ゼムリア大陸の中央北部に位置し、医療大国として知られるレミフェリア公国とカルバード共和国に挟まられるカタチで接している自治州――オレド自治州。
 そんな自然豊かで農業が盛んな国として知られる自治州に、マルドゥック総合警備保障の本社があった。

「イッヒッヒ、調子はどうじゃ?」

 白衣を纏った技術者と思しき老人の問いに、手足を動かしながら「問題ない」と答える青い髪の男。
 男の名はカシム・アルファイド。ゼムリア大陸東部の荒野で名を馳せた高位の猟兵団〈クルガ戦士団〉に所属し、〈灼飆(カムシン)〉の二つ名で知られた最強格の猟兵。現在は団を離れ、MK社の警備主任を務めていた。
 しかし、リィンとの戦いで右腕と両足を失い、いままで本社のラボで療養を取っていたのだ。
 だが、いまのカシムには失ったはずの両足と腕があった。
 最先端の医療技術とロボット工学によって生み出された義足と義腕。
 MK社の技術の粋を集めて作られた擬体で、失った手足を補っているからだ。

「本来なら手足を動かすだけでも大変なのじゃがな。御主なら、すぐに慣れるじゃろう」

 とはいえ、一口に擬体で欠損した腕や足を補うと言っても簡単なことではない。
 本来は歩けるようになるまで、最低でも一年以上のリハビリが必要だ。
 以前と同じように日常生活を送れるようになるのは、もっと長い歳月が必要だろう。
 なのにカシムは手術からほんの数日で立って歩けるようになるまで快復していた。
 これは前例がないほど異常なことだ。
 老人が――ジャッカスが驚くのも当然であった。

「世話になった」
「構わん。こっちも良いデータを取らせてもらったからの。また調子が悪くなったら顔をだせ。それと――」

 クイッと首を動かし、台座の上に置かれた武器へ視線をやるジャッカス。

「お前さんの武器も新調しておいた。以前よりも性能がアップした分、取り回しが難しくなっておるが……問題ないじゃろう?」
「ああ、使いこなしてみせる」

 それは、リィンとの戦いで破壊されたはずのバスターランスだった。
 手足と同様、新品に生まれ変わったバスターランスを見て、カシムはもう一度ジャッカスに頭を下げる。

「この礼は必ずする」
「そう言うのは、よいと言っておろう。まったく元猟兵とは思えんほど、生真面目な男じゃな」

 用が済んだらさっさと出て行けとばかりに手を振るジャッカスに苦笑を漏らしながら、カシムはラボを後にするのだった。 


  ◆


「主任! もう、動いても大丈夫なんか!?」

 廊下でカシムの姿を見つけ、慌てて駆け寄る亜麻色の髪の女性。
 メイド服のような制服に身を包んだ彼女の名は、ミラベル・アールトン。
 MK社のSC――サービスコンシェルジュだ。
 サービスコンシェルジュとは、MK社と契約をしている相手に様々な提案やサポートを行う補佐役のことだ。

「ああ、問題ない。すぐに任務へ復帰しても――」 
「ダメに決まっとるやろうが! まずはリハビリが先。しばらく本社待機や」
「いや、だが実戦で勘を取り戻した方が――」
カシム主任(・・・・・)?」

 ジロリとミラベルに上目遣いで睨まれ、言葉に詰まるカシム。
 今回に限っては、ミラベルの方に分があると理解はしているのだろう。

「……了解した」
「それでええ。しばらく、あちらさん(・・・・・)も動きがなさそうやから、時間はたっぷりとあるしな。そんなに焦らんでも大丈夫や」

 ミラベルの話を聞いて、ピクリと眉根を動かすカシム。
 やはり〈暁の旅団〉のことは気になっていたのだろう。

「リィン・クラウゼルは?」
「消息不明。クロスベルにも戻っておらんようやな」
「……彼女はなんと言っている?」
「予測不可やと。彼女の未来演算(・・・・)を上回る規模の介入があったと考えて間違いないやろな」

 ミラベルの説明に、何かを考え込むように険しい表情を見せるカシム。 
 そんなカシムを見て、

「難しく考えんでええよ。予定とちょっと違うけど、時間を稼げたことに違いはない。彼女も修正可能な範囲だと答えをだしとる。〈アルマータ〉が何を企んでいようと〈暁の旅団〉がなにをしようと、ウチらの計画を止めることは出来ん」

