杜宮学園。杜宮市に古くからある男女共学の高等学校だ。
ゴールデンウィークと言うことで学校は休みのはずだが、運動部が校庭や講堂で練習をしているらしく、生徒の声で賑わっていた。
そんななか――
「ねえねえ、あの銀色の髪の人、すっごく綺麗じゃない!?」
「わたしは隣の男の人が気になる。少し影がある感じで……いま目があった? 絶対に私のことを見たよね!?」
「新しい先生かな?」
「柊さんのご両親じゃなくて?」
「それにしては若すぎない? 親戚とか?」
日本人離れした髪色と顔立ちをした二人が、学校でも人気者のアスカに連れられて現れれば注目を集めないはずがなかった。
「ううっ……学校が休みだから大丈夫だと思ったのに……」
頭を抱えるアスカ。
まさか、こんなにも注目を浴びるとは思っていなかったのだろう。
これでは休み明けに、どんな質問攻めにあうか分かったものではないと思い悩む。
「リィンさん、シズナさん。生徒の目もあるので、先を急ぎましょう」
「ええ……ちょっとくらい見て回っちゃダメ? なんか、面白そうな場所だし」
「我慢してください。お願いします。本当に……」
生徒たちに囲まれる前に、さっさと生徒会室に向かおうとシズナを急かし、早足で校舎へ向かうアスカだったが、
「柊さん? それに……え?」
校舎のエントランスでクラスの担任教師、九重永遠と遭遇するのだった。
◆
「ひさしぶりだな。トワ」
「はい、お久し振りです。リィンさん、この街に帰ってきてたんですね」
「ああ、ちょっとした仕事でな。トワはこの学校に通っているのか?」
「……あれから十年経っているんですよ? 私を幾つだと思ってるんですか……。いまは、この学校で数学と情報の授業を教えてて、柊さんのクラスの担任をしています」
ジロリとトワに睨まれ、誤魔化すように視線を逸らすリィン。
見た目が中学生くらいにしか見えないだけに学生と勘違いしたのだが、地雷だったらしい。
とはいえ、トワからすれば十年前の出来事でも、リィンからすればほんの一、二年前のことだ。
当時、トワは中学生だったことを考えれば、おかしな誤解と言う訳でもなかった。
しかし、それを説明する訳にもいかず「悪かった」と謝罪するリィン。
「余りに若々しいから遂、勘違いしたんだ」
「……ものは言いようですよね? チビで幼児体型だとか思ってません?」
「さすがにそこまでは思ってないから安心しろ」
「ちょっとは思ってるの否定しないんですね……」
ガクリと肩を落とすトワを見て、相変わらずだなとリィンは苦笑する。
以前、会った時はもっと幼かったが、大人へと成長したトワはリィンのよく知るトワと瓜二つと言っていいほどよく似ていたからだ。
トワ・ハーシェル。ノルンやキーアのように、リィンによって運命を大きく変えられた一人だ。
いま彼女はノルンと共に、外の世界へと旅立っていた。
自らの力と向き合い、黒の巫女の力――呪いの力を制御する術を学ぶために――
ありえたかもしれない未来。その並行世界の彼女が、目の前のトワなのだろうとリィンは考える。
ノルンで言うところのキーアのような存在だ。
だから――
「ところで、リィンさんはどうして学校に?」
「ああ、さっき仕事と言っただろう? そのことで、ここの生徒会長――北都のお嬢様に話があってな。アスカが知り合いだと言うから、案内を頼んだんだ」
「ああ、そういうことでしたか。そう言えば、会長さんともお知り合いでしたね」
知らずに済むのであれば、裏のことに彼女を巻き込むつもりはなかった。
運命に翻弄されることなく、平和に生きる未来があっても良いのではないかと思うからだ。
リィンの話に納得した様子で頷くトワ。
リィンが北都グループの会長、北都征十郎と顔見知りだと言うことは知っているからだ。
仕事と言うのは、北都グループ絡みの話だと察したのだろう。
「ところで、その……」
チラリとシズナに視線をやり、紹介して欲しそうな仕草を見せるトワ。
エマやシャーリィとは面識があるが、見知らぬ女性がリィンと一緒にいることから、ずっと気になっていたのだろう。
「ああ、こいつは……」
「シズナ・レム・ミスルギ。よろしく、私のことはシズナでいいよ。そっちはトワでいいかな?」
「あ、はい。シズナさんですね。リィンさんとは、その……どういう?」
