「ごめんなさい」

 しょんぼりと肩を落としながら謝罪を口にするレイカ。
 その向かいには、もう怒ってないよとアピールするトワの姿があった。

「うん、まあ……私も大人気なかったしね。お相子と言うことで……」

 子供扱いされたことで頭に血が上って、怒鳴ったことを後悔しているのだろう。
 大人の対応とは言えなかったと反省している様子が見て取れる。

「二十三歳だもんな」
「リィンさん!?」

 リィンのツッコミに顔を真っ赤にして叫ぶトワ。
 自分でも、あれはなかったと後悔しているのだろう。

「意地が悪いよ。リィン」
「そうよ。レディの扱いがなってないわね」

 シズナとレイカの二人に責められ、お前が言うかとレイカを睨み付けるリィン。
 そっと顔をそらしている辺り、レイカも自覚はあるのだろう。

「それで、話は通っているのか?」

 これ以上この話を引き摺るのは得策ではないと判断したリィンは本題に入る。
 今日、九重神社にやってきたのは以前トワに誘われたからと言う訳ではなく、別の用件があったからだ。

「あ、はい。もう、お越しになっています。いまはお祖父ちゃんと――」
「まったく、そんなところでなにをしておるのじゃ」
「お、お祖父ちゃん!?」

 トワが説明しようとしていたところで、男の声が割って入る。
 声のした方を振り返ると、眼鏡を掛けた袴姿の白髭の老人が佇んでいた。

「へえ……」

 老人を見て、シズナが感心した様子を見せる。
 声を掛けられるまで、気配をまったく感じなかったからだ。
 隠形の技術は、もしかするとクロガネに匹敵するレベルかもしれないと悟ったのだろう。
 それは即ち、自分たちに迫る達人と言うことだ。
 この世界にまだそんな達人がいると思っていなかったシズナの身体から剣呑な空気が滲み出るのを察して、

「シズナ、抑えろ。今日はそういうことをしにきた訳じゃない」

 リィンは釘を刺す。
 放って置くと、老人に斬り掛かりかねないと悟ったからだ。

「はあ……まあ、仕方ないね。リィンの指示に従うよ」

 素直にリィンの指示に従うシズナ。
 自分でも、ここで戦いを始めるのは無作法だと自覚はあるのだろう。
 とはいえ、老人に対する興味を失っている訳ではなかった。
 むしろ、探るような視線が鋭くなる。

「あの赤髪の少女といい、お前さんの知り合いは血の気が多すぎるのではないか?」
「否定できないな。それで、俺も懐かれている訳だし……」
「御主も苦労しておるのじゃな……」

 老人から同情するような視線を向けられ、リィンは肩をすくめる。
 なんとなく息が統合したところで――

「えっと、状況が分からないんだけど、ここの神主さんと知り合いだったの?」

 レイカが疑問を口にする。
 老人の格好から、この神社の神主だと察しを付けたのだろう。
 どういう知り合いなのかと、レイカは訝しげな視線をリィンに向ける。

「あ、自己紹介がまだだったね。私は九重永遠。そして、こっちが祖父の九重宗介。お察しの通り、九重神社の神主だよ」

 するとトワが、リィンの代わりにレイカの疑問に答えるのであった。


  ◆


「粗茶ですが――」

 そう言って人数分のお茶を差し出すと、一礼して退出するトワ。
 人数が多いことから社務所の方では手狭だと判断したトワが、リィンたちを道場の方に案内したのだ。
 ソウスケとリィンたちの他にもう一人、スーツ姿の老人の姿があった。
 熊のように大きな身体。白髪に白髭。ソウスケのように達人の気配は感じないが、身に纏う空気から只者ではないと分かる貫禄を発している。
 雰囲気が引き締まる道場の空気も相俟って、レイカが珍しく緊張している様子が見て取れた。

「ひさしぶりだな。十年振りか?」

 その老人にリィンは懐かしむように声を掛ける。

「うむ。挨拶が遅れたことを謝罪する。本当なら、もっと早くに邂逅の席を設けるべきだったのだが……」
「気にするな。こっそりと裏から手を回して、エイジに言付けてくれたのはアンタなんだろ?」

 リィンとシズナが足場のないこの世界にすんなりと馴染むことが出来たのは、エイジがいろいろと世話を焼いてくれたからと言うのも理由にあるが、その裏で目の前の老人――北都(ほくと)征十郎(せいじゅうろう)が手を回し、便宜を図ってくれたからだとリィンは察していた。

