閃光が迸る。
 疾走する銀色の影が赤黒い翼を持つ〈迷宮の主〉と交錯する度に、雷鳴を轟かす。
 大気を震わせる轟音。巻き起こるソニックブーム。
 それは、もはや人間に許される戦いではなかった。

鬼神楽(おにかぐら)――」

 刀に纏わせた漆黒の炎が〈迷宮の主〉が放つ紅蓮の炎を呑み込む。
 業火に焼かれ、全身を斬り裂かれる〈迷宮の主〉。それでも決定打には至らない。シズクの攻撃は〈迷宮の主〉に届いているのだが、ダメージが通っているように見えなかった。
 シズナの妖刀は、魔を調伏する刀だ。
 悪霊などの実体を持たない敵にも効果的で、この世界の怪異にも通用することはこれまでの戦いからも分かっていた。
 なのに手応えが薄い。
 まったく通じていない訳ではないのだが、殺しきれるイメージが湧かない。
 不満そうな表情で〈迷宮の主〉を睨み付けるシズナ。勝てない相手ではないが、火力不足を痛感しているのだろう。

「苦戦しているみたいだな。代わろうか?」

 それを察してか、リィンは〈アペイロン〉を肩に担ぎながらシズナに声を掛ける。
 あれだけいた天使の群れは、その大半が消し去っていた。
 僅かに残った天使を、アスカとミツキが相手取っているのが確認できる。
 リィンがやったのだとシズナは察し、溜め息を漏らす。

「また強くなったんじゃない?」
「どうだろうな。お陰様で〈閃技〉は大分ものになってきたと思うが……」

 納得していない様子のリィンを見て、シャーリィが強さに執着するのも頷けるとシズナは思う。
 そうでもしなければ、リィンに一生追い付くことは出来ないと実感させられるからだ。
 強力な異能にばかり目が行くが、それは表面的なものでしかない。
 リィンの最大の強味は、自分の限界を定めていないことだ。
 貪欲に強さを求め、思い描く最強を目指して歩みを止めることがない。
 自分が凡人であると、弱者であると知っているからこそ、リィンはここまで強くなれたのだろう。
 閃技はリィンだからこそ身に付けることが出来た新たな可能性(クラフト)だ。
 成長する怪物。それが、リィン・クラウゼルなのだと、シズナは悟る。
 だが、

「強くなっているのが、リィンだけじゃないってところを見せてあげる」

 成長しているのは、自分も同じだとシズナは答える。
 いまはリィンの方が強い。命を懸けた本気の戦いなら、ほぼ間違いなく自分が負けるだろうと、リィンの実力をシズナは認めていた。
 だが、リィンを殺せる可能性がゼロと言う訳ではない。
 勝てる可能性が万が一にもあるのであれば、いずれ届く可能性はある。
 負けず嫌いと言う点では、シズナもシャーリィに負けていなかった。
 だから――

「はああああああッ!」

 黄金の闘気がシズナの身体から立ち上る。
 内なる力を呼び覚ます秘技。流派によっては〈絶招(ぜっしょう)〉と呼ばれることもある理の域に達した達人のみが使える武術の奥義とも呼べる技だ。
 シズナのこれはリィンの〈王者の法(アルス・マグナ)〉から着眼を得て、少しアレンジが加わっていた。
 本来の〈絶招(ぜっしょう)〉よりも遥かに大きな力を呼び起こせるように――

「無想――神気合一」

 本来それは黒神一刀流ではなく八葉の技。無の型を極めし、先にある奥義。 
 だが、黒神一刀流と八葉一刀流は表裏一体の剣技。そして、八葉は黒神からいずる技だ。
 なら、黒神の免許皆伝を持つシズナが、八葉の技を使えない道理はない。
 それでもリィンと出会う前のシズナであれば、ここまでこの技を使いこなすことは出来なかっただろう。
 闇から生まれた光。それが、八葉の本質だからだ。
 闇に生きるシズナでは光の剣を使いこなすことが出来ないのも、また道理だった。 
 しかし、それは思い込みだ。自分で自分に限界を定めているに過ぎないと言うことを、シズナはリィンから学んだ。
 闇を裂く光があるのなら、光を呑む闇があってもいい。
 そうして至ったのが、森羅万象へと至る明鏡止水の極致――〈無想・神気合一〉であった。

「ふう……まだ、この変化に慣れていないんだよね」

 嵐のような闘気がシズナの身体から溢れ出たかと思うと、まるで凪のように薙ぐ。
 そして――

「でも――」

 シズナの姿が消え、目を瞠るリィン。
 リィンの目ですら捉えきれないほどの速度で、シズナは〈迷宮の主〉との距離を詰める。
 フェイントも、小細工も、一切必要としない一太刀。
 ただ、己がすべてを一刀に込め、シズナは刀を振り抜く。