 カシムを励ますように、ミラベルは計画に問題がないことを強調する。
 こうでも言っておかないと、またカシムが無茶をすると分かっているのだろう。

「まあ、あちらさんはウチらの仕業を疑っとるみたいやけど……」
「間違いでもないだろう。すべて、あの大統領の計画通りに事が進んでいるのだから」
「だからって〈アルマータ〉のやったことまで、ウチらの所為にされても困るわ。マフィアと繋がっとるなんて思われたら、企業イメージは最悪やで」

 不機嫌さを隠そうともしないミラベルに、カシムは苦笑する。
 実際、マフィアとの繋がりが噂になれば、MK社の企業イメージはマイナスだろう。
 だが、証拠がない。そして、その証拠がでてくるはずもない。
 本当にMK社と〈アルマータ〉に繋がりはないからだ。
 むしろ、今回の件で利用されたのはMK社の方と言っていい。
 その証拠に――

「ヴァンはどこにいる?」

 ヴァン・アークライド。
 エレインの幼馴染みは、MK社に保護(・・)されていた。


  ◆


「はああッ!」

 何かに取り憑かれたかのように鬼気迫る表情で、訓練に励むヴァンの姿があった。
 ヴァンが目を覚ましたのは、いまから一ヶ月前のことだ。
 リーシャを庇って重傷を負い、意識不明の重体にあったこと。
 病院で寝ていたところをアルマータに拉致されたこと。
 そして、MK社に保護(・・)されたこと。
 自分が寝ている間に起きたことをミラベルから聞かされたヴァンは、リハビリと称してMK社の警備隊の訓練に参加していた。

「ヴァン・アークライド!」

 名前を呼ばれ、振り返るヴァン。
 視線を向けた先でカシムの姿を見つけ、驚く様子を見せる。

「生きてたのか?」
「勝手に殺すな。怪我で入院していたことは事実だが、それよりもお前の方こそいいのか?」
「ああ、世話をかけたみたいだな。お陰様でこの通りだ」

 腕を振って身体に問題がないことをアピールするヴァン。
 実際、半年も病院のベッドで眠っていたと思えないほど、体調は良かった。
 むしろ、自分自身でも驚くほどで、以前よりも軽快に身体が動くくらいだった。
 だが、

「自分の身体のことだ。その異常なまでの快復力。半年も寝ていたはずなのに衰えていない肉体。原因は分かっているのだろう?」

 ヴァンが自分の身体に起きている異変に気付いていないはずがないとカシムは睨んでいた。
 と言うのも、MK社に保護された時、既にヴァンの身体は完治していたのだ。
 重傷を負っていたはずなのに傷はどこにもなく、健康体そのものだった。
 それに本来は半年も眠っていれば起き上がることすら困難なはずなのに、ヴァンの身体には少しの衰えもなかった。
 これは医学的にも、ありえないことだ。
 科学では説明の付かない現象が、ヴァンの身体に起きているとしか思えない。

「ああ……原因についても察しはついている。どうして今になってと……疑問しか湧かないがな」
「鬼気迫る表情で訓練に参加していたのは、それが理由か」
「それだけが理由じゃないが……まあ、そんなところだ」

 言葉を濁すヴァンを見て、また何かを抱え込んでいるのだとカシムは察する。
 はじめて出会った頃のヴァンも、いまと同じような顔をしていたからだ。
 だから――

「武器を取れ、ヴァン」
「……カシム主任?」
「もう一度、鍛え直してやると言っている」
「はあ? アンタ病み上がりなんだろう? 病人に無茶をさせるつもりは――」

 言い切る前に目の前にバスターランスの切っ先を突きつけられ、目を瞠るヴァン。

「確かに万全ではないが、いまのお前に後れを取るほど俺は弱くはない」

 そう話すカシムの言葉には説得力があった。
 いまのカシムの動きに、ヴァンはまったく反応が出来なかったからだ。

「たく……これじゃあ、どっちが化け物かわかったものじゃねえな」
「丁度良いリハビリだ。遠慮無くかかって来い」

 カシムの気迫に本気だと悟ったヴァンは、愛用のスタンキャリバーを構える。
 そして、訓練場の中央で激突する二人。
 このあと怒り心頭のミラベルが現れるまで、二人の訓練(リハビリ)は続くのだった。


