「恐怖ね……」

 言いたいことは分からないでもなかった。
 リィンが十万の帝国軍を壊滅させたのは示威的な意味があったからだ。
 ジェラールの言うように、恐怖には一定の効果があることはリィンも認めていた。
 しかし、

「だからビルを爆破したのか?」

 確かにリィンは敵を殺すことを躊躇しないし、時には力を示すことも必要だと考えている。
 だが、それはあくまで戦場での話だ。猟兵には猟兵の流儀がある。
 関係のない一般人を巻き込み、悪戯に命を奪うような真似は流儀に反する。
 少なくともアルマータのしたことを、リィンは認めるつもりはなかった。

「惜しいな。もっと冷酷になれば、本物の魔王になれただろうに」
「そんなものになりたいと自分から言った覚えはないがな」

 猟兵は正義の味方ではなく、一般の人々から見れば悪だと思っている。
 しかし、魔王になりたいと思ったこともなければ、自分から名乗ったこともなかった。
 リィンの考える猟兵とは、必要とされなければ必要のないもの。
 こんな時代だからこそ求められる必要悪のような存在だと考えていた。

「お前の考えは分かった。だが、やはり俺のやり方とは相容れない」 
「残念だ。お前となら理想の世界を目指せると思ったのだがな」

 残念そうにしながらも、ジェラールも交渉が決裂することは分かっていたのだろう。
 確かにリィンは悪だが、ジェラールの目指す悪とは相容れないものだ。
 目的のためなら犠牲を厭わず、多くの生贄を求めるジェラールと――
 必要なものを守るために敵を殺すリィンとでは、根本的な思想が違うからだ。

「お前は危険だ。だから、ここで殺す」
「ククッ、それでいい。だが、俺も易々と命をくれてやる訳にはいかないのでな。少しばかり抵抗させてもらうぞ?」

 力の差が理解できないほど、ジェラールが愚かだとリィンは思っていなかった。
 だからこそ、ジェラールが何を考えているのかが分からない。

(まあ、いい。戦ってみれば分かることだ)

 ジェラールが何を企んでいようと、為すべきことに変わりは無い。
 ここで確実にジェラール・ダンテスの息の根は止める。
 それが、リィンの決断だった。 


  ◆


 同じ頃、シズナもアリオッチと激しい死闘を繰り広げていた。
 技やスピードでは圧倒的にシズナの方が勝っているが、アリオッチにはシズナにない能力があった。
 それが〈姿無き災厄(インビジブルテンペスト)〉の二つ名の由来にもなっているアーティファクトの能力――空間を渡る力だ。
 槍斧(ハルバード)はリーチが長く破壊力に優れている代わりに取り回しが難しく、攻撃の前後に隙が生じる。渾身の一撃を放とうと思えば、タメ(・・)が必要になる。
 それをアリオッチは亜空間に身を隠し、攻撃の瞬間にだけ姿を見せることで弱点を克服していた。
 姿の見えない敵に対処するのは難しい。
 並の使い手であれば、為す術なく命を落とすだけだろう。
 しかし、

(れい)の型――双影(ふたえ)

 アリオッチの攻撃に合わせてカウンターを放つように剣を抜き放つシズナ。
 完全に姿を消している訳でないのであれば、打つ手はある。
 敵が攻撃を放つよりも先に、自分の攻撃を当てればいいだけの話だ。
 それが可能な超感覚と剣速(はやさ)を、シズナは持っていた。

「――ぐッ! 舐めるな!」

 シズナの斬撃をまともに身体に受けながらも、アリオッチは武器を振り下ろす。
 これには驚いた様子を見せるシズナ。しかし身体を捻るように宙を舞い、ハルバードの強烈な一撃を回避すると、アリオッチの背中にもう一撃――斬撃を叩き込む。
 しかし、それだけの攻撃を受けながらも、

