「本気なのか?」
「はい。ジンさんには申し訳ありませんが、もう決めたことです」

 遊撃士協会クロスベル支部の応接室で、エレインと向かい合うジンの姿があった。
 エレインの失踪に〈暁の旅団〉が関わっていると気付き、手掛かりを求めてクロスベルまでやってきたと言う訳だ。
 無事にエレインと再会することが出来たものの、ジンにとって――いや、ギルドにとって簡単に了承できない問題が生じていた。
 というのも、エレインがギルドに脱退届を提出していたのだ。
 クロスベルの支部でも大きな騒ぎとなっており、丁度タイミングよくギルドにやってきたジンが説得を頼まれたと言う訳だった。
 しかし、

「決意は固そうだな……」

 エレインの意志が固いことを察して、ジンは説得を諦める。
 ギルドがエレインのギルド脱退に反対する気持ちは分かるが、そもそも遊撃士協会は軍や警察ではない。民間の組織だ。
 入会するのも自由なら脱会も自由。本人の意志が尊重される。
 しかし、カシウス・ブライトが軍に復帰し、アリオス・マクレインがギルドを脱退。更に昨年はサラ・バレスタインもギルドを辞め、猟兵に復帰している。
 こうもエース級の遊撃士の脱退が続けば、ギルドが焦る気持ちも分からない訳ではなかった。

「せめて、理由を聞かせてくれないか?」

 だから、ジンはエレインに理由を尋ねる。
 彼女の意志を尊重するつもりではいるが、いまのままではギルドも納得しないだろう。
 それはギルドとの間に蟠りを生じさせ、エレインにとっても良くない結果を残しかねない。
 そのため、上を説得するための理由がジンは欲しかった。

「まさか、〈暁の旅団〉に入るつもりじゃ……」

 ジンが一番懸念していたことが、それだった。
 猟兵と遊撃士の関係が良くないことは知られているが、それはギルドの掲げる理念と猟兵の役割が相反することから衝突する機会が多いためだ。
 特別、猟兵を敵視していると言う訳ではなく、猟兵の方もギルドと本気で対立している訳ではない。
 しかし、最近はギルド内から〈暁の旅団〉を危険視する声があがっていた。
 致命的だったのは、サラが猟兵に復帰したことだろう。
 しかも、よりによって〈暁の旅団〉のメンバー入りしたことがギルドの上層部には許せなかったのだ。
 遊撃士のなかにも、サラを『裏切り者』と罵る声も出始めていた。
 これまでギルドはどんな時でも中立を保ってきた。一国に肩入れすることはなかったのだが、いまは情勢が大きく変わり始めていた。
 ゼムリア大陸を西と東に分断する国際情勢の中、ギルドも共和国や教会との繋がりを重視し、〈暁の旅団〉を擁護する西側の国々から支部を引き上げる動きまで出て来ている。そんななかでエレインがギルドを脱退し、〈暁の旅団〉に合流すると言う噂が広まればギルドはより態度を硬化させ、東側諸国との関係を強化する流れに動くだろう。
 それなれば〈暁の旅団〉との対立は一層深くなり、共和国や教会を始めとした東側の戦略にギルドも加えられる可能性が高い。
 そうなれば、ギルドの理念が損なわれるのではないかとジンは危惧していた。

「〈暁の旅団〉に入るつもりはありません」

 そんなジンの懸念はエレインも理解していた。
 ギルドの焦りのようなものは、A級に推薦された時から彼女も感じていたからだ。

「なら、お前さん。これからどうするつもりだ?」

 ギルドを辞めて、どうするつもりなのかとジンは尋ねる。
 エレインがギルドを辞める決意をした理由は、なんとなく察せられる。
 最近のギルドのやり方に疑問を持ったことと、組織に縛られていては出来ないことがあるからだ。
 そのやりたいことが何かを、当然ジンは察していた。
 ヴァン・アークライド。病院から姿を消した幼馴染みのことが関係しているのだと――