  ◆


 こことは異なる次元。異なる世界。
 異世界や並行世界と呼ばれる別の世界に――

「うーん……おはよ。リィン」
「朝食の前に顔を洗ってこい」

 リィンとシズナの姿があった。
 全裸の上から白いワイシャツを羽織っただけのシズナに顔を洗ってくるようにと促し、慣れた様子で朝食の準備をするリィン。
 ベーコンエッグに海藻のサラダ。自家製ジャムに焼きたてのトースト。
 インスタントではなく豆から挽いた本格的な珈琲と、朝から手の込んだ料理が食卓に並ぶ。

『次のニュースです。杜宮市で起きている失踪事件について警察は――』

 珈琲を淹れながら、テレビのニュースに耳を澄ますリィン。
 テレビでは最近頻発している失踪事件のニュースが報じられていた。
 ここ最近のリィンの朝は、ネットやテレビなどでニュースを確認するところからはじまる。

「うーん、良い匂い。毎朝こんなに手の込んだ料理ばかり。リィンって器用だよね」 
「単純に作り慣れているだけだ。それより顔は洗ってきたのか?」
「うん、ちゃんと洗ったよ」
「歯は磨いたのか?」
「時々、母親みたいになるよね。リィンって……」
「俺はこんなに大きな子供を持った記憶はないけどな」

 このやり取りも毎朝のことだった。
 この世界(・・・・)に辿り着いて、凡そ三ヶ月。
 シズナもすっかりと、ここでの生活に慣れた様子が見て取れる。
 東亰都、杜宮市。それが、いまリィンとシズナが暮らしている街の名前だった。
 そう、ここは――

(また、この世界に戻ってくることになるとはな……)

 以前、リィンが立ち寄ったことのある世界だった。
 紅き終焉の魔王(エンドオブヴァーミリオン)との戦いで異世界に跳ばされ、養父の形見であるブレードライフルを回収するために立ち寄った世界。
 それが、ここ並行世界の地球だ。
 並行世界と頭に付けているのは、リィンの前世の記憶にある地球とは幾つか異なる点があるからだった。

「ふーん、子供扱いするんだ。でも、それだと子供に手をだしたロリコンってことになるけど、いいの?」
「……お前の方が俺よりも年上だろう?」
「そうだっけ? でも、リィンは年下って感じがしないんだよね」

 転生のことは知らないはずなのに核心を突いてくるシズナに戸惑いながらも、「悪かった。降参だ」と観念した様子で両手を挙げるリィン。この手の会話は続けると、分が悪いと悟ってのことだ。
 実際、言い訳のしようがなく、リィンとシズナはそういう関係(・・・・・・)に至っていた。
 いろいろと不運が重なった結果であるのだが、その件でリィンは言い訳をするつもりはなかった。
 経緯はどうあれ、シズナを抱いたことに変わりは無いからだ。

「リィン、インターフォンが鳴ってるよ。こんな朝早くに誰だろう?」
「……誰もなにも、ここに来る人間は限られているだろう」

 食卓から動こうとしないシズナに呆れ、インターフォンにでるリィン。
 案の定、カメラに映し出された顔に溜め息を漏らしながら、

「朝早くに何の用だ? エイジ(・・・)

 来客に訪問の目的を尋ねるのだった。




後書き
 これにてアンダーグラウンド編は終了です。
 まだ〈帝国解放戦線〉のことやボス亡き後の〈アルマータ〉の目的など、明らかになっていない謎がありますが、それは最終章に繋がる伏線となっているので追々と明らかになっていきます。
 取り敢えず、ゲームの新作がでる前に終えることが出来て本当に良かったです。
 新作で明らかになることも多そうなので、そうなったらプロットにまた修正を加えるかもしれませんが、しばらく東亰ザナドゥ編をお楽しみください。
 本編で東亰ザナドゥ編をやるのは初めてですが、お忘れの方は断章を予習しておいてください。



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