「……その荷物はなんだ?」

 朝早くから大きな荷物を持って、マンションにやってきたレイカに尋ねるリィン。
 そもそも学校以外にも〈SPiKA〉の活動があるため、基本的にレイカは忙しい。
 そのため、バイトも毎日と言う訳ではなく、来られる日だけでいいという話になっていた。
 今日はバイトは休みのはずだよなと、リィンがカレンダーを確認していると――

「私も今日から、ここに住むから」

 唐突なレイカの話に目を丸くする。
 こいつは何を言ってるんだと言った顔で、リィンが呆れていると――

「いらっしゃい。レイカ、来たんだね」
「今日から、お世話になります」
「そんなに畏まらなくていいよ。荷物はそれだけ?」
「ええ、取り敢えず着替えだけ持ってきたわ。他のものは少しずつ買い揃えたらいいかなって」
「言ってくれれば、引っ越しくらい手伝うのに」
「そこまで、お世話になるのは悪い気がして……」
「気にしなくていいよ。たいした手間じゃないし、戦術導力器(これ)があるしね」
「ああ……それじゃあ、頼もうかな。ありがとね、シズナ」

 名前で呼び合うシズナとレイカを見て、いつの間にそこまで仲良くなったんだとリィンは驚く。
 というか、いろいろとツッコミどころのある二人の会話に頭痛を覚える。
 この際、シズナが戦術導力器(ユグドラシル)のことを知っているのは目を瞑るとする。
 既に騎神も目にしているのだ。
 ある程度はレイカにも事情を話すべきだとリィンは考えていた。
 しかし、

「ここに住むって、どういうことだ? シズナ、まさか知っていたのか?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「……聞いてない」

 一緒に暮らすと言うのは、簡単に認められる話ではなかった。
 レイカは未成年だ。それも〈SPiKA〉というグループに所属するアイドルだ。
 シズナもいるとはいえ、家族以外の男と同居しているとバレたら間違いなく面倒臭いことになる。
 そもそも事前になんの相談も受けていない。
 一体どうしたらそう言う話になるんだと、詰問するリィンにシズナは――

「また、同じようなことがあるかもしれないでしょ? 私たちの関係者だって、既に知られている訳だし」
「む……」

 確かにと、シズナの言い分に一理あることをリィンは認める。
 トモアキの目的はリオンにあったのかもしれないが、レイカが一緒に誘拐されたのはリィンたちを誘き寄せるためであった可能性が高い。
 即ち、リィンとシズナの関係者だと思われていると言うことだ。
 実際、レイカはリィンの事務所でアルバイトをしている。そういう認識を持たれても仕方がないだろう。
 だが、

「どのみち、付きっきりと言う訳にはいかないんだから、余り変わらなくないか?」
「そうだけど、なにもしないよりはマシでしょ? どのみちリスクがあるなら、むしろ私たちの関係者だと周知させることで手をだしにくくなるだろうし、安全が確保されるまでは私が護衛についてもいいしね」

 そう言われると、リィンも反対がし辛かった。
 実際、一番まずいのが中途半端な状況に身を置くことだからだ。
 関係者だと知られたのであれば、身内に取り込んでしまった方が安全なこともある。
 しかし、

「……いつの間に、そんなに仲良くなったんだ?」

 シズナの方から、そんな提案をされると思っていなかったリィンは怪訝な表情を見せる。
 恐らく異界に取り込まれて二人で行動している時に何かあったのだと察するが、それにしても仲良くなりすぎじゃないかと思ったからだ。
 シズナが自分からレイカの護衛につくとまで言うとは思っていなかったのだろう。

「いろいろとあって、共同戦線(・・・・)を張ることにしたんだよね」
「……共同戦線?」
「乙女には、いろいろとあるんだよ」
 
 曖昧な言葉で濁すシズナに、やれやれとリィンは肩をすくめる。
 とはいえ、レイカのことは確かに自分にも責任があると考えた上で、

「自分で口にしたことには責任を持てよ」

 シズナに念を押して、リィンは折れるのだった。


  ◆


「ところで、ちゃんと家族と事務所には伝えてあるのか?」

 車のハンドルを握りながら、レイカに尋ねるリィン。
 バックミラー越しに覗き見たレイカが、そっと顔をそらすのを見てリィンは溜め息を吐く。

「お前な……」
「でもハルナたちには、ちゃんと相談してるから!」

 呆れるリィンに必死に弁明するレイカ。
 ハルナと言うのは〈SPiKA〉のメンバーのことだとリィンは察する。
 確か、ユニットのリーダーをしている黒髪の少女だったかと、顔を思い浮かべる。