頑丈(タフ)だね。いや、そのアーティファクトの能力かな?」

 まったくダメージを受けていないかのように起き上がるアリオッチを見て、シズナは身に付けているアーティファクトの能力だと察する。
 羅睺の牙――アリオッチの身に付けている鎧と槍斧のアーティファクトは、契約者に不死の肉体と驚異的な再生能力を与える。
 どちらかと言えば空間転移よりも厄介なのは、こちらの能力の方だった。
 並の攻撃ではダメージが通らず、少々傷を負わせたくらいでは回復されてしまうと言うことだからだ。

「お前さんは確かに強い。だが、俺との相性は余り良くなさそうだ」

 アリオッチの言いたいことが分からないシズナではなかった。
 人を殺すのにリィンのような力は必要ない。刀で斬って殺せない人間はいないからだ。
 しかし、相手は無限の再生能力を持つ不死者だ。普通の方法では殺せない。

「確かに、このままだと勝てそうにないね」

 自分の攻撃がアリオッチに通用しないことはシズナも認めていた。
 アーティファクトの能力であるにせよ、それを使いこなせているのはアリオッチの実力だ。
 卑怯だと言うつもりもなかった。
 だが、

「言い忘れていたけど得意なんだ。キミのような化け物(・・・)を調伏するのは――」

 剣士であると同時に、シズナは魔を狩る者でもあった。
 アリオッチに〈羅睺の牙〉があるように、シズナにも妖刀(・・)がある。
 漆黒の大太刀。シズナの一族に伝わる宝刀〈暁鴉〉――
 そして、

「確か、こんな感じだったかな?」

 瞳が金色に変わり、黄金の闘気を纏う。
 それはシズナなりに、リィンの力を再現したものだった。
 リィン自身、気付いているのかは分からないが〈王者の法〉とは異能にして理に至る力だ。
 武の境地に通じるものがあり、そう言う意味でもシズナにとってリィンは興味深い人物だった。
 だからこそ、学ぶものも多い。
 いまのままでは全力をだしたとしてもリィンに敵わないとシズナは悟っていた。
 だから学び、模倣することにしたのだ。リィンの力を、技を、在り方を――
 そうして導き出した答えが、これだった。

「こいつは凄えな……」

 アリオッチもシズナの力に気が付いたのだろう。
 この力であれば、自分を殺し得ると――
 しかし、だからと言って易々と殺されてやるつもりはなかった。
 アリオッチが求めるのは闘争だ。
 生死を分けたギリギリの戦いのなかでこそ、渇きを満たすことが出来る。

「うおおおおおおおおッ!」

 シズナと同じように闘気を放つアリオッチ。
 猟兵のウォークライに近い手法で闘気を爆発させ、肉体を限界まで強化する。

「なるほど、悪くないね。この力を試すには丁度良い(・・・・)相手だ」

 シズナの挑発とも取れる言葉に、アリオッチの口からは笑みが溢れる。
 それがただの挑発や虚勢ではなく、本気で言っているのだと分かるからだ。
 それだけ、自分の力に自信を持っているのだろう。
 試したくて仕方がないと言った様子がシズナからは見て取れた。
 勝負は一瞬。一撃で決まると、互いに悟り――

「唸れ、羅睺の牙よ――」

 先に仕掛けたのはアリオッチだった。
 空間転移を使わず、正面からシズナに迫るアリオッチ。
 小手先の技など、今更シズナに通用しないと考えてのことだ。
 やるからには渾身の一撃で、圧倒的なパワーでシズナの奥の手を粉砕する。
 勝算があるとすれば、それしかないと――アリオッチはすべての闘気を一撃に込める。
 そして、

「オブリビオン・ビースト!」

 空高く跳び上がったかと思うと、武器を投擲(・・)した。
 シズナの間合いに入れば、勝ち目はない。
 だからこそ、間合いの外から最大の攻撃を放ったのだ。

(穫った!)

