、手加減をしていることは見て取れた。
 直接パトカーに攻撃を当てず、爆風で横転させるだけに留めたのがその証拠だ。
 そして、

「ああ、もうなるようになりやがれ!」

 サイレンが鳴り響く中、ガルシアは車を走らせるのだった。



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