「ククッ、相変わらず面白い奴だ。そうは思わないか? 団長」
酒場で新聞を広げながら、クツクツと愉快げに笑う赤髪隻眼の大男。
シグムント・オルランド。〈赤の戦鬼〉の名で知られてる〈赤い星座〉の副団長だ。
そんな彼に『団長』と呼ばれる赤毛の男。
「そんな風に焚き付けたって無駄だぞ? いまはまだ、アイツと事を構えるつもりはねえよ」
ランドルフ・オルランド。愛称はランディ。
クロスベルの英雄と称される特務支援課のメンバーでもあった彼だが、クロスベルの独立騒動を発端とする事件で自らの無力さを痛感し、シグムントの誘いに乗り、いまは猟兵に復帰していた。
あの時、オルキスタワーの突入作戦が上手く行き、ディーター・クロイスの野望を食い止めることが出来ていれば、いまもロイドたちと楽しくやっていたかもしれない。だが、それはイフの話でしかない。
いまの彼は〈赤い星座〉の団長。今代の〈闘神〉だ。
いずれリィンとの決着を付けるべく、いまは密かに力を蓄えていた。
とはいえ、
「いまはまだ、ね」
「……何が言いたい?」
「〈闘神〉の名に恥じぬ戦いをするのであれば俺から言うことはないが、いまのお前では逆立ちしても奴に勝てんと言うことだ」
「ぐ……」
シグムントの指摘に反論できず、言葉を詰まらせるランディ。
あれから随分と強くはなったが、それでも今の自分ではリィンに勝てないという自覚があるのだろう。
いや、むしろ力を付けるほどにリィンとの距離が遠くなっていく気がする。
それだけに――
「兄貴との戦いで勘は取り戻したようだが、まだまだだ。いまのお前ではシャーリィにも敵わないだろう」
「んなの言われなくとも分かってるよ……」
目の前の叔父を含め、トップクラスの猟兵が如何に化け物揃いかをランディは痛感していた。
バルデルに勝利して〈闘神〉の名を継いだ訳だが、いまでも勝てたことが不思議なくらいだった。
あれからシグムントと何度も手合わせをしているが、一度も勝てたことがないからだ。
「若の潜在能力は、お嬢に負けていないと思うんですがね」
そう言ってランディとシグムントの会話に割って入ってきたのは、赤い強化アーマーに身を包んだ黒髪の男だった。
名はザックス。
ランディが〈死神〉の二つ名で呼ばれていた頃、右腕を任せていた男だ。
いまは〈赤い星座〉の部隊長を任されていた。
「団長と呼べと言っているだろう?」
そんなザックスに注意する右眼に傷のある男。彼の名はガレス。
二つ名は閃光。先代の〈闘神〉の片腕を務めた〈赤い星座〉の団員の中でも古参の猟兵だ。
射撃の腕は団の中でも随一で、実質シグムントに次ぐ実力者と言って良いだろう。
「すまねえ、つい……いや、すみません。団長」
「別に好きに呼べばいいさ。ザックスとは古い付き合いだし、今更畏まられると尻がこそばゆくなる」
「ククッ……違いない」
「ちょ! 若だけでなく副長まで!」
ランディを含めて、この四人が今の〈赤い星座〉の中核を担っていた。
各地に散った配下も含めれば、その数は総勢千を超える。
規模はそこそこと言ったところだが、末端の団員でさえ遊撃士のランクで数えればBランク以上という精鋭ばかりで構成された猟兵団だ。
西ゼムリア大陸で最強の一角に数えられた実力は、いまも健在だった。
そんな団員たちの上に立つからには、相応の実力が求められる。
その実力が今の自分にあるとは、ランディも思ってはいなかった。
だから、むしろ団長と呼ばれることに抵抗もあるのだろう。
とはいえ、
「先程の話ですが、訓練で鍛えられる力には限りがあります。いまの団長に足りないのは実戦の経験と自信かと」
ガレスはランディの実力がそこまで足りていないとは思っていなかった。
少なくとも自分やザックスよりも、いまのランディの戦闘力は上だと考えていた。
それでも戦えば自分たちが勝つ可能性が高い。それは経験の差だと考える。
