街中にサイレンが鳴り響く。
 ガス漏れが確認されたとの情報から避難勧告がだされ、商店街の一帯は警察と消防に封鎖されていた。
 そんな封鎖された場所の中心に、リィンとシズナの姿があった。

「随分と手際がいいじゃないか。ご丁寧に警察や消防にまで手を回して、住民を避難させるなんて」
「いえ、どうやら余計な気遣いだったのかもしれませんが……」

 グリムグリードを討伐してリィンたちが迷宮からでてきたら、既に封鎖が完了していたのだ。
 手配したのは鷹羽組でもネメシスでもない。

「ご挨拶が遅れましたが、北都(ホクト)美月(ミツキ)と申します。先日は助けて頂き、ありがとうございました。本当なら、もっと早くご挨拶に伺うべきだったのですが、このような場所での再会となってしまい申し訳ありません」

 異界の利用を目的とした組織で、世界の経済を主導してきた十二の巨大企業連合。
 ――ゾディアック。その一角、北都グループの令嬢である北都美月。
 彼女が警察や消防に働き掛け、この封鎖を行ったと言う訳だ。

「気にするな。助けたのは依頼のついでだ」

 エイジが保護した北都のお嬢様だと察するリィン。
 助けたことに違いはないが、既に報酬は受け取っている。
 北都グループの会長に貸しを一つ作ることが出来たのだ。それだけで十分だった。
 しかし、

「その話は伺っています。ですが、命を救われたことに変わりはありません。それに――両親の命の恩人(・・・・)でもあるあなた方(・・・・)には、お会いしたいと思っていましたので」

 ミツキの考えは違った。
 命を救われた以上、個人的な御礼をしたかったと言うのもあるが、それ以上に両親からリィンたちのことを聞かされていたからだ。

「命の恩人? 会長はともかく、面識がないと思うんだが?」
「はい。直接の面識はないと伺っています。ですが、十年前の災厄で無事だったのは、あなた方のお陰だとお父様とお母様は仰っていました。両親の話では、怪異に襲われていたところを赤い髪の少女(・・・・・・)に救われたと――」

 そういうことかと、ミツキの話を聞いて納得するリィン。シャーリィの仕業だと察したからだ。 
 大方、街に現れた怪異を倒してまわっている時に、偶然ミツキの両親を助けたのだろう。

「それなら、礼はシャーリィに言ってやってくれ。俺は何もしてないしな」
「勿論、そのつもりです。ですが、あなた方が災厄を鎮めてくださったことに変わりはありませんから。その結果、私の両親も含め、多くの命が救われました」

 だから感謝するのは当然ですと話すミツキに、やれやれとリィンは頭を掻く。
 真面目というか義理堅いところは、どことなくアルフィンに似ていると思ったからだ。
 依頼を引き受けただけだと言っても、帝国が救われたのはリィンさんのお陰ですと言って、一切譲らなかったのがアルフィンだ。
 お嬢様然としている割に押しの強いところも、よく似ていると思う。

「リィン、そろそろ帰らない? もう日が昇りかけてるし、お腹空いちゃった。昨日の夕飯はコロッケだけだったしね」
「コロッケって……お前、どこでそんなものを……」
「商店街のお肉屋さんで奢ってもらった。あ、お土産がたくさんあるよ。お魚とか野菜も、おまけしてもらったからね。リィンに料理してもらおうと思って」

 どこからどう突っ込んでいいのか分からない話をされ、呆れるリィン。
 さっきまで異界にいたとは思えないくらい緊張感がなかった。
 しかし、シズナらしいと言えばシズナらしいとリィンは考える。
 そもそもシズナからすれば、あの程度の異界は散歩程度の脅威でしかないのだろう。
 まあ、戦場の帰りでも普通にこの調子で絡んできそうなのがシズナなのだが――

(親父たちも、こんな感じだったしな……)

 仕事が終わったと思ったら、戦場で殺し合いをした敵と酒盛りしていた〈西風〉の面々の姿がリィンの頭を過る。
 猟兵というのは少なからず、こういう側面があると言うことだ。

「リィンに話があるなら一緒にくる? リィンの料理おいしいよ」
「俺が作るのは確定事項なのか……」

 もはや、突っ込む気力もないと言った様子を見せるリィン。
 とはいえ、

「折角のお誘いですが、今日のところは遠慮させて頂きます。彼女たちのこともありますから……」

 ミツキが断るであろうことは、リィンも分かっていた。
 気を失っている三人。コウとアスカ。そして、リオン(・・・)のことがあるからだ。
 リィンの〈必滅の大槍(グングニル)〉の光にグリムグリードごと貫かれたリオンだったが……生きていた。
 いまは気力を消耗して意識を失っているが、そのうち目を覚ますだろう。

「グリムグリードに使った技って退魔の技だよね? あんな技まで使えるなんて、リィンって本当に多芸だよね」

 シズナの言うようにリィンの〈必滅の大槍(グングニル)〉は呪いや瘴気と言った邪悪なものを祓う聖技だった。
 以前、グノーシスで異形に変異した人間をこの技で元に戻した経験があることから、リオンに取り憑いたグリムグリードにも通用するのではないかと考え、試してみたと言う訳だ。 
 結果は、この通り。リオンは元の姿に戻っていた。
 しかし、

