(思っていたよりも筋が良いな)

 怪異をダブルセイバーで斬り捨てながら、ミツキの戦いを見守るリィン。
 どうするかは自由だと選択を与えたが、ミツキが選んだのはリィンの戦いを真似ることだった。
 見よう見まねのため動きは荒削りだが、それなりに様になっている。
 それに、ただ動きを真似るだけではなく中距離から遠距離の敵には魔法を放ち、敵との距離が近い時は障壁を展開しながらロッドにまとわせた光刃で対処すると言った応用まで見せていた。
 実戦に勝る訓練はないと言うが、それでもセンスがなければ、こうはいかない。
 まだ、アスカの方が実力で言えば上だ。
 しかし、戦闘センスはミツキの方が上かもしれないとリィンは考える。
 正確には判断能力。戦術眼とでも言うべきか、戦場を支配するチカラが優れているのだと評価していた。
 指揮官でありながら自身も戦場で活躍するタイプ。帝国の英雄オーレリア・ルグィンのようなタイプだと考えたのだ。
 とはいえ、性格は正反対と言ってもいいくらいに違うのだが――
 好戦的なオーレリアに対して、ミツキは見た目通りお嬢様然としていてお淑やかだ。
 いや、こんなところまで付いてきている時点でお淑やかとは言い難いのかもしれないが、強い相手を見れば腕試しをせずにいられないほどのバトルジャンキーと言う訳ではない。
 普段は大人しいが、こうと決めたら危険を顧みないタイプだと察せられる。
 どちらかと言えば、エリゼに近いかもと考えが頭を過ったところで――

「リィンさん、いまの音は――」

 銃声が聞こえてきた。それも複数のだ。
 迷宮の深奥は目前だ。だとすれば、この銃声は〈迷宮の主〉と誰かが戦っている音だとミツキは察する。
 ミツキの言葉に頷き、周囲の怪異を一掃して駆け出すリィン。そのあとにミツキも続く。
 迷宮の深奥に近付くにつれ、段々と戦闘音が激しくなっていく。
 やはり、誰かが先に〈迷宮の主〉と戦っているのだと察することが出来た。

「キョウカさん!」

 ミツキの声が響く。
 迷宮の主と思しき怪異と戦っていたのはミツキの専属秘書、雪村京香だったからだ。
 よく見ると、キョウカだけではなかった。国防軍の兵士たちが床に倒れている。
 何人かはまだ無事のようでキョウカと一緒に応戦しているが、攻撃が通っていないようで一方的に不利な状況が見て取れる。

「お嬢様! こちらへ来てはダメです!」

 自分のもとへ駆け寄ってくるミツキを制止しようと、キョウカが声を上げた時だった。
 無数の武器が〈迷宮の主〉の周囲に出現し、キョウカと兵士たちに向けて放たれたのは――
 背後から迫る剣と槍の雨。
 その光景にミツキは絶句し、キョウカや兵士たちを助けようとソウルデヴァイスに霊力を込め、障壁を展開しようとするが、

(間に合わない!)

 咄嗟のことで判断が遅れ、障壁の展開が間に合わない。
 絶体絶命かと思われた、その時だった。

九十九(つくも)(はやて)
「デッドリークロス」

 二つの影が割って入るように現れ、迫り来る剣と槍の雨を弾き飛ばしたのは――
 シズナとリィンだった。
 八葉の技で応戦するシズナ。
 一方でリィンは記憶の中にあるクロウの技を見よう見まねで再現して見せる。
 当然そんなことをすれば――

「リィン、なにそれ!? まだ、そんなの隠し持ってたの!」

 シズナの興味を惹くことになるのは必然であった。

「お前な……戦闘中だぞ? まずは、あっちに集中しろ」

 そう言ってリィンが指さす先には、巨大な翼を持つ悪魔のようにも天使のようにも見える怪異が空に浮かんでいた。
 恐らく、アレがリオンのなかに眠っていた怪異の本体。この迷宮を生みだした元凶なのだと、リィンは察する。
 よく見ると怪異の胸元には見覚えのあるものが嵌まっており、妖しい光を放っていた。

「リィン、あのオーブメントって」
「ああ、ジェラール・ダンテスが持っていた奴だ」

 シズナも気付いたのだろう。
 そう、あれこそジェラール・ダンテスが所持していた旧式のオーブメント。
 トリオンタワーを呑み込み、汎魔化(パンデモニウム)を引き起こした元凶。
 クロード・エプスタインの遺産と目されるオーブメントであった。

「嘘……この気配は……」

 怪異の放つ気配に圧倒されるミツキ。無理もない。
 戦わずとも分かるほどの圧倒的な霊気が〈迷宮の主〉から放たれていたからだ。
 ただのグリムグリードではない。
 この十年前の災厄を思い起こさせる圧倒的な気配は――