「しばらくは一人でいろいろと動いてみたいと思っています」

 エレインの話を聞き、「そうか」とジンは一言だけ返す。
 組織から離れることで、一人になって見えてくるものもある。ギルドの〈剣の乙女〉ではなくエレイン・オークレールという一人の人間として、客観的に状況を見定める時間が欲しいのだと受け取ったからだ。
 確かに今の国際情勢を考えれば、それも一つの選択肢かもしれないとジンは考える。
 ジンとて、すべてを投げ捨てて自由に動くことが出来たらと考えることがあるからだ。
 しかし、それが出来ない立場にあると言うことも彼は理解していた。

「分かった。俺の方からギルドには上手く言っておいてやる」
「お手数をお掛けします」
「それとな。Sランク推薦の話、受けようと思う」

 ジンの言葉に目を瞠り、驚く様子を見せるエレイン。
 ずっとジンがSランクの推薦を断ってきたことを知っているからだ。
 いまになってギルドの話を受けるということは、自分の所為ではないかと考えたのだろう。
 しかし、

「誤解するな。今回の件が無関係とは言わないが、お前のためじゃない。俺自身、思うところがあってのことだ。ギルドを間違った方向に進ませないようにするには、ギルド内での発言力を高めるしかない」

 エレインのそんな考えをジンは否定する。彼なりに考えがあってのことだった。
 ギルドがおかしな方向に動き始めていることは確かだ。いまの国際情勢であれば、仕方のないことなのかもしれない。だが、それをジンは黙って見ているつもりはなかった。
 ギルドにはギルドにしか果たせない役割がある。
 そのためにも、どこかの国に肩入れしたり、教会に近付き過ぎるのは控えるべきだと言うのがジンの考えだった。
 そうした自分の考えを通すのであれば、ギルド内での発言力を高めるしかない。
 そのためにも代えのきくAランクではなく、Sランクに昇格する必要があると考えたのだ。

「俺は俺のやり方で向き合って見るつもりだ。だからエレイン。お前もお前の信じる道を行くといい」

 そう話すジンにエレインは頭を下げ、ギルドを後にするのだった。


  ◆


「悪かったな。説得できなくて」

 エレインがギルドを去った後、謝罪するジンに苦笑するドレッドヘアーの男。

「謝る必要なんてないわ。私は上からの指示をあなたに伝えただけよ。覚悟を決めた乙女を引き留めるなんて野暮な真似、本当はしたくなかったしね」

 だからこれでよかったのよ、とウインクしながら話す男の名はミシェル。
 ここ遊撃士教会クロスベル支部の受付にして、支部を預かる責任者だ。
 女のような口調をしているがれっきとした男で、ジンも一目置くほどの人物でもあった。
 本来であれば一支部の受付をしているような人物ではなく、もっと上の地位に就いていてもおかしくない人物だ。

「これから、どうするつもりだ?」
「クロスベル支部の話? 当然、閉めるつもりはないわよ」
「だが、それでは……」
「本部からの支援がなくたってやっていけるわよ。帝国のギルドが良い例でしょ?」

 ギリアス・オズボーンの行った政策によって帝国のギルドは活動の休止を余儀なくされ、レマン自治州にある本部からの支援も受けられない状態にあった。
 しかし、そんななかでも密かに活動を続け、帝国に残ることを決意した遊撃士たちを支援してきた実績がある。
 本部の支援を受けられずとも、この街で活動を続ける遊撃士がいるのであれば、そんな彼等を支えるのが自分の仕事だとミシェルは考えていた。

「こっちの心配は要らないわ。あなたこそ、気を付けなさいよ」

 ギルドの方針に逆らうような真似をすれば、Sランクと言えど厳しい立場に置かれることは目に見えている。
 ジンの志に賛同し、ついてきてくれる遊撃士はたくさんいるだろう。
 だが、それを上が許容するかどうかは別の話だ。
 これからジンがやろうとしていることは、組織内の対立を招く行為でもあるからだ。

「困ったら、いつでも相談にきなさい。話くらいは聞いてあげるから」
「かなわんな……。その時は、よろしく頼む」

 姿勢を正し、深々と頭を下げるとジンもミシェルに別れを告げて、ギルドを後にする。
 そんなジンの背中を見送って、

「私も負けていられないわね。まずは――」

 ミシェルもまた覚悟を口にし、未来のための行動を開始するのだった。


  ◆


 エレインは一つだけジンに話していないことがあった。
 確かに〈暁の旅団〉に所属するつもりはないし、当面は一人で活動するつもりだ。
 だが、ある人物から誘いを彼女は受けていた。