「安心するのは、まだ早い。完全に消し去った訳ではないからな」

 グリムグリードを倒したことは事実だが、完全に消滅させた訳ではない。
 リオンに取り憑いたグリムグリードは、魂まで完全に融合していることにリィンは気付いていた。
 言ってみれば、異界の魔神と一つになったマクバーンのようなものだ。
 魂から異能を取り除く方法ははない。となれば、残された手は一つしかなかった。

「完全に混じってしまっている以上、その力を使いこなせるようになるしかないな」
「……やはり、そうなりますか」

 リオンの状態はミツキも既に報告を受けていた。
 悪魔憑きならぬ天使憑き。非常に珍しい症例で、治療法は確立されていない。
 可能性があるとすれば、天使の力を使いこなし、自分で抑えるほかなかった。
 そのため、

「そのことで、お願いがあるのですが……」

 やはり、そうきたかとリィンは溜め息を漏らす。
 リオンの件だと察したリィンは、念のためミツキに尋ねる。

「ゾディアックにそう言った技術はないのか?」
「残念ながら……治療法も確立されていない症状なので、できることがあるとすれば〈天使憑き〉を術式で抑制するなどの対処療法しかありません。根本的な解決は難しいと言わざるを得ません」

 ミツキの表情を見れば、打つ手が無いと言うのは容易に察することが出来た。
 実際、リィンの世界でも異界の存在と融合した人間と言うのは珍しい。
 マクバーンの他にも探せばいるのかもしれないが、本当に数えるほどしか確認されていなかった。

「報酬でしたら、お支払いします。依頼として請けて頂ければと」
「……どうして、そこまでする? 赤の他人だろう?」
「彼女は同じ学校に通う生徒でもありますから。それに治療法が見つかれば、この先同じような症状で苦しむ人たちが現れても対処することが可能になります」

 断ることも出来るが、レイカの顔がリィンの頭を過る。
 リオンを助けたのは、連れて帰ると約束したからだ。
 依頼を受けた以上、約束は必ず果たす。それがリィンの流儀でもあった。

「覚悟が決まったら連絡を寄越すように伝えてくれ。ただし、やるからには手を抜くつもりはない。弱音を吐くようなら見捨てると、そう伝えておいてくれ」
「はい、必ず……ありがとうございます」

 深々と頭を下げるミツキにひらひらと手を振りながら、リィンはシズナと共に帰路に着くのだった。


  ◆


「ねえ、リィン。アスカを置いてきてもよかったの?」
「マンションに連れて帰っても怪我の治療は出来ないしな。一緒に病院へ運んでもらった方がいいだろう」
「絶対、後で睨まれると思うよ」
「その時はその時だ。そもそも、俺たちに剣を向けた時点で、アイツも覚悟はしているはずだ」

 自業自得だと答えるリィンに、それもそうかとあっさりと引き下がるシズナ。
 普通なら簡単に割り切れることではないが、リィンもシズナも猟兵だ。
 昨日まで味方だった相手が、敵になるなんてことが当たり前のように起きる世界で生きてきた二人にとって、アスカの裏切りもよくあることと受け止めているのだろう。
 むしろ、アスカの方が大変だろうとリィンは考えていた。
 理由はどうあれ、リィンとシズナに剣を向けてしまったからだ。
 真面目な彼女のことだ。目が覚めたら自分のしでかしたことに頭を抱えることになるだろう。

「まあ、アイツは母親と違って頭が固すぎるからな。良い教訓になっただろう」
「リィン、悪い顔してるよ」

 ニヤリと悪い笑みを浮かべるリィンを見て、少しアスカに同情するシズナ。
 とはいえ、柔軟性に欠けると言うのはシズナも同意見だった。
 リィンの性格を考えれば、裏があると察することは出来たはずだからだ。
 コウがやられて頭に血が上ったのだと思うが、それでも執行者らしからぬ行動だ。
 感情に流され、冷静さを見失ってはプロ失格だった。
 その点では、まだまだアスカも年相応と言うことなのだろう。

「あの子たち、まだいるみたいだね」

 目的の階に到着したのを確認して、エレベーターから降りるリィンとシズナ。
 廊下から気配を感じ取り、まだレイカとワカバが部屋に残っていることを察する。

「良い匂いがする。先にいくね」
「あ、おい、シズナ――たくっ、アイツは……」

 犬かと呆れながらシズナの後を追うリィン。
 シズナの後を追って、部屋の中に入ると微かに香辛料の匂いが漂ってくる。

「この匂い……カレーか?」
「あ、帰ってきた! もう、遅かったじゃない。リオンは!? あの子は無事なの!?」 

 エプロン姿のレイカが玄関まで走ってきて、リィンに詰め寄る。
 気持ちは分からないでもないが、

「口にカレーがついてるぞ」
「――!??」

 レイカの口元についたカレーを指先で拭い、自分の口に持っていくリィン。

「少し甘口だが、なかなか良い味付けだな」

 そのあと顔を真っ赤にしたレイカが悲鳴を上げるのは、当然の流れであった。



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