 動かないシズナを見て、完全に意表を突いたと勝利を確信するアリオッチ。
 後先を考えず全身全霊の闘気を込めた一撃だ。
 防ぎきることなど不可能だし、避けようとしたところで攻撃の範囲から逃げることは出来ない。
 そう、普通であれば――

「遠からん者は音に聞け――」

 背後から響く声。

「月夜に舞う、我が太刀は虚にして実――」

 捉えていたはずのシズナの姿が、まるで最初から幻を見せられていたかのように、いつの間にか消えていることにアリオッチは気付く。
 
「奥義――」

 ――零月一閃。
 シズナの声と共に、無境の一撃がアリオッチの身体を斬り裂くのだった。


  ◆


「がは――」

 リィンのブレードライフルがジェラールの胸を貫く。
 当初の予想通り、リィンとジェラールの戦いは勝負にすらなっていなかった。
 ジェラールも弱くはないが、あくまで人間にしては強いと言った程度でしかない。
 一方で、いまのリィンは人外の領域に足を踏み入れている。
 髪の色が灰色から戻らなくなったのは、力を使いすぎた影響ではない。
 力に身体が適合し、理から外れた存在へと進化する兆しだった。

「その金色の瞳……やはり貴様は……」

 王者の法(アルス・マグナ)を使った訳ではないのに、リィンの瞳は金色に輝いていた。
 既に戦技を必要としない領域にまで、力が馴染んでいると言うことだ。
 ジェラールに指摘されるまでもなく、それはリィン自身も気付いていた。
 そして、恐らくそれは――

「なるほど……いろいろと腑に落ちなかったが、ようやく理解した」

 リィンの話を聞き、ニヤリと笑いながらうつ伏せに倒れるジェラール。
 これこそ、彼が望んだ結果なのだとリィンは察する。

「やはり、ないか」

 ジェラールの死体からは、以前に感じた異能の力が感じ取れなかった。
 恐らくは既に、誰かに託した後なのだろう。
 為すべきことを済ませ、ここで最期を迎えるつもりだったのだと、リィンは察する。

「リィン、もう終わったの?」
「ああ、そっちも終わったみたいだな」

 シズナの無事な姿を確認して、当然かとリィンは呟く。
 アリオッチが弱い訳ではないが、相手が悪すぎた。
 いまのシズナに確実に勝てるとは、リィンも断言することが出来ないからだ。
 シャーリィを――いや、リアンヌさえも越えたかもしれないと考える。

「悪かったな。巻き込んでしまって。もう、察してるんだろう?」
「ああ、この空間のこと? 私たちが突入した時点から崩壊がはじまっていたみたいだしね」

 リィンとシズナのいる空間は閉じようとしていた。
 ただ、閉じれば元の世界に戻れると言った単純な話ではない。
 既に元の世界へと通じる道は閉じてしまっているからだ。

「リィン、それは?」
「この現象を引き起こしている元凶だな。随分と古いオーブメントみたいだが……」

 リィンの手には、古いオーブメントが握られていた。
 ジェラールがコートのなかに忍ばせていたものだ。
 恐らく、これがこの空間を作り出している元凶だとリィンは考えていた。

「異なる因果律が重なり合う狭間――いや、境界を作り出すカラクリか。なかなか興味深いね」
「気付いていたのか?」
「まあね。あの騎神もリィンの記憶から再現したものだと、すぐに分かったよ」

 紅き終焉の魔王の幻影。
 あれは、あの時の再現――このことを示唆していたのだと、いまなら分かる。

「シズナ、掴まれ。悪いが、最後まで付き合ってもらうぞ」
「了解、団長」

 リィンがシズナの手を取り、共にヴァリマールに乗り込んだ直後――
 空間が崩壊し、次元の狭間へと通じる(あな)が開く。
 ジェラールの目的。それは――

「狭間の向こう――女神の力が及ばない世界の外側か。ワクワクするね」
「お前な……ノルンと連絡が取れればいいんだが、なるようにしかならないか」

 この世界からリィンを弾き出すことにあった。



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