時は流れ、七耀歴一二〇七年四月。場所はカルバード共和国の首都イーディス。
百年の歴史を持ち、カルバード革命における立役者の一人。芸術家アラミスの名を冠し、人材を幅広く育成する目的で創設された教育機関。
――アラミス高等学校。その名門校に、レンとキーアの姿があった。
「見た? 留学生の子たち!」
「うん! 凄い美少女だよね。まるで妖精みたい――」
アラミスに留学生がやってくるのは珍しいことではない。
実際、レンやキーアの他にも他国の留学生はいて、アラミスは国際交流の場ともなっているのだから――
エリィも三ヶ月ほどアラミスに短期留学していた経験があるくらいだった。
そんな他国の人間が珍しくないアラミスにおいても、レンとキーアの二人は注目を浴びていた。
「それだけじゃないわよ。あの子たち、入学試験で満点。同率一位だったんだって」
「すごい! 可愛いだけじゃなくて天才だなんて……女神は二物をお与えになったのね」
「運動も凄かったけどね……。特にレンって子、体育の時の動きなんて先生が目を丸くするレベルで、いろんな運動系の部活から声が掛かっているらしいわよ」
「天才って、やっぱりいるんだね」
と言うのも張り切って、やり過ぎたことが原因だった。
二人のスペックは大人のなかに混じっても特出したものだと言うのに、本気をだせばどうなるかなど目に見えている。
キーアはその辺りの匙加減が苦手で、そんなキーアに張り合ってレンも軽く本気をだしたものだから、想定以上に目立ってしまったのだ。
「目立ってるね。天才らしいよ、レン」
「妖精みたいって言われているわよ、キーア」
「それって、レンのことじゃないの?」
「まったく、この子は……」
無自覚なキーアに、レンの口からは溜め息が漏れる。
これが謙遜などではなく、天然だと言うことに気付いているからだ。
「あんなことがあったのに、クロスベルからの留学生を受け入れることを決めたアラミスの理事会には感謝だね」
「こんな時だからこそ、でしょうね。戦争を回避したいと考えている人たちは共和国のなかにもいるわ。それにクロスベルと共和国は経済だけでなく文化的な繋がりも深い。だから交流を途絶えさせたくないのでしょう」
いま共和国とクロスベルの関係は、過去最悪と言って良いほどに悪化している。
西と東に大陸は分断され、まさに冷戦状態と言った様相を見せていた。
この緊張はしばらく続くことになるだろう。
そんななかで危惧されたのが、民間における交流だった。
経済だけでなく文化的な問題など、敵対関係にあると言ってもクロスベルと共和国の結び付きは深い。
突然それらを禁止してしまえば、よくない歪みが生じ、その不満は政府に向かうことになるだろう。
だから両政府共、いまはまだ両国間の交流を禁止してはいなかった。
経済活動には若干の制限が設けられているようだが、少なくとも学生の国際交流を禁止するような制限は設けられていない。だから、レンとキーアもこうして無事にアラミスへ入学することが出来たのだ。
「それで、放課後にどこへ向かってるの? こっちって中等部だよね?」
アラミスには中等部も存在する。
しかし留学生を受け入れている高等部と違い、中等部は共和国出身の学生がほとんどだ。
キーアは勿論、レンにも知り合いなどいないはずだった。
「気になっている生徒がいるのよ。お茶会に誘おうと思ってね」
「……レン?」
「勿論、ちゃんとした表の茶会よ」
危険なことはないと強調するレンに、キーアは一先ず納得した様子を見せる。
レンの実力であれば、なにがあっても大丈夫だとは思っているが、それでもキーアなりに親友のことを心配しているのだろう。
リィンが消えて半年。
態度にはださないが、レンがリィンの安否を気にしていることを知っているからだ。
そのため、無茶なことをしなければ良いが、と危惧していた。
「ちょっといいかな。二人とも」
中等部の校舎へ向かう途中で、緑を基調としたアラミスの制服に身を包んだ男子学生に声をかけられる。
