夕暮れの公園。
 ベンチに腰掛け、読書に耽るリィンの姿があった。

 「リィンさん、お待たせしました」

 そんなリィンの姿を見つけ、名前を呼びながら駆け寄るアスカ。
 そして周囲を見渡し、シズナの姿がないことに気付く。 

「あれ? 今日はシズナさんは一緒じゃないんですか?」
「ああ、シズナなら武器の手入れをすると言って、刀を見てもらいに鍛冶屋へ行ってる」
「それって、商店街の?」
「なんだ。知ってたのか」
「はい。私も武器のメンテナンスをお願いするので」

 商店街には〈倶々楽屋〉と言う金物屋があった。
 表向きは金物の販売や修理を請け負う普通の店なのだが、この店の店主は裏社会でも有名な鍛冶職人で霊力を帯びた特殊な武器を扱ったり、怪異(グリード)と戦うための武器の手入れも行っていた。
 そう、ソウルデヴァイスの調整が行えるのだ。
 そのため、アスカも日本に行ったら〈倶々楽屋〉を頼るようにと両親から言われ、ソウルデヴァイスを見て貰っていると言う訳だった。

「シズナさんの武器って、ソウルデヴァイスなのですか?」
「いや、アイツの刀は妖刀と呼ばれる類のものだな」
「妖刀……」

 一般的に怪異(グリード)と戦うにはソウルデヴァイスが必要とされているが、実際には他にも怪異を倒す手段は存在する。
 霊力を帯びた〈霊具〉と呼ばれる武装。妖刀や魔剣と言ったものを用いれば、怪異にダメージを与えることは可能だった。
 ただ、霊具を使えば誰でも怪異を倒せるのであれば、苦労はしない。
 霊力をコントロールできなければ霊具を扱えず、霊力を制御するには才能と修練が必要だ。
 即ち、ソウルデヴァイスと同じく適性を必要とする上、修練なしに扱うことは難しいと言うことだ。
 ソウルデヴァイスに覚醒した〈適格者〉が稀少な存在であることは間違いないが、霊具の扱いに長けた霊能力者も簡単になれるような存在ではないと言うことが、このことからも分かるだろう。
 ましてや怪異と戦えるほどの霊能力者となると、その稀少性は〈適格者〉と大差がない。
 どちらにせよ、組織が抱える人材不足の問題は簡単に解消できる話ではないと言うことだ。
 誰でも扱える霊具の開発も進められてはいるが、それが完成して配備されるまでにはまだまだ時間を要する。現状で、あてに出来るようなものではなかった。
 ちなみに――

「まあ、俺もソウルデヴァイスは使えないしな」

 リィンもソウルデヴァイスは使えなかった。
 しかし、特に不便を感じてはいない。ソウルデヴァイスも結局のところは武器でしかない。
 どんな武器も使い手次第と言うのが、リィンの考えだからだ。
 それに怪異に通常兵器が通用しないのは、怪異が実体を伴わない幻獣のような存在だからだとリィンは考えていた。
 この世界の端末――サイフォンが戦術オーブメントのように多少の訓練で誰も扱えるようになれば、いずれは適性を持たない普通の人間でも怪異と戦えるようになるはずだ。
 実際、十年前の時点でアスカの母親はその試作型を上手く使いこなしていた。
 いまアスカが携帯しているサイフォンもそうだ。
 まだ限られた人間にしか扱えないと言う話だが、彼女のサイフォンには戦術オーブメントのように異界で入手した素材から作られたマスターコアと呼ばれるものを装着することで、身体強化などの様々な効果を得られるシステムが組み込まれていた。
 そのため、あと十年もすれば、状況は大きく変わるだろうとリィンは見ている。
 ただ、それで普通の怪異(グリード)はどうにかなったとしても、エルダーグリードを上回る怪異と戦うには心許ない。
 結局は自分の力を磨くしかないと言うのが、リィンの考えだ。

(状況は十年前とまったく同じ。だとすれば、今回も神話級グリムグリードが関係している可能性は低くない)

 最悪、国一つを滅ぼしかねないと言われている災厄。それが、怪異の頂点に立つ神話級グリムグリードだった。
 十年前の〈東京冥災〉も、その神話級グリムグリードが引き起こしたものだ。
 そのため、今回も同じように災厄と呼ばれる怪異が関わっている可能性が高いとリィンは考えていた。
 ただ、出現するまでは対処のしようがない。いま、この街で多発している〈異界化(エクリプス)〉は災厄の前兆だと思われるが、どれだけ〈迷宮〉を潰したとしても元凶には影響がないからだ。
 それでも放置は出来ないため、異界化(エクリプス)が発生したら対処するしかなく、結局のところ後手に回っているのが現状だ。
 数日後か、数ヶ月後か?
 いつ訪れるかもしれない災厄に備えることくらいしか、いまは出来ることがなかった。
 だが、逆に考えれば、まだ備える時間があると言うことだ。

「今日も街を散策して〈異界化(エクリプス)〉を見つけたら片っ端から潰して回る。俺は基本的に手をださないから一人でやってみろ」
「……はい」

 だから、リィンはアスカに実戦経験を積ませることを優先していた。
 いまの彼女の実力では、神話級グリムグリードと対峙すれば確実に命を落とすことになると分かっているからだ。
 だからと言って安全な場所にいろと言ったところで、素直に従ったりはしないだろう。
 あの母親にして、この娘。アスカの性格は間違いなく母親譲りだとリィンは思う。