「神話級グリムグリード……」

 ミツキの口から漏れたその言葉が、すべてを物語っていた。
 十年前の災厄に匹敵する化け物。危険度SSS級とも呼ばれる災厄が再び現れたのだと――
 だが、そんなものがリオンに取り憑いていたなど信じられなかった。
 神話級グリムグリードと言えば、国一つを滅ぼしかねない災厄だ。
 仮に弱っていたのだとしても、人間の身体に収まるような存在ではない。
 なのに、どうして――と言う考えが頭を過る中、

「こっちへ」

 腕を掴まれ、ミツキが振り返ると、そこにはアスカの姿があった。
 よく見ると、兵士たちが一箇所に集められている。
 一瞬の隙をついて、アスカが安全な場所へ避難させたのだろう。

「あの二人なら大丈夫です。それよりも、身を守ることを優先してください」

 そう言われてハッと我に返ったミツキは、アスカとキョウカと一緒に兵士たちの元へと駆け寄り、全員を守るように結界を展開する。
 結界を補強するため、ソウルデヴァイスを通して結界に霊力を送り込むアスカ。
 その直後、雷のような轟音が響き、戦いの火蓋が切って落とされるのであった。


  ◆


 神話級グリムグリード。十年前に現れた災厄の化身。
 それと同等の力を持つ存在が、リィンとシズナの前に立ち塞がる。
 しかし、

「いい――いいね! まさか、こんな大物と()り合えるなんて思ってもいなかったよ!」

 嬉々とした表情のシズナを見て、やっぱりこうなったかと呆れるリィンの姿があった。
 空中に浮かぶ足場を上手く利用して跳びはねながら敵の攻撃を上手くかわし、間合いを計っている。隙を見て斬り込む姿は、まさに鬼神の如くだった。
 シズナの戦闘力はシャーリィに匹敵する。戦闘センスも、ほぼ互角。技術的な面ではシズナの方が上回っているが、シャーリィの方がパワーやスピードと言った肉体のポテンシャルで勝っていた。
 そのことから考えても、相手が十年前の災厄と同等(・・)程度の存在なら負けることはないとリィンは確信し、自分の出る幕はないと判断する。
 むしろ、獲物を横取りすると後で面倒臭いことになりそうだと考えていた。
 とはいえ、

「やっぱりな」

 なにもせずに戦いを見守ると言ったことは出来そうもなかった。
 迷宮の主が雄叫びのようなものを上げると、天使の姿をした怪異が無数に召喚されたからだ。
 十年前の災厄を思い起こせば、このくらいのことは可能だと最初から察していたのだろう。
 ただ――

異界(ここ)なら遠慮は必要ないな」

 形状変化(オーバーロード)を解除し、二本のブレードライフルを〈空間倉庫(インベントリ)〉に仕舞うと――

「お前の力を借りるぞ――アペイロン」

 一本の長剣がリィンの手に握られていた。
 聖魔剣アペイロン。ジェラール・ダンテスが使っていた剣だ。
 カルバード王家の血を引く末裔でなければ、本来は使用できない剣。
 しかし、アペイロンはリィンの声に応えるように、聖魔の光を纏う。
 聖剣と魔剣両方の性質を合わせ持つ剣。
 即ち、それはシズナの妖刀のように怪異にも通用すると言うことを意味していた。

「閃技――洸凰剣」 

 闘気を纏い、アルゼイド流の奥義を放つリィン。
 先程見せたデッドリークロスと同様、これがリィンが新たに身に付けた力だった。
 以前から何度か八葉の技を模倣したりしていたが、それを戦技(クラフト)の域にまで昇華した技。それが〈戦技〉ならぬ〈閃技〉であった。
 一度目にした技であれば、どんな技でも再現が可能だが、精度はオリジナルに劣る。再現度は大凡八割と言ったところで、シズナのような超一流の達人を相手に通用する技ではなかった。
 しかし、理性のない魔獣や怪異が程度であれば話は別だ。
 リィンの放った光の斬撃に呑まれ、天使の群れが消滅する。
 ただの一撃で半数以上が消し飛ぶと言う信じられない光景を目の当たりにして、唖然とするミツキとキョウカ。
 リィンが強いことは知っていたつもりでも想像を超えていたのだろう。
 しかし、アスカの方は冷静だった。
 何度もリィンとシズナの迷宮攻略に付き合っているため、もう慣れてしまっているからだ。
 そのため、

「アスカ、ミツキ」

 こういう時、リィンが何を考えているのかと言うことも当然理解していた。
 アスカが嫌な予感を覚えながら、リィンの指示を待っていると――

「適当に間引いておくから、残りはお前たちで片付けろ」

 そう言われて、やっぱり……と肩を落とすのであった。



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