リィンの放つ殺気に耐えながら――
「ふざけるな! 絶対に俺は久我山を見捨てない!」
怒りを顕わにして叫び、リオンを庇うように前にでるコウ。
「なら、少し寝ていろ」
そんなコウの頭上に、リィンはブレードライフルを振り下ろす。
ソウルデヴァイスで防御しようとするも、咄嗟のことで反応が僅かに遅れるコウ。
(嘘だろ――)
コウが戸惑うのも無理はない。
まるで、リィンが瞬間移動したかのようにしか見えなかったからだ。
「くっ――」
それでも初撃はどうにか防ぐ。
攻撃を止められたことに少し驚く様子を見せるも、間髪入れずに追撃を放つリィン。
一流の剣士や武道家は、筋肉の動きや視線から攻撃を読むことが出来る。コウも達人の域にまで達しているとまでは言えないが、幼い頃から武術を嗜んできたこともあって相手の動きを読むことに関しては相応の自信があった。
しかし、
(また――)
ただ速いだけじゃない。
攻撃に移るまでの動作が自然すぎて、予備動作を察知することが難しいのだとコウは悟る。
武術を嗜んできたからこそ、リィンがどれほど規格外なことをしているのかが分かる。
「二撃目も止めたか。なかなかやるな。だが――」
殺気を感じ取り、次の攻撃に備えようとするコウ。
(反撃の隙がない。これじゃあ、まるで――)
祖父と対峙しているかのようだと考えるコウ。
コウの祖父は九重神社の神主にして古武術の達人。コウの武術の師匠でもあった。
齢七十を超えるとは思えないほど圧倒的な実力を秘めた武術の達人で、幼い頃からずっと道場に通っているが、まだ一度も祖父から一本を取ったことがない。
その祖父と同じか、それ以上の力の差をコウはリィンから感じ取っていた。
(嘘だろ。攻撃が同時に――)
左右から、まったく同時にブレードライフルの刃が襲い掛かる。
理解が追いつかず、硬直するコウ。
一本の武器で、同時に異なる方角から攻撃を放つなんて通常はありえない。
だとすれば、どちらか一つがフェイントのはずだと考えるも身体が動かなかった。
「右よ!」
咄嗟に聞こえてきた声に従い、ソウルデヴァイスを振るうコウ。
体勢を崩しながらも、どうにかリィンの攻撃を弾くことに成功する。
「どういうつもりだ? アスカ」
攻撃の方向を教え、コウを助けたのはアスカだった。
母親と同じレイピアのカタチをしたソウルデヴァイスを構えるアスカを見て、どう言うつもりかとリィンは理由を尋ねる。
「やめてください、リィンさん。コウに剣を向けるなら、私は――」
「本気か? お前はネメシスの執行者だろう?」
素人のコウならまだしも、アスカはネメシスの執行者だ。
なら、なにを優先するべきかは理解しているはずだ。
だからこそ、どこか呆れた様子でリィンは尋ねる。
「はあ……慣れろとは言わない。だが、心構えはしておけと言ったはずだ」
「それは……」
リィンがなんのことを言っているのか理解できないほど、アスカはバカではなかった。
人を殺した経験はあるのかと問われ、ないと答えたアスカにリィンが送った忠告。
こんなにも早くその時がくるとは思っていなかったのだろうが、いずれ選択を迫られる時が来ることは分かっていたはずだ。
結局、早いか遅いかの違いでしかない。
だからリィンは、アスカにその覚悟があるのかを尋ねる。
「執行者として、なにを優先するべきかを考えろ。その上で、俺の邪魔をすると言うのなら――」
「私が相手になるよ」
シズナに話を遮られ、微妙な表情を見せるリィンだったが、
「おい、シズナ……」
「先に割って入ったのはリィンなんだから、アスカの相手は私がしてもいいよね? その代わり、グリムグリードは譲ってあげるから」
それを言われると反論できなかった。
シズナが最初に仕掛けたのに割って入ったのは、リィンの方だからだ。
「わかった。だが、やり過ぎるなよ」
「それは、アスカ次第かな」
◆
「邪魔が入ったが、続きをやるか。大人しく引き下がるなら見逃してやるが、どうする?」
「友達を見捨てて逃げられるはずがないだろう。アンタを止めて、久我山も救ってみせる」
勝ち目がないことは分かっているはずなのに強がるコウを見て、青いなと呆れるリィン。
とはいえ、コウはアスカとは違う。裏の世界のことを知っているだけの一般人だ。
そのため、本気で相手をするつもりはなかったのだが――
(意外とやるな)
初撃だけでなく二撃目も防がれ、アスカの助言があったとはいえ、三度目もコウは攻撃を防いで見せた。
勿論、本気はだしていない。
意識を奪うつもりで、殺さない程度に加減はしていた。
それでも――
「はあはあ……くそ!」
ここまで粘るとは思っていなかっただけに、リィンは驚きを隠せずにいた。
アスカの助言なしでも、攻撃をギリギリのところで凌いで見せているからだ。
ソウルデヴァイスの力もあるのだろうが、単純に直感の鋭さや武術の練度だけで言えばアスカに迫るレベルだ。
