「な……」

 リィンから発せられる殺気に気圧され、竦み上がる国防軍の兵士たち。
 声を出すことは疎か、指先一つ動かすことの出来ない絶対的な恐怖が兵士たちに襲い掛かる。
 呼吸が乱れ、激しく脈打つ鼓動。兵士たちの身に何が起きているのかを正確に理解できている者は、この場に一人としていなかった。
 リィンとシズナを除いて――

「一体、なにが……」
「アスカ、動かない方がいいよ。死にたくなかったらね」

 シズナの言葉にビクリと身体を震わせるアスカ。冗談とは思えなかったからだ。
 いまリィンは兵士たちに向けて、研ぎ澄まされた指向性の殺気を放っていた。
 厳しい訓練に耐えてきた国防軍の精鋭だから辛うじて立っていられる。
 これが並の人間であれば、とっくに意識を失っているところだ。

「何人かは意識を失うかと思ったんだが、そこそこやるみたいだな」 

 兵士たちを褒めるリィン。しかし兵士たちは、それどころではなかった。
 リィンとシズナのことは、以前から要注意人物として監視を行っていた。
 しかし、強いと言っても所詮は二人だけだ。
 人数で圧倒すれば、取り押さえるのは難しい話ではない。簡単な任務だと思っていたのだろう。
 なのに、自分たちは何を相手にしているのかと兵士たちは疑問を持つ。
 そんな未知の相手に、戸惑いと恐怖を覚える兵士たちの前に――

「来い、暁の騎神――ヴァリマール」

 巨大な人型機動兵器が現れる。
 空間の裂け目から現れた人型機動兵器は、まるで騎士のような出で立ちをしていた。
 機動殻(ヴァリアント・ギア)とも違う。
 異質な雰囲気を放つ人型兵器を前に呆然とする兵士たちを見て、

「ヴァリマール。みんなを守ってやってくれ」
『了解した』

 リィンはヴァリマールに指示をだす。
 すると、光の壁のようなものが、レイカたちを守るように展開される。
 それは、ヴァリマールの霊力によって生み出された〈空間隔離結界〉だった。
 どのような攻撃でも防ぐことが出来る結界。戦車の大砲だろうと、この結界の前には意味をなさない。
 嘗て、至宝の力を借りた〈結社〉の神機(アイオーン)が使っていたものだ。
 六の騎神(・・・・)の頂点にして、いまや〈鋼の至宝〉の力を十全に扱えるヴァリマールが使えない道理はない。
 成長しているのは、リィンだけではなかった。
 ヴァリマールもまた、起動者の成長に合わせて進化を続けているのだ。

「これで気兼ねなく全力でやれる。それで? 降伏(・・)する気にはなったか?」

 それは兵士たちに向けた言葉だった。
 挑発とも取れるリィンの言葉に、半ば狂乱状態となる兵士。
 得体の知れない恐怖に押し潰され、限界に達した兵士の一人がリィンに向けて発砲する。
 しかし、

「宣戦布告と受け取っても構わないな?」

 放たれた銃弾は、いつの間にかリィンの手に握られていたブレードライフルに弾かれていた。
 右手にアペイロン。そして、左手にブレードライフルを持ち、リィンはトントンと爪先を鳴らす。
 そして――
 リィンの姿が兵士たちの視界から消える。
 ドオン、という凄まじい音と共に立ち上る土煙。
 一体なにが起きたのか、理解できたものは兵士たちのなかにいなかった。
 それを目にするまでは――

「嘘……だろ?」

 一人の兵士の呟きが、その場にいる者たち全員の心情を物語っていた。
 四肢を切断され、うつ伏せに倒れる機動殻(ヴァリアント・ギア)の姿を目にしたからだ。
 そして、その機動殻(ヴァリアント・ギア)の背には、リィンが立っていた。
 どうやったのかは分からない。だが、誰がそれをやったのかは明らかだった。
 ドン、と空気を震わせるような音が響いたかと思うと、リィンの身体が爆炎に包まれる。

「リィン!」

 レイカの悲痛な叫び声が響く。
 リィンを襲ったのは、対戦車ロケット弾――ロケットランチャーだった。
 それを皮切りに、一斉にリィンへ向けて発砲する兵士たち。
 制圧と捕縛が目的だったはずだが、恐怖から目的を見失っていた。
 だが、

「これが、この国の兵士のレベルか。猟兵なら三流以下だぞ?」

 それも、目の前の化け物(リィン)には通用しない。
 怪我一つ負った様子はなく、服にも焼け焦げた跡は見られない。
 兵士たちの後ろに立ち、弧を描くように両手の武器で薙ぎ払うリィン。
 まるで竜巻のような一撃に弾き飛ばされる兵士たち。そこからは一方的だった。

「た、助け――」

 戦いにすらなっていない蹂躙劇。恐慌状態に陥った兵士のか細い悲鳴が聞こえる。
 呆然と立ち尽くすアスカとミツキ。さすがのレイカも言葉を失っていた。
 ゾディアックの実行部隊〈アングレカム〉に所属していた経験があるキョウカでさえも、恐怖を覚えるほどの戦いが目の前で繰り広げられているのだ。
 アスカやミツキはともかく、一般人のレイカが動揺するのも無理はない。