戦いの勘を取り戻したと言っても、ランディには数年のブランクがある。
そのブランクも徐々に解消されつつあるが、やはり常に最前線に身を置いてきたシャーリィと比較すれば劣るのは仕方がないだろう。
「同意見だが、しばらく大きな戦争はないだろう」
新聞の記事を眺めながら、そう話すシグムント。
記事の見出しには『アルタイル独立』の文字がでかでかと記されていたが、いますぐに共和国が動くことはないとシグムントは確信していた。
いまアルタイルに軍を差し向けたとしても、クロスベル侵攻の時の二の舞になる可能性が高いからだ。
それが分からないほど、新大統領は無能な男ではない。
実際、この流れも彼の筋書きである可能性が高いとシグムントは警戒していた。
「なら、東はどうです?」
「……なるほど、その手があったか」
ガレスから東と聞いて、すぐにその意図を察するシグムント。
大陸の東部は小競り合いが続いていて、幾つもの猟兵団がしのぎを削っている。
そうなっている最大の理由は、砂漠化にある。
人の住める土地が少なく、水や食糧を求めて争いになることが多いのだ。
だからこそ大きな街やオアシスは狙われやすく、猟兵団にとっても稼ぎを得やすい環境にあった。
しかし、
「それって大丈夫なんですか? 東と言えば、〈鉄の盾〉や〈クルガ戦士団〉が主戦場にしてるって聞きますが? それに例の侍衆も……」
ガレスの提案にザックスは難色を示す。
猟兵にも縄張りのようなものはある。〈赤い星座〉が西ゼムリアを主戦場としているように、大陸の東を中心に活動する猟兵団は幾つも存在した。そのなかでも特に有名なのが、ザックスが例に挙げた団だ。
そして、特に危険と言われているのが、東の侍衆――〈斑鳩〉だった。
西風の旅団と〈赤い星座〉が嘗て西ゼムリア大陸最強の猟兵団と呼ばれたように、東ゼムリア最強の猟兵団と言えば真っ先に〈斑鳩〉の名が挙がる。
負けるつもりはないが、〈赤い星座〉でも簡単に行く相手ではない。
シグムントやガレスならともかく、いまのランディには荷が重いのではないかとザックスは考えたのだろう。
「ザックスはこう言っているが、どうする? 決めるのはお前だ、ランドルフ。この団の団長はお前なのだからな」
挑発するかのように、ランディに結論を迫るシグムント。
当然、東部の噂はランディも耳にしていた。
団を率いて向かうとなれば、危険な仕事になることは間違いない。
しかし、
「……東へ向かう」
ランディはガレスの提案通り、東へ向かうことを決める。
危険が待ち受けていることは理解しているが、いまのまま訓練を続けてもリィンには勝てないことが分かっているからだ。
それに――
「二年だ。二年の間にアイツとの差を縮めてやる」
「ほう、でかくでたな」
「そのくらいの覚悟がなければ、一生アイツには届かない気がするからな。叔父貴もそのつもりで下手な芝居を打ったんだろう?」
「ククッ、気付いていたか。そういう勘の良いところは兄貴によく似ている」
シグムントとガレスが結託して一芝居を打ったことに、ランディは気付いていた。
最初から東へ向かうことは二人の間で決まっていて、覚悟を問われたのだと――
だとすれば、既に仕事も見つけて来ているのだろう。
依頼がなければ、猟兵団として動くことは出来ないからだ。
「ガレス。もう仕事を見つけてきているんだろう? で、どこに向かうつもりだ?」
一口に東と言っても、ゼムリア大陸は広い。
どこの勢力に雇われるつもりなのかと尋ねるランディに――
「目的地はエルザイム公国。依頼主は――」
と、ガレスは答えるのだった。
◆
「彼からの手紙?」
真剣な表情で手紙と睨めっこしているノエルを見つけ、声をかけるミレイユ。
「はい。まだ当分、戻れそうにないそうです」
予想できた回答に、ミレイユの口からは溜め息が漏れる。
手紙の内容も大体察しが付いていたからだ。
「あなたも苦労するわね。あのバカといい……」