「ところで前から気になってたんだが、別に敬語を使う必要はないんだぞ?」
「えっと、それは……」
「昔はリィンって呼び捨てにしてただろう?」
「うっ……あの頃は子供故の無知というか、もう忘れてください!」

 子供の頃の話を持ちだされ、顔を真っ赤にして反論するアスカ。
 こういうからかい甲斐のあるところも母親そっくりだと、リィンは思うのだった。


  ◆


「こいつは……凄い業物だな。こんな刀は初めて見た」

 真剣な表情でシズナの刀を見詰め、感嘆のため息を吐く老人。
 右眼に眼帯をつけた彼こそ〈倶々楽屋〉を営む店主、ジヘイだった。
 裏社会で名の知れた鍛冶士の彼の目から見ても、シズナの刀は目を奪われるほどの業物であった。
 それだけに――

「儂の手には負えんな」

 自分の技量では、この妖刀を扱うのは難しいと判断する。
 そんなジヘイの嘘偽りのない判断に、満足げな笑みを見せるシズナ。

「うん、噂通り良い鍛冶士みたいだね」

 ジヘイのことを聞いたのは、ヤマオカからだった。
 しかし、凄腕の鍛冶士とは聞いていたが、どの程度の腕か分からないために試すようなことをしたのだ。
 刀の価値も分からない相手に、大切な刀を任せる訳にはいかないからだ。

「見て欲しいのは、こっち。鞘の方でね」
「ふむ……少し欠けているな」

 鞘についた僅かな傷。それはアリオッチとの戦いで出来たものだった。
 鞘の状態を確認して、唸るジヘイ。

「特殊な素材を使っているな。これは……刀剣か?」
「ご明察。この子の鞘は特別製でね。素材はすべて強者(つわもの)の武器や鎧からとった破片を使っているのさ」

 強者の闘気が込められた素材でないと、刀の発する妖気を押さえ込めないのだとシズナは説明する。
 その説明に納得した様子を見せるジヘイ。
 確かにそのくらいのものでなければ、難しいと判断したのだろう。

「それで、素材はあるのか?」 
「うん。これでお願い」

 そう言って、鎧の破片のようなものをジヘイに渡すシズナ。
 それはアリオッチが身に付けていた古代遺物(アーティファクト)〈羅睺の牙〉の破片だった。
 戦斧と鎧のセットからなる古代遺物だが、その鎧の破片を密かに回収してあったのだ。

「ふむ……良いだろう。早速、作業に取り掛かる。おい、マユ」 
「おじいちゃん、呼んだ?」
「仕事が入った。店仕舞いの看板をだしておいてくれ。それと、お前もしっかりと見ておくといい。これほどの武器に巡り逢う機会は滅多にないでな」
「う、うん」

 孫娘に店仕舞いを命じ、奥の作業スペースへと向かうジヘイ。
 そんな祖父と孫のやり取りを、どこか懐かしそうにシズナは見守るのだった。


  ◆


「うん。良い職人を教えてもらったね。マスターには改めて御礼を言わないと」

 鞘の出来映えに満足げな笑みを浮かべるシズナ。
 とはいえ、そのまま腰にぶら下げていては銃刀法違反で逮捕されかねないため、〈ユグドラシル〉の空間倉庫に刀を仕舞う。

「これも便利だよね。正直、手放すのが惜しいくらい」

 いまシズナが使っている〈ARCUS〉は、リィンから借りているものだった。
 戦術オーブメントの拡張ユニットである〈ユグドラシル〉はアリサの開発したもので、いまのところは〈暁の旅団〉の主要メンバーにしか支給されていないものだ。
 一般に流通している装備ではないことから、欲しいからと言って手に入るものではなかった。
 いまのシズナは期限付きの出向という扱いで〈暁の旅団〉の正式なメンバーではない。
 そのため、〈斑鳩〉に戻れば借りている装備は返す必要がある。
 しかし、いまのところ〈斑鳩〉を退団して〈暁の旅団〉に入るつもりは、シズナにはなかった。
 まだシズナには〈斑鳩〉で為すべきことが残っているからだ。
 そのためにも――

「どうにかして元の世界に帰る手段を見つけないとね」

 リィンと協力して、元の世界に帰る方法を見つけるのが先決だと考えていた。
 だから装備は万全な状態にしておきたかったのだ。
 良い鍛冶士を紹介してくれたと、改めてヤマオカに感謝する。

「良い匂い。おばさん、これって何の匂い?」
「おや、お嬢ちゃん。コロッケを知らないのかい?」
「コロッケ?」
「綺麗な髪色をしているし、外国の人かね? よし、ならおばちゃんが一個奢ってあげるよ」

 肉屋のおばさんからコロッケを包んだ袋を受け取り、はふはふと頬張るシズナ。
 すると、余程おいしかったのか? 目がキラキラと輝きだす。

「美味しい! 熱いけど、凄く美味しいね。これ」
「だろう? 揚げたては特に美味しいからね。気に入ったなら、また買いに来ておくれ」
「うん。今度、リィンも連れてくるね。おばさん、ありがとう!」

 御礼を言って肉屋を後にするシズナ。
 しかし、それだけで済むはずもなく――

「嬢ちゃん、こっちにも寄っとくれ。良い魚が入ってるから安くしとくよ」
「お姉さん、食後のフルーツはどうだい? いまなら甘夏やメロンがおすすめだよ」

 一部始終を見ていた他の店も、我先にとシズナに声をかける。
 活気に溢れた夕方の商店街に、軽やかな声が響く中――
 シズナの商店街ツアーは続くのだった。



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