「それで、覚悟は決まりましたか?」
「一年、待って頂けますか?」

 ミシュラムにある別荘地。
 その一角にある屋敷で、エレインは一人の人物と面会していた。
 リベール王国の王太女、クローディア・フォン・アウスレーゼだ。

「勝手なお願いだと言うのは理解しています。ですが、いまの自分に何が出来るのか? 見定める時間が欲しいんです」

 真剣な表情で、そう言って頭を下げるエレイン。
 しばらくクロスベルで過ごし、〈暁の旅団〉と行動を共にして導きだした答え。
 ギルドに籠もっていたら、ずっと気付かなかったかもしれない、もう一つの道。
 本当は何をしたいのか? 自分はどうして遊撃士を志したのか?
 それを考えさせられる数ヶ月だった。
 
「構いませんよ。無理を言っているのは、こちらも同じですから」
「ありがとうございます」
「それで、これからどうされるおつもりですか?」

 そんなエレインの考えを察した上で、クローディアは尋ねる。

「まずは帝国へ向かおうと思います。自分の目で見ておきたいんです。共和国からは見えなかった景色を、人々の営みを――」

 それが、いまの自分に必要なことだとエレインは答える。
 立場が変われば視点も変わる。遊撃士が正義で猟兵が悪という考え自体、もう通用しないものだとエレインは考えていた。
 実際、ここクロスベルでは遊撃士と同じか、それ以上に猟兵は――〈暁の旅団〉は頼りにされている。
 先の共和国の侵攻から〈暁の旅団〉がクロスベルを守ったことも理由の一つに挙げられるのだろう。
 クロスベルに限らず帝国や、北方のノーザンブリアとジュライでも〈暁の旅団〉を支持する人々は多い。
 むしろ、そちらの方が〈暁の旅団〉の人気は高く、リィンを英雄視する声もあるくらいだ。
 共和国では魔王のように言われているが、立場や視点が変われば簡単に善悪の価値観は変わる。
 だからこそ、このままギルドにいては本当に自分の守りたいものが守れないとエレインは考えたのだ。
 
「彼が――ヴァンが見てきたものを――」

 それが、エレインのだした答えだった。
 ヴァンの過去について、エレインは何も知らなかった。
 自分と別れた後、ヴァンがどんな風に過ごしていたのか、どんな時間を過ごしたのか――
 置いて行かれた寂しさと、頼ってくれない。何も話してくれない悔しさで一杯で、本気で彼と向き合って来なかった。
 その結果が、いまの状況に繋がっているのだとエレインは感じていた。
 だから、まずは知ろうと思ったのだ。ヴァンがどんな人生を歩み、何を考えて生きてきたのか?
 彼がこれから、何を為そうとしているのかを――
 追いかけるのは簡単だが、それでは結局また彼は逃げてしまう。
 だから、

「置いていかれることの辛さ、寂しさは私も理解できるつもりです」
「クローディア殿下……」
「気軽にクローゼと呼んでくれて構いませんよ」

 一国の王女とは思えないクローディアの気さくな態度に、自然とエレインの表情から笑みが溢れる。
 エレインがいまの自分の在り方に疑問を持った切っ掛けは、クローディアたちにもあった。
 クローディアだけではない。アルフィンやミュゼ。それにアリサやエリィなど――
 リィンの周りにいる女性たちは優しく、信念を持った心の強い女性ばかりだった。
 同じ女のエレインから見ても、尊敬の出来る女性ばかりだと思ったくらいなのだ。
 本当に猟兵が――〈暁の旅団〉が共和国で言われているような悪なら、彼女たちが肩入れするとは思えない。
 だから、疑問を持ったのだ。自分の信じてきた正義に――

「あなたなら、きっと見つけられます。応援しています」

 クローディアの気遣いに感謝しながら、エレインは決意を新たにする。
 頭に浮かぶのは、ヴァンと過ごした幼い日の記憶。
 再会を果たし、共に過ごした学生の日々。
 あの頃の関係に戻れるかは分からない。それでも――

(あなたがどれだけ私を遠ざけようと、私は諦めないから)

 だから待っていて、ヴァン――
 それが、エレインの選択だった。



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