「ちゃんと説明しておかないと、また騒ぎになるぞ?」
「う……でも、私は元々一人暮らしだったから……」

 苦しい言い訳をするレイカ。
 たぶん大丈夫とでも思ったのだろうが、世の中そんなに甘くないとリィンは分かっていた。
 働いていると言っても未成年である以上は、レイカは親の保護下にある。そして、アイドルをするために東京で一人暮らしをしているのであれば、所属事務所には保護者からレイカを預かっている責任が生じる訳だ。
 相談もなく勝手に引っ越しましたで、はいそうですかと解決する話ではなかった。
 これがゼムリア大陸ならリィンもそこまで気にしないのだが、ここは日本だ。

「仕方ない……あとでエイジに相談しておくか」

 郷に入っては郷に従うという言葉がこの国にはあるように、さすがにこのままと言う訳には行かないとリィンは考え、エイジに相談することを決める。
 借りを作ることになるが、そのくらいは許容範囲だと考えていた。
 レイカを巻き込んだ責任は、自分にもあると思っているからだ。

「ごめん……」
「そう思うなら、これからは少し考えてから行動しろ」

 ぐうの音もでないリィンの言葉に、レイカは申し訳なさそうに頭を下げる。
 とはいえ、レイカが一人でこんなことを決断したとは思えない。
 大方、唆したのはシズナだろうと察しをつけ、

「お前もだぞ、シズナ」
「ん?」

 注意するが、本気で分かっていない様子で首を傾げるシズナにリィンは呆れるのだった。


  ◆


「あれ? 事務所じゃないの?」

 車が見知らぬ場所に停車したのを確認して、周囲を見渡すレイカ。
 てっきり事務所に向かっているものと思っていたのだろう。

「今日は九重神社(ここ)に用事があってな」
「……神社?」
「九重神社だ。なんだ、知らなかったのか?」
「ああ、名前くらいは聞いたことがあるかも……こっちの方は来たことがなかったからね」

 レイカが一人暮らしをしていたという話を思い出し、地元の人間じゃなければそんなものかとリィンは納得する。

「そう言えば、リィンって免許を持ってたのね。随分と良い車に乗ってるし」
「ああ、エイジに用意してもらった」
「ん? 車の話よね?」

 なにも答えないリィンを見て、まさかと言った考えがレイカの頭を過る。
 しかし、深く突っ込んではダメだと、頭を振るレイカ。
 そもそもリィンとシズナの戸籍は偽造されたもので、この世界に存在しない。
 シズナから異世界人だと言う話を聞いているので、レイカも納得するしかなかったのだろう。

「ここが、例の神社なんだ。なかなか趣があるね。(さと)を少し思い出すかな?」
「そう言えば、東方の生まれだったな。あっちは、こんな感じなのか」

 砂漠地帯を越えた更に東の地にあるというシズナの故郷に興味を持つリィン。
 とはいえ、侍衆や忍。それに米を主食としている時点で、昔の日本のような文化を形成していることは察しが付いていた。
 あっちの世界に戻ったら、シズナの故郷に行ってみるのも良いかもしれないとリィンが考えていると――

「お待ちしておりました」

 長い階段を登って鳥居を潜ったところで、声を掛けられる。
 巫女装束を着た少女が、神社の境内に佇んでいた。
 中学生くらいにしか見えない少女を見て、

「巫女さんだ。リィン、巫女さんがいるよ!」

 少女に駆け寄るレイカ。

「中学生くらいに見えるけど、家のお手伝いをしているのかな? こんな可愛い子が知り合いにいるなら、もっと早くに紹介してくれても――」

 いつになくテンションの高いレイカに、リィンは溜め息を漏らす。
 よく見ると、巫女装束の少女は顔を伏せて、プルプルと肩を震わせていた。
 そして、

「中学生じゃありません……」
「え?」
「中学生じゃありません! 二十三歳の立派な大人です!」

 境内に響くほどの大きな声で、少女――九重永遠は叫ぶのだった。



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