「皇技――零月一閃」

 鞘から抜き放たれる一筋の斬撃。
 その直後、世界が二つに分かたれるのだった。


  ◆


「マジか……」

 空間を――いや、世界を断つ一撃。
 あの一撃の前には〈輝く環(オーリオール)〉の障壁も意味をなさないだろうとリィンは悟る。
 受け止めようとすれば、アペイロンすら真っ二つに斬り裂かれるかもしれない。
 防ぐことの叶わない一撃。まさに必殺の一撃に相応しい威力を持った奥義だった。
 光の粒子を纏い、ゆっくりと消えていく〈迷宮の主〉を見上げながらリィンは何かに気付き、跳び上がる。
 宙に浮かぶ瓦礫を足場に空中で、なにかを受け止める。

「息はあるみたいだな」

 それは、桜色の髪の少女――リオンだった。
 リオンを両腕に抱えたままリィンは地面に着地すると、そっと自分の着ていた上着をリオンの身体にかける。
 生まれたままの姿で、なにも身に付けていなかったからだ。 

「リィン……」
「睨むな。不可抗力だからな?」

 背中に突き刺さる冷たい視線に気付き、リィンは肩をすくめる。
 振り向かずとも、レイカと察してのことだ。

「リオンは大丈夫なの?」
「ああ、体力を消耗しているみたいだが、命に別状はないだろう」

 レイカの問いに答えるリィンの視線の先には、ゆっくりと近付いてくるシズナの姿があった。

「斬ったのは、これ(・・)との繋がりだけだからね」

 そうは話すシズナの手には、大きな懐中時計のようなものが握られていた。
 ジェラール・ダンテスが所持していた古い型のオーブメント。
 トリオンタワーをパンデモニウム化した元凶。
 クロード・エプスタインの遺産の一つだと、リィンは察する。

「慣れていないと言った割には、器用な真似をするな」
「あの力はまだ不慣れだけど、剣技なら誰にも負けない自信があるからね」
「〈剣仙〉よりもか?」
「……その質問は意地悪じゃない? まあ、負けるつもりはないけどね」

 リィンの意地の悪い質問に少しムッとしながらも、強気な笑みを見せるシズナ。
 そんなシズナを見て、「これは本気でやばいかもな」とリィンは心の中で呟く。
 自信は強さに繋がる。いまのシズナと戦えば、リィンでも確実に勝てるとは断言できなかったからだ。
 現状に満足せず、更に上を目指す必要があるとリィンは考える。
 シズナとシャーリィはリィンに追いつくために強さを追い求めているが、一方でリィンも追いつかれないように必死に足掻いていると言うのが実情だった。
 才能と言う面だけで見れば、シズナやシャーリィに遠く及ばないと考えているからだ。 

「そっちも無事だったみたいだな」
「熾天使クラスの怪異を同時に六体も相手取って、生きているのが不思議なくらいですけど……ミツキさんのお陰ね」
「いえ、アスカさんの実力があってこそかと……それにキョウカさんもサポートありがとうございました」

 健闘をたたえ合うアスカとミツキを見て、リィンは苦笑する。
 二人の実力ならどうにかなると思ったから、残りを押しつけたのだ。
 とはいえ、ギリギリの戦いだったと言うことは、息も絶え絶えな二人を見れば察せられる。

「崩壊がはじまったみたいだな」

 空に亀裂が走り、世界が崩れはじめる。
 白い光が視界を覆い、現実世界へと引き戻される。
 周囲の景色が移り変わる中、

「やれやれ、一難去ってまた一難か」

 リィンは深々と溜め息を吐く。そこは郊外の倉庫街だった。
 元いた場所と同じだが、一つ違うのは――

「武器を捨てて両手を挙げろ! お前たちは包囲されている!」

 完全武装した国防軍が待ち構えていたことだった。
 スピーカー越しに響く声。機甲兵に似た二足歩行型の機動兵器〈機動殻(ヴァリアント・ギア)〉の姿も確認できる。

「リィン、どうするの? ()っちゃう?」

 まだ戦い足りないのか、好戦的な笑みを見せるシズナ。
 しかし、リィンの方は冷静だった。
 殲滅するのは簡単だが、この国を完全に敵に回すことになると考えたからだ。
 国防軍を全滅させれば、北都でも恐らくは庇い切れないだろう。
 そうなったら国外に逃げるという選択肢もあるが――

「待ってください!」

 リィンが国防軍を敵に回すメリットとデメリットを天秤に掛けていた、その時だった。
 リィンたちと国防軍の間に立つように、ミツキが止めに入ったのは――
 リィンとシズナの力はよく知っている。
 神話級グリムグリードを一蹴したあの力が振るわれれば、国防軍ですら危うい。
 いや、この国自体が危険だと考えたのだろう。

「……リィン」

 どこか不安そうな表情を浮かべるレイカを見て、リィンは小さく息を吐く。
 その上で、背筋が凍るような殺気を放ち――

「まずは()を下げろ。話はそれからだ」

 銃口を向ける兵士たちに対して、逆に要求を突きつけるのだった。



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