「ねえ、リィン……この人、テレビで見たことがあるような気がするんだけど……」
「ああ、それなりに有名人らしいしな」

 こっそりとリィンに耳打ちをして、目の前の老人のことを尋ねるレイカ。
 どことなく表情が引き攣っているように見えることから、老人の正体に察しは付いているのだろう。

「すまない。自己紹介が遅れたな。北都征十郎と言う。見知りおいて欲しい」

 やっぱりと、心の中で悲鳴を上げるレイカ。
 目の前の老人が、北都グループの会長だと確信したのだろう。
 北都グループと言えば、日本国内で一、二を争う巨大複合企業(コングロマリット)だ。
 テレビ局にも大きな影響力を持ち、〈SPiKA〉が出演する番組やCMなんかのスポンサーも北都グループの傘下企業が名を連ねていた。
 事務所も頭の上がらない最大のスポンサー様だ。その会長ともなれば、レイカが畏縮するのも無理はない。
 どこかそれなりよ、とレイカは睨み付けるような視線をリィンに向ける。

「ただの物好きな爺さんだぞ? そんなに緊張する必要はないさ」
「ちょ、リィン――」
「構わない。実際その通りだし、迷惑を掛けているのは、こちらの方だしな。それで、こちらのお嬢さんは――」
「如月怜香と言います! お、お会いできて光栄です!」

 ガチガチに緊張した様子のレイカを見て、思わず噴き出すリィン。
 キッと睨み付けるような視線が背中に突き刺さるが、何食わぬ顔で無視する。

「なるほど、報告にあった関係者(・・・)か。キミにも迷惑をかけたようだ。このとおり謝罪する」
「え、ちょ……頭を上げてください! 困ります!」

 スポンサーの更に上のトップに頭を下げられ、困惑を隠せないレイカ。
 会うことすら難しい雲の上の人物だと言うのに、リィンに連れて来られたと思ったら、まさか頭を下げられるとは思ってもいなかったのだろう。
 しかし、

「先日の一件絡みだ。謝罪は素直に受けておけ。そうしないと、爺さんの面目が立たないしな」

 リィンに言われて、複雑な表情を滲ませながらも頷くレイカ。
 先日の一件と言われて、大凡の事情を察したからだ。
 あの場には、北都の令嬢――ミツキもいた。
 となれば、ここにセイジュウロウがいるのは、その件が関係しているのだと察したのだろう。

「……謝罪を受け入れます。その……本当に気にしていないので。リィンとシズナのお陰で怪我一つありませんし、どちらかと言うとリオンの方が……」
「そちらも承知している。誠心誠意、尽くさせてもらうつもりだ。彼女についても十分なケアをすると約束しよう」

 そう言ってセイジュウロウはレイカに頭を下げ、償いをすることを約束する。
 今回の件は北都グループの後継者を巡る問題に、彼女たちを巻き込んでしまったことにある。
 御厨が北都を追い落とし、ゾディアックを代表する十二の企業に加わろうとしていたことは分かっているが、その計画にミツキの叔父――身内も関わっていたのだ。
 セイジュウロウとしては、頭の痛い話なのだろう。

「それで、話はついたのか?」
「ああ、今回の騒動を起こした首謀者については既に確保済みだ。御厨については……トモアキくん一人の暴走と言うことで、決着がつきそうだ」

 ピクリとリィンの眉根が動くの見て、セイジュウロウは心の中で嘆息する。
 こんな説明をすれば、リィンがどういう反応をするかは分かっていたからだ。

「御厨グループの会長に関しては私もよく知っているが、誓って今回の件には関与していないと保証しよう。あちらからも愚息が迷惑をかけたと謝罪を受け取っている。それにトモアキくんを唆したのは、どちらかと言えば……」

 ミツキの叔父。セイジュウロウの息子が首謀者と言うことだ。
 これが御厨に対して、厳罰を求めることが出来ない理由でもあった。
 リィンも北都の事情は察したのだろう。セイジュウロウが直接出向いて、説明を行った理由にも納得する。
 そうしなければ、今回の件は収まらないと考えたからだ。
 だが、

「アンタのことだ。自分の子供だからと手心を加えるとは思えないが、次はないぞ?」

 それで納得するほど、リィンは甘くなかった。
 もし、甘い対応をして同じことが起きれば、その時は北都を敵と見做す。
 そう警告されているのだと、セイジュウロウはリィンの考えを察する。

「約束する。二度と今回のようなことは起きないと――」

 その上で、約束する。対応を誤れば、最悪の結果を招きかねない。
 だからこそ例え息子であっても厳しく処罰すると、セイジュウロウは覚悟を決めていた。
 セイジュウロウの話に納得したのか。
 リィンはそれ以上なにも訊かず、もう一つの話題へと移る。
 どちらかと言えば、こっちの方がリィンにとっては本題だったからだ。

「それじゃあ、本題に入るとするか。国防軍と教会について――」

 知っていることを話してもらおうかと威圧込め、リィンは尋ねるのだった。



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