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 戦場を駆けるシズナ。
 鬼神のような強さを見せるシズナの姿に、レイカは目を奪われる。

「綺麗……」

 思わず口にしたその一言が、レイカの心情を物語っていた。
 非現実的な光景。普通であれば恐怖で震えるところだが、綺麗だと思った。
 無駄のない最小限の動きで怪異の群れを斬り捨てていくシズナの姿は、まるで舞台の上で舞う舞姫のようにも見えたからだ。

「終わったよ。どうかした?」
「えっと……凄いなと思って……それって、本物の刀よね?」 
「偽物だと斬れないからね」

 おかしな質問をするものだと苦笑するシズナ。だが、やっぱり面白い子だとも思っていた。
 猟兵でも新兵であれば、はじめての実戦では緊張するものだ。
 実力の半分も発揮できれば良い方で、呆然と立ち尽くして何もできない者も少なくない。
 しかし、緊張はしているようだが、この状況でレイカは冷静さを失っていなかった。
 それだけでも凄いことだが、レイカは訓練など受けていない一般人なのだ。
 リィンに助けられたことがあると言う話だが、街の不良に絡まれた程度でたいした経験が積めるとは思えない。
 だとすれば、やはり生まれ持っての適性とレイカの胆力が成せる業だとシズナは判断する。
 稀にいるのだ。どんな状況でも臆することなく実力を発揮できる人間が――
 むしろ、実戦でこそ真価を発揮するタイプ。
 シャーリィ・オルランド然り、シズナもその手のタイプだった。

「ん……」
「どうかしたの?」
「いま声がした気がしてね」

 そう言って、きょろきょろと辺りを見渡すシズナ。
 レイカも釣られて、探るように周囲を見渡す。
 すると、

「うああああああ! た、助けてくれ!」

 今度はレイカの耳にも聞こえた。
 男の声だった。それも、どこか聞き覚えのある声。
 声のした方角を、じーっと見詰めるレイカ。

「あれって……」

 目を引く紫のスーツ。涙と鼻水で表情は崩れ、怪異から逃げ惑う姿は情けなくあるが、その顔に見覚えがあった。
 御厨智明。御厨グループの御曹司にして、レイカとリオンを誘拐した首謀者だ。
 自分たちが誘拐された時のことをはっきりと覚えている訳ではないが、レイカはトモアキの顔を覚えていた。
 それだけに怒りが込み上げてくる。
 こんな目に遭っているのは、あの男の所為だと悟ったからだ。

「リオンが心配だし、先を急ぎましょう」

 だから、見なかったことにすることにした。
 化け物に食われてしまえばいいと、心の底から思ったからだ。
 そんな情け容赦のないレイカに苦笑を漏らしながらも、シズナは待ったをかける。

「気持ちは分かるけど、リィンから殺さずに身柄を確保するように言われてるんだよね」

 レイカの気持ちは理解できる。
 シズナも敵に容赦をするつもりはないし、いつもなら見捨てていただろう。
 しかし、トモアキだけは殺さずに捕らえるようにと、リィンから指示されていた。
 なので――

「取り敢えず、確保してくるね」 

 そう言って嫌そうな顔をするレイカを残して、戦場に駆けていくのだった。


  ◆


「いやあ、本当に助かったよ。こんなところで会ったのも何かの縁だ。ここから脱出するために、お互い協力して――ぎゃあ!」

 最後まで言い終える前に、レイカの蹴りがトモアキの股間を蹴り上げる。
 悲鳴を上げて床に蹲るトモアキを、冷たい視線で見下ろすレイカ。

「き、キミは突然なにをするん――ぶげし!」

 股間を押さえて床に蹲るトモアキの頬に、追い討ちとばかり拳を叩き込むレイカ。
 本気で怒っていた。
 まだ殴り足りないと言った様子で拳を振り上げるレイカを見て、珍しくシズナが止めに入る。

「顔は止めといた方がいいよ。証拠(あと)が残るしね」
「止めてくれるんじゃなかったのかい!?」
「うーん……それは都合が良すぎるんじゃない? 殺されないだけマシと思うけど?」

 レイカを止めてくれると思っていたトモアキは驚愕する。
 だが、目の前にいるのは二つ名持ちの猟兵なのだ。
 シズナは殺人を忌避しない。敵であれば容赦なく殺すし、情報を聞き出すためであれば拷問も厭わない。
 怒り狂うレイカよりも危険人物だと言うことを、トモアキは理解していなかった。
 だから失敗したのだ。