声をかけてきた男の周囲には、他の学生たちの姿もあった。
敵意はないようだが、如何にも上流階級のお坊ちゃまとその取り巻きと言った雰囲気に、レンは顔にはださないものの心の中で嘆息する。
「私たちに、なにか御用かしら?」
冷静に落ち着いた態度で、応対するレン。
彼女にとって、このくらいの処世術は訳のないものだった。
「留学生の歓迎会を考えていてね。キミたちの意見も聞かせて欲しいのだけど、よかったらこれから僕たちと一緒に――」
「ごめんなさい。お誘いは嬉しいのだけど、どうして外せない大事な用事があるの」
男の思惑を察したレンは、やんわりとした口調で断りを入れる。
断られると思っていなかったのか? 眉根をピクリと動かす男子生徒。
しかし、すぐに平静を装い、「それは残念だ」と引き下がる態度を見せる。
「ロナールさん、いいんですか?」
「機会は幾らでもある。留学してきたばかりで、彼女たちも異国の生活に慣れるのに時間が必要なんだろう。無理を言ってはいけないよ」
理解があるような素振りを見せ、取り巻きを注意する姿は学生ながらたいしたものだった。
邪魔をしたねと言って、取り巻きを連れて去って行く男の後ろ姿を見送り、
「よかったの?」
「いいのよ、あれで」
レンは興味をなくしたとばかりに、キーアと共に中等部の校舎に向かうのだった。
◆
「はじめまして、アニエスさんとオデットさんね」
「噂の留学生に声をかけてもらえるなんて、アニエス。知り合いだったの?」
「えっと……」
興奮する友人に対して、戸惑う様子を見せる少女――アニエス。
二人が着ているダークブルーを基調とした制服は、アラミス中等部のものだ。
「覚えていないかしら? あなた〈AEOS〉に手紙をだしたでしょう?」
「あ……」
心当たりがあるのか?
驚きながらも、どこか納得した顔を見せるアニエス。
「〈エイオス〉って、いま噂の企業だよね? アニエス、そんなところに手紙をだしてたの?」
「フフ、驚かせてしまったようでごめんなさい。実は昨年トリオンモールで起きた事故に、うちのスタッフも巻き込まれていてね。そのことを心配した彼女が、手紙を送ってくれたのよ」
「あ、そう言えば、アニエスも巻き込まれたって……そうだったんだ。でも、うちのスタッフ?」
「ごめんなさい。そう言えば、自己紹介がまだだったわね。私はレン・ブライト。クロスベルからの留学生で〈エイオス〉の研究員もしているの。それに隣の子は――」
「〈エイオス〉の研究員!」
キーアのことを紹介しようとすると目を輝かせたオデットに詰め寄られ、顔が引き攣るレン。
この勢いと分かり易い反応。
過去の記憶が呼び起こされるようだったからだ。
(エステルと出会った頃を思い出すわね)
今頃、あの義姉はどうしているだろうかと、レンは家族に思いを馳せる。
最後まで留学に反対していただけに、また無茶をしなければ良いがと心配しているのだろう。
あの勢いでは、そのうち共和国にまで押し掛けてくるのではないかと思っていた。
遊撃士であれば、それも不可能な話ではないからだ。
「キーア・バニングスだよ。私はレンみたいに〈エイオス〉の研究員と言う訳じゃないけど、たまにアルバイトで手伝っているの」
「凄い! 二人とも優秀なんですね。ということは、やっぱり飛び級とかしているんですか?」
キーアを見て、そう思ったのだろう。
オデットの悪気のない一言に、クスクスとレンは堪えきれずに笑いを漏らす。
「これでも一応、レンと同い年なんだけど……」
「え……」
キーアの公的な年齢はレンと同い年。十五歳と言うことになっていた。
ただ、アニエスやオデットよりも幼い中等部に入りたての子くらいの見た目なので、オデットも飛び級か何かだと勘違いしたのだろう。
キーアも身長のことは気にしており、アルティナやミリアムと一緒で成長が見込めない状況にあった。
錬金術によって生み出された人造人間と言うのが理由にあるのだろう。