足りていないのは実戦経験。そして、
「人に武器を向けるのは、はじめてか?」
覚悟だと、リィンは察する。
コウは本気でやっているつもりなのだろうが、攻撃の瞬間、僅かに躊躇いが見て取れるからだ。
素手の喧嘩ならまだしも、武器を人間に向けたことなどないはずだ。
人を傷つけてしまうかもしれない。殺してしまうかもしれない。そう言った迷いが隙を生む。
殺すつもりでやらなければ、怪異ならまだしも達人級の相手には通用しない。
「友達を守りたいんだろう? なら、殺すつもりで掛かってこい」
「く――」
しかし、それでも迷いを断ち切れないコウを見て――
「ここまでのようだな」
鋭い蹴りを放つ。
予期せぬ攻撃に防御が間に合わず、壁に叩き付けられるコウ。
「コウ――!」
コウがやられたのを目にしてリィンに斬り掛かろうするアスカだったが、
「つれないね。アスカの相手は私だって、言ったはずだよ?」
「――ッ!?」
シズナが立ち塞がる。
アスカのレイピアを軽々と弾き、返す刀で技を繰り出すシズナ。
「零の型――双影」
重なる二つの影が、アスカに襲い掛かる。
リィンがコウに見せた技だが、練度が違った。
一度は正解を見抜いたアスカの目にも、どちらが本物かの見分けがつかない。
「――かは」
シズナの斬撃を回避しきれず、地面を転がるアスカ。
しかし、
「へえ……」
ギリギリのところで致命傷を避け、凌いで見せたアスカにシズナは感心する。
どちらが本物かの判断がつかなかったアスカは、敢えてダメージを受けるのを覚悟の上で片方の対処に集中したのだ。
だが、それが正解だった。
虚にして実。シズナの〈双影〉はフェイントなどではなく、同時に二つの斬撃を放つ黒神一刀流の秘技だからだ。
とはいえ、
「致命傷を避けたのは見事だけど、もう立てないみたいだね」
アスカの受けたダメージは深刻だった。
全身に走る痛みに耐え、苦痛に表情を歪めるアスカ。
骨が砕け、呼吸を整えるので精一杯の状態であることが見て取れる。
「シズナ。やりすぎるなと言っただろう」
「死なない程度には手加減したさ」
嘘を吐けと呆れるリィン。
まともに技を受けていたらアスカは即死していた。
逆に言えば、アスカならギリギリ凌げると読んでの一撃だったのかもしれないが、それにしても容赦がなかった。
実際、シズナの技はリィンでも完全に回避できるかは分からないからだ。
もっともリィンであれば、相打ち覚悟で迎え撃つ選択をするのだろうが――
技の練度以外であれば、ありとあらゆる面でリィンの方がシズナを上回っているからだ。
それが出来ない状況で、シズナの攻撃を耐え凌いだアスカは見事と言うほかなかった。
「リィンこそ、素人相手に容赦がないんじゃない?」
全身を壁に叩き付けられ、満身創痍のコウを見て、リィンを非難するシズナ。
人のことは言えないと思ったからだ。
むしろ、相手が素人であることを考えれば、リィンの方がやり過ぎだと思っていた。
「アスカほどじゃないが、そこそこやるようだったしな」
「ふーん……リィンがそこまで言うなんて珍しいね」
思わぬ評価の高さに、コウに興味を持つシズナ。
不意の一撃を止められたことといい、才能の一端はシズナも感じていたのだろう。
「これで邪魔者はいなくなった」
宙に浮かぶ天使に視線を向けるリィン。
なにも仕掛けて来ないのは、恐らくまだリオンの意識があるからだと察する。
しかし怪異に意識を奪われ、暴走するのは時間の問題だった。
なら、いまのうちに――と、闘気を纏うリィンを見て、
「ま、待ってくれ……」
コウは止めに入る。
とっくに意識を失っていてもおかしくない。
なのに傷ついた身体で立ち上がり、
「……久我山を助けてくれ。俺に出来ることなら、なんだってする。だから……」
リオンを助けて欲しいと懇願する。
リィンの言っていることの方が正しいと言うのは、なんとなく分かっていた。
このままリオンを放置すれば、災厄の引き金になりかねないと――
それでも、諦めることが出来なかった。
泣いているリオンを――助けを求めている少女を見てしまったからだ。
見捨てたくない。なんとしても助けてやりたい。それが、コウの願いだった。
しかし、
「武装錬金」
コウの言葉が聞こえていないかのように、ブレードライフルの形状を大槍へと変化させるリィン。
リィンの身体から溢れ出た光が、ランスへと集束されていく。
「ま――」
「必滅の大槍」
コウの声が届くよりも前に、空に向けて槍を放つリィン。
一筋の光が天使を呑み込み、天蓋を貫く。
それを合図に迷宮の崩壊が始まり、ガラスのように砕け散る景色の中、
「リオン――ッ!」
コウはリオンの名前を力の限り叫ぶのだった。
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m