「リィンいたよ。二人とも中で縛られてる」
「そうか。なら、手はず通りに頼む」
「りょーかい」

 ビシッと敬礼すると空高く跳び上がり、闇夜に消えるシズナ。
 土埃と錆の臭いが鼻につく薄暗いこの場所は、杜宮市の郊外にある廃工場だった。

「こんなにも短時間で、あっさりと突き止めるなんて……」

 あれから僅か二時間足らずで、レイカとリオンの足取りを掴んで見せたリィンの手腕に驚くミツキ。
 監視カメラの映像の確認など幾つか協力したとはいえ、逃走ルートや潜伏場所など当たりを付けたのはリィンだ。
 自分たちだけで調査を進めていれば、この倍は時間が掛かったはずだとミツキは考える。
 しかし、

「お前が自分で言ったんじゃないか。俺たちを表舞台に引き摺り出すのが目的だと」

 なら、痕跡を消すような真似はしない。
 そう思っただけだと、リィンはミツキの疑問に答える。確かにその通りではあった。
 しかし、だからと言って僅かな手掛かりから答えに辿り着く観察眼は並大抵のものではない。
 鋭い洞察力と経験の成せる業であることは間違いないとミツキは感心する。

「お祖父様から話は伺っていましたが、敵いませんね……」
「この程度なら、いずれ出来るようになるさ」
「……そうでしょうか?」
「少なくとも、お前には資質がある」
「え……」

 廃工場に向かって歩き始めたリィンの後を慌てて追い掛けるミツキ。
 戸惑いを隠せない表情のミツキに、リィンは歩きながら話を続ける。

「異界に取り込まれながらも助けが来ることを諦めず、じっと結界を張って粘っていただろう? 自分一人の力では怪異(グリード)に勝てないと判断したから、守りに専念したんだろう?」
「あ、はい……もう一人、異界に取り込まれた方もいましたから……」
「状況判断は悪くない。最後まで諦めない根性もな。戦場では弱い奴から死んでいくが、臆病さも必要だ。過度の自信は蛮勇に繋がり、早死にすることになる。冷静に状況を判断し、生き残る確率が高い方にお前は賭けた」

 それは誰にでも出来ることじゃないと、リィンはミツキを評価する。
 ミツキがこうしてリィンと行動を共にしているのは、敵の注意を引くのであれば自分も一緒の方が良いと囮役を引き受けたからだ。
 臆病さも必要だとは言ったが、時には危険に立ち向かう勇気も必要だ。
 ミツキには、そう言った勇気と判断力が備わっているとリィンは考えていた。
 
「自分の弱さを知っている者は強くなれる」

 それが、リィンの持論だった。猟兵の心構えと言っても良い。
 自分の弱さを認められなければ、引き際を見誤ることになるからだ。
 そして、それは仲間を危険に晒すことにも繋がる。

親父(おやじ)の受け売りだがな」
「クラウゼル様のお父様……ですか?」
「リィンでいい。それと、様付けも不要だ」
「……では、リィンさんと」

 それ以上は何も答えずリィンは廃工場の前に辿り付くと、どこからともなく刃のついた一本の武器を取り出す。

「それは……」
「ブレードライフルだ。そう言えば、適格者(・・・)は異界の外では武器を召喚できないんだったな」
「はい。例外もありますが……」

 適格者が使用するソウルデヴァイスは、異界の外では召喚できない制約があった。
 ただ、例外も存在する。異界の影響を色濃く受けている場所や霊力の豊富な場所であれば、迷宮のなかでなくとも召喚することは出来る。
 それに霊力に恵まれ、コントロールできる人間であれば、異界でなくともソウルデヴァイスを呼び出すことは可能だった。
 もっとも燃費が良い代物とは言えないため、活動時間は大きく減少することになるのだが――

「少し下がっていろ」

 そう言ってミツキを下がらせると、リィンはブレードライフルを無造作に振るい、正面の扉を斬り裂く。
 真っ二つに両断され、後ろに倒れる扉を見て、目を丸くするミツキ。
 経年劣化で錆びているとはいえ、鉄製の扉が一撃で両断されるとは思ってもいなかったのだろう。
 
(これが神話級グリムグリードを倒した英雄の力……)

 恐らく、まだ本気ではない。軽く薙ぎ払っただけだとミツキは察する。
 リィンにも言ったように、適格者は異界の外では全力をだすことが出来ない。
 しかし、リィンやシズナにはそう言った制約がない。そして、リィンはその力で神話級グリムグリードを滅しているのだ。
 即ちリィンたちと敵対すると言うことは、国家を滅ぼせるほどの力を持った怪物と敵対すると言うことに他ならない。

(本当に……愚かな選択をしたものですね)

 あらためて叔父とトモアキが、どれだけ愚かな選択をしたかをミツキは実感するのだった。


  ◆


「まさか、正面から堂々と乗り込んでくるとはね」

 廃工場の奥で、堂々とその男はリィンとミツキを待ち構えていた。
 御厨智明。御厨グループの御曹司だ。
 そんな彼の背後には両手首を縛られ、横たわるレイカとリオンの姿があった。
 二人の意識がないことを確認して、リィンは溜め息を漏らす。