「相棒であり、宿敵であり、愛人のような関係かな?」
「「あ、愛人!?」」
「なんで、アスカまで驚くんだ。あとシズナ、余計なことを言うな。話がややこしくなる」
「え? 嘘は言ってないと思うけど?」
嘘は言っていないと言うのは確かだが、言葉を選べと呆れるリィン。
シズナの場合、天然もあるが絶対におもしろがってやっていると分かるからだ。
「それより、そろそろ生徒会室に案内してくれるか?」
「あ、はい。先生、申し訳ありませんが、この辺で……」
「あ、うん。引き留めちゃって、ごめんね。リィンさん、おじいちゃんも会いたいと思うから、時間があれば神社の方に寄ってください」
「ああ、近いうちに寄らせてもらう」
トワの祖父、九重宗介の顔が頭を過り、約束するリィン。
一目で自分の正体を見抜いたソウスケとは、もう一度会いたいと思っていたからだ。
なら、どうして会いに行かなかったかと言うと――
「リィン、どうかした?」
「いや、なんでもない」
この世界の強者を前にして、シズナが暴走しないかとリィンは心配するのだった。
◆
「ようこそ、お越しくださいました」
生徒会室でリィンたちを出迎えたのは、ミツキだった。
呼び出したのがミツキである以上、ここに彼女がいるのは頷ける。
しかし、
「お前、一人か?」
「はい」
護衛も付けず豪胆なことだと、リィンはミツキに対する評価を改める。
ただのお嬢様でないことは最初の出会いから察していたが、この行動力と恐い物知らずなところはアリサやエリィに通じるものがあると感じたからだ。
いや、それだけが理由ではないと察する。
「やはり、俺たちをここへ呼んだのは内通者を警戒しているんだな?」
会合の場所に学校を指定し、北都の人間ではなくアスカを案内役に使った理由。
ミツキが一人なのも、組織に内通者がいることを警戒してのことだとリィンは察する。
そう考えれば、一連の行動に説明が付くからだ。
そして、リオンが狙われた先日の一件についても、そのことが関係していると考えていた。
「はい。お恥ずかしながらゾディアック……いいえ、正確には北都の関係者に裏切り者がいると考えています」
リィンの推測を認めるミツキ。誤魔化しても無駄だと考えたのだろう。
そもそも、こうやって会談の席を設けたのは、リィンに相談したいことがあったからだ。
協力を得るには、まず自分たちの内情を明かす必要があるとミツキは考え、身内の恥を晒す覚悟で打ち明ける。
「北都グループでは現在、後継者問題が起きています」
「会長も、もう歳だしな。だが、よくある話だろう?」
思っていたよりも普通の話を聞かされ、一気に興味を失うリィン。
他人の家のそういうことには興味が無いのだろう。
むしろ、できるだけ関わり合いになりたくないと言った気持ちが表情に滲み出ていた。
しかし、
「既にお祖父様は後継者にお父様を指定されています。父は長男なので順当と言える結果ですね。夫婦揃って、お祖父様が認めるくらい優秀な方々と言うのが、後継者に選ばれた一番の理由ですが」
「は? なら、なにも問題はないんじゃないのか?」
「はい、表向きは……ですが、裏は違います」
裏と言うのが、ゾディアックのことだとリィンは察する。
「裏のトップは違うってことか?」
「いまは、お祖父様が表も裏もトップを兼任されていますが、すべてを一人で仕切ろうなど無理な話です。それに、お父様は表の人間。裏のことは、ほとんど知りません。適格者でもありませんので」
「その言い方だと、母親は知っているみたいな言い方だな」
「……はい。母は適格者です」
なんとなく全体像が見えてきて、結局はお家騒動じゃないかと呆れるリィン。
「家の問題を相談されても、なにも出来ないぞ?」
「勿論、これは北都の問題です。あなた方に解決して頂こうとは思っていません」
「なら、俺たちになにをさせるつもりだ?」
さっさと本題に入れと、リィンは急かす。
この回りくどいやり方はミュゼを彷彿とさせて、嫌な予感を覚えたからだ。
「私の婚約者になっては頂けませんか?」
「は?」
想定外の告白をされ、リィンは唖然とするのであった。
後書き
原作ではミツキの両親は死亡しているため、ここではオリジナルの設定を設けています。
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