「顔じゃなければ、なにをしても(・・・・・・)良いってことね?」
「ま、まちたまえ! 話し合おうじゃないか!」

 顔を青ざめながらも、必死にレイカを宥めようとするトモアキ。
 しかし、その願いはレイカの耳に届くことはないのであった。


  ◆


「リィンさん? どうかされましたか?」
「いや……いま、悲鳴のようなものが聞こえた気がしたんだが……」

 少し考える素振りを見せるも、気の所為だろうとリィンは頭を振る。
 それよりも――

「そんなことよりも、おでましみたいだぞ」

 ミツキの力を確かめる方が先だと、リィンは指示をだす。
 左右対称のカタチをした長杖タイプのソウルデヴァイス。どことなく魔女の箒のようにも見えるロッドをミツキがクルクルと振り回すと、光弾のようなものが怪異に向けて放たれる。
 思っていたよりも戦い慣れていると、ミツキの実力を評価するリィン。
 並の怪異であれば、相手にならないほどの実力が見て取れたからだ。
 はじめて会った時はエルダーグリード相手に不覚を取っていたが、あれは足手纏いがいたからだろう。
 いまのミツキの実力を見れば、エルダーグリード程度に後れを取るとは思えなかった。
 とはいえ、さすがに一人でグリムグリードを相手に出来るほどではない。

「思っていたよりも、やるじゃないか」
「そう言って頂けるのは嬉しいですが、まだまだです……」

 実力が評価されたと言うのに余り嬉しそうな反応を見せないミツキ。
 結果に納得していないと言った様子が見て取れる。国防軍の兵士を圧倒したリィンとシズナの姿が頭を過ったのだろう。
 白の巫女――なんて二つ名で呼ばれてはいるが、本物の実力者から見れば井の中の蛙に過ぎないとミツキは自分の力を客観的に評価していた。
 いまの自分の力では、アスカにも敵わないと理解しているからだ。

「できるのは光弾を放ったり、障壁を張ることだけか?」

 ミツキがなにを考えているのかを察した上で、リィンは尋ねる。

「いえ、霊力を収束させるのが、このソウルデヴァイスの能力なので……」

 イメージに応じて様々な形状に変化させることが可能だと、ミツキは話す。
 光の矢を放ったり、光の刃で敵を斬り裂いたりと、攻撃手段は多彩だった。
 ミツキの話を聞いたリィンは少し考える素振りを見せ、

「ソウルデヴァイスの両端に光の刃を纏わせることは出来ないか?」
「……やってみます」

 戸惑う様子を見せながらもリィンに言われたとおり意識を集中させ、ソウルデヴァイスの両端に光輝く刃を纏わせるミツキ。
 その姿は、クロウが愛用していた双刃剣(ダブルセイバー)とよく似ていた。
 それを見て、リィンは戦技(クラフト)を発動する。

「オーバーロード――双刃剣(ダブルセイバー)

 二本のブレードライフルが一つになり、一本の武器が現れる。
 中心に持ち手があり、両端に刃のついたダブルセイバーが――

「リィンさん、それは……」
「魔法は専門外だから教えてやることは出来ないが、武器(これ)の扱いなら多少は自信があるからな」

 見ていろ、と言ってリィンは怪異の群れに向かって駆けていくのだった。


  ◆


「凄い……」

 手足のようにダブルセイバーを使いこなし、怪異を圧倒するリィンの姿に目を奪われるミツキ。
 こんな戦い方があるとは想像もしていなかったからだ。
 ミツキは近接戦闘に課題を抱えていた。
 苦手だから距離を取って戦っていると言う訳ではない。
 ソウルデヴァイスの特長を生かす戦い方を考えた末に、いまの戦闘スタイルに落ち着いたというのが正解だった。
 しかし、リィンには一目で見抜かれたのだろう。
 距離を取って戦うことに慣れすぎて、それが戦術の幅を狭めていると言うことに――

「どうだった?」 
「正直、驚かされました。こんな戦い方もあるのだと……。ですが、真似が出来るかと言うと……」
「あくまで参考にする程度で、同じことをしろと言っている訳じゃない。この武器を愛用していた奴も、ハンドガンからスナイパーライフルまで使えるものはなんでも使う奴だったしな」

 リィンは近接戦闘が得意だが、別に遠距離の戦いを苦手としている訳ではない。
 その気になればスナイパーライフルだって使えるし、どんな距離でも相応に戦える自信がある。
 そうしなければ、戦場では生き残れなかったからだ。
 近接戦闘が苦手だから近付かれたら戦えませんでは、黙って殺されるだけだ。
 弱味を見せれば、つけ込まれる。それは実戦において当たり前のことだった。
 適格者の弱点は、そこにあるとリィンは見抜いていた。

「自分で自分の可能性を狭めるな」

 ソウルデヴァイスに拘る余り、戦い方を武器に依存しすぎているのだ。
 これはアスカにも言えることだが、自分で戦闘スタイルを狭めてしまっては強くなれるはずもない。
 一芸を極め、化け物染みた強さを発揮する達人も世の中にはいるが、そんなものは極一部の例に過ぎないからだ。
 強さを求めるのであれば拘りを捨て、様々な戦術や技術を取り入れ、なんでも利用するくらいの貪欲さが必要だと言うのがリィンの考えだった。
 実際、あのシズナでさえ、剣術以外に符術や忍術を学んでいるのだ。

「まあ、無理にとは言わないさ」

 とはいえ、どうするかを決めるのはミツキだ。
 真剣な表情で悩むミツキを一瞥し、リィンは迷宮の攻略を再開するのだった。



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