「ひいい!」

 一応はゾディアックの関係者であるはずのトモアキでさえ、これなのだ。
 床に伏せるように丸くなって震え、こんなはずじゃなかったと、トモアキは何度も何度も後悔を口にするのだった。


  ◆


『次のニュースです。杜宮市郊外の倉庫街で昨晩ガス爆発があり、警察と消防による調査が――』

 事務所のテレビでは、昨晩のことが報じられていた。
 しかし、国防軍やリィンたちのことは一切触れられていない。
 単なる事故として処理されたようで、どの局も同じ内容を繰り返していた。

「私たちのことはニュースになってないね」
「真実を報じたところで、誰も信じないだろうしな。それに恥の上塗りをするだけだ」

 たった一人の人間に、軍が何も出来ずに敗れた。
 そんなことを公言は出来ないだろうと、リィンはシズナの疑問に答える。
 皆殺しにされていれば話は別だったかもしれないが、ただ無力化(・・・)しただけだ。
 なかには大怪我を負った者もいるかもしれないが、それは自業自得。
 銃を向けておいて殺されなかっただけマシと言うのが、リィンの考えだった。
 その点に関しては、シズナも異論はなかった。不満があるとすれば――

「少しくらい分けてくれたって、よかったんじゃない?」
「……お前にやらせたら皆殺しにしてただろう」

 結局、全部リィンが一人で片付けてしまい、出番がなかったことだった。
 しかし、リィンがそんな行動にでたのは、シズナを戦わせないためだった。
 あの時のシズナは感情が昂ぶっていて、戦場の空気に触れれば手加減が出来ない可能性があったからだ。
 間違いなく死人がでていただろう。そうなっていたら軍も引けなくなっていた。
 それはリィンとしても、望む展開ではなかったと言うだけの話だ。

「なら、騎神まで見せる必要はなかったんじゃない?」
「このままだと、またあのバカ(・・・・)みたいな連中が出て来る可能性が高いからな」

 あのバカ――と言うのが、御厨智明のことを言っているのだと察するのは難しくなかった。
 現在、トモアキは北都に身柄を確保され、尋問を受けているところだ。
 ゾディアックとしても今回の件は見過ごせないらしく、厳しく対応するとミツキとキョウカからも言われていた。
 その言葉を信じてトモアキを引き渡した訳だが、少なくともあの二人に関しては裏切ることはないだろうとリィンは考えていた。
 組織としてトモアキの扱いをどうするかはまた別の判断になるが、リィンとのこれまでの関係を壊してまで敵対行動を取るメリットが北都にはないからだ。
 最悪、ゾディアックが国防軍と手を組むという可能性もゼロではないが、その時はその時だとリィンは考える。
 結局、拠点を他国に移したところで、こう言った問題は避けられないからだ。

 だから、ヴァリマールを見せた。
 東京冥災のことはゾディアックだけでなく、この国の上層部も把握しているはずだ。
 トモアキと手を組んだのも、十年前の真相を確かめる狙いがあったからだろう。
 分からないでもない。国を滅亡させると言われている怪異を滅ぼせる存在が自国内にいるのだ。
 放置など出来るはずもない。
 身柄の確保が無理でも、戦力を把握しておきたいと考えるのは自然なことだ。
 リィンもそれが分かっているから手加減をした。
 ヴァリマールを見せたのは、これ以上余計な手出しをさせないためだ。

 今回の件は、国防軍がリィンたちの力を見誤ったのが原因だ。
 情報を伏せていたので仕方のないことだが、裏の実力者とはいえ、軍であれば制圧が可能だと勘違いしてしまったのだ。
 並の相手なら国防軍の思惑通りに進んでいただろう。
 アスカが強いと言ってもそれは怪異に対しての話で、ソウルデヴァイスを使えなければ少し腕が立つ程度の人間でしかない。
 怪異に対する強さが、人間相手にも発揮されるとは限らない。
 そう言う意味で、軍の対応は間違いではなかったのだろう。
 だが、そんな常識が通用しない相手がいると言うことを彼等は知らなかった。
 だからリィンは見せたのだ。彼等にも分かり易いカタチで、ヴァリマールを召喚することで――

「この世界では、俺たちみたいなのは規格外(イレギュラー)みたいだからな。なら、分かり易く力を見せてやった方が、トラブルが少なくて済むだろう?」
「でも、それで騎神を寄越せとか言ってきたら、どうするの?」

 確かに、その可能性はゼロではなかった。
 個人が人型機動兵器を所持している状況を軍が許容するかは別の話だし、騎神を研究させろと言ってくる輩は当然現れるだろう。
 だが、その時はその時だ。
 そういうバカは、これまでにも大勢見てきた。だから――

「その時は――」

 遠慮なく叩き潰すだけだと答えるリィンに、シズナは満足げな笑みを返すのだった。



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