「ごめんなさい! あの……私そんなつもりじゃ……」
「怒ってないし、わかってくれたならいいよ。もう勘違いされるのには慣れたからね……」
「子供料金で列車に乗れるし、お得よね」
「ちょっとレン! 言っていいことと悪いことがあるよ」
顔を青くして謝るオデットに、気にしなくていいと返事をするキーア。
そんなキーアを見て、意地悪くからかう仕草を見せるレン。
重くなりかけていた空気が和らぐ。
「それで手紙のこともあるし御礼もしたいから、アニエスさんをお茶会に誘いにきたのよ」
「なるほど。そう言うことなら、アニエス行ってきなよ」
「あなたも一緒で構わないわよ?」
「折角のお誘い嬉しいのですが、このあと生徒会に呼ばれてまして……」
ごめんなさいと頭を下げて、オデットは手を振りながら立ち去るのだった。
◆
「ごめんなさい。オデットが……」
「いいのよ。私もキーアも気にしていないから」
「小さいのは事実だしね。子供料金で鉄道にも乗れるし……」
「まだ気にしてたのね。悪かったわ。好きなの頼んでいいから」
「ほんと? なら、この季節限定のフルーツタルトください!」
遠慮なく一番高いケーキを注文するキーアに、レンは呆れた様子で溜め息を吐く。
三人がいるのは、アラミスの近くにあるケーキ屋だった。
お持ち帰りだけでなくテラスで食べられるようになっていて、学生にも人気の店だ。
「目立っているわね」
「ここ、放課後はアラミスの生徒も多いですから……」
「次からは少し遠回りになるけど、タイレル地区の方に足を運んでみてもいいわね」
「あそこも人は多いですが、店もたくさんありますからね。三区にもオススメの店がありましたが、まだトリオンモールの復興に時間が掛かるみたいですし……」
どこか暗い表情を見せるアニエス。
レンとの会話で、半年前のことが頭を過ったのだろう。
商業ビルが爆破され、倒壊すると言った大惨事に見舞われたのだ。
レンのように荒事に慣れているのならまだしも、この反応も無理はない。
その上で、レンは尋ねる。
「助けてくれた人に会って御礼を言いたい。あれは本気なの?」
周りに聞こえないように少し小さめの声で、アニエスに手紙のことを尋ねるレン。
オデットの前ではああ言ったが、助けられたのは〈エイオス〉の研究員ではなくアニエス自身だった。
彼女を助けたのは〈灰の騎神〉――いや、〈暁の騎神〉だ。
即ち、リィンに会って御礼が言いたい。それが、アニエスの望みであった。
「あれは騎神よ。誰が乗っていたかなんて、もう察しが付いているのでしょう?」
「……はい。刑事さんが教えてくれました。リィン・クラウゼル……〈暁の旅団〉の団長さんですよね?」
当然アニエスもそのことは分かっていた。
その上で、彼女は〈エイオス〉に手紙を送ってきたのだ。
罠である可能性も含めて、確認のためにアニエスと接触したのだが――
「本気みたいね」
アニエスが本気なのだと悟り、どうしたものかと逡巡する。
会わせてあげたくても、リィンは行方知れずのままだ。
それに今の状況でリィンが共和国の首都にやって来るのは難しいだろう。
「会わせてあげられるかは分からないけど、クロスベルに一度来てみる?」
「えっと、それは……」
困った顔を覗かせるアニエスを見て、やはりそういうことかとレンは納得する。
リィンに会いたいという気持ちに嘘がないことは確かだ。
だが、彼女は手紙で確認を取ると言った方法を取った。
クロスベルに足を運ばず手紙と言う手段を取ったのは、出来ない理由があったからだと推察できる。
そして、その理由についてもレンは察しが付いていた。
「いますぐは難しいけど、団長さんに会わせてあげてもいいわ」
「本当にいいんですか?」
「ええ、縁があったのは事実だしね。ただ――」
物凄い女誑しだから気を付けるのよ――
と、レンは真剣な表情でアニエスに釘を刺すことを忘れないのだった。
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