「……もしかして、そちらも?」
「ええ、ようやくメールを寄越したと思ったら仕事で東に向かうから、しばらく連絡を取れないって……。ほんと男って身勝手よね」
不機嫌さを滲ませながら呆れた口調で話すミレイユに、ノエルの口からは苦笑が漏れる。
彼女が不機嫌な理由や言いたいことは理解できるからだ。
と言うのもノエルの方も半年以上、ロイドと手紙でのやり取りしかしていなかった。
いまのロイドは特別捜査官という地位を与えられ、グノーシスや〈教団〉に関する捜査でゼムリア大陸の各地を渡り歩いているからだ。
最近は月に一度、手紙のやり取りをするだけになっていた。
「それはそうとノエル。あなたも例の部隊から勧誘を受けたのでしょう?」
「あ、はい。もしかして……」
「ええ、私の方にも話が来たわ」
例の部隊と言うのは、クロスベルを中心とした同盟国の間で新たに組織されることが決まった独立部隊のことだった。
ノエルだけでなくミレイユも、その部隊からスカウトを受けていた。
他にも各国のエージェントだけでなく、遊撃士や猟兵にも声が掛かっているという噂がある。
多種多様な人材を集めている理由には察しが付く。
現在ゼムリア大陸の勢力は、西と東に分断されようとしているからだ。
「それで、どうするの?」
ミレイユの問いに、少し迷う素振りを見せるノエル。
しかし、もう彼女のなかで答えは決まっていた。
「この話、受けるつもりです」
「そう」
ノエルの答えは、ミレイユにとって予想できたものだったのだろう。
反対するでもなく、あっさりと納得した様子を見せる。
「ノエルが一緒で安心したわ」
「それじゃあ……」
「ええ、私も話を受けるつもりよ」
ミレイユの話を聞き、嬉しそうに笑みを浮かべるノエル。
アルフィンの親衛隊に抜擢された時からそうだが、やはり共に戦った仲間と一緒と言うのは心強いのだろう。
ただ、問題は――
「かなり曲者揃いみたいだから、そこが心配なのよね」
「私は少ししか知らないのですが……そんなにですか?」
「ええ、私の聞いている話では、凄腕のエージェントや二つ名持ちの遊撃士。それに猟兵にも声が掛かっているそうよ」
「本当に多種多様な人材ですね……。それ、上手く纏まるんですか?」
「発起人はアルフィン皇女とリベールの王太女殿下と言う話だし、部隊を率いる人物もかなりの大物らしいわ」
アルフィンやクローディアが推す大物と聞いて、息を呑むノエル。
それだけ曲者揃いの実力者を纏められる人物となれば、実力だけでなく人望や人格さえも、すべてにおいて兼ね備えた傑物でなければ務まらないと考えたからだ。
「凄い部隊になりそうですね……」
「そのくらいでなければ、新しい部隊を新設する意味はないと考えているのでしょうね。つまり……」
「そうした部隊が必要になる危機が想定されていると言うことですか」
ゼムリア大陸に訪れようとしている危機。
その危機に備えるための独立部隊であることは分かっていたが、ミレイユの話を聞き、想像していたよりもずっと危険な状況にあるのかもしれないとノエルは考え――
(ロイドさん……)
恋人の無事を祈るのだった。
◆
「どうかしたのかい?」
「……いえ、なんでもありません」
頭の後ろで髪を揺った緑髪の女性に声をかけられ、ロイドが振り返ると――
そこには、褐色の肌に大陸中東部で見られる民族衣装。頭に黄色いバンダナのようなものを巻いた少女の姿があった。
「この子が?」
「ああ、アタシの妹分みたいなものだ」
紹介をされ、小さく会釈をする少女。
そして、
「〈クルガ戦士団〉副頭目が長女、フェリ・アルファイドです。あなたがアイーダさんの言っていた人ですね」
十一歳とは思えないしっかりとした口調で、少女は名乗るのだった。
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