「いますぐ二人を解放するなら、殺さないでおいてやる」

 そして、呆れと怒りの混じった声で、トモアキに警告する。
 そんなリィンの態度に苛立ちを募らせるトモアキ。

「キミは状況が見えていないのかい?」

 そう言ってトモアキが指を鳴らすと、ゾロゾロと漆黒の装備を身に付けた一団が現れる。
 猟兵が身に付けるプロテクトアーマーに似た装備に身を包んだ者たちを見て、目を瞠るミツキ。

「まさか、国防軍!?」 

 それは、この国の兵士たちだった。
 総数は凡そ百。三個小隊と言ったところだ。

「どうして、国防軍が……」

 戸惑いと驚きを隠せない様子を見せるミツキ。
 叔父とトモアキが裏にいることは分かっていたが、まさか国防軍まで今回の件に絡んでいるとは思ってもいなかったのだろう。

「彼女たちのことなら安心してくれたまえ。多少、手荒な真似をしたことは詫びるが、元々危害を加えるつもりはなかったからね。その様子だと、僕たちの目的は分かっているんだろう?」
「ああ、俺たちの力を見極めることだろう? 十年前の真相を確かめるために――」
「ククッ、そこまで分かっているなら話が早い。東亰冥災の英雄、柊レイカと一緒に戦ったとされる英雄。その正体をずっと、とある組織と国防軍は追っていた。そして、僕たちに接触してきたのさ。三ヶ月ほど前のことかな?」

 自分たちがやってきた頃かと、トモアキの話に納得するリィン。
 実のところ視線のようなものは以前から感じていたのだ。
 そのため、恐らく最初からマークされていたのだろうと察したのだ。

「国防軍は分かったが、とある組織と言うのは……聖霊教会のことか?」

 トモアキの僅かな反応をリィンは見逃さなかった。
 やはり、そういうことかと納得する。
 最初に探りを入れていたのは、聖霊教会の刻印騎士なのだろう。
 そして、自分たちだけの力では足りないと考え、御厨を通して国防軍に情報を流し、協力を持ち掛けた。
 先日のグリムグリードの一件も、やはり力量を見定めるためだったのだと推察する。
 しかし、

「随分と甘く見積もられたものだ」

 完全武装した兵士が百人。
 たった(・・・)それだけの人数で、どうにか出来ると考えているのであれば、甘く見られたものだとリィンは呆れる。

「俺の傍を離れるなよ」
「……はい」

 もう一本、ユグドラシルの〈空間倉庫(インベトリ)〉からブレードライフルを取り出すリィン。
 両手に武器を構え、深呼吸するように小さく息を吐く。
 その時だった。

「な――」

 大きな音に驚き、天井を見上げるトモアキ。
 兵士たちも一斉に銃口を空に向ける。
 その一瞬の隙を突き、二本のブレードライフルを交差(クロス)させるリィン。

連結刃形態(スネーク・モード)

 黄金の輝きを放ち、変化するブレードライフル。
 一つに連結されたブレードライフルの刃が鞭のようにしなり、兵士たちに襲い掛かる。
 一瞬にして十人近くの仲間が弾け飛ばされたのを見て、今度は銃口をリィンに向ける兵士たち。
 しかし、

「させないよ」

 背後から何者かに切り刻まれ、血飛沫を上げて地面に倒れる。
 崩れ落ちた天井から差し込む月明かりに、銀色の髪が照らし出される。
 白銀に輝く太刀を手にした女が、兵士たちの中心に立っていた。
 シズナ・レム・ミスルギ。白銀の剣聖だ。

「撃つな!」

 シズナに銃口を向ける兵士を、制止する声が響く。
 だが一歩遅く、放たれた弾丸がシズナをすり抜け、味方に命中する。
 奇襲で混乱させることで正常な判断力を失わせ、同志討ちを狙ったのだろう。
 熟練の猟兵であれば、こんな手に引っ掛かったりしないが、この国では半世紀以上、戦争が起きていない。
 戦場を知らない兵士など、シズナの敵ではなかった。
 鮮血が舞う。
 瞬く間に斬り伏せられ、倒れていく兵士たち。
 リィンのところに銃弾が飛んでくるが、それもすべて弾かれる。

「くそ、なにがどうなって――」

 銃弾が飛び交う中、頭を伏せるトモアキの目に亜麻色の髪が映る。

「な、お前は――」

 レイカとリオンの拘束を解き、助けだそうとしているのはアスカだった。
 声を上げようとするトモアキの背に圧力がかかる。

「ぐは――」
「静かにしていて頂けますか?」

 トモアキの左腕を後ろに回し、胸から地面に押し倒したのはミツキの秘書――キョウカだ。
 リィンとシズナは囮役。最初から、これを狙っていたのだろう。

「くっ、猟犬風情が! こうなったら――」
「なにを――」

 トモアキがなにかを懐から取り出すと、眩い光が廃工場を照らし出す。
 それはトモアキが手にしている大きな時計――導力器(オーブメント)から発せられている光だった。

「あれは、まさか……」

 目を瞠るリィン。
 トモアキの手にしている古い導力器に見覚えがあったからだ。
 その直後だった。

「あああああああああッ!」

 意識のないはずのリオンが発狂し、苦しみだしたのは――
 両手で頭を押さえ、もがき苦しむリオン。その瞳孔が開き、黄金の光を放つ。
 そして――

「これは異界化(イクリプス)――」

 アスカの声が響いたかと思うと、辺り一帯が真紅の光に